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第3章 北の大国フェーブル
第82話 あなたはわたし、わたしはあなた
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繊細な配慮が必要な技を使うということなので、サフィニアはクロを自分の部屋まで連れて行った。
ロゼも一緒だと不審がられるかもしれないので、彼女は庭の中の木陰に潜んだ。
サフィニアたちが部屋に入り、使用人たちにしばらく休みたいので誰も入ってこないように頼んで閉め出すと、クロがロゼを部屋まで呼び寄せた。
「さてこれから、あなたの魂を具現化させてこの部屋に呼び出すの。魂そのものをむき出しのままここに顕わすから、それを外から見はる存在が必要なの。これはわたしがやるわ。そしてサフィニア自身がその魂の中に入り込むのだけど一緒に入ってくれる案内人が必要なのよ。でないと、あなた一人じゃ魂の中でおぼれて出てこれなくなるかもしれないから、それを防ぐため、ロゼ、お願いするわね」
クロが一通り説明した。
わかったわ、と、ロゼがうなずく。
「用意はいい?」
クロが尋ね、サフィニアとロゼ、二人がうなずくとクロが技を展開し始めた。
具現化された魂の外観は薄青くきらめいていた。
ロゼが差し出した手を取り、彼女と一緒にサフィニアはその中に足を踏み入れた。中に入ってみると輝く雲の中を進んでいるような感覚だったが、薄暗い一角にうずくまる少女はいた。
「あの子なの?」
精霊ロゼがサフィニアに聞き、サフィニアがうなづいた。
「ここから先はあなた一人で行かなきゃならないわ。何が影響するかわからないから、不用意に私が声をかけるわけにはいかないの。私の役目はあくまで見守るだけよ」
ロゼの言葉に後押しされ、サフィニアはうずくまっている少女のもとへ向かった。
「サフィニアなの?」
サフィニアは聞いたが少女に反応はなかった。
「私の質問に『はい』か『いいえ』でこたえるだけでいいわ。あなたはサフィニアなの?」
今度の質問には少女はうなづいた。
「そう、どうしてそんなところでうずくまっているの? あ、これだと、はいといいえでは答えられないわね。何が嫌でそこに引きこもっているの? 両親?」
少女はうなづいた。
「両親の何が嫌? う~ん、ここから先はあなたも少しはしゃべってくれるとありがたいのだけど……」
「……」
「あなたはお母さまのヴィオレッタ姉さまに対する態度をどう思っていたの?」
「……怖い…」
これは意外だった。笑美がサフィニアの記憶をたどってみた感じでは、嬉々として母親と一緒にヴィオレッタに嫌がらせをしているように見えたのだが……。
「どう怖いの?」
「……言葉が怖い、態度も怖い……、だから、お母さまと同じように姉さまが悲しむようなことをしなきゃ、私も同じ目に合う……」
この言葉を聞いて、笑美の時の読んだきょうだい差別についての心理分析の本の内容を思い出した。
ストレスのはけ口とされ暴力や暴言を受ける「詐取子」とペットのようにかわいがられる「愛玩子」。同じ両親から生まれた兄弟でもそういう差別をする毒親が存在するうえ、うちは継母子という複雑な状況まで加わっていた。ヴィオレッタは明らかに「詐取子」だったし、サフィニアのほうは「愛玩子」であろう。でも、愛玩子だから幸せだとは限らない。あくまでペットのような所有物扱いなのだから、現にサフィニアの意思も確認せずあの女癖の悪い王太子にいずれ縁付かせようとしている。
母親のカルミアは、継子であるヴィオレッタにつらく当たるやり方を実子のサフィニアに見せながら、巧みに恐怖による支配も行っていたのだ。単に母親によく似た性格の悪い子かなんだと思っていたけど……、と、笑美のほうのサフィニアは認識を改めた。
よくよく考えれば、あの子は私なのだ。
母親の悪い影響を受けて性格が歪んでいたわけでなく『怖い』という語を発したこの子の心情。
それを思うと胸がつぶれそうになるし、外から見た印象だけで判断して悪かったな、と、笑美ことサフィニアは思った。
あの子は私で、私はあの子だったのに、一番理解して受け止めてあげるべき存在だったのに。
「ごめんね、今まで一人でよく頑張ってきたんだね」
笑美の意識がある方のサフィニアはしゃがみこみ、うずくまっている方のサフィニアの背中に手をかけた。
ロゼも一緒だと不審がられるかもしれないので、彼女は庭の中の木陰に潜んだ。
サフィニアたちが部屋に入り、使用人たちにしばらく休みたいので誰も入ってこないように頼んで閉め出すと、クロがロゼを部屋まで呼び寄せた。
「さてこれから、あなたの魂を具現化させてこの部屋に呼び出すの。魂そのものをむき出しのままここに顕わすから、それを外から見はる存在が必要なの。これはわたしがやるわ。そしてサフィニア自身がその魂の中に入り込むのだけど一緒に入ってくれる案内人が必要なのよ。でないと、あなた一人じゃ魂の中でおぼれて出てこれなくなるかもしれないから、それを防ぐため、ロゼ、お願いするわね」
クロが一通り説明した。
わかったわ、と、ロゼがうなずく。
「用意はいい?」
クロが尋ね、サフィニアとロゼ、二人がうなずくとクロが技を展開し始めた。
具現化された魂の外観は薄青くきらめいていた。
ロゼが差し出した手を取り、彼女と一緒にサフィニアはその中に足を踏み入れた。中に入ってみると輝く雲の中を進んでいるような感覚だったが、薄暗い一角にうずくまる少女はいた。
「あの子なの?」
精霊ロゼがサフィニアに聞き、サフィニアがうなづいた。
「ここから先はあなた一人で行かなきゃならないわ。何が影響するかわからないから、不用意に私が声をかけるわけにはいかないの。私の役目はあくまで見守るだけよ」
ロゼの言葉に後押しされ、サフィニアはうずくまっている少女のもとへ向かった。
「サフィニアなの?」
サフィニアは聞いたが少女に反応はなかった。
「私の質問に『はい』か『いいえ』でこたえるだけでいいわ。あなたはサフィニアなの?」
今度の質問には少女はうなづいた。
「そう、どうしてそんなところでうずくまっているの? あ、これだと、はいといいえでは答えられないわね。何が嫌でそこに引きこもっているの? 両親?」
少女はうなづいた。
「両親の何が嫌? う~ん、ここから先はあなたも少しはしゃべってくれるとありがたいのだけど……」
「……」
「あなたはお母さまのヴィオレッタ姉さまに対する態度をどう思っていたの?」
「……怖い…」
これは意外だった。笑美がサフィニアの記憶をたどってみた感じでは、嬉々として母親と一緒にヴィオレッタに嫌がらせをしているように見えたのだが……。
「どう怖いの?」
「……言葉が怖い、態度も怖い……、だから、お母さまと同じように姉さまが悲しむようなことをしなきゃ、私も同じ目に合う……」
この言葉を聞いて、笑美の時の読んだきょうだい差別についての心理分析の本の内容を思い出した。
ストレスのはけ口とされ暴力や暴言を受ける「詐取子」とペットのようにかわいがられる「愛玩子」。同じ両親から生まれた兄弟でもそういう差別をする毒親が存在するうえ、うちは継母子という複雑な状況まで加わっていた。ヴィオレッタは明らかに「詐取子」だったし、サフィニアのほうは「愛玩子」であろう。でも、愛玩子だから幸せだとは限らない。あくまでペットのような所有物扱いなのだから、現にサフィニアの意思も確認せずあの女癖の悪い王太子にいずれ縁付かせようとしている。
母親のカルミアは、継子であるヴィオレッタにつらく当たるやり方を実子のサフィニアに見せながら、巧みに恐怖による支配も行っていたのだ。単に母親によく似た性格の悪い子かなんだと思っていたけど……、と、笑美のほうのサフィニアは認識を改めた。
よくよく考えれば、あの子は私なのだ。
母親の悪い影響を受けて性格が歪んでいたわけでなく『怖い』という語を発したこの子の心情。
それを思うと胸がつぶれそうになるし、外から見た印象だけで判断して悪かったな、と、笑美ことサフィニアは思った。
あの子は私で、私はあの子だったのに、一番理解して受け止めてあげるべき存在だったのに。
「ごめんね、今まで一人でよく頑張ってきたんだね」
笑美の意識がある方のサフィニアはしゃがみこみ、うずくまっている方のサフィニアの背中に手をかけた。
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