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01 魔法少女!?

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「えっ?」
 その渦の中心から、モコモコとした何かが出てこようとしていた。
 昇は距離を取ろうと一歩下がるが、反対側の壁がそれを阻む。昇が見ている内にその何かはじわじわと姿を現してきた。
 ぽっよよん、としか形容のしようがない音を響かせて、どこか不格好な縫いぐるみのような姿が露わになった。淡い栗色の、丸い頭部に左右に垂れるゆるやかに波打った耳と、同じく丸い胴体には短い手足と尻尾が付いている。
 胴体はやや濃い橙の、ハート形の模様が描かれていた。
 その空中に浮かぶ縫いぐるみの背後で、壁が元通りの様相に戻る。
 縫いぐるみは昇の姿を見て口を開いた。
 やや高い、若い女性の声が縫いぐるみから発せられる。
「完っ璧じゃない! やっぱり、私の見立ては間違っていなかったようねっ。ねえ、あなたには少しの間悪いけど、私の手伝いをしてほしいのよ。もちろん報酬はあるし、あなたの資質が私の見込んだ通りならきっと大丈夫よ!」
 そこまで言って、ゆるゆると高度を下げながら続ける。
「それにそのスーツには女の子らしくなる手助けをする機能を付けてるわ。だからまだまだなその胸も、腰も――」
 早口気味に、昇が口を挟む間を与えずに喋り続けていたのがぴたりと止まる。
 縫いぐるみの目が、昇の股間を凝視していた。
「って、えええっ? あなた男!? まさか浅賀くるみ――じゃない、わよね?」
 と、昇を見上げて訝しげに言う。
 昇は呆気にとられた表情で頷いて、フルネームを告げた。
比嘉ひが、昇だけど……あの、君は? これは一体、何? 君がやったの?」
 縫いぐるみは便座の蓋に降り立つと、昇の全身を何度も見回して短い腕を組んだ。
「一度に訊かないのっ」
 やや怒りを滲ませた声で言う勢いに、昇は気圧されて「ご、ごめんなさい……」と呟く。
「びっくりするわよ、もう。私の調査が間違ってたのかと思ったじゃない。
 私は……そうね、ローズマリー・エリノーラ・テリーサ・アンジェリア・ウォーキンショー」
「……え?」
「仮名よ。私たちの発音じゃ通じないって解ってるからね。
 ――エリーでいいわ」
 そう名乗った縫いぐるみ――エリーは、昇をじとりと睨み上げたまま、それでも口調はやや軽くなってきていた。
「それで、昇だったっけ? どうして君がそれを装着してるの?」
「え、あっ、いや、それはその――ぐ、偶然」
 エリーに相変わらず圧される格好の昇はどもりながら答える。
~?」
 エリーは昇の姿を子細に観続けていた。
「ちょっ……そんな、見ないでよ」
「あのねぇ、そのスーツは私が浅賀くるみに、って用意したものなのよ? もともと私のものなわけ。わかる?」
 昇はおずおずと頷いて、自分の身にまとっているものを見直す。
「じゃあこれ、浅賀さんのじゃないんだ……」
 と、落胆の色を瞳に浮かべながら赤面するのを見てエリーが何か得心したようなにやりとした笑みを浮かべた。
「ほほ~ぉ、君は浅賀くるみの物だと思って、こんな所に持ち出してきたんだ。
 何するつもりだったのかなぁ? そんなところ大きくして」
 そこで言葉を切り、たっぷりと溜めた上でぼそりと言う。
「ヘンタイ」
「ちっ、ちがあぁぁぁ……っ」
 昇は杖を支えにして崩れ落ちそうになるところを踏みとどまった。
 言い放ったエリーはしかしそこで冷静な調子になり、
「ま、いいわ。しちゃったものはもう仕方ないしね」
 と昇に向かってにっこりと微笑んで見せた。
「じゃあ昇、君が私の『協力者』になって戦ってね」
 買い物の手伝いを誘うように軽く、さらっと言う。
「た、戦う、って……?」
 昇の質問には答えず、エリーは背後を振り返る。
「早速来たようね。
 ま、そのためにこっちも用意してたんだし」
 エリーは鋭さを増した空気で昇を促す。
「さ、行くわよっ。やり方はそこで教えてあげるわ」
 そう言ってふわりと浮くと、エリーは無造作に個室の扉を開けてトイレの奥へ向かった。
「ちょ、ちょっと待って……この格好で行く、の?」
 昇は個室から顔だけ出して言う。
 奥にある窓を目指して飛んでいたエリーは昇に向き直って声を荒げた。
「当ったり前でしょ。早く来てよ!
 それとも何? 動けないの?」
「だってこんな、女子の……」
 ぼそぼそと小声になる。エリーは昇のもとに戻り、白手袋の腕を引いた。
「大丈夫、女の子に見えるわっ」
「そういう問題じゃなくって……」
 エリーに、この縫いぐるみのような体のどこから出ているのか不思議なくらいの力で引っ張られ、昇はまろびそうになるのを杖で補って進む。
「あ、あの、僕の荷物は? 服は消えちゃってるし……」
「あーもう、面倒くさいなあ。後で説明してあげるからとにかくついて来なさい、変態少年!」
「へ、変態じゃないよぉ」
 トイレの窓を開け放ったエリーが外へ飛び出した。
 腕を取られたままの昇も窓の外――三階の高さの空中に出さされる。
 昇はただ落ちる感覚に、声を上げていた。
「ぅわあああぁぁぁっ!!!」

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