上 下
2 / 32
1 ギャルの釣果は男の娘?

1-2 これが……ぼく?

しおりを挟む
 ――でも、夢でもネガティブな願望でもなく、僕を起こしたのはさっきのギャルさんだった。
 薬が効いたのか、随分すっきりしてきていた。
「起こしてゴメンね」
 彼女が片手で謝る。
 スマホを見ると、朝五時前だった。
 二時間ちょっとしか経っていないことを謝ってるのか。
「いえ、だいぶマシになりました」
 体を起こす。
「そっか、よかった」
 彼女が白い歯を見せる。
「でもごめんね。やっぱり、行く予定立ててたから」
 そう言う彼女はさっきのキャミの上から長いパーカーを羽織っていた。
 手には、魚の形のキーホルダー。
「そのへんの駅で降ろすか――それか、一緒に行く?」
 と、僕の目を見て、くすりと笑って更に言う。
「その前にメイク直そっか。洗面台使っておいで」
「えっ、あの……」
 困惑する。
「メイク下手ですし、このままでいいです」
 一晩たってどんな状態になっているのか解ってないけど、家に帰るだけだし……と思う。
 そもそも、化粧品持ってきてない。
 そう言って断ろうとすると、彼女が眉をひそめた。
「――おいで」
 と、僕の手を掴んで引っ張った。
 やっぱり僕より十数センチは長身だ。
 なんとか転ばずに連れて行かれた先は、洗面所だった。
 大きめの鏡と並べられた化粧水などのボトル。
 歯ブラシは一本――関係ないような気はするけど、意識に留まった。
 彼女は僕の手にクレンジングオイルを出し、洗顔フォームとボトルを示した。
「今のメイク落として顔洗って」
 強めに言われる。さっきのが彼女を怒らせたのだろうか。
 勢いに逆らえず、指示に従って僕は顔を洗う。
 慣れない塗り方のファンデーションも適当につけていたリップも溶かし、押し流してゆくオイルと冷水が心地よい。
「キミのバッグ見ていい?」
「あ――あの、化粧品、持ってきてないです……」
 彼女の意図を何となく察して、泡を流しながら言う。
 ――呆れた? それか、放り出されるかな、さすがに。
 僕が手探りで水を止めると、タオルに顔を包まれた。
 僕が受け取り、彼女が手を離したところで訊かれる。
「肌弱い? 今まで荒れたりアレルギー出たりしたこと、ある?」
 声に、不機嫌そうな雰囲気はなさそうだった。
 僕は首を振る。
「いえ、特には――ていうか、そんなに色々試したことないです」
「そっか、じゃ、何かあったらゴメンね」
 傍にあったストールに座らされる。
 彼女はいつの間にか持っていたヘアバンドで僕の髪を上げ、中腰になって顔を寄せてきた。
 また漂う香りと急に狭まった距離感で心臓が跳ねる。
「肌、悪くないね」
 彼女が化粧水を染み込ませたコットンで僕の顔を拭いてゆく。
「若そう。何歳?」
「あ――十九、です」
 目を閉じておくよう言われながら、おそるおそる答える。なるほどねー、と彼女は手際よく僕の睫毛をビューラーで上げ、マスカラを引く。
 瞼にも何か――アイライナーかな――が付けられる。
「あんまり無茶しちゃダメだよ。メイクは――うん」
 飲酒を咎められるかと思ったら、そこはさらりと流された。
 それよりも彼女はファンデの色を選んでいた。
「これでいってみよっか」
 ちらりと見ると、よく日焼けした彼女の肌より何段か明るそうだった。
 鼻の下とかおもに顔の下半分に点々と何かをつけて広げ、それからファンデーション――僕が自己流でバフバフやってるのより薄い感じがする。
 続けて、唇の周りを細いものがなぞってゆく感触――それからリップ。これも、何かサラサラと、僕が塗るのとは違うやり方をしているようだ。
 さらに、唇に粘度の高そうな何かが乗って、唇を包み込むように広げられる。
 うながされて目を開けると、彼女は手にしていたスポンジを片付けていた。
 彼女が腰を上げた。
「軽くだけど、どうかな?」
 ヘアバンドが取られ、促されて鏡を見る。
「え……うそ」
 これが僕?

 

 さっきまでの自己流の適当メイクとは見違えるナチュラル感で滑らかな肌と、ふわりと色艶の乗ったぷるぷるの唇。
 うっすらと柔らかなピンクの頬も、ぱしっと上がった睫毛にほんのり色の乗った明るい目尻が変えている目の印象も、今までの僕にないものだった。
 何より、濃くはないけどつい気になって厚く塗っていた口や顎の周りが、嘘のように自然にまとまっている。
 僕の顔のすぐ横に、彼女の豊かな胸がある。
「アイメイクとか色々やってあげたいけど、時間もちょっと……ね。
 こんな程度でいい?」
 僕はぼんやりと頷いて、髪を整える。
 ちょっと結べるくらいの長さなのを、彼女がスプレーでふわりと広げてくれてさらに驚く。
 それだけでかなり変わった感じがする。
「いや、こんな程度どころか……びっくりしました」
「着てる服は変じゃないと思うよ。みたい?」
 僕は思わず勢いよく彼女を見上げた。
 愕きと狼狽で唇が震えるのを感じる。
「拾った時から気付いてたよ」
 うそ……焦る僕の頭を、彼女がぽんと撫でた。
「パス度高いよ、大丈夫」
「えっ、あっ、その――」
 頭の中が真っ白になって言葉が出てこない。
 ずっと知ってたの? パス度ってなに? こんな僕を介抱して、何も聞かないで、化粧までしてくれて、ギャルで、優しくて、僕より背も高くて、甘い匂いがして――
「じゃあ行こっか。キミと話したいから、都合悪くなかったら今日は付き合ってほしいな」
 内心の混乱と湧き上がる疑問を無視して、彼女は肘を取って僕を立たせる。
「いい?」
 念を押されて、僕はやっとの思いで言う。
「行く、って――?」
「釣り」
 にっ、と彼女は笑顔の度合いを強くした。
「ね、名前教えてよ。アタシは朋美ともみ
「あ――いつき、です」
 そういえばここまで推定数時間、名前も聞いてなかった。

しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

恐怖体験や殺人事件都市伝説ほかの駄文

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:51,049pt お気に入り:1,598

堕ちていく僕

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:66

後輩女子と立場が逆転して女の子にされる話【リメイク】

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:38

女体化ウイルス隔離女学園

大衆娯楽 / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:110

フタナリJK栗野かおる

青春 / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:0

化け物-孕ませ触手とスライムの百合産卵-

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:7

女子に虐められる僕

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:2,273pt お気に入り:19

処理中です...