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第1章 山岳国家シュウィツアー
第1話 婚約破棄宣言
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「ロゼライン・ノルドベルク、君との婚約破棄を宣言する」
壇上にてチェリーレッドの波打つ髪の女を肩に抱き宣言しているのは、この国の王太子にて、ロゼラインの婚約者、パリス王太子である。
宣言するって言われてもね……。
王太子に肩を抱かれながら勝ち誇ったように微笑んでいるのはサルビア・クーデン嬢。
王侯貴族の婚姻の約束、つまり婚約は家同士の合意に元ずいて結ばれる。
破棄するときも同様である。
王太子と言えど、ここで「宣言」したからと言って即「婚約解消」が成立するわけではない。
ロゼラインの実家の公爵家に対し男爵に過ぎないサルビアの実家では、王太子と結婚するなど身分的にはあり得ない。
しかし一見か弱そうに見える雰囲気と巧みに男性の懐に入り込む素質によって、王太子の心をつかんだサルビアは、彼の心から婚約者の存在を抹消するのに成功した。
彼女によって「たぶらかされた」若い令息は王太子だけではない。
その中にはロゼラインの弟のエルフリードもいた。
彼らは王太子の「宣言」が、いかに理にかなっているのかを周囲に訴えかけるために、ロゼラインが今までいかにサルビアを虐めてきたかを糾弾し始めた。
集団でつるし上げてロゼラインを貶めることで彼女の王太子妃としての資質に疑問を呈すれば、婚約解消を速やかに行い、サルビア嬢と王太子の婚約を新たに成立させることができるであろう。
そう彼らは考え、それを実行に移した。
そんな若造どもの無自覚な残酷さと浅はかさに付き合うことを良しとしなかったロゼラインは、サルビアへの謝罪の言葉も、加害者として断罪されみじめに打ちひしがれる姿も、彼らの期待に反して見せないまま会場を後にした。
自分の控室に戻ったロゼライン。
ソファーの前のテーブルに両ひざをつきうなだれていると、侍女のゾフィが涙ぐみながら憤りをあらわにした。
「あんまりです、お嬢様が今までどれほど立派な王太子妃になるために努力してきたか!」
そう、努力……。
その努力が、サルビアという王太子から見て「かわいげのある」女の前では何の意味もなかったこと。
王太子妃、そして王妃になることだけがロゼラインの存在意義である!
生家であるノルドベルク家に貢献する唯一の手段である!
いつもそう言い立て、息を吐くようにロゼラインの至らぬ点をあげつらって貶め悦に入った母。
その母親のやり方を肯定する父
彼らがこの事態をいかに言及するか考えると気がめいってきた。
彼らにとって娘であるロゼラインの感情は気を使い労わるべき対象ではない。
彼女の両親にとっては、傷ついているであろうと推測できる彼女の感情は、さらにひどい暴言で追い打ちをかけ、傷口に塩を塗り込んでも差し支えないものとして見なされていた。
そんな両親の態度を見てきたからこそ、弟のエルフリードも姉を糾弾する仲間に、何の躊躇もなく加わることができたのだろう。
ロゼラインはティーカップを手に取りゾフィが出してくれたお茶に口をつけた。
意識することができなかったがかなりのどが渇いていたのだろう。
少し冷めたお茶をロゼラインは一気に飲み干した。
ガシャーン!
カップの割れる音が部屋に響いた。
「ロゼライン様!」
ゾフィの叫ぶ声が聞こえた。
息が苦しい。
心臓をわしづかみにされたように胸が痛い。
視界は狭まりロゼラインはそのまま暗闇に落ちていった。
壇上にてチェリーレッドの波打つ髪の女を肩に抱き宣言しているのは、この国の王太子にて、ロゼラインの婚約者、パリス王太子である。
宣言するって言われてもね……。
王太子に肩を抱かれながら勝ち誇ったように微笑んでいるのはサルビア・クーデン嬢。
王侯貴族の婚姻の約束、つまり婚約は家同士の合意に元ずいて結ばれる。
破棄するときも同様である。
王太子と言えど、ここで「宣言」したからと言って即「婚約解消」が成立するわけではない。
ロゼラインの実家の公爵家に対し男爵に過ぎないサルビアの実家では、王太子と結婚するなど身分的にはあり得ない。
しかし一見か弱そうに見える雰囲気と巧みに男性の懐に入り込む素質によって、王太子の心をつかんだサルビアは、彼の心から婚約者の存在を抹消するのに成功した。
彼女によって「たぶらかされた」若い令息は王太子だけではない。
その中にはロゼラインの弟のエルフリードもいた。
彼らは王太子の「宣言」が、いかに理にかなっているのかを周囲に訴えかけるために、ロゼラインが今までいかにサルビアを虐めてきたかを糾弾し始めた。
集団でつるし上げてロゼラインを貶めることで彼女の王太子妃としての資質に疑問を呈すれば、婚約解消を速やかに行い、サルビア嬢と王太子の婚約を新たに成立させることができるであろう。
そう彼らは考え、それを実行に移した。
そんな若造どもの無自覚な残酷さと浅はかさに付き合うことを良しとしなかったロゼラインは、サルビアへの謝罪の言葉も、加害者として断罪されみじめに打ちひしがれる姿も、彼らの期待に反して見せないまま会場を後にした。
自分の控室に戻ったロゼライン。
ソファーの前のテーブルに両ひざをつきうなだれていると、侍女のゾフィが涙ぐみながら憤りをあらわにした。
「あんまりです、お嬢様が今までどれほど立派な王太子妃になるために努力してきたか!」
そう、努力……。
その努力が、サルビアという王太子から見て「かわいげのある」女の前では何の意味もなかったこと。
王太子妃、そして王妃になることだけがロゼラインの存在意義である!
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いつもそう言い立て、息を吐くようにロゼラインの至らぬ点をあげつらって貶め悦に入った母。
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彼らがこの事態をいかに言及するか考えると気がめいってきた。
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彼女の両親にとっては、傷ついているであろうと推測できる彼女の感情は、さらにひどい暴言で追い打ちをかけ、傷口に塩を塗り込んでも差し支えないものとして見なされていた。
そんな両親の態度を見てきたからこそ、弟のエルフリードも姉を糾弾する仲間に、何の躊躇もなく加わることができたのだろう。
ロゼラインはティーカップを手に取りゾフィが出してくれたお茶に口をつけた。
意識することができなかったがかなりのどが渇いていたのだろう。
少し冷めたお茶をロゼラインは一気に飲み干した。
ガシャーン!
カップの割れる音が部屋に響いた。
「ロゼライン様!」
ゾフィの叫ぶ声が聞こえた。
息が苦しい。
心臓をわしづかみにされたように胸が痛い。
視界は狭まりロゼラインはそのまま暗闇に落ちていった。
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