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第22話 十五年後の後悔

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 領地に関しても王家直轄だったところの半分以上が帝国に没収されてしまった。

「実入りのいい地域がばかり奪いやがって!」

 アンジュストは恨み言をつぶやいたが、帝国側の言い分はこうだ。

 帝国傘下に入るにあたって、伯爵以下の貴族は平民となる。
 これまで貴族として生きていきなりそうなっても対応できない者も多いであろうから、支度金(補償金)を支給する。そのための金をねん出するためには、その領地の収入が必要なのだと。

 勝手に帝国の傘下に入ることを決められ、しかも貴族としての誇りすら奪われた元貴族たちの恨みは元王族に向かった。

 もともと国民的人気がアンジュストとその妻サリエにはなかった。

 アンジュストの母である前王妃はつつましく、貧民街の救護院や孤児院などの慰問にもよく出かけ、国民からの信望も厚かった。

 一方サリエは王家に嫁ぐや否や浪費を繰り返し享楽にふける毎日を過ごす。
 平民育ちのお妃さま、と、国民も最初期待したが、それは大きく裏切られてしまった。

「シエラの方がよっぽどましでした」

 直接サリエには言わないが、何度母のそんな言葉をアンジュストは聞いただろう。

 『浪費夫人』との悪名の高いサリエとその公爵家は、帝国参入を決める前の混乱を鎮めるため、経済政策の失敗の責任を負わされ、家は断絶、一門は処刑。
 王妃サリエだけは助命されたが幽閉の後病死した。

 スケープゴートを作り貴族や平民のガス抜きを図っても、旧王家に対して恨みを持つものは絶えず、アンジュストは常に暗殺におびえなければならなかった。

 サリエとの間にできた子らは、名を変えて男爵位を帝国から賜った者に託し、いずれ帝国の下位貴族の子弟として学術機関で学び、身の振り方を決めるのだろう。

  

 そしてさらに五年後、残った家臣の手を借りてアンジュストは領地経営にいそしみ、可もなく不可もなくやっていた。

 五年もたてば、民からもなじみを感じてもらえ、城のおひざ元の街くらいなら、屈強な護衛を連れたうえで歩くことができるようになっていた。

 その日は領内の各地から農民や商人がやってきた市がたつ日であった。

 街を歩いていたアンジュストは、ある店の商品を目にとめた。

 それは、帝都の神殿の近辺の土産物店から商品を仕入れて売りに出している店だった。

 はがきサイズの肖像画は白銀の髪の美しい女性の上半身が描かれていた。

「おお、お目が高い。こちらは神殿にある聖女様の肖像画の写しでございます。庶民にも手に入れやすいよう小さいものが売りに出されているのですよ」


 シエラ・マリア!

 
 アンジュストはかつて自分の婚約者だった女を思い出した。

「聖女様の肖像はいくつもございますが、それはもっとも人気の高いものの一つでございます。お美しい方でしょう」


 別人だ、顔立ちは似ているが彼女はやせぎすで、こんなにふくよかではなかった。

  
 アンジュストは小さな肖像画を店主に返した。

 しかし、返した後もそこで見た肖像画のせいで、シエラが森へ連行される前に一瞬垣間見た美しさを思い出してしまった。

 一瞬だったのに、その時の姿が今になって頭の中から消えない。

 もし、あんなはかりごとをせずサリエでなくシエラを娶っていたら、自分は今頃『聖女』の夫として、帝国でもそれなりの立場を有していたかもしれない。

 母に無理をさせることなく、命を落とさせることもなかったかもしれず、父の気力がなくなりあっさり逝くこともなかったかもしれない、たとえ、瘴原の拡大が防げなかったとしても。

 シエラとの間にできた子ならこんな形で手放して、血のつながりすら否定し、隠蔽させることもなかったかもしれない。

 全ては自分の選択が招いたこと、時計の針を逆に回すことはできないのだから。

 


【作者あいさつ】
 次回が最終話です。

 ここまで読んでくださった方々にお礼を申し上げます。

 余談ですが、アンジュストとサリエの子は、サリエの育ての親の男爵に引き取られました。
 嘘の取り換え話の後、正式に公爵家にサリエは引き取られます。
 今まで彼女を育ててきた男爵は侯爵に任じられますが、帝国参入の時に再び男爵に戻されるのです。

 でも、もともとつつましく領地を守ってきた一族なので元に戻っただけと割り切ります。
 基本的に善良な人たちだったので、サリエの子を引き取り、サリエが公爵家に行った後引き取った孤児らとともに育てていくのです。

 物語には直接関係のないエピなので書きませんでしたが、裏設定としてそういういきさつがあります。
 子には罪はないですからね。
 
 

 
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