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第11章 誘拐(回帰から二年後)
第97話 侯爵家の養女
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ルソンス・ディアブリークは飽きっぽい男であった。
侯爵家の嫡男として常に人を見下ろす立場にあった彼にとって、他人は自分を心地よくさせるための道具であり、娼婦は気まぐれに執着するおもちゃに過ぎない。
そんな彼が高級娼婦シャーリーを身受けまでしようと考えていたのは、彼女についていた他の客たちの鼻を明かすために他ならない。
一時の夜のお遊びなら寛容だった両親も、莫大な金を積んで高級娼婦を身受けするのには難色を示した。
やりたいのならお前が王宮で勤務して得ている収入だけでやれ。
侯爵家は一切金を出さん、と。
話は進んでいるが、すでにルソンスは飽きていた。
「下の子には随分つらく当たる性格なのかな、シャーリーは?」
「いえ、そのような……」
帰り際、リジェンナをコッソリ呼び出したルソンスは質問をする。
か弱い被害者を装うのはリジェンナの得意技だ。
前の時間軸だってそれをうまく演じたからこそ、王太子の婚約者セシルへの感情を悪化させることに成功したのだから。
「今日のことは気にしないで、これで美味しいものでも食べなさい」
ルソンスはリジェンナに金貨を渡す。
「まあ、金貨なんてお父様が生きていた時以来だわ!」
リジェンナは大げさに喜ぶ。
「ほう……」
この娘の父親は裕福な男だったのか?
ルソンスは興味をひかれる。
「実は私は貴族の血を引いているのです。母が生きていた頃には父もよく顔を出してくれて、私をかわいがってくれていたのですが……」
「貴族だって! 何という名だ?」
「わかりません。これが唯一の父の形見ですが……」
フィオナから盗み取った壊れた懐中時計をリジェンナは見せる。
貴族に囲われていた女の庶子。でも、父も母も死にこの娼館に引き取られた。
それはリジェンナの作ったストーリーである。
貴族もよく出入りする娼館でこの話をしてうまく取り入れば、客を取らされる前に引き取ってくれる者がいるかもしれない。実際、前の時間軸でブレイ男爵が娘を引き取りに来たのは、先妻が死んだすぐ後で政略結婚に使う娘が欲しかったからだ。
ルソンスはリジェンナの思う通りの解釈をしてくれた。
「いつか、父の親戚が私を迎えに来てくれる。そんなこと夢見るのは罰当たりだと分かっているのですが……」
年端もいかない少女が陰でひっそりと泣いている。
庇護欲をかきたてる状況に侯爵令息はあることを決意した。
◇ ◇ ◇
数日後、なぜかリジェンナがディアブリーク家の馬車に乗せられてどこかに連れていかれた。
シャーリーやほかの娼婦たちはけげんに思ったが、身受けの時にお付きの少女も一緒に引き取られることもある。ただ、それは身受けされる側の娼婦が希望して受け入れられればの話なのだから、リジェンナを嫌っているシャーリーには当てはまらないのだが。
「シャーリー姉さんのことで何か聞きたい話でもあったのかしらね?」
娼婦の一人が推測する。
いったい何の?
だがこの時点では当事者であるシャーリーもあまり気にしてはいなかった。
◇ ◇ ◇
「どうして私じゃなくあの子が身受けされるのよっ!」
話を聞いてシャーリーは冷静さを失い、侯爵令息にくってかかった。
「『身受け』ではない、養女として引き取ることになったのだ」
「でも、そのためのお金が私の身受け金と同じだから、私のそれは白紙になったって……」
「娼館に払う金はこれまでリジェンナを育ててくれた対価と口止め料だ。お前を身受けする場合にはびた一文も出してくれない両親が、リジェンナを引き取る金については侯爵家で負担してくれると言った。だからそちらを選んだまでだ」
「そんな……」
「俺としては店にまとまった金を払って、日ごろの世話になっている礼ができればそれでいいからな」
「待ってよ、私はどうなるの?」
「今まで通り、この店で働く、それだけだろう」
侯爵令息はにべもなく言った。
確かにそれは当たっているが、一度苦界から脱出できる期待を持たせた後での肩透かしはきつい。打ちのめされたシャーリーの顔を見てリジェンナはほくそえんだ。
◇ ◇ ◇
リジェンナ・ディアブリーク。
それが引き取られた彼女の新しい名前である。
数年前王太子と公爵令嬢セシルとの婚約が白紙に戻った。
これはつまり、未来の王妃の座が空席になったということだ。
それを受け、侯爵以上の高位貴族の家は色めきだった。
同年代の娘を持つ家は花嫁教育に力を入れ、いない家でも親戚筋にめぼしい娘をさがし、養女にするなどして王太子の妃候補とした。
ディアブリーク家でも王太子と同年代の娘がいないことを残念がった。
そして他の貴族と同様、親戚の中からも探したが、誰でもいいというわけにはいかない。容姿、教養、人格、それらが王家の者にも認められる素養を持った娘でなければならない。ディアブリーク家では残念ながらそれに見合うだけの娘を見つけることができなかった。
その矢先、嫡男ルソンスからリジェンナと言う少女の話を聞き、父の公爵は彼女を品定めするために屋敷へと呼ぶ。
容姿は申し分なく美しい。
教養や礼儀作法もリジェンナには前の時間軸で、王妃としての素養はセシルに劣っていたものの貴族令嬢として生きた経験はあるので、品のある振る舞いをすることは難しいことではない。
そして人格、これは初対面で見抜くのは困難だが、彼女の『魅了』能力が活きた。
侯爵自身がリジェンナに魅せられ養女として迎え入れることをその日のうちに決めた。息子のルソンスも同様に彼女の『魅了』の影響を受けていたのかもしれない。
リジェンナは再び王太子妃を狙える立場にまで返り咲いた。
しかも、以前よりもさらに有利な正当な手続きで王太子妃を狙える立場に。
侯爵家の嫡男として常に人を見下ろす立場にあった彼にとって、他人は自分を心地よくさせるための道具であり、娼婦は気まぐれに執着するおもちゃに過ぎない。
そんな彼が高級娼婦シャーリーを身受けまでしようと考えていたのは、彼女についていた他の客たちの鼻を明かすために他ならない。
一時の夜のお遊びなら寛容だった両親も、莫大な金を積んで高級娼婦を身受けするのには難色を示した。
やりたいのならお前が王宮で勤務して得ている収入だけでやれ。
侯爵家は一切金を出さん、と。
話は進んでいるが、すでにルソンスは飽きていた。
「下の子には随分つらく当たる性格なのかな、シャーリーは?」
「いえ、そのような……」
帰り際、リジェンナをコッソリ呼び出したルソンスは質問をする。
か弱い被害者を装うのはリジェンナの得意技だ。
前の時間軸だってそれをうまく演じたからこそ、王太子の婚約者セシルへの感情を悪化させることに成功したのだから。
「今日のことは気にしないで、これで美味しいものでも食べなさい」
ルソンスはリジェンナに金貨を渡す。
「まあ、金貨なんてお父様が生きていた時以来だわ!」
リジェンナは大げさに喜ぶ。
「ほう……」
この娘の父親は裕福な男だったのか?
ルソンスは興味をひかれる。
「実は私は貴族の血を引いているのです。母が生きていた頃には父もよく顔を出してくれて、私をかわいがってくれていたのですが……」
「貴族だって! 何という名だ?」
「わかりません。これが唯一の父の形見ですが……」
フィオナから盗み取った壊れた懐中時計をリジェンナは見せる。
貴族に囲われていた女の庶子。でも、父も母も死にこの娼館に引き取られた。
それはリジェンナの作ったストーリーである。
貴族もよく出入りする娼館でこの話をしてうまく取り入れば、客を取らされる前に引き取ってくれる者がいるかもしれない。実際、前の時間軸でブレイ男爵が娘を引き取りに来たのは、先妻が死んだすぐ後で政略結婚に使う娘が欲しかったからだ。
ルソンスはリジェンナの思う通りの解釈をしてくれた。
「いつか、父の親戚が私を迎えに来てくれる。そんなこと夢見るのは罰当たりだと分かっているのですが……」
年端もいかない少女が陰でひっそりと泣いている。
庇護欲をかきたてる状況に侯爵令息はあることを決意した。
◇ ◇ ◇
数日後、なぜかリジェンナがディアブリーク家の馬車に乗せられてどこかに連れていかれた。
シャーリーやほかの娼婦たちはけげんに思ったが、身受けの時にお付きの少女も一緒に引き取られることもある。ただ、それは身受けされる側の娼婦が希望して受け入れられればの話なのだから、リジェンナを嫌っているシャーリーには当てはまらないのだが。
「シャーリー姉さんのことで何か聞きたい話でもあったのかしらね?」
娼婦の一人が推測する。
いったい何の?
だがこの時点では当事者であるシャーリーもあまり気にしてはいなかった。
◇ ◇ ◇
「どうして私じゃなくあの子が身受けされるのよっ!」
話を聞いてシャーリーは冷静さを失い、侯爵令息にくってかかった。
「『身受け』ではない、養女として引き取ることになったのだ」
「でも、そのためのお金が私の身受け金と同じだから、私のそれは白紙になったって……」
「娼館に払う金はこれまでリジェンナを育ててくれた対価と口止め料だ。お前を身受けする場合にはびた一文も出してくれない両親が、リジェンナを引き取る金については侯爵家で負担してくれると言った。だからそちらを選んだまでだ」
「そんな……」
「俺としては店にまとまった金を払って、日ごろの世話になっている礼ができればそれでいいからな」
「待ってよ、私はどうなるの?」
「今まで通り、この店で働く、それだけだろう」
侯爵令息はにべもなく言った。
確かにそれは当たっているが、一度苦界から脱出できる期待を持たせた後での肩透かしはきつい。打ちのめされたシャーリーの顔を見てリジェンナはほくそえんだ。
◇ ◇ ◇
リジェンナ・ディアブリーク。
それが引き取られた彼女の新しい名前である。
数年前王太子と公爵令嬢セシルとの婚約が白紙に戻った。
これはつまり、未来の王妃の座が空席になったということだ。
それを受け、侯爵以上の高位貴族の家は色めきだった。
同年代の娘を持つ家は花嫁教育に力を入れ、いない家でも親戚筋にめぼしい娘をさがし、養女にするなどして王太子の妃候補とした。
ディアブリーク家でも王太子と同年代の娘がいないことを残念がった。
そして他の貴族と同様、親戚の中からも探したが、誰でもいいというわけにはいかない。容姿、教養、人格、それらが王家の者にも認められる素養を持った娘でなければならない。ディアブリーク家では残念ながらそれに見合うだけの娘を見つけることができなかった。
その矢先、嫡男ルソンスからリジェンナと言う少女の話を聞き、父の公爵は彼女を品定めするために屋敷へと呼ぶ。
容姿は申し分なく美しい。
教養や礼儀作法もリジェンナには前の時間軸で、王妃としての素養はセシルに劣っていたものの貴族令嬢として生きた経験はあるので、品のある振る舞いをすることは難しいことではない。
そして人格、これは初対面で見抜くのは困難だが、彼女の『魅了』能力が活きた。
侯爵自身がリジェンナに魅せられ養女として迎え入れることをその日のうちに決めた。息子のルソンスも同様に彼女の『魅了』の影響を受けていたのかもしれない。
リジェンナは再び王太子妃を狙える立場にまで返り咲いた。
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