12 / 120
第1章 山岳国家シュウィツアー
第12話 ゼフィーロの誤解
しおりを挟む
第二王子ゼフィーロは自室で婚約者からの手紙を受け取り考え込んでいた。そして落ち込んでいた。
『この度、婚約解消をお願いしたく筆を執りました。今まで過分なご配慮をいただき感謝の念に堪えません』
たった二行の短い手紙。
義姉となるはずだったロゼラインの死以降、彼女がふとした拍子に沈み込むような表情をするのは知っていた。王室に嫁ぐというのは普通の貴族同士の婚姻以上に大きな重圧がかかる。アイリスにとって三つ年上のロゼラインは、その重圧の中しっかりとその任を果たしている手本であり、気を許せる者の少ない王宮の中で姉のように慕う存在であった。
ロゼラインの死は妃教育の厳しさに耐える気力までそいでしまったのだろうか?
それに対して自分は何もできなかった。
具体的にどうしてやればいいのかわからなかったし、今まで以上に彼女の言動を見守ることしかできなかったけど、それも功をなさなかった。
ふがいない!
それとも、もしかしたら他に想う男でもできたのだろうか?
考えたくはないけど、もしそうならなおのこと、自分には彼女を引き留めるすべはない。
ゼフィーロが手紙を握りしめて、以上のようなことをつらつらと考えていた頃、ロゼラインはアイリスのいたウスタライフェン邸から王宮の中に瞬間移動していた。
現れたのはロゼラインがもともと使っていた私室の前だった。
部屋はすでにサルビア・クーデンのものとなっており、それに心が少しざわついたが、今はそれどころじゃないとゼフィーロを探した。
やはり自分の部屋だろうか?
しかしゼフィーロについては、彼がロゼラインの部屋を訪れることがあっても、ロゼラインが彼の部屋を訪れたことがない。だから彼の部屋がそもそもどこだったか記憶があいまいで途方に暮れた。
「あのさ、念じれば会いたい人間の前にすぐ行けるのに、どうして玄関前とか関係のない部屋の前とかに現れるの?」
クロが疑問を口にした。
「えっ、ほんと?」
「だって、私たち霊体だもん」
そうだった。
生きている時の習慣で、アイリスに会いたいと思った時、ウスタライフェン邸の玄関に行くのが当たり前だと思ったのでそこに現れた。ゼフィーロにしても、会いたいと思った時にまず思い浮かべたのが王宮で、王宮というとこれまた生きている時の習慣で自室の前をまず思い浮かべてしまったのだ。
要するに会いたい人間そのものを連想すれば、探す手間もなくその人物の前に現れることができるにもかかわらず、ロゼラインは違う連想をして回り道をする結果となっていたのだ。
「それを早く言ってよ」
ロゼラインは言った。
「いや、私たちにとっては当たり前だったから、説明忘れてたね」
クロが言い訳した。
ロゼラインはゼフィーロ王子を思い浮かべた。
ゼフィーロは部屋にいたので、ロゼラインはクロとともにそこへ移動した。
「ゼフィーロ王子!」
ロゼラインは声をかけた。
アイリスと同じように気づいてくれるだろうか?
ゼフィーロがアイリスと違って、ロゼラインの死を悼んでいる人間でなかったら、はてさてアイリスの本心をどうやって伝えようか、難しいことになる。
「ロゼライン義姉上……?まさか!」
ゼフィーロは驚いて椅子から立ち上がった。
気づいてくれたようだ、ありがたい、と、ロゼラインは安堵した。
ゼフィーロはロゼラインを『義姉上』と、呼ぶことがあった。
彼の兄パリスとロゼラインとはまだ結婚式も挙げていなかったが、いずれそうなるんだから、と、ふざけ半分でそう呼んでいるうちにそれが習慣となってしまっていたのだ。
「ねえ、手に持っているの、あの子の手紙じゃない?」
クロがゼフィーロの手にある紙きれを指摘した。
「猫がしゃべった!」
ゼフィーロが再び驚きの声を上げる。
まあ、そうなるよね、と、ロゼラインは思いながらも、ゼフィーロに告げる。
「あのね、話したいことはいろいろあるのだけど……、ええと、まずね、それってアイリスからの手紙よね」
「ええ」
ゼフィーロは苦い表情でうなづいた。
「それは彼女の本心からの言葉じゃないの。もし彼女との婚約関係をまだ続けていたいと思うなら、いますぐ彼女に会って話をしてあげて。彼女が手紙を書くに至った理由は道々話すから」
「婚約解消なんてしたいわけないでしょう。話をすれば彼女が気持ちを翻してくれるなら、もちろん行きます」
ゼフィーロは侍従に馬車を出すように命じ、外套を身に着けた。
ほかの者たちには見えぬが、ロゼラインとクロも後に続いた。
『この度、婚約解消をお願いしたく筆を執りました。今まで過分なご配慮をいただき感謝の念に堪えません』
たった二行の短い手紙。
義姉となるはずだったロゼラインの死以降、彼女がふとした拍子に沈み込むような表情をするのは知っていた。王室に嫁ぐというのは普通の貴族同士の婚姻以上に大きな重圧がかかる。アイリスにとって三つ年上のロゼラインは、その重圧の中しっかりとその任を果たしている手本であり、気を許せる者の少ない王宮の中で姉のように慕う存在であった。
ロゼラインの死は妃教育の厳しさに耐える気力までそいでしまったのだろうか?
それに対して自分は何もできなかった。
具体的にどうしてやればいいのかわからなかったし、今まで以上に彼女の言動を見守ることしかできなかったけど、それも功をなさなかった。
ふがいない!
それとも、もしかしたら他に想う男でもできたのだろうか?
考えたくはないけど、もしそうならなおのこと、自分には彼女を引き留めるすべはない。
ゼフィーロが手紙を握りしめて、以上のようなことをつらつらと考えていた頃、ロゼラインはアイリスのいたウスタライフェン邸から王宮の中に瞬間移動していた。
現れたのはロゼラインがもともと使っていた私室の前だった。
部屋はすでにサルビア・クーデンのものとなっており、それに心が少しざわついたが、今はそれどころじゃないとゼフィーロを探した。
やはり自分の部屋だろうか?
しかしゼフィーロについては、彼がロゼラインの部屋を訪れることがあっても、ロゼラインが彼の部屋を訪れたことがない。だから彼の部屋がそもそもどこだったか記憶があいまいで途方に暮れた。
「あのさ、念じれば会いたい人間の前にすぐ行けるのに、どうして玄関前とか関係のない部屋の前とかに現れるの?」
クロが疑問を口にした。
「えっ、ほんと?」
「だって、私たち霊体だもん」
そうだった。
生きている時の習慣で、アイリスに会いたいと思った時、ウスタライフェン邸の玄関に行くのが当たり前だと思ったのでそこに現れた。ゼフィーロにしても、会いたいと思った時にまず思い浮かべたのが王宮で、王宮というとこれまた生きている時の習慣で自室の前をまず思い浮かべてしまったのだ。
要するに会いたい人間そのものを連想すれば、探す手間もなくその人物の前に現れることができるにもかかわらず、ロゼラインは違う連想をして回り道をする結果となっていたのだ。
「それを早く言ってよ」
ロゼラインは言った。
「いや、私たちにとっては当たり前だったから、説明忘れてたね」
クロが言い訳した。
ロゼラインはゼフィーロ王子を思い浮かべた。
ゼフィーロは部屋にいたので、ロゼラインはクロとともにそこへ移動した。
「ゼフィーロ王子!」
ロゼラインは声をかけた。
アイリスと同じように気づいてくれるだろうか?
ゼフィーロがアイリスと違って、ロゼラインの死を悼んでいる人間でなかったら、はてさてアイリスの本心をどうやって伝えようか、難しいことになる。
「ロゼライン義姉上……?まさか!」
ゼフィーロは驚いて椅子から立ち上がった。
気づいてくれたようだ、ありがたい、と、ロゼラインは安堵した。
ゼフィーロはロゼラインを『義姉上』と、呼ぶことがあった。
彼の兄パリスとロゼラインとはまだ結婚式も挙げていなかったが、いずれそうなるんだから、と、ふざけ半分でそう呼んでいるうちにそれが習慣となってしまっていたのだ。
「ねえ、手に持っているの、あの子の手紙じゃない?」
クロがゼフィーロの手にある紙きれを指摘した。
「猫がしゃべった!」
ゼフィーロが再び驚きの声を上げる。
まあ、そうなるよね、と、ロゼラインは思いながらも、ゼフィーロに告げる。
「あのね、話したいことはいろいろあるのだけど……、ええと、まずね、それってアイリスからの手紙よね」
「ええ」
ゼフィーロは苦い表情でうなづいた。
「それは彼女の本心からの言葉じゃないの。もし彼女との婚約関係をまだ続けていたいと思うなら、いますぐ彼女に会って話をしてあげて。彼女が手紙を書くに至った理由は道々話すから」
「婚約解消なんてしたいわけないでしょう。話をすれば彼女が気持ちを翻してくれるなら、もちろん行きます」
ゼフィーロは侍従に馬車を出すように命じ、外套を身に着けた。
ほかの者たちには見えぬが、ロゼラインとクロも後に続いた。
0
お気に入りに追加
56
あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【完結】ゲーム開始は自由の時! 乙女ゲーム? いいえ。ここは農業系ゲームの世界ですよ?
キーノ
ファンタジー
私はゲームの世界に転生したようです。主人公なのですが、前世の記憶が戻ったら、なんという不遇な状況。これもゲームで語られなかった裏設定でしょうか。
ある日、我が家に勝手に住み着いた平民の少女が私に罵声を浴びせて来ました。乙女ゲーム? ヒロイン? 訳が解りません。ここはファーミングゲームの世界ですよ?
自称妹の事は無視していたら、今度は食事に毒を盛られる始末。これもゲームで語られなかった裏設定でしょうか?
私はどんな辛いことも頑張って乗り越えて、ゲーム開始を楽しみにいたしますわ!
※紹介文と本編は微妙に違います。
完結いたしました。
感想うけつけています。
4月4日、誤字修正しました。
絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました
toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。
残酷シーンが多く含まれます。
誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。
両親に
「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」
と宣言した彼女は有言実行をするのだった。
一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。
4/5 21時完結予定。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
神による異世界転生〜転生した私の異世界ライフ〜
シュガーコクーン
ファンタジー
女神のうっかりで死んでしまったOLが一人。そのOLは、女神によって幼女に戻って異世界転生させてもらうことに。
その幼女の新たな名前はリティア。リティアの繰り広げる異世界ファンタジーが今始まる!
「こんな話をいれて欲しい!」そんな要望も是非下さい!出来る限り書きたいと思います。
素人のつたない作品ですが、よければリティアの異世界ライフをお楽しみ下さい╰(*´︶`*)╯
旧題「神による異世界転生〜転生幼女の異世界ライフ〜」
現在、小説家になろうでこの作品のリメイクを連載しています!そちらも是非覗いてみてください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる