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第4話 気さくなばあや
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「王宮でも常に他の人の目につかないようにされているのが不憫で。でもね、あなた様のことに対しては、自分と同じようにぞんざいに扱ったら許さないってはっきりおっしゃって。だから、最上級の客間にお嬢様をお通しすることができたのです。やればできるのですよ、ベネットさまも」
温和そうな婦人はメルの誉め言葉に気をよくして饒舌になっていた。
「あら、いやだ、私ってば。お嬢様、お食事はここに運んでよろしいですか? それとも王家の方々と一緒にとられるなら、そのようにお話しても……?」
「ここでいいわ」
過剰に気を遣う国王夫妻や、なんとなくさげすんでいるように見えた王太子の兄弟たちと一緒に食事は気が重い。
どうせ出ていくのだしね。
「かしこまりました、あと、お着替えなどは……」
「ああ、そういえば、持ってきていないわ」
前もって言ってくれれば、着替えくらい持参したのに、と、メルは思った。
それをするとメルが行くのを嫌がるとでも思ったのだろうか?
あとでメルが不自由な思いをするのは頓着しないのが、あの両親の通常運転だ。
「かしこまりました。では王宮にある客人用の部屋着と寝巻をお持ちしますね」
ばあやことサモワは部屋を小走りに出ていった。
そしてしばらくすると、他の侍女も使って十着ほどのドレスをもって部屋に入ってきた。
「さあ、どうぞ、お嬢様」
こんなに、と、メルが驚きの声をあげた。
急きょ王宮に滞在することになった要人に備えて、置いてある最高級の室内着の数々。いつもメルよりワンランク上の品を身に着けているエメや母の部屋着や寝巻でも、こんなすべらかな生地と丁寧な仕立ての品は見たことがない。
「どうぞ、遠慮なさらず」
「こんな素敵なもの、今まで身に着けたことがないわ」
「寝巻はこの二着でいいですかね。結婚式を終えた後なら、もうちょっと丈の短いものや生地の薄いものもあるのですけどね、ほほほ」
ばあやはそう言って、空色と生成り色のネグリジェをハンガーにかけた。
部屋着の方は体を締め付けないエンパイアスタイルが主流であった。
「どちらになさいます? 私は白銀地の縁に金糸の刺繍のあるパフスリーブのがお似合いだと思うのですが? ああ、それともこの花緑青色の胸当てがあるデザインの方がよろしいですかね?」
「どちらも好きよ」
「じゃあ、今回はこちらで」
ばあやはパフスリーブの方を選んでメルの着替えを手伝った。
「僭越ながら、お部屋の外で着るドレスも持ってきましたので、こちらにかけておきますね」
ばあやは短時間でメルの髪や瞳の色から似合う色合いのものを探し出して持ってきた。
実家ではこんなことをしてもらったことはない。
エメと母の似合う色合いはほぼ同じだけど、メルは違う。
そのため自分たちが似合うドレスをメルが似合わないのを馬鹿にされるし、メルが似合うドレスは地味とか暗いとか言われることもしょっちゅうだった。
その夜は、ばあやが語るベネットの幼いころの話を伴奏に食事をとり、その後就寝。
翌日も朝からばあやが食事を運んできてくれた。
「今日はいかがいたしましょう。お嬢様?」
メルは考えた。
一週間後に式を挙げること以外、何も知らされていない。
その間、どうやって時間をつぶせばいいのか、メルも途方に暮れていた。
「王宮のお庭を散策されるのはいかがですか? あと何かご趣味がありましたら、道具など用意いたしますよ」
「そうね、時間があるし、刺繍をしてみたいわ。ねえ、ここにある薄紅色のドレスだけど襟元や袖口に、もう少し濃い紅色の花の刺繍をしたら素敵だと思わない。あ、王室の物だし、余計な手をかけちゃダメかしら?」
「いえいえ、これはもうお嬢様の物ですので、お好きなようになさってかまいませんよ。そうですね、それもお嬢様に似合いそうな色だと思って持ってきたのですが、少々飾りが少ないな、と、思っていたのですよ」
「あと、ベネット様にも何かお礼に、刺繍をしたハンカチーフなど?」
「まあ、お嬢様! それは素敵でございます!」
ばあやのサモワが歓声を上げた。
この国では、貴族女性のたしなみの手仕事の一つとして刺繍があり、メルはわりとそれが得意だ。
親しい殿方、親子兄弟や親戚、あるいは夫にも自分が作ったのを贈る習慣がある。
父に対しても、誕生日の際に何度か作って送ったことがあったが、ちゃっかりしたエメが共同のプレゼントにしようと言って、何度も手柄を横取りされたことがある。
「あの、あくまでお礼なのですが……、どういったモチーフを好まれるか? えっと……」
サモワの高揚した様子にメルは少しうろたえる。
「お礼でもなんでも、ベネット様にそうやって贈ってくださる方なんてついぞいませんでしたからね」
感激でむせび泣くばあやをなだめながら、メルはベネットを今まで取り巻いていた環境に少し胸が痛くなった
温和そうな婦人はメルの誉め言葉に気をよくして饒舌になっていた。
「あら、いやだ、私ってば。お嬢様、お食事はここに運んでよろしいですか? それとも王家の方々と一緒にとられるなら、そのようにお話しても……?」
「ここでいいわ」
過剰に気を遣う国王夫妻や、なんとなくさげすんでいるように見えた王太子の兄弟たちと一緒に食事は気が重い。
どうせ出ていくのだしね。
「かしこまりました、あと、お着替えなどは……」
「ああ、そういえば、持ってきていないわ」
前もって言ってくれれば、着替えくらい持参したのに、と、メルは思った。
それをするとメルが行くのを嫌がるとでも思ったのだろうか?
あとでメルが不自由な思いをするのは頓着しないのが、あの両親の通常運転だ。
「かしこまりました。では王宮にある客人用の部屋着と寝巻をお持ちしますね」
ばあやことサモワは部屋を小走りに出ていった。
そしてしばらくすると、他の侍女も使って十着ほどのドレスをもって部屋に入ってきた。
「さあ、どうぞ、お嬢様」
こんなに、と、メルが驚きの声をあげた。
急きょ王宮に滞在することになった要人に備えて、置いてある最高級の室内着の数々。いつもメルよりワンランク上の品を身に着けているエメや母の部屋着や寝巻でも、こんなすべらかな生地と丁寧な仕立ての品は見たことがない。
「どうぞ、遠慮なさらず」
「こんな素敵なもの、今まで身に着けたことがないわ」
「寝巻はこの二着でいいですかね。結婚式を終えた後なら、もうちょっと丈の短いものや生地の薄いものもあるのですけどね、ほほほ」
ばあやはそう言って、空色と生成り色のネグリジェをハンガーにかけた。
部屋着の方は体を締め付けないエンパイアスタイルが主流であった。
「どちらになさいます? 私は白銀地の縁に金糸の刺繍のあるパフスリーブのがお似合いだと思うのですが? ああ、それともこの花緑青色の胸当てがあるデザインの方がよろしいですかね?」
「どちらも好きよ」
「じゃあ、今回はこちらで」
ばあやはパフスリーブの方を選んでメルの着替えを手伝った。
「僭越ながら、お部屋の外で着るドレスも持ってきましたので、こちらにかけておきますね」
ばあやは短時間でメルの髪や瞳の色から似合う色合いのものを探し出して持ってきた。
実家ではこんなことをしてもらったことはない。
エメと母の似合う色合いはほぼ同じだけど、メルは違う。
そのため自分たちが似合うドレスをメルが似合わないのを馬鹿にされるし、メルが似合うドレスは地味とか暗いとか言われることもしょっちゅうだった。
その夜は、ばあやが語るベネットの幼いころの話を伴奏に食事をとり、その後就寝。
翌日も朝からばあやが食事を運んできてくれた。
「今日はいかがいたしましょう。お嬢様?」
メルは考えた。
一週間後に式を挙げること以外、何も知らされていない。
その間、どうやって時間をつぶせばいいのか、メルも途方に暮れていた。
「王宮のお庭を散策されるのはいかがですか? あと何かご趣味がありましたら、道具など用意いたしますよ」
「そうね、時間があるし、刺繍をしてみたいわ。ねえ、ここにある薄紅色のドレスだけど襟元や袖口に、もう少し濃い紅色の花の刺繍をしたら素敵だと思わない。あ、王室の物だし、余計な手をかけちゃダメかしら?」
「いえいえ、これはもうお嬢様の物ですので、お好きなようになさってかまいませんよ。そうですね、それもお嬢様に似合いそうな色だと思って持ってきたのですが、少々飾りが少ないな、と、思っていたのですよ」
「あと、ベネット様にも何かお礼に、刺繍をしたハンカチーフなど?」
「まあ、お嬢様! それは素敵でございます!」
ばあやのサモワが歓声を上げた。
この国では、貴族女性のたしなみの手仕事の一つとして刺繍があり、メルはわりとそれが得意だ。
親しい殿方、親子兄弟や親戚、あるいは夫にも自分が作ったのを贈る習慣がある。
父に対しても、誕生日の際に何度か作って送ったことがあったが、ちゃっかりしたエメが共同のプレゼントにしようと言って、何度も手柄を横取りされたことがある。
「あの、あくまでお礼なのですが……、どういったモチーフを好まれるか? えっと……」
サモワの高揚した様子にメルは少しうろたえる。
「お礼でもなんでも、ベネット様にそうやって贈ってくださる方なんてついぞいませんでしたからね」
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