上 下
3 / 51

第3話 冷淡な家族と親切な婚約者

しおりを挟む
「あー、おかしいっ! もう途中で笑いをこらえるのに必死だったわ!」

 控室に下がるとエメがすっきりとした表情でしゃべりだした。

「エメ、部屋の外に音が漏れたらどうするの?」

 母がエメをたしなめたが、その顔にはうっすら笑みがこぼれている。

「メル、私たちは屋敷に帰るがお前は今日から王宮で暮らすのだ。荷物は後で届けさせる、いいな」

 父がメルに言い聞かせた。


 持参金のほかに王家は以下のことを結婚の条件として挙げた。

 式は一週間後。
 急いでいるのはおそらく娘が嫌がって気が変わるのを恐れたからであろう。
 過去の歴史を紐解くと、同じように結婚を強要され逃げ出したり自殺しようとした娘がいたらしい。

 夫婦生活においては白い結婚でいい。
 実際に肉体交渉をもって妃が懐妊した場合、さらにどんな恐ろしい化け物が生まれるかわからないから、その方が都合がいい。
 王太子にもその旨は厳命しておく。

 さらに、いずれ第二、および第三王子が成長したら、それぞれの資質を見てどちらかが正式な後継者となる。
 ベネット王太子はそれまでのつなぎであり、正式な王太子が決まったら、病気など理由に彼は引退し公の場から姿を消し、どこかに隠棲する。
 その時には離婚してもかまわない。

 以上である。

 
 離婚前提の白い結婚をまとめて何の利点があったのだろうか?

 メルはいぶかったがそれもすぐにわかった。

「私たち家族はメルの様子を見るという口実で王宮の出入りを許されることとなった。つまり、王宮で頻繁に第二、第三王子と顔を合わせる機会が持てるというわけだ」

「わかりましたわ、そこでエメを売り込めばいいのですね!」

 要するにエメを真の王太子となる第二か、第三王子に売り込むためのきっかけづくりとしてメルを利用したのだ。

「私の策謀を誉めてほしいものだね」

「さすがはお父さま!」

 両親と妹エメの会話をメルはむなしく聞いた。

 要するに、妹エメが本当に後継となる王子を射止めるためのダシに使われたというわけだ。


 両親と妹はメルを残して帰宅し、メルは王宮内の最上級の客間に通された。

「式まではこの部屋をお使いくださいませ。式の後は王宮内の夫婦の寝室に移動していただきます」

 女官がメルを部屋に案内し説明した。

 今までに見たことのない見事な調度品、部屋のグレードの高さにいかに王家が気を使っているかがメルにもわかる。

 部屋のあちこちを見て回っていると、ノックをする音が聞こえた。

 訪ねてきたのは王太子のベネットであった。

「何か足りないものはないですか、メル殿」

「いえ……」

「そうですか。幼いころから私に使えてくれた侍女のサモワにあなたに仕えるよう申し渡しましたので、困ったことがあれば彼女に行ってください」

 ベネットの後ろから年配の女性が現れてメルに挨拶をした。

「まあ、それでは王太子殿下が困るのではありませんか?」

「私は大丈夫です。たいていのことは自分でもできますので」

「それなら私も……」

「いえ、あなたはこの王宮初めてなのだし、なにかと不安なこともあるでしょうから、どうぞばあやを頼ってください。それから、私の家族や家臣たちが何かあなたにいやな思いをさせたり困らせたりしたときはおっしゃってください。私が何とかいたしますので。それではまた」

 ベネットは去り、一緒にやってきたばあやは部屋に残った。

「お優しい方なのですね」

 彼が去った後メルはつぶやいた。

「ああ、お分かりになられますか。そうなんです、ベネットさまは本当にお優しいのですよ。だけど容貌のせいで、ご家族からも家臣からも、避けられ侮られ……」

 ばあやと呼ばれた婦人はコンコンと説明をし始めた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身勝手な理由で婚約者を殺そうとした男は、地獄に落ちました【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「おい、アドレーラ。死んだか?」 私の婚約者であるルーパート様は、私を井戸の底へと突き落としてから、そう問いかけてきました。……ルーパート様は、長い間、私を虐待していた事実が明るみになるのを恐れ、私を殺し、すべてを隠ぺいしようとしたのです。 井戸に落ちたショックで、私は正気を失い、実家に戻ることになりました。心も体も元には戻らず、ただ、涙を流し続ける悲しい日々。そんなある日のこと、私の幼馴染であるランディスが、私の体に残っていた『虐待の痕跡』に気がつき、ルーパート様を厳しく問い詰めました。 ルーパート様は知らぬ存ぜぬを貫くだけでしたが、ランディスは虐待があったという確信を持ち、決定的な証拠をつかむため、特殊な方法を使う決意をしたのです。 そして、すべてが白日の下にさらされた時。 ルーパート様は、とてつもなく恐ろしい目にあうことになるのでした……

【完結】拾ったおじさんが何やら普通ではありませんでした…

三園 七詩
ファンタジー
カノンは祖母と食堂を切り盛りする普通の女の子…そんなカノンがいつものように店を閉めようとすると…物音が…そこには倒れている人が…拾った人はおじさんだった…それもかなりのイケおじだった! 次の話(グレイ視点)にて完結になります。 お読みいただきありがとうございました。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

迫害され詐欺師と呼ばれた少女は辺境で大聖女となる

長尾 隆生
ファンタジー
国王に次ぐ権力を持ち、土地を富ませ病を治す力を持つ大聖女。その次期候補として先代の大聖女に力を見出されたリディア。 だけどあまりに強い力を悪用されることを心配した先代のいいつけで聖女候補の誰よりも遙かに強い力を隠していた彼女は、孤児院出身という身分のこともあり、先代亡きあと他の聖女候補たちによって【詐欺師】の汚名を着せられ追放される。 悪名を背負い、王都の片隅でひっそりと生きていこうと決めたリディアの元にある日とつぜん一人の騎士が訪れた。 彼は辺境伯の使いだと称し、その辺境伯が是非リディアを娶りたいと手紙を手渡す。 意を決し辺境寮に向かったリディアだったが、その領地は荒れ果てていて。あまりの惨状にリディアはその地を救うため聖女の力を使うのだった。 一方、リディアを追い出した聖女たちは何故かその力がどんどん衰えて行き――……。 これは一人の少女が、かつて救った男の子に救われ愛され世界を変える物語。

「宮廷魔術師の娘の癖に無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われたが、厄介払いと嫁に出された家はいいところだった

今川幸乃
ファンタジー
魔術の名門オールストン公爵家に生まれたレイラは、武門の名門と呼ばれたオーガスト公爵家の跡取りブランドと婚約させられた。 しかしレイラは魔法をうまく使うことも出来ず、ブランドに一方的に婚約破棄されてしまう。 それを聞いた宮廷魔術師の父はブランドではなくレイラに「出来損ないめ」と激怒し、まるで厄介払いのようにレイノルズ侯爵家という微妙な家に嫁に出されてしまう。夫のロルスは魔術には何の興味もなく、最初は仲も微妙だった。 一方ブランドはベラという魔法がうまい令嬢と婚約し、やはり婚約破棄して良かったと思うのだった。 しかしレイラが魔法を全然使えないのはオールストン家で毎日飲まされていた魔力増加薬が体質に合わず、魔力が暴走してしまうせいだった。 加えて毎日毎晩ずっと勉強や訓練をさせられて常に体調が悪かったことも原因だった。 レイノルズ家でのんびり過ごしていたレイラはやがて自分の真の力に気づいていく。

【完結】異世界で急に前世の記憶が蘇った私、生贄みたいに嫁がされたんだけど!?

長船凪
ファンタジー
サーシャは意地悪な義理の姉に足をかけられて、ある日階段から転落した。 その衝撃で前世を思い出す。 社畜で過労死した日本人女性だった。 果穂は伯爵令嬢サーシャとして異世界転生していたが、こちらでもろくでもない人生だった。 父親と母親は家同士が決めた政略結婚で愛が無かった。 正妻の母が亡くなった途端に継母と義理の姉を家に招いた父親。 家族の虐待を受ける日々に嫌気がさして、サーシャは一度は修道院に逃げ出すも、見つかり、呪われた辺境伯の元に、生け贄のように嫁ぐはめになった。

勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~

楠ノ木雫
ファンタジー
 IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき…… ※他の投稿サイトにも掲載しています。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

処理中です...