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5 ドライブしたのは収録? デート?

5-2 ドライブ(デートと思いたい、移動)

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◆◇◆

「そりゃ、いっちゃんに無防備なトコもあるんだよ」
 第六回と七回の放送はまとめて撮った。
 遠征だった。
 二人で――もちろんスタッフは同行するけど――伊豆へ。
 それも、伊豆半島の南、下田まで行く。
 日程としては前日に下田入りして、貸別荘にチェックイン。翌日(第六回収録)朝から近くの福浦堤防で釣りをして、釣れたら貸別荘で僕が料理。
 次の日(第七回)も同じ堤防で釣りをして、もう一泊して翌日帰路、という三泊四日の旅だった。
 番組的にはこれまでと同じく、ここまでの旅費や宿泊費などの費用、仕掛け、料理のレシピも全て公開していく。
 第七回のラストは今回お泊り旅行することになった経緯の話とかで、これまでとちょっと違ったものになる予定だ。
 移動する車の中で、朋美さんが僕の肩を軽く揉んできた。
「無防備、って……」
「いっちゃんはこんなに女の子してることを、自覚したほうがいいよ」
「男ですよ」
「本当はどうか、ってのは関係ないの。見た目の問題」
 朋美さんが自分の車で行きたい、と言ったので、スタッフのバンと二台になっている。
 二人だけの車内で、僕は朋美さんにサークルに行ってみた話をしていた――本栖さんとのことは隠して、飲みの席で触られたこととか、そういうところを話すと、朋美さんはくすくすと笑ってそう言ったのだった。
「もちろん、そんな天然でピュアで可愛いいっちゃんより、調子に乗ったことする男がサイッテーなのは別としてね。
 そんな連中は釣りとかサークルとか、それ以前の人としてのモラルの話」
 殴ればよかったのに、と軽く言う。
「それどころじゃなかったんですよ……」
「そうだよね。
 傍観者は好きなこと言うけど、当事者は『それどころじゃない』んだよね。
 女の子的な、イヤな思いしたんだね」
 と、朋美さんに頭を撫でられた。
「それだけ、いっちゃんに魅力があるってことでもあるけど、イヤなもんはイヤだよね。
 それで、サークル続けるの?」
「断りました」
「あら。開き直って姫扱いで貢がせたら面白いのに」
 凄いことを言う。
「犯罪まがいのことされた復讐に『サークルの姫』として男どもを翻弄して、サークルを崩壊させるの。どう?
 アタシ、ブレーンやるよ?」
「そんなこと――それに、朋美さんが言ってたとおり、バス釣りの人ばっかりでしたし……」
 言い淀む。
「どうしたの?」
「堤防は子供の遊びだって、言う人がいて……」
 朋美さんが眉をひそめた。
 だから、それ以上の話はしないでおく。
 朋美さんに嫌な思いをさせることはしたくないから、自分の中だけで留めておく。
「そういう人いるけどね。自分の好きな釣りが一番、ってヤツ」
 吐き捨てるように言う。
「こんな話して、すみません……」
「いいって。その場で言われたいっちゃんの方が、よっぽど不快だったでしょ」
 それに、と朋美さんが続ける。
「今のアタシたちだったら、そういう連中をギャフンと言わせられるかもよ」
「どうするんですか?」
「FCSのバス師に堤防でサビキ釣りしてもらって『堤防もいいね』って言ってもらったら一発っしょ。
 いっそ『キャッチ&すとまっく』にゲストで出てもらって、いっちゃんの手料理ふるまったら完璧じゃない?」
 朋美さんがにやっと笑う。
 その発想は面白いし、あの人達の顔を想像すると楽しくて、僕も声を上げて笑った。
「おっ、やっと明るくなってきた。よかった」
「そんなに沈んでました?」
 自覚はしている。
 原因の一部に朋美さんとユキさんのことがあるとは――言えないけど。
「色々ね。悩んでること聞くよ。
 アタシじゃ役に立たないかも、だけど」
「そんなことないですよ」
「じゃ聞かせて。まだまだ時間はたっぷりあるからね。
 二人っきりだし、のサカナとしては、いっちゃんにはツラい?」
 ドライブ……デート。
 朋美さんはそう思ってるんだ。
 もうちょっと気持ちが軽くなって、いま間近な問題でどうしようかと思っていることを話す。
「妹から――泊めろってメールが来たんですよ」
「前に聞いたことあるね。避けられてんだっけ?」
「そうだったはずなんですけど……」
 メールはぶっきらぼうに、今週末にお台場かとかそのあたりであるらしいイベントに行くから二・三日泊めろ、と書いてあった。
 詳しく聞くと、旅費を浮かせるためと、親に様子を見てくるよう言われたので、面倒くさいけど僕のところに来る、ということらしい。ただし一緒に泊まるのは嫌だから、僕が生きていることを確認したら僕は友人の家にでも泊まりに行ってこい、となんとも勝手な話だった。
「ふぅーん……」
 朋美さんは僕の話を相槌を打って聞いてくれる。
 運転に乱れはない。
「ウチに泊まってもいいけど……」
 心が躍る。
「でも一度は会わないといけないんだよね」
 図星だった。
 朋美さんは「なるほどねぇ」と爪に飾られた指でハンドルをとんとんと叩いて、BGMに合わせたリズムを取る。
「いっちゃんは、どうするつもり?」
「撮影終わって帰ったらしようと」
「女の子でいれば?」
「無理ですよそんなの――妹もですけど、親に知れたら……」
「だから、カミングアウトすればいいじゃん」
「死人が出ますよ……」
 僕か親か。
 朋美さんは僕の言葉を大げさな冗談と受け取ったのか、小さく笑う。
「部屋はどうしたの?」
「まだ何も――なので、帰ってから、女物はコインロッカーかどこかに入れておこうと思ってます」
 そうしたら、着替えは少ないし、部屋の中はかなり殺風景になってしまうけど、妹に家探しされてマズい事態になるよりはるかにマシだ。
「そっか」
 朋美さんが僕の手を握ってくる。
 心拍数が上がる。
「帰りにいっちゃんの部屋寄って、一緒にアタシのトコに帰ろっか」
 ちらっと、目が合う。
「そんなとこ預けなくていいじゃん」
 朋美さんの微笑みは、優しかった。
「そっかあ、男装かぁ。
 B面――男の子モードのいっちゃん、久しぶりだね」
「そうですね」
 ここのところずっと、朋美さんとは女装姿でしか会っていない。
 今更男っぽくできるかどうかの自信はあまりない。
 朋美さんの手が、僕の胸に上がってきた。
「でもこの胸で男だっつってもねぇ~」
 ゆるく、わずかにできているふくらみを、なぞられる。
 嫌じゃない。
 触られる相手で、感じ方が全然違う。
 サークルの男や本栖さんにされたのと、朋美さんにされるのと。
 抵抗しない。
 朋美さんはからかうように笑って、僕の髪を撫でる。
 聞きたい。
 言いたい。
 朋美さんは僕のことをどう思ってるの?
 僕の頬を朋美さんのネイルがつつく。
「まぁた渋い顔してる。
 じゃあ次のネタいってみよっか」
 朋美さんに明るく言われると、僕の悩みなんて何でもないことのようにも思える気がした。

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