95 / 120
第3章 北の大国フェーブル
第95話 追う者と追われる者
しおりを挟む
「私が物心ついたころには、父と母の仲はすでに冷え切っていました」
馬車に揺られながらヴィオレッタが語り始めた。
「そして私が十一歳の時に母は亡くなり、一年間の喪が明けてすぐ、父はカルミアさんとサフィニアを屋敷に連れてきました。サフィニアはすでに五歳でしたし、父にとっては母と私より、あちらの方が家族と言っていい存在だったのでしょう。でも、命を狙われるほど疎まれていたなんて……」
沈痛な面持ちでヴィオレッタは過去に思いをはせる。
「それってあなたのせいじゃないわよね」
それに対しクロがまず返した。
「確かに、誰を真の家族と思い大切に思うか、心の問題までは他人が操作できるものではないが、だからと言って、罪もない娘につらく当たっていいわけないし、欲得のために命を奪うなど許されることではない!」
ユーベルも断言した。
サフィニアはというと、姉の語る過去の話においては自分もまた苦しめる側だったのだと少々居心地の悪い思いをしていた。
三人と一匹はブラウシュテルン家の馬車でいったんユーベルが滞在しているシュウィツアの公館に立ち寄り、そこから馬車を乗り換え、現在ブラウシュテルン公爵領に向かっている最中であった。
ヴィオレッタを安全にかくまってくれるところ、と、いうと王都内では、公爵家がねじ込んできたときに抵抗できるほどの貴族はいない。
「父は祖父や母と違って領地にはあまり訪れたがらず、その経営も地元の別宅に住む家令に任せきりです。ブラウシュテルン領内で今でも領主様として親しみを持たれているのは母や祖父の方です。そのおかげで領内では王都と違って使用人や市井の方々にも温かく接してもらえました。夏の休暇が始まると秋からの社交シーズンまでそこに滞在するのが、私にとっては唯一の慰めでした」
現在の公爵家の圧力をはねのけヴィオレッタを守ってくれる場所。
それは、れっきとした直系のお姫様としてヴィオレッタに親しみを感じる人々がいるブラウシュテルン家の領内であった。
王都から領内までは、急いでも一日半はかかる。
女性二人を連れての旅はこまごまとした準備が必要であるが、
「必要なものは、その場その場で買うことも、魔法で出すこともできるわ。ここはできるだけ急いだほうが賢明よ」
と、いうクロの進言から、着の身着のまま出てきた二人の令嬢をつれ、現在馬車は走行中である。
一方、妻のカルミアから連絡を受けたヴィオレッタの父ファイゲ・ブラウシュテルンは、妻を王宮に呼び寄せ、二人してダリア王妃の前でひざまずきある報告をした。
「シュウィツアのノルドベルク公子がヴィオレッタ嬢を誘拐したですって!?」
二人からの報告にダリア王妃はあっけにとられた顔をした。
「はい、公子は突然わが邸宅を訪れヴィオレッタに応対をさせていたところ、いつの間にか姿が消えうせ、家の者に尋ねたところ馬車で外出したところまで確認できており、そのあとの行方が……」
カルミアが王妃に説明をした。
「それは、もしかして『駆け落ち』というんじゃないでしょうね」
夫妻の慌てた様子を冷ややかに見降ろしながらダリア王妃は言った。
「とんでもございません! ヴィオレッタの意思はあの時の会合でもはっきりしていました。ただ公子の方はヴィオレッタに変わらず邪心を抱いていたようで、その証拠にいなくなったのはヴィオレッタだけではなく次女のサフィニアまで一緒なのです」
「駆け落ちならばいなくなるのは二人だけのはずです。おそらくですが、公子はヴィオレッタを連れ出す時に妹のサフィニアを人質にしたのではないかと……」
公爵代行夫妻は口々に説明した。
「なるほど、筋は通ってますね。いずれにせよ貴族が王宮に届け出もなしに王都を出るのは禁止されていますし、王宮の騎士団に追跡させ真意を問いただしましょう」
ダリア王妃の策に夫妻は感謝した、そして、その追跡の部隊に公爵家の騎士団も入れてもらうことを要望した。
「我が家の問題で王宮に頼りっぱなしは心苦しいのでぜひ!」
ファイゲ・ブラウシュテルン公爵代行の懇願に王妃はうなづいた。
「よいか、奴らに追いついたら乱戦に持ち込んでそのどさくさに公子とヴィオレッタをやるんだ」
王宮の騎士に同行するため準備をしている騎士長マースに公爵代行は耳打ちするのだった。
馬車に揺られながらヴィオレッタが語り始めた。
「そして私が十一歳の時に母は亡くなり、一年間の喪が明けてすぐ、父はカルミアさんとサフィニアを屋敷に連れてきました。サフィニアはすでに五歳でしたし、父にとっては母と私より、あちらの方が家族と言っていい存在だったのでしょう。でも、命を狙われるほど疎まれていたなんて……」
沈痛な面持ちでヴィオレッタは過去に思いをはせる。
「それってあなたのせいじゃないわよね」
それに対しクロがまず返した。
「確かに、誰を真の家族と思い大切に思うか、心の問題までは他人が操作できるものではないが、だからと言って、罪もない娘につらく当たっていいわけないし、欲得のために命を奪うなど許されることではない!」
ユーベルも断言した。
サフィニアはというと、姉の語る過去の話においては自分もまた苦しめる側だったのだと少々居心地の悪い思いをしていた。
三人と一匹はブラウシュテルン家の馬車でいったんユーベルが滞在しているシュウィツアの公館に立ち寄り、そこから馬車を乗り換え、現在ブラウシュテルン公爵領に向かっている最中であった。
ヴィオレッタを安全にかくまってくれるところ、と、いうと王都内では、公爵家がねじ込んできたときに抵抗できるほどの貴族はいない。
「父は祖父や母と違って領地にはあまり訪れたがらず、その経営も地元の別宅に住む家令に任せきりです。ブラウシュテルン領内で今でも領主様として親しみを持たれているのは母や祖父の方です。そのおかげで領内では王都と違って使用人や市井の方々にも温かく接してもらえました。夏の休暇が始まると秋からの社交シーズンまでそこに滞在するのが、私にとっては唯一の慰めでした」
現在の公爵家の圧力をはねのけヴィオレッタを守ってくれる場所。
それは、れっきとした直系のお姫様としてヴィオレッタに親しみを感じる人々がいるブラウシュテルン家の領内であった。
王都から領内までは、急いでも一日半はかかる。
女性二人を連れての旅はこまごまとした準備が必要であるが、
「必要なものは、その場その場で買うことも、魔法で出すこともできるわ。ここはできるだけ急いだほうが賢明よ」
と、いうクロの進言から、着の身着のまま出てきた二人の令嬢をつれ、現在馬車は走行中である。
一方、妻のカルミアから連絡を受けたヴィオレッタの父ファイゲ・ブラウシュテルンは、妻を王宮に呼び寄せ、二人してダリア王妃の前でひざまずきある報告をした。
「シュウィツアのノルドベルク公子がヴィオレッタ嬢を誘拐したですって!?」
二人からの報告にダリア王妃はあっけにとられた顔をした。
「はい、公子は突然わが邸宅を訪れヴィオレッタに応対をさせていたところ、いつの間にか姿が消えうせ、家の者に尋ねたところ馬車で外出したところまで確認できており、そのあとの行方が……」
カルミアが王妃に説明をした。
「それは、もしかして『駆け落ち』というんじゃないでしょうね」
夫妻の慌てた様子を冷ややかに見降ろしながらダリア王妃は言った。
「とんでもございません! ヴィオレッタの意思はあの時の会合でもはっきりしていました。ただ公子の方はヴィオレッタに変わらず邪心を抱いていたようで、その証拠にいなくなったのはヴィオレッタだけではなく次女のサフィニアまで一緒なのです」
「駆け落ちならばいなくなるのは二人だけのはずです。おそらくですが、公子はヴィオレッタを連れ出す時に妹のサフィニアを人質にしたのではないかと……」
公爵代行夫妻は口々に説明した。
「なるほど、筋は通ってますね。いずれにせよ貴族が王宮に届け出もなしに王都を出るのは禁止されていますし、王宮の騎士団に追跡させ真意を問いただしましょう」
ダリア王妃の策に夫妻は感謝した、そして、その追跡の部隊に公爵家の騎士団も入れてもらうことを要望した。
「我が家の問題で王宮に頼りっぱなしは心苦しいのでぜひ!」
ファイゲ・ブラウシュテルン公爵代行の懇願に王妃はうなづいた。
「よいか、奴らに追いついたら乱戦に持ち込んでそのどさくさに公子とヴィオレッタをやるんだ」
王宮の騎士に同行するため準備をしている騎士長マースに公爵代行は耳打ちするのだった。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

【完結】五度の人生を不幸な出来事で幕を閉じた転生少女は、六度目の転生で幸せを掴みたい!
アノマロカリス
ファンタジー
「ノワール・エルティナス! 貴様とは婚約破棄だ!」
ノワール・エルティナス伯爵令嬢は、アクード・ベリヤル第三王子に婚約破棄を言い渡される。
理由を聞いたら、真実の相手は私では無く妹のメルティだという。
すると、アクードの背後からメルティが現れて、アクードに肩を抱かれてメルティが不敵な笑みを浮かべた。
「お姉様ったら可哀想! まぁ、お姉様より私の方が王子に相応しいという事よ!」
ノワールは、アクードの婚約者に相応しくする為に、様々な事を犠牲にして尽くしたというのに、こんな形で裏切られるとは思っていなくて、ショックで立ち崩れていた。
その時、頭の中にビジョンが浮かんできた。
最初の人生では、日本という国で淵東 黒樹(えんどう くろき)という女子高生で、ゲームやアニメ、ファンタジー小説好きなオタクだったが、学校の帰り道にトラックに刎ねられて死んだ人生。
2度目の人生は、異世界に転生して日本の知識を駆使して…魔女となって魔法や薬学を発展させたが、最後は魔女狩りによって命を落とした。
3度目の人生は、王国に使える女騎士だった。
幾度も国を救い、活躍をして行ったが…最後は王族によって魔物侵攻の盾に使われて死亡した。
4度目の人生は、聖女として国を守る為に活動したが…
魔王の供物として生贄にされて命を落とした。
5度目の人生は、城で王族に使えるメイドだった。
炊事・洗濯などを完璧にこなして様々な能力を駆使して、更には貴族の妻に抜擢されそうになったのだが…同期のメイドの嫉妬により捏造の罪をなすりつけられて処刑された。
そして6度目の現在、全ての前世での記憶が甦り…
「そうですか、では婚約破棄を快く受け入れます!」
そう言って、ノワールは城から出て行った。
5度による浮いた話もなく死んでしまった人生…
6度目には絶対に幸せになってみせる!
そう誓って、家に帰ったのだが…?
一応恋愛として話を完結する予定ですが…
作品の内容が、思いっ切りファンタジー路線に行ってしまったので、ジャンルを恋愛からファンタジーに変更します。
今回はHOTランキングは最高9位でした。
皆様、有り難う御座います!

薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜
蒼井美紗
ファンタジー
孤児院で代わり映えのない毎日を過ごしていたレイラの下に、突如飛び込んできたのが精霊であるフェリスだった。人間は精霊を見ることも話すこともできないのに、レイラには何故かフェリスのことが見え、二人はすぐに意気投合して仲良くなる。
レイラが働く薬屋の店主、ヴァレリアにもフェリスのことは秘密にしていたが、レイラの危機にフェリスが力を行使したことでその存在がバレてしまい……
精霊が見えるという特殊能力を持った少女と、そんなレイラのことが大好きなちょっと訳あり迷子の精霊が送る、薬屋での異世界お仕事ファンタジーです。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。
なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。
二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。
失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。
――そう、引き篭もるようにして……。
表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。
じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。
ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。
ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる