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第1話 悪商人
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◆ ◆ ◆
諸江はどうしても僕に嫌な思いをさせたいらしい。先生への苛立ちも僕に向けている。だから、僕と彼は今、二人きりで例の廃工場の前に居るのだ。
夜の八時、この時間になるまで公園で諸江の仲間たちとたむろしていたけれど、みんな今朝のロッカー事件でバケモノのいる廃工場には行かないと言った。諸江は怒った。でも、みんな謝りながら走って逃げていった。
僕に嫌な思いをさせたいという気持ちがなければ、諸江もこんなところには来ないだろう。いじめをする人間はその沼にはまっていき、どんどんエスカレートしていくと言われているけど、その通りだ。絶対に諸江はおかしくなっている。
「早く行って中の写真撮って来いよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
湿気の多い暑い夜、廃工場横の生い茂った背の高い草むらから様子を伺っていると、隣にいる諸江にどつかれた。僕の心臓がバクバクと暴れて全身に変な汗が出てくる。
実は、学校で授業を受けているときに諸江の未来を見てしまったのだ。
どうしてそうなったか分からないけれど、薄暗い廃工場の中らしきところで諸江は両目を取られ、それでも逃げようとして、彼は真っ黒いフードを深く被った何者かに背中を鋭い爪で刺されようとしていた。
そこで我に返ってしまったので先のことははっきりしないけれど、確実に分かるのはこれから諸江は痛い目に遭うってことだ。
学校に居る間に天乃先生に相談しようとも思った。でも、諸江が怪我をして、あの学校から居なくなってくれれば僕はいじめから解放される。一人じゃなくなる。だから、先生にも相談せず、分かっているのに僕は逃げ出さずにここに来たのだ。
罪悪感が無いわけじゃない。でも……
「裏から回り込むよ」
かに歩きのようにして、僕は廃工場の裏に移動した。
道路に設置されている街灯の光に当たっていないところはあんまり見えないけれど、建物自体が大きくて怪物みたいに見える工場は壁が錆びて赤茶色になっている。裏側の小さなシャッターは下に隙間が少しだけ空いていて、ぼんやりと白い光が微かに漏れている。まるで月明かりみたいだ。それくらい暗い。
——誰か居る……!
隙間から影が動くのが見えて、僕がそう思ったときだった。
「離せ! 離せよ!」
諸江の叫び声が建物の向こう側から聞こえた。何者かに諸江が捕まったのだ、とすぐに分かった。
「どうしよう……」
僕はその場から動けずに声を漏らした。心臓がずっと騒がしい。
諸江の未来は分かっていた。このままだと彼は両目を奪われて、フードの何者かに背中を刺される。
今から天乃先生に知らせに行っても遅いだろうし、僕なんかが助けに行っても諸江と同じように捕まるだけだろうし、どうしたら良いのだろう。
諸江はどうしても僕に嫌な思いをさせたいらしい。先生への苛立ちも僕に向けている。だから、僕と彼は今、二人きりで例の廃工場の前に居るのだ。
夜の八時、この時間になるまで公園で諸江の仲間たちとたむろしていたけれど、みんな今朝のロッカー事件でバケモノのいる廃工場には行かないと言った。諸江は怒った。でも、みんな謝りながら走って逃げていった。
僕に嫌な思いをさせたいという気持ちがなければ、諸江もこんなところには来ないだろう。いじめをする人間はその沼にはまっていき、どんどんエスカレートしていくと言われているけど、その通りだ。絶対に諸江はおかしくなっている。
「早く行って中の写真撮って来いよ」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
湿気の多い暑い夜、廃工場横の生い茂った背の高い草むらから様子を伺っていると、隣にいる諸江にどつかれた。僕の心臓がバクバクと暴れて全身に変な汗が出てくる。
実は、学校で授業を受けているときに諸江の未来を見てしまったのだ。
どうしてそうなったか分からないけれど、薄暗い廃工場の中らしきところで諸江は両目を取られ、それでも逃げようとして、彼は真っ黒いフードを深く被った何者かに背中を鋭い爪で刺されようとしていた。
そこで我に返ってしまったので先のことははっきりしないけれど、確実に分かるのはこれから諸江は痛い目に遭うってことだ。
学校に居る間に天乃先生に相談しようとも思った。でも、諸江が怪我をして、あの学校から居なくなってくれれば僕はいじめから解放される。一人じゃなくなる。だから、先生にも相談せず、分かっているのに僕は逃げ出さずにここに来たのだ。
罪悪感が無いわけじゃない。でも……
「裏から回り込むよ」
かに歩きのようにして、僕は廃工場の裏に移動した。
道路に設置されている街灯の光に当たっていないところはあんまり見えないけれど、建物自体が大きくて怪物みたいに見える工場は壁が錆びて赤茶色になっている。裏側の小さなシャッターは下に隙間が少しだけ空いていて、ぼんやりと白い光が微かに漏れている。まるで月明かりみたいだ。それくらい暗い。
——誰か居る……!
隙間から影が動くのが見えて、僕がそう思ったときだった。
「離せ! 離せよ!」
諸江の叫び声が建物の向こう側から聞こえた。何者かに諸江が捕まったのだ、とすぐに分かった。
「どうしよう……」
僕はその場から動けずに声を漏らした。心臓がずっと騒がしい。
諸江の未来は分かっていた。このままだと彼は両目を奪われて、フードの何者かに背中を刺される。
今から天乃先生に知らせに行っても遅いだろうし、僕なんかが助けに行っても諸江と同じように捕まるだけだろうし、どうしたら良いのだろう。
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