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04 争奪遊戯!?
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しおりを挟む「――消えたな。おそらく、巨大虫のほうだ」
裏山から住宅地に向かって続く道の途中、幹線道路を横切っている歩道橋の上で流れる車をただ見るように立っていた少女に、どこからか声がかけられた。
少女はどこかの高校の制服らしい校章の入ったブラウスとリボンに、チェックのプリーツスカートという出で立ちだった。短めのスカートから伸びる白い脚はニーソックスに包まれ、ローファーに収められている。
ブラウスを盛り上げている主張の強い胸と、つり目気味で好奇心の強そうな瞳が印象的だ。
長いこげ茶の髪を頭の左右でまとめて垂らし、足下にあるボストンバッグ型の学生鞄にもブラウスと同じ校章が入っている。
声は、そのバッグからしていた。
「そっか。スクミィちゃん――アレ倒したんだ。やるなぁ」
少女は感心したように呟き、先刻遭遇したものを思い出したかげんなりとした口許を作る。
「明里――行くか?」
バッグからの声に明里、と呼ばれた少女は小さく首を振る。
「今日はやめとくわ。なんだかオイシイ所取りみたいで」
「漁夫の利、という言葉もあるが」
「あたしの好みじゃないよ」
きっぱりと言って、明里はスカートのポケットから携帯端末を取り出した。メールチェックか、簡単な操作のみでまたポケットに戻す。
「他のところ押さえていってもいいでしょ?」
「それはそうだが――」
明里はバッグを持ち上げ、チャックを開けた。
バッグから縫いぐるみのような頭が出る。
「それに、あの子とは戦い抜きで話してみたいし」
縫いぐるみ状の生物――ヒューは明里を見上げて「そうか」とこぼす。
「そこの中学の子かなあ。
そうだ。あの子が『どっち側』とか言ってたけど、どういうこと?」
「単純な二分ではないし、知ったところでする事に変わりはないが……」
「いいから教えてよ」
明里はバッグを肩にかけた。
「あっちに面白そうな挑戦者募集を掲げてるラーメン屋があったわね。軽く食べながら聞くわ」
そう言って、明里――チアリィは歩道橋から駅の方向に向かって歩き始めた。
町よりいくぶんか離れた山の中に、廃業して数年は経っているのであろう会社の、かつては倉庫だったらしい小さな建物があった。
敷地は荒れ放題で草木があふれ、残っている建物も風雨に晒されるままで、もとの社名を判別できるようなものは残っていない。
大型の南京錠で締められていた扉が錠も鎖も引きちぎるような格好で破られ、錆のせいか風で時折ぎりぎりと不協和音を奏でていた。
「あなたの『協力者』は使えませんね、ハイレイン」
その扉の奥から低い声が漏れていた。丁寧で涼しげな口調だが、威圧感が強い。
「こんなポイントを押さえるのに、何日かけるつもりですか」
「いや、しかし……」
ハイレインという名らしい、それに応えた声は焦燥感にあふれ掠れていたが、「お前がしっかりしないからだッ」と怒りを伴った調子で何かを殴り、倒れる音が続いていた。
「この列島そのものが特殊なラインとポイントを多数形成していることはすぐに判ることですし、他の参加者が目を付けていることはもちろん、この程度の戦闘は想定範囲内ですよ」
「はっ――はい」
「まあ……いいでしょう。もう一度だけ、策をよく考えてやってみなさい」
低い声はそこで一旦言葉を切る。
「策……」
「相手に合わせる必要はないはずです。再戦して勝てなければ、別方面へと戦略を変えます。
私もそろそろ『協力者』を用意しないといけませんし」
掠れた声――ハイレインの返事はない。
「ただ確かに、ここのポイントが看過し難いものを秘めていることも否定できなくはあります。
ここを任せたのが私の判断ミスではないことを証してください、ハイレイン」
「はッ」
そう応じたあと、ハイレインは話題を変えるように、多少緊張を緩めた声色で言った。
「ところでノウェム卿、あの町に気になる現地人がいるのですが……」
昇は一旦学校に戻って上履きを履き替えたあと、まっすぐ帰らずに駅に向かっていた。
その道すがら、鞄の中に収まっているエリーに訊く。
『どういうことか説明してよ』
エリーは昇が肩から提げた鞄の中でごそごそと動きながら、質問で返す。
『この惑星にある地脈とエリアについて話したのを覚えてる?』
『何となく。それが?』
『そのポイント――『力の源』となっているところへのマーキングで、惑星の支配を強めていく、ってことも話したよね?』
『ん……うん』
『ポイントへのマーキングは地脈ポイントが管轄する範囲――エリアの占有、惑星への影響力を強めるのと同時に、その『力』をマーカーが享受できるようになるの。つまり、確保エリアを増やすことはイコール自分の力を増やしていくことにもなっているのよ』
『その確保エリアを増やすのが僕らの役割、っていうのは?』
駅前のアーケードに、昇はさしかかっていた。
『――少し昔、連合も連盟もその他も、新たに惑星などを自分の影響下に入れるときについて、協定を定めたの』
夕方のアーケードは人々で賑わっていた。昇はその中を縫うようにして進んでゆく。
エリーは、少々間を置いてから言う。
『要するに――異星生命のみの勝手で星を占拠することを禁じて、現地生命体に協力してもらい、協力者とともに占有エリアを拡げてゆくこと』
『それって、どういう……』
『自陣を増やす、と言うと解りやすいかな? いわば陣地の獲りあい――』
エリーがそこまで言ったところで、歩いていた昇とぶつかりそうになった人影があり、避けようとした昇がバランスを崩した。
ちょうど真横にあった店から出てきたらしいその人影が昇の腕を掴んで、転びそうになった昇を引き上げる。
「あっ……すみません、ぼけっとしてて」
エリーとの話に注意を割いていた昇は人影に謝り、ずれた眼鏡を直す。
「ううん、こっちもよそ見してたし――」
人影は、制服姿の少女だった。頭の左右で括った髪がふわりと揺れる。
昇より背の高い彼女は昇の腕を持ったまま、昇の顔を覗き込んでいた。
「キミ、どこかで会った?」
昇は首を横に振り、あらためて彼女の顔を見て――目を丸くした。
「あっ、い、いえ――っ」
制服の少女は、チアリィ――明里だった。スクールバッグを肩にかけて引っ張られたブラウスで一層強調されたバストが昇の肘に触れている。昇は明里の、チアリィの状態でしか会ったことはなかったが、変身前後で印象の変わらない瞳が昇をじっと見ていた。
「キミ、お姉さんか妹さんがいたりしない?」
「い、いいえっ」
昇はもう一度首を振って否定する。
明里はしばらく考え事のように小首を傾げていたが、緩く笑って舌を出して、昇を解放した。
「そっか、ごめんね、人違いみたいね」
と、持っていた紙片を昇の手に移す。
「中学生かな? いっぱい食べて大きくなるんだよ。じゃあね」
そう言って昇に手を振り、軽い足取りで駅に向かって行った。
昇は押しつけられたものを見る。紙片には『大盛り一杯サービス券』とあった。
昇がすぐ横を見ると『麺亭 屠龍』とラーメン屋の暖簾がかかった引き戸があった。
立て掛けられたボードに『超盛完食で大盛りサービス券プレゼント』とある。尋常ではない分量に見えるつけ麺の写真には『2500g~挑戦者求む!』と豪快な字体の煽り文句が書かれていて、昇は手の中のサービス券と小さくなってゆく明里の背中を見比べる。
「今の、チアリィさん……だよな。これ食べたってこと?」
昇は信じられないといった調子で呟いていた。
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