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第1章 山岳国家シュウィツアー
第49話 ありがとうと言える存在と後日談
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北山美華のいた現代日本よりはるかに男尊女卑の激しいこの国では裁判に携われるのも男性だけであり、女性が入れるのは原告か被告あるいは証人になった時だけであった。
「どうかお戻りください!」
「女性は法廷への立ち入りが禁じられております!」
必死にだれかを制止する声。
「通してください、今はそれどころではないのです!」
制止する人間たちを投げ飛ばし、女性ながら法廷に入ってきたのは先ほど証人として証言をしたゾフィであった。その後ろにはアイリスが続いていた。
「ごめんなさい、罰は後でうけます」
アイリスが投げ飛ばされた役人たちにお辞儀をしながら謝罪した。
「「ロゼライン様!」」
法廷の外で様子をうかがっていたゾフィは、外にまで漏れ聞こえる声でただ事ではない事態を悟り、アイリスを急きょ連れてきて法廷に押し入ったのであった。
「ロゼライン様、もしやもう……」
「そうね、やるべきことは果たしたし、そろそろね……」
アイリスが問いロゼラインが答える。
どちらも言葉が上手く出ず、つまってしまっている。
ゼフィーロがアイリスたちの傍まで行って彼女たちを外に出そうとする役人たちを制止した。
わざわざ禁を犯して駆けつけてくれたアイリスやゾフィ。
そして今まで捜査に協力してくれたゼフィーロ。
不覚にもこの状況にはロゼラインも少しほろっとなった。
幽霊らしく空気凍らして終わるつもりだったのにね。
「大丈夫、貴方たちならできるわ。もう何も心配していないから」
金色の光は少しづつ薄くなっていった。
ロゼラインが本当に意味でこの世から消えることを三名は悟った。
ロゼラインの方はその時どんな表情だったのだろう?
消えてゆく光を彼らは見上げる涙するのみであった。
それから一週間後の貴族会議で第一王子のパリスの廃太子が決定し、第二王子ゼフィーロが新たに王太子として立った。
パリス廃太子はホーエンブルク家分家筋の伯爵家の領地にお預けとなり、実質的な幽閉の身となり、彼はその領地から出ることなく人生を終えることとなる。
どのような政治状況であれ不満分子は存在する。
そんな存在と元王太子であったパリスが結びつくのを恐れ、彼には厳しい監視がつけられた。
友人知人もいない孤独に耐えかねて、
「話し相手相手として昔馴染みの者たちを送ってほしい」
と、王都に手紙を出しても無視される。
その環境に絶望し酒浸りになった彼は三十過ぎの若さで病に陥り、王都の人間にほとんど忘れ去られたままこの世を去った。
パリスと親しかったヨハネス・クライレーベンやそのほかの近衛兵たちの家門は、政治的状況を鑑み彼らを廃嫡し、別の人物を後継ぎに据えた。
極刑を宣告された二人の被告は三日後、王宮の地下で粛々と刑が執行された。
死一等を免じられた弟はゲオルグ・シュドリッヒ預かりとなった。
平民に落とされた公爵は領地はもちろん王都にある屋敷などもすべて国に没収される。
慈悲で身の回りの物だけ持ち出しを許された公爵は、それを取りにもはや自分のものではない屋敷に帰り、寝室に入ると灯りとりのために火がともされていた燭台を振り回し、
「この家はわしのものだ! 誰にも渡すか!」
などと喚いて、あちこちに火をつけ廻った。
一緒についてきていた警務隊は元公爵がすっかり無抵抗になっていたので油断していた。
少人数の監視で充分だろうと、ベテラン一名と新人一名の二名しか彼には付き添っておらず、火を消そうとすれば、館を走り回りながら火をつけ廻る元公爵を抑えきれず、公爵を抑えようとすれば火が燃え広がる。けっきょく屋敷内にいた使用人たちの避難などを優先させ、消防隊を要請し炎の中へと消えていった公爵を残し館内から撤退した。
アイリスとゾフィは無理やり裁判所に入った咎で一か月の謹慎を言い渡されたが、それは数日で撤回された。アザレア王妃が国王に、なぜ自分もその場に呼ばなかったのか、と、国王に詰め寄り、その後、怒って職務を放棄したので、アイリスに戻ってもらわなければことがおさまらなかったからだ。
そんな報告を偵察から帰ってきたクロに受けたロゼラインは、ふうん、と、無関心な感じで返事するのみであった。
「魂の疲労が激しいのじゃ、少し眠れ」
誰か声で、ロゼラインとそばにいたクロは、霊体なのに深い眠りに付きはじめるのだった。
【作者あいさつ】
皆様ここまで読んでいただきありがとうございました。
『王宮の幻花』第一部完です。
魂のまま現世にずっといたロゼラインは、そのあとのことに何の関心も持てないほど疲れ果てています。
第二部では、精霊の世界でロゼラインの身(魂)のふりかたを考えます。
冒頭は今までとガラッと変わって猫々しく重い話から入りますが、懲りずに読み続けていただければ嬉しいです。
「どうかお戻りください!」
「女性は法廷への立ち入りが禁じられております!」
必死にだれかを制止する声。
「通してください、今はそれどころではないのです!」
制止する人間たちを投げ飛ばし、女性ながら法廷に入ってきたのは先ほど証人として証言をしたゾフィであった。その後ろにはアイリスが続いていた。
「ごめんなさい、罰は後でうけます」
アイリスが投げ飛ばされた役人たちにお辞儀をしながら謝罪した。
「「ロゼライン様!」」
法廷の外で様子をうかがっていたゾフィは、外にまで漏れ聞こえる声でただ事ではない事態を悟り、アイリスを急きょ連れてきて法廷に押し入ったのであった。
「ロゼライン様、もしやもう……」
「そうね、やるべきことは果たしたし、そろそろね……」
アイリスが問いロゼラインが答える。
どちらも言葉が上手く出ず、つまってしまっている。
ゼフィーロがアイリスたちの傍まで行って彼女たちを外に出そうとする役人たちを制止した。
わざわざ禁を犯して駆けつけてくれたアイリスやゾフィ。
そして今まで捜査に協力してくれたゼフィーロ。
不覚にもこの状況にはロゼラインも少しほろっとなった。
幽霊らしく空気凍らして終わるつもりだったのにね。
「大丈夫、貴方たちならできるわ。もう何も心配していないから」
金色の光は少しづつ薄くなっていった。
ロゼラインが本当に意味でこの世から消えることを三名は悟った。
ロゼラインの方はその時どんな表情だったのだろう?
消えてゆく光を彼らは見上げる涙するのみであった。
それから一週間後の貴族会議で第一王子のパリスの廃太子が決定し、第二王子ゼフィーロが新たに王太子として立った。
パリス廃太子はホーエンブルク家分家筋の伯爵家の領地にお預けとなり、実質的な幽閉の身となり、彼はその領地から出ることなく人生を終えることとなる。
どのような政治状況であれ不満分子は存在する。
そんな存在と元王太子であったパリスが結びつくのを恐れ、彼には厳しい監視がつけられた。
友人知人もいない孤独に耐えかねて、
「話し相手相手として昔馴染みの者たちを送ってほしい」
と、王都に手紙を出しても無視される。
その環境に絶望し酒浸りになった彼は三十過ぎの若さで病に陥り、王都の人間にほとんど忘れ去られたままこの世を去った。
パリスと親しかったヨハネス・クライレーベンやそのほかの近衛兵たちの家門は、政治的状況を鑑み彼らを廃嫡し、別の人物を後継ぎに据えた。
極刑を宣告された二人の被告は三日後、王宮の地下で粛々と刑が執行された。
死一等を免じられた弟はゲオルグ・シュドリッヒ預かりとなった。
平民に落とされた公爵は領地はもちろん王都にある屋敷などもすべて国に没収される。
慈悲で身の回りの物だけ持ち出しを許された公爵は、それを取りにもはや自分のものではない屋敷に帰り、寝室に入ると灯りとりのために火がともされていた燭台を振り回し、
「この家はわしのものだ! 誰にも渡すか!」
などと喚いて、あちこちに火をつけ廻った。
一緒についてきていた警務隊は元公爵がすっかり無抵抗になっていたので油断していた。
少人数の監視で充分だろうと、ベテラン一名と新人一名の二名しか彼には付き添っておらず、火を消そうとすれば、館を走り回りながら火をつけ廻る元公爵を抑えきれず、公爵を抑えようとすれば火が燃え広がる。けっきょく屋敷内にいた使用人たちの避難などを優先させ、消防隊を要請し炎の中へと消えていった公爵を残し館内から撤退した。
アイリスとゾフィは無理やり裁判所に入った咎で一か月の謹慎を言い渡されたが、それは数日で撤回された。アザレア王妃が国王に、なぜ自分もその場に呼ばなかったのか、と、国王に詰め寄り、その後、怒って職務を放棄したので、アイリスに戻ってもらわなければことがおさまらなかったからだ。
そんな報告を偵察から帰ってきたクロに受けたロゼラインは、ふうん、と、無関心な感じで返事するのみであった。
「魂の疲労が激しいのじゃ、少し眠れ」
誰か声で、ロゼラインとそばにいたクロは、霊体なのに深い眠りに付きはじめるのだった。
【作者あいさつ】
皆様ここまで読んでいただきありがとうございました。
『王宮の幻花』第一部完です。
魂のまま現世にずっといたロゼラインは、そのあとのことに何の関心も持てないほど疲れ果てています。
第二部では、精霊の世界でロゼラインの身(魂)のふりかたを考えます。
冒頭は今までとガラッと変わって猫々しく重い話から入りますが、懲りずに読み続けていただければ嬉しいです。
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