31 / 120
第1章 山岳国家シュウィツアー
第31話 王太子の部屋
しおりを挟む
人造人間に入り込んだロゼラインは、ウスタライフェン家の口利きで王宮の掃除婦として雇われた。
「王太子妃になられるはずだった方が掃除婦だなんて……」
「困ったことがあったら何でも相談しに来てくださいね」
ゾフィは嘆きアイリスは心配した。
しかし、日本人の美華の時に家事全般は身に着けていたし、王宮ともなるとたかが掃除担当でもその制服はなかなか上質の布で仕立て上げられ、垢ぬけたいでたちなのである。
掃除というと役割的に王宮の主だった人物や部署の部屋に出入りでき、推理ものならそこで思いがけない証拠発見、と、なるところ。
あくまで期待であるが……。
仕事は一通り教わった後はつつがなくこなすことができた。
そしてチャンスは巡ってくるもの。
働き始めて一週間後、パリス王太子の部屋を掃除する機会がやってきた。
要人の部屋の清掃は五人一組になって仕事をこなす。
ロゼラインことミカと名乗っている女は、一番新米なので先輩たちの指示に従って部屋のあちこちの拭き掃除をしていた。
机とか戸棚とか拭いている時に、うっかり扉が開いて中の物を見てしまったなんて「アクシデント」が起こってもいいよね、わたし新米だし……。
期待に基づいた想定外の出来事はなかなか起こらないくせに、こうなったらまずいという不安に基づいた想定外の出来事はえてして起こるものである。
まだ掃除の途中だったのに王太子が部屋に帰ってきた。
「申し訳ございません、王太子殿下。すぐに終了させます」
リーダー役の古参の者が王太子にあいさつした。
「そうか」
王太子はそれだけ答えると所在なさげにソファに腰かけた。
やることがないのだろうか?
ロゼラインが命を失う直前は、いつも近衛隊士やサルビアとつるんでいるところしか見たことがなかったので意外であった。
「おい、そこのお前」
ソファーの後ろのチェストを拭いていたロゼラインにパリス王太子が声をかけた。
ロゼラインは心臓が飛び出るかと思った。
人造人間に心臓はないのだけど……。
「わ、わたくしでございますか?」
挙動が不審だったのかしら、と、びくつきながらロゼラインが振り返った。
「黒い髪に黒い瞳、珍しいな。この国ではあまり見ない」
ロゼラインに近づき、彼女の黒髪を手に取り王太子は言った。
「辺境メランドの血を引いていると聞いております」
掃除リーダーが答えてフォローした。
「ほう、メランドが併合されて数十年、その血をひくものが王宮に仕えるようになるとは。我が国に溶け込んでいる様を見ることができて非常に喜ばしい」
「ありがとうございます!」
リーダーはロゼラインにも頭を下げろと目配せした。
「ありがとうございます!」
ロゼラインも頭を下げた。
とりあえず挙動が怪しまれたわけではなかったようなので良かった。
「名は何という?」
まだ絡んでくるのか、この王太子?
「ミカ……、ミカ・キタヤマ、と……、申します」
ロゼラインは答えた。
王太子はおもむろにミカと名乗った女に近づいてそのほほに手をかけた。
「ふむ、顔もなかなか美形だな、どうだ、今宵私の寝所に来ぬか?」
はあっ!
「お、恐れ多い事でございます!」
かなり動揺したのを抑え、かろうじてロゼラインはそれだけいう事が出来た。
だが、身体の方は『ふざけんな!』と、ばかりにパリス王太子を突き飛ばして部屋から逃げ出してしまっていた。
「王太子妃になられるはずだった方が掃除婦だなんて……」
「困ったことがあったら何でも相談しに来てくださいね」
ゾフィは嘆きアイリスは心配した。
しかし、日本人の美華の時に家事全般は身に着けていたし、王宮ともなるとたかが掃除担当でもその制服はなかなか上質の布で仕立て上げられ、垢ぬけたいでたちなのである。
掃除というと役割的に王宮の主だった人物や部署の部屋に出入りでき、推理ものならそこで思いがけない証拠発見、と、なるところ。
あくまで期待であるが……。
仕事は一通り教わった後はつつがなくこなすことができた。
そしてチャンスは巡ってくるもの。
働き始めて一週間後、パリス王太子の部屋を掃除する機会がやってきた。
要人の部屋の清掃は五人一組になって仕事をこなす。
ロゼラインことミカと名乗っている女は、一番新米なので先輩たちの指示に従って部屋のあちこちの拭き掃除をしていた。
机とか戸棚とか拭いている時に、うっかり扉が開いて中の物を見てしまったなんて「アクシデント」が起こってもいいよね、わたし新米だし……。
期待に基づいた想定外の出来事はなかなか起こらないくせに、こうなったらまずいという不安に基づいた想定外の出来事はえてして起こるものである。
まだ掃除の途中だったのに王太子が部屋に帰ってきた。
「申し訳ございません、王太子殿下。すぐに終了させます」
リーダー役の古参の者が王太子にあいさつした。
「そうか」
王太子はそれだけ答えると所在なさげにソファに腰かけた。
やることがないのだろうか?
ロゼラインが命を失う直前は、いつも近衛隊士やサルビアとつるんでいるところしか見たことがなかったので意外であった。
「おい、そこのお前」
ソファーの後ろのチェストを拭いていたロゼラインにパリス王太子が声をかけた。
ロゼラインは心臓が飛び出るかと思った。
人造人間に心臓はないのだけど……。
「わ、わたくしでございますか?」
挙動が不審だったのかしら、と、びくつきながらロゼラインが振り返った。
「黒い髪に黒い瞳、珍しいな。この国ではあまり見ない」
ロゼラインに近づき、彼女の黒髪を手に取り王太子は言った。
「辺境メランドの血を引いていると聞いております」
掃除リーダーが答えてフォローした。
「ほう、メランドが併合されて数十年、その血をひくものが王宮に仕えるようになるとは。我が国に溶け込んでいる様を見ることができて非常に喜ばしい」
「ありがとうございます!」
リーダーはロゼラインにも頭を下げろと目配せした。
「ありがとうございます!」
ロゼラインも頭を下げた。
とりあえず挙動が怪しまれたわけではなかったようなので良かった。
「名は何という?」
まだ絡んでくるのか、この王太子?
「ミカ……、ミカ・キタヤマ、と……、申します」
ロゼラインは答えた。
王太子はおもむろにミカと名乗った女に近づいてそのほほに手をかけた。
「ふむ、顔もなかなか美形だな、どうだ、今宵私の寝所に来ぬか?」
はあっ!
「お、恐れ多い事でございます!」
かなり動揺したのを抑え、かろうじてロゼラインはそれだけいう事が出来た。
だが、身体の方は『ふざけんな!』と、ばかりにパリス王太子を突き飛ばして部屋から逃げ出してしまっていた。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る
拓海のり
ファンタジー
階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。
頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。
破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。
ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。
タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。
完結しました。ありがとうございました。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します
もぐすけ
ファンタジー
私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。
子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。
私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。

【完結】五度の人生を不幸な出来事で幕を閉じた転生少女は、六度目の転生で幸せを掴みたい!
アノマロカリス
ファンタジー
「ノワール・エルティナス! 貴様とは婚約破棄だ!」
ノワール・エルティナス伯爵令嬢は、アクード・ベリヤル第三王子に婚約破棄を言い渡される。
理由を聞いたら、真実の相手は私では無く妹のメルティだという。
すると、アクードの背後からメルティが現れて、アクードに肩を抱かれてメルティが不敵な笑みを浮かべた。
「お姉様ったら可哀想! まぁ、お姉様より私の方が王子に相応しいという事よ!」
ノワールは、アクードの婚約者に相応しくする為に、様々な事を犠牲にして尽くしたというのに、こんな形で裏切られるとは思っていなくて、ショックで立ち崩れていた。
その時、頭の中にビジョンが浮かんできた。
最初の人生では、日本という国で淵東 黒樹(えんどう くろき)という女子高生で、ゲームやアニメ、ファンタジー小説好きなオタクだったが、学校の帰り道にトラックに刎ねられて死んだ人生。
2度目の人生は、異世界に転生して日本の知識を駆使して…魔女となって魔法や薬学を発展させたが、最後は魔女狩りによって命を落とした。
3度目の人生は、王国に使える女騎士だった。
幾度も国を救い、活躍をして行ったが…最後は王族によって魔物侵攻の盾に使われて死亡した。
4度目の人生は、聖女として国を守る為に活動したが…
魔王の供物として生贄にされて命を落とした。
5度目の人生は、城で王族に使えるメイドだった。
炊事・洗濯などを完璧にこなして様々な能力を駆使して、更には貴族の妻に抜擢されそうになったのだが…同期のメイドの嫉妬により捏造の罪をなすりつけられて処刑された。
そして6度目の現在、全ての前世での記憶が甦り…
「そうですか、では婚約破棄を快く受け入れます!」
そう言って、ノワールは城から出て行った。
5度による浮いた話もなく死んでしまった人生…
6度目には絶対に幸せになってみせる!
そう誓って、家に帰ったのだが…?
一応恋愛として話を完結する予定ですが…
作品の内容が、思いっ切りファンタジー路線に行ってしまったので、ジャンルを恋愛からファンタジーに変更します。
今回はHOTランキングは最高9位でした。
皆様、有り難う御座います!

薬屋の少女と迷子の精霊〜私にだけ見える精霊は最強のパートナーです〜
蒼井美紗
ファンタジー
孤児院で代わり映えのない毎日を過ごしていたレイラの下に、突如飛び込んできたのが精霊であるフェリスだった。人間は精霊を見ることも話すこともできないのに、レイラには何故かフェリスのことが見え、二人はすぐに意気投合して仲良くなる。
レイラが働く薬屋の店主、ヴァレリアにもフェリスのことは秘密にしていたが、レイラの危機にフェリスが力を行使したことでその存在がバレてしまい……
精霊が見えるという特殊能力を持った少女と、そんなレイラのことが大好きなちょっと訳あり迷子の精霊が送る、薬屋での異世界お仕事ファンタジーです。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。
なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。
二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。
失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。
――そう、引き篭もるようにして……。
表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。
じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。
ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。
ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる