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結び
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師のもとへ帰還した菊羽は、事の次第を省くことなく報告した。
藤林翁は静かに笑って話を聞き、それで、と尋ねる。
「国へ帰るか、それとも主君である姫のもとへゆくか」
菊羽の答えは、そのどちらでもなかった。
菊羽は、この山中の庵での暮らしを続けた。
体を鍛え、忍びの術を練った。
そしてまた、書の編纂や実証に携わった。
命ずることも放り出すこともなく、藤林翁はただ、弟子を研いた。
師がその菊羽に、言ったことがあった。
「すぐれた使い手、というものも書こうかと思うが――菊羽、おぬしの名はどうじゃ」
「私など、まだまだでございます」
その誘いに、菊羽は自嘲気味の笑みを浮かべた。
「お師さまにももちろん、生駒どのにも、父にもまだ及びませぬ。お師さまが前に言われたとおり、私の水術のようなものは載せるべきではなく、そうなるとなおさら私の腕など」
「霾の名をここに残す気は、ないか」
「書くべき名手は他にもっとおりますれば」
藤林翁も、わらう。
「控えめな弟子じゃの。この藤林が直々に教えておるというのに」
まあよい、と弟子の肩を叩く。
「おぬしの心は解った。が、儂の腹積もりもあるからな」
その後、師の口からこの話題に触れることは、なかった。
藤林翁は静かに笑って話を聞き、それで、と尋ねる。
「国へ帰るか、それとも主君である姫のもとへゆくか」
菊羽の答えは、そのどちらでもなかった。
菊羽は、この山中の庵での暮らしを続けた。
体を鍛え、忍びの術を練った。
そしてまた、書の編纂や実証に携わった。
命ずることも放り出すこともなく、藤林翁はただ、弟子を研いた。
師がその菊羽に、言ったことがあった。
「すぐれた使い手、というものも書こうかと思うが――菊羽、おぬしの名はどうじゃ」
「私など、まだまだでございます」
その誘いに、菊羽は自嘲気味の笑みを浮かべた。
「お師さまにももちろん、生駒どのにも、父にもまだ及びませぬ。お師さまが前に言われたとおり、私の水術のようなものは載せるべきではなく、そうなるとなおさら私の腕など」
「霾の名をここに残す気は、ないか」
「書くべき名手は他にもっとおりますれば」
藤林翁も、わらう。
「控えめな弟子じゃの。この藤林が直々に教えておるというのに」
まあよい、と弟子の肩を叩く。
「おぬしの心は解った。が、儂の腹積もりもあるからな」
その後、師の口からこの話題に触れることは、なかった。
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