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05 轟蟲突破!?

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 異変は、数日後に訪れた。
「昇、起きてっ!」
 日曜になっていた。
 予定のない朝をベッドの中で迎えていた昇は、エリーに耳元で呼ばれて無理矢理起こされた。
「な……なに?」
 枕元の眼鏡を手探りで求めつつ、昇が不満げな声を出す。
 少し離れたところにあった眼鏡を手に当たるように押しやって、エリーが昇をさらに促す。
「早く! 外見て!」
「なに……」
 エリーに服を引っ張られ、ゆるゆるとベッドから降りた昇は眼鏡の位置を整えながら、カーテンを開け――「うわぁっ!?」と数歩退いた。
 窓に十数匹もの蜂が張り付き、動いていた。
 大きさは標準的ではあったが、その数が尋常ではなかった。
 恐る恐る、昇が窓から外を覗き見てみると、昇の部屋だけではなく空にも無数の虫が飛び回っているのがうかがえた。
「なっ……何これ、どういうこと?」
 昇が傍らで窓の外を眺めているエリーを見る。
「たぶん、今まで二回撃退したのと同じ使い手ね」
 エリーはいつになく真剣な調子だった。
「仮に『虫使い』とでも呼びましょうか、そいつが――スクミィを探しているのよ」
 そう言って、昇を見上げる。
「スクミィが誰かまでは判らなくても、このエリアのマーカーであることは間違いないからね」
 昇は小さく溜息を吐く。
「その『虫使い』ってのも、誰か地球の人なんだよね?」
「人じゃないかもしれないけど、まあ、人でしょうね。とりあえずポイントに行ってみる?」
「戦わないと……だめ?」
 昇は寝間着にしているTシャツとハーフパンツから着替えようと、クローゼットを開ける。
「こういう手段をとるのは多分、連盟側でしょうけどね」
「そういうことじゃなくて、戦い自体いやなんだけど……」
「嫌が応でも、昇はスクミィになって、一箇所とはいえ星脈ポイントを押さえているのよ。もう紛れもない『協力者』なわけ」
「……わかってるよ」
 昇はもうひとつ長く息をこぼす。
「エリーは、僕にもこんな風に他の所に戦いに行って、エリーたちの言う『陣取り』をしてほしいんでしょ?」
「まあ、ね。でもこんな手はしてほしくないわよ」
「頭では解ったんだけどさ……」
 昇は下着一枚になって、クローゼットから白の半袖シャツとクロップドデニムを引っ張り出した。
「何て言うか、そんな、人と戦うなんて……」
「好戦的なのよりは好感持てるわよ、昇って」
 でも、とエリーは浮き上がってシャツを着た昇の肩を叩く。
「それでも――お願い、昇」
 昇は眼鏡を触りつつ、エリーを見直した。
 エリーは真剣な瞳で、昇をまっすぐ見つめていた。
 昇は小さく喉を鳴らして、頷く。
 机の上に置いていた財布と携帯電話と鍵、それに件の石を取る。
「エリー、そういえばこの石は何か名前があるの?」
「そうね。『魔力石』が一般的かな。力に指向性を持たせて行使するための媒体としては色々な形があるけどね。例えばあのチアリィのは、手に持っていたどちらかでしょうし」
 ふうん、と昇は石を少し眺めてポケットに収めた。
 部屋を出ようとしてから少し考えるように足を止めて振り返り、ベッドの足下に置いてあった小振りのリュックを取った。
「エリー、入って」
 エリーは素直に従い、リュックに入る。昇はそこに財布も入れてから部屋から出た。
 リビングからつながっている、別の部屋の扉をノックして、中からの返事とほぼ同時に声をかける。
「昇だけど、ちょっと出かけてきます」
 もぞもぞとした声がその部屋の中から返ってきたのを確かめてから、昇は玄関に向かった。
 家を出て、ドアを施錠してからエリーに訊く。
『エリー、変身とか魔法使ったら、バレて見つかると思う?』
『危険性は高いわね』
 廊下にも何匹もの虫たちが動き回っていた。昇は腰が退けそうになるのを叩いて抑え、エレベーターまで走った。
 エレベーターの中で『魔力石』を取り出すが、すぐに戻す。
「昇?」
 エリーの声はリュックの中からのため、籠もっていた。
 エレベーターが開く。
 昇は小走りに飛び出して、そのままの勢いでマンションの自動扉もくぐる。
 外は、窓越しに見るよりもさらに飛んでいる虫の量が多く見えた。ぶんぶんと唸り、群れを成しているものも一匹で飛び回っているものもいる。
 種類も昇が蜂――ミツバチだけでなく、翅のある蟻やバッタ、先日戦いもした蛾や蝉など多岐に渡っていた。
 デニムのポケットに手を入れていた昇がたたらを踏んで立ち止まる。が、怯え気味の表情ですぐにまた駆けだした。
 数百メートルほど走ってバス道に出て、もう少し行ったところにあるコンビニに逃げ込むように飛び込んで、入り口で乱れた息を整える。
 店員らしい女性が少し遅れて声をかける。
「だ……大丈夫?」
「えっ、ええ……すみません」
 昇は頭を下げてから振り返ると、ガラス越しの町にはまだ虫群にまみれている。
『――昇?』
『どこで変身しようか、迷っちゃった。それに……』
 まだ荒い息が残っていたが、昇は買い物籠を取って店内に進む。
『朝ご飯もせずに、出てきちゃった』
 幸い、コンビニのレジカウンターの奥にイートインスペースがあった。
 昇はおにぎり二個とお茶、それに殺虫スプレーを買ってテーブルと椅子のあるスペースへ行き、深く座り込む。
 リュックをテーブルに置いて、簡単な食事をはじめる。
 リュックから顔を出したエリーが、店内と昇の様子を確かめて得心したように頷く。
 昇は手早くおにぎりを食べ終え、ペットボトルを半分くらい空けてようやく少し落ち着いた様子の息をこぼした。
 ポケットから『魔力石』を出して、じっと見つめる。
「――エリー」
「ん?」
 昇が小声を発したのに合わせて、エリーも控えめの声を出す。
「それぞれの『協力者』って、みんな敵ってわけじゃないよね」
「うーん、まあ、そう言えないことはないわね」
 昇の視線は、石に注がれたまま動かない。
「マーキング? って自分から人――他の『協力者』に譲れないの?」
「どちらとも言えないわ。実例は知らないし、できるとしても譲る側にどんなリスクがあるか判らない。権利譲渡と違う喪失をすることになる魔力量が大きければ力を一気に失ったショックで死ぬかも知れない」
 昇は眉をひそめ、はあ、と嘆息する。
 エリーに少し睨むような瞳を見せて、また石に映る自分の顔と目を合わせ、昇はもう一度吐息を漏らして石を握る力を強くした。
 眼鏡に触れながら、言う。
「地球のこととか宇宙のこととか言われても大きすぎてついていけないし、エリーたちの理屈で踊らされてるのも正直、面白くない」
 昇は冷たいお茶を一口飲んで、でも、と続ける。
「人と戦うなんてのも嫌だけど、死ぬのは嫌だ。まして、浅賀さんにこんな役割押しつけるなんてもっと嫌だ」
 自分に言い聞かせるように、昇は言っていた。
 大きくもう一口を飲んだところで、ペットボトルは空になった。
 石を見つめ、ちらりとエリーを見て、たっぷり空気を吸って、呑み込むように溜めてから長く吐き出して昇は言った。
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