13 / 30
05 轟蟲突破!?
5-1
しおりを挟む異変は、数日後に訪れた。
「昇、起きてっ!」
日曜になっていた。
予定のない朝をベッドの中で迎えていた昇は、エリーに耳元で呼ばれて無理矢理起こされた。
「な……なに?」
枕元の眼鏡を手探りで求めつつ、昇が不満げな声を出す。
少し離れたところにあった眼鏡を手に当たるように押しやって、エリーが昇をさらに促す。
「早く! 外見て!」
「なに……」
エリーに服を引っ張られ、ゆるゆるとベッドから降りた昇は眼鏡の位置を整えながら、カーテンを開け――「うわぁっ!?」と数歩退いた。
窓に十数匹もの蜂が張り付き、動いていた。
大きさは標準的ではあったが、その数が尋常ではなかった。
恐る恐る、昇が窓から外を覗き見てみると、昇の部屋だけではなく空にも無数の虫が飛び回っているのがうかがえた。
「なっ……何これ、どういうこと?」
昇が傍らで窓の外を眺めているエリーを見る。
「たぶん、今まで二回撃退したのと同じ使い手ね」
エリーはいつになく真剣な調子だった。
「仮に『虫使い』とでも呼びましょうか、そいつが――スクミィを探しているのよ」
そう言って、昇を見上げる。
「スクミィが誰かまでは判らなくても、このエリアのマーカーであることは間違いないからね」
昇は小さく溜息を吐く。
「その『虫使い』ってのも、誰か地球の人なんだよね?」
「人じゃないかもしれないけど、まあ、人でしょうね。とりあえずポイントに行ってみる?」
「戦わないと……だめ?」
昇は寝間着にしているTシャツとハーフパンツから着替えようと、クローゼットを開ける。
「こういう手段をとるのは多分、連盟側でしょうけどね」
「そういうことじゃなくて、戦い自体いやなんだけど……」
「嫌が応でも、昇はスクミィになって、一箇所とはいえ星脈ポイントを押さえているのよ。もう紛れもない『協力者』なわけ」
「……わかってるよ」
昇はもうひとつ長く息をこぼす。
「エリーは、僕にもこんな風に他の所に戦いに行って、エリーたちの言う『陣取り』をしてほしいんでしょ?」
「まあ、ね。でもこんな手はしてほしくないわよ」
「頭では解ったんだけどさ……」
昇は下着一枚になって、クローゼットから白の半袖シャツとクロップドデニムを引っ張り出した。
「何て言うか、そんな、人と戦うなんて……」
「好戦的なのよりは好感持てるわよ、昇って」
でも、とエリーは浮き上がってシャツを着た昇の肩を叩く。
「それでも――お願い、昇」
昇は眼鏡を触りつつ、エリーを見直した。
エリーは真剣な瞳で、昇をまっすぐ見つめていた。
昇は小さく喉を鳴らして、頷く。
机の上に置いていた財布と携帯電話と鍵、それに件の石を取る。
「エリー、そういえばこの石は何か名前があるの?」
「そうね。『魔力石』が一般的かな。力に指向性を持たせて行使するための媒体としては色々な形があるけどね。例えばあのチアリィのは、手に持っていたどちらかでしょうし」
ふうん、と昇は石を少し眺めてポケットに収めた。
部屋を出ようとしてから少し考えるように足を止めて振り返り、ベッドの足下に置いてあった小振りのリュックを取った。
「エリー、入って」
エリーは素直に従い、リュックに入る。昇はそこに財布も入れてから部屋から出た。
リビングからつながっている、別の部屋の扉をノックして、中からの返事とほぼ同時に声をかける。
「昇だけど、ちょっと出かけてきます」
もぞもぞとした声がその部屋の中から返ってきたのを確かめてから、昇は玄関に向かった。
家を出て、ドアを施錠してからエリーに訊く。
『エリー、変身とか魔法使ったら、バレて見つかると思う?』
『危険性は高いわね』
廊下にも何匹もの虫たちが動き回っていた。昇は腰が退けそうになるのを叩いて抑え、エレベーターまで走った。
エレベーターの中で『魔力石』を取り出すが、すぐに戻す。
「昇?」
エリーの声はリュックの中からのため、籠もっていた。
エレベーターが開く。
昇は小走りに飛び出して、そのままの勢いでマンションの自動扉もくぐる。
外は、窓越しに見るよりもさらに飛んでいる虫の量が多く見えた。ぶんぶんと唸り、群れを成しているものも一匹で飛び回っているものもいる。
種類も昇が蜂――ミツバチだけでなく、翅のある蟻やバッタ、先日戦いもした蛾や蝉など多岐に渡っていた。
デニムのポケットに手を入れていた昇がたたらを踏んで立ち止まる。が、怯え気味の表情ですぐにまた駆けだした。
数百メートルほど走ってバス道に出て、もう少し行ったところにあるコンビニに逃げ込むように飛び込んで、入り口で乱れた息を整える。
店員らしい女性が少し遅れて声をかける。
「だ……大丈夫?」
「えっ、ええ……すみません」
昇は頭を下げてから振り返ると、ガラス越しの町にはまだ虫群にまみれている。
『――昇?』
『どこで変身しようか、迷っちゃった。それに……』
まだ荒い息が残っていたが、昇は買い物籠を取って店内に進む。
『朝ご飯もせずに、出てきちゃった』
幸い、コンビニのレジカウンターの奥にイートインスペースがあった。
昇はおにぎり二個とお茶、それに殺虫スプレーを買ってテーブルと椅子のあるスペースへ行き、深く座り込む。
リュックをテーブルに置いて、簡単な食事をはじめる。
リュックから顔を出したエリーが、店内と昇の様子を確かめて得心したように頷く。
昇は手早くおにぎりを食べ終え、ペットボトルを半分くらい空けてようやく少し落ち着いた様子の息をこぼした。
ポケットから『魔力石』を出して、じっと見つめる。
「――エリー」
「ん?」
昇が小声を発したのに合わせて、エリーも控えめの声を出す。
「それぞれの『協力者』って、みんな敵ってわけじゃないよね」
「うーん、まあ、そう言えないことはないわね」
昇の視線は、石に注がれたまま動かない。
「マーキング? って自分から人――他の『協力者』に譲れないの?」
「どちらとも言えないわ。実例は知らないし、できるとしても譲る側にどんなリスクがあるか判らない。権利譲渡と違う喪失をすることになる魔力量が大きければ力を一気に失ったショックで死ぬかも知れない」
昇は眉をひそめ、はあ、と嘆息する。
エリーに少し睨むような瞳を見せて、また石に映る自分の顔と目を合わせ、昇はもう一度吐息を漏らして石を握る力を強くした。
眼鏡に触れながら、言う。
「地球のこととか宇宙のこととか言われても大きすぎてついていけないし、エリーたちの理屈で踊らされてるのも正直、面白くない」
昇は冷たいお茶を一口飲んで、でも、と続ける。
「人と戦うなんてのも嫌だけど、死ぬのは嫌だ。まして、浅賀さんにこんな役割押しつけるなんてもっと嫌だ」
自分に言い聞かせるように、昇は言っていた。
大きくもう一口を飲んだところで、ペットボトルは空になった。
石を見つめ、ちらりとエリーを見て、たっぷり空気を吸って、呑み込むように溜めてから長く吐き出して昇は言った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男
湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。
何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。
お兄ちゃんは今日からいもうと!
沼米 さくら
ライト文芸
大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。
親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。
トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。
身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。
果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。
強制女児女装万歳。
毎週木曜と日曜更新です。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
二十歳の同人女子と十七歳の女装男子
クナリ
恋愛
同人誌でマンガを描いている三織は、二十歳の大学生。
ある日、一人の男子高校生と出会い、危ないところを助けられる。
後日、友人と一緒にある女装コンカフェに行ってみると、そこにはあの男子高校生、壮弥が女装して働いていた。
しかも彼は、三織のマンガのファンだという。
思わぬ出会いをした同人作家と読者だったが、三織を大切にしながら世話を焼いてくれる壮弥に、「女装していても男は男。安全のため、警戒を緩めてはいけません」と忠告されつつも、だんだんと三織は心を惹かれていく。
自己評価の低い三織は、壮弥の迷惑になるからと具体的な行動まではなかなか起こせずにいたが、やがて二人の関係はただの作家と読者のものとは変わっていった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
女子に間違えられました、、
夜碧ひな
青春
1:文化祭で女装コンテストに強制的に出場させられた有川 日向。コンテスト終了後、日向を可愛い女子だと間違えた1年先輩の朝日 滉太から告白を受ける。猛アピールをしてくる滉太に仕方なくOKしてしまう日向。
果たして2人の運命とは?
2:そこから数ヶ月。また新たなスタートをきった日向たち。が、そこに新たな人物が!?
そして周りの人物達が引き起こすハチャメチャストーリーとは!
ちょっと不思議なヒューマンラブコメディー。
※この物語はフィクション作品です。個名、団体などは現実世界において一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる