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第7話 森の主
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重苦しい沈黙が流れる中、アンジュスト王太子は内心ほくそ笑んだ。
シエラ、馬鹿な女だ。
さっきの質問で父の中にわずかに残っていた貴様への同情心はきれいに消え去ってくれた。
あとは畳みかけるのみだ。
「あのぅ……、発言してもよろしいですかな?」
衝撃の告白を昨夜行った魔女の老婆がおずおずと手を挙げた。
許す、と、国王は短く言い、老婆は話を始めた。
「クローディア王女に操られていたとはいえ、このような事態を招いたことに、私も責任を感じていないわけではないのです。そこでどうでしょう。この娘を私に下さいませんか?」
「「「「「???」」」」」
部屋にいた人間は彼女の言うことを理解しかねていた。
シエラはごくりと唾をのんだ。
いや、のもうとしたら、のどはカラカラで唾も思うようには出てくれなかった。
「どういうつもりでシエラを欲する?」
国王は老婆に質問をした。
「そちら様の主張をまとめると、王家の手の届かないところで、この娘が王家に関わるもろもろのことを広めてしまうことがまずいのですじゃろ。私なら、うまくその娘がこの大陸でものを言うことのできない状況にすることができますからの」
しわがれた声で老婆が答えた。
「ほう、『大陸でものを言うことのできない状況』。具体的には?」
王太子が興味深げにたずねた。
「森の主に捧げます」
老婆が答えた。
「森の主! まさか……」
「イケニエ、かしら?」
「まあ」
「そんな恐ろしい、むごすぎます」
王妃が息をのみ、サリエが推測し、公爵夫人が感嘆の声を上げ、コレット判事が異を唱えた。
「いや、それならあとくされなくこの娘を処分できる、妙案ですぞ」
ローゼンシア公爵が手を叩いた。
「公爵もそう思われますか? そもそもの発端を考えると、老婆が連れてきた赤子を老婆に返す。そのあと老婆がその娘をどうしようと我々の関知するところではない。理想的な決着だと私も思います」
王太子も同意した。
「『森の主』とはどんな姿をしているの? 牙や爪は? 目は赤く光っているのかしら?」
サリエが面白がって老婆に問うた。
「私の口からそのお姿を語るのはちょっと……。ただ、とてつもなく大きな力を持った存在とだけ……」
老婆は答えをあいまいに濁した。
「しかし、それでは……」
コレット判事は口ごもった。
彼がシエラの方をちらりと見ると、彼女は動揺を抑えるかの如く、両の手を足の上でぎゅっと強く握りしめていた。その手は少し震えていたかもしれない、離れているのでわかりにくいが。
気丈な娘だ。
このようなことを聞かされては、気を失ったり、大声でわめいたりしても不思議はないのに、表情は平静を保っている。
その素質は王太子妃、いや王妃としても理想的に見えるが、逆にそれが王太子の神経を逆なでしている。
「コレット判事、国の頂上に立つものは時に非情な判断も必要とあらばしなければならないものですよ。あなたは法に照らして、我々のシエラに対する処遇の決め方に異を唱えていますが、われらが法の上に位置するものであることもお忘れなく」
王太子が言った。
だったらなぜ私を呼んだのだ、と、コレット判事は叫びそうになるのを抑えた。
「くすっ、かわいそうな、シエラ・マリア」
サリエは含み笑いをする。
「それでは、私が言った通りの処置でかまわないのですかな?」
老婆は念押しをした。
「ああ、それが最善であろう」
王太子は断言し、国王も無言で同意を示した。
シエラに拒絶する権利はなかった。
クローディア王女のことを聞いたのがまちがいだったのだろうか?
ふとシエラはそう思った。
だが、シエラには空気を読んで、それを控えるだけの眼力はそもそも備わっていない。
シエラの日常を取り巻いていた空気とは、いかに彼女を虐げて面白がる、あるいはうっぷん晴らしをする人々の念に満ちていた。
だから、シエラは日々求められる課題に誠実に取り組み、必要とされる知識を高める努力はできても、空気を読むという技術にはたけていなかった。
それを読んで自分にいい方向にもっていこうという努力は、無駄な状況だったのだから。
シエラ、馬鹿な女だ。
さっきの質問で父の中にわずかに残っていた貴様への同情心はきれいに消え去ってくれた。
あとは畳みかけるのみだ。
「あのぅ……、発言してもよろしいですかな?」
衝撃の告白を昨夜行った魔女の老婆がおずおずと手を挙げた。
許す、と、国王は短く言い、老婆は話を始めた。
「クローディア王女に操られていたとはいえ、このような事態を招いたことに、私も責任を感じていないわけではないのです。そこでどうでしょう。この娘を私に下さいませんか?」
「「「「「???」」」」」
部屋にいた人間は彼女の言うことを理解しかねていた。
シエラはごくりと唾をのんだ。
いや、のもうとしたら、のどはカラカラで唾も思うようには出てくれなかった。
「どういうつもりでシエラを欲する?」
国王は老婆に質問をした。
「そちら様の主張をまとめると、王家の手の届かないところで、この娘が王家に関わるもろもろのことを広めてしまうことがまずいのですじゃろ。私なら、うまくその娘がこの大陸でものを言うことのできない状況にすることができますからの」
しわがれた声で老婆が答えた。
「ほう、『大陸でものを言うことのできない状況』。具体的には?」
王太子が興味深げにたずねた。
「森の主に捧げます」
老婆が答えた。
「森の主! まさか……」
「イケニエ、かしら?」
「まあ」
「そんな恐ろしい、むごすぎます」
王妃が息をのみ、サリエが推測し、公爵夫人が感嘆の声を上げ、コレット判事が異を唱えた。
「いや、それならあとくされなくこの娘を処分できる、妙案ですぞ」
ローゼンシア公爵が手を叩いた。
「公爵もそう思われますか? そもそもの発端を考えると、老婆が連れてきた赤子を老婆に返す。そのあと老婆がその娘をどうしようと我々の関知するところではない。理想的な決着だと私も思います」
王太子も同意した。
「『森の主』とはどんな姿をしているの? 牙や爪は? 目は赤く光っているのかしら?」
サリエが面白がって老婆に問うた。
「私の口からそのお姿を語るのはちょっと……。ただ、とてつもなく大きな力を持った存在とだけ……」
老婆は答えをあいまいに濁した。
「しかし、それでは……」
コレット判事は口ごもった。
彼がシエラの方をちらりと見ると、彼女は動揺を抑えるかの如く、両の手を足の上でぎゅっと強く握りしめていた。その手は少し震えていたかもしれない、離れているのでわかりにくいが。
気丈な娘だ。
このようなことを聞かされては、気を失ったり、大声でわめいたりしても不思議はないのに、表情は平静を保っている。
その素質は王太子妃、いや王妃としても理想的に見えるが、逆にそれが王太子の神経を逆なでしている。
「コレット判事、国の頂上に立つものは時に非情な判断も必要とあらばしなければならないものですよ。あなたは法に照らして、我々のシエラに対する処遇の決め方に異を唱えていますが、われらが法の上に位置するものであることもお忘れなく」
王太子が言った。
だったらなぜ私を呼んだのだ、と、コレット判事は叫びそうになるのを抑えた。
「くすっ、かわいそうな、シエラ・マリア」
サリエは含み笑いをする。
「それでは、私が言った通りの処置でかまわないのですかな?」
老婆は念押しをした。
「ああ、それが最善であろう」
王太子は断言し、国王も無言で同意を示した。
シエラに拒絶する権利はなかった。
クローディア王女のことを聞いたのがまちがいだったのだろうか?
ふとシエラはそう思った。
だが、シエラには空気を読んで、それを控えるだけの眼力はそもそも備わっていない。
シエラの日常を取り巻いていた空気とは、いかに彼女を虐げて面白がる、あるいはうっぷん晴らしをする人々の念に満ちていた。
だから、シエラは日々求められる課題に誠実に取り組み、必要とされる知識を高める努力はできても、空気を読むという技術にはたけていなかった。
それを読んで自分にいい方向にもっていこうという努力は、無駄な状況だったのだから。
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