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第11章 誘拐(回帰から二年後)

第96話 娼館での企み

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「うそでしょ、インシディウス家が伯爵に降格するなんて……」

 娼館の中の一室、娼婦たちの休憩用のリビングに置かれている新聞に目を通しながらリジェンナはがく然とつぶやいた。

「あらあ、先日、愛人と一緒に死んだインシディウス侯爵家の話?」

「それがもう侯爵家じゃないみたいよ。長男が後を継いで降格だって」

「どうして? 罰則か何か?」

「お貴族様の不倫に罰則なんてないけどね。そもそも私たちと遊んだり、果ては私らを身受けしてくれるのだって、広い意味では『不倫』になっちゃうじゃないの」

 部屋に集まっていた娼婦たちが口々にしゃべり始める。

 九歳の時、王宮の調査員がやってきた孤児院から逃亡したリジェンナは、街をさまよっているところをとある娼館の主に拾われる。そこは娼館の中でも社会的地位の高い客を相手にする高級娼婦を扱う娼館だった。器量がよく貴族の作法をある程度身に着けているリジェンナは、将来ものになるかもということでそこに住まわせてもらえるようになり、今は先輩娼婦の雑用などをさせられている。

「インシディウス侯爵もね、マールベロー公爵が生きてらっしゃった時には一緒にあちこちで浮名を流していたんだけどね」

「なるほど。一緒に遊ぶ友人が死んでからは自分もそういうところでは遊ばなくなり、残ったのは亡き友人の家の使用人の女だったというわけか」

「心中までしちゃうなんてね」

「一緒に死んだわけじゃないから、正確に言うと心中じゃないわよ」

 娼婦たちはうわさ話を続ける。

 どうして、こう次から次へと前とは違うことが……。

 彼女たちのうわさ話を聞き流しながらリジェンナはほぞをかむ。

 前の時間軸の王太子一派の中で一番頼りになるダンゼル焼死の情報を得たのは、この娼館に身を寄せて間もなくのこと。
 そして十一歳になった現在、インシディウス家の醜聞の記事を目にする。
 以前は、私が王太子妃になったときもユリウスの実父はまだ生きていたのに……。

 自分が何もできないでいる間にどんどん状況が以前より悪くなっていっている。
 リジェンナはもどかしがった。

 このままただの娼婦で終わるものですか。
 私は王太子妃まで昇りつめた女なのよ。

「ちょっと、そろそろ客が来るわよ!」

 ひときわ華やかな装いの女が険のある口調で他の娼婦たちに話しかける。

「わかってるわよ、シャーリー姉さん」

「姉さん、今日はディアブリーク家の御曹司が来るからって張り切っちゃって」

「身受けも間近って言われてるもんね」

 おどけた口調で娼婦たちがシャーリーと言う女をからかう。
 その言葉に娼館一の売れっ子シャーリーはまんざらではない表情をする。

「リジェンナ、あんたはなに油を売っているの! 早く私の部屋を片して!」

 しかし、雑用係のリジェンナにはきつい態度を崩さず命令をする。
 シャーリーに言われ、リジェンナは客を迎えるための娼婦たちの部屋を掃除しに行った。

 ふん、イヤな女!

 リジェンナは心の中でシャーリーに悪態をつく。

 誰に対してもそつなく接するシャーリーだが、リジェンナに対しては入ってきたときからずっとつらく当たってきた。娼館主がリジェンナを見て、この子はシャーリーより売れっ子になるかも、などと口走ったことが原因ともいわれている。

 リジェンナは、なんとかあの女シャーリーの鼻を明かすことはできないかと思案した。

 そもそも、娼婦風情と元王太子妃を比較すること自体失礼なのよ。
 でも、あの女には高位貴族からの身受け話もあって絶頂と言っていい。
 そこから、転落させるにはどうすればいいかしら?

 確か相手は侯爵家の令息。
 それにうまく取り入れば私自身がここを抜け出して貴族の令嬢になれるかも。

 リジェンナは作戦を考え、それを実行に移すことにした。

 まずシャーリーの相手のルソンス・ディアブリークに取り入るため、彼が馬車を降りるや否や、いきなり走ってぶつかっていった。

「申し訳ございません!」

「いや、かまわない、君は……」

 なじみの客である彼は、娼館の器量のいい手伝いの少女の顔を覚えていた。

「さっきので怪我をしたのか?」

 リジェンナのほほが赤く腫れあがっているのを目ざとく見つけて言う。

「いえ、旦那様のせいではございません。私がいけないのです。シャーリー姉さんの大事な化粧品の瓶を割ってしまって怒られてしまった時についた傷です。今から代わりのものを買いに行くために焦ってつい……」

「化粧品くらい後でいくらでも買いにいけるだろう。こんな子供を夜遅く使いに出すなんて……」

 未来の売れっ子候補の少女には公爵令息も親切であった。

「リジェンナ、なにをやってるの! あ、あら、ルー様、お待ちしておりましたのよ」

 リジェンナへのきつい口調から一転、公爵令息への甘い口調。
 そのあからさまな変貌は、令息にもしっかり見られてしまった。

「君は気にしないでいいから、中にお入り。いいだろう、シャーリー」

「そ、そうですわね……」

 シャーリーは気まずい雰囲気を何とかごまかそうと必死になる。

「ありがとうございます。姉さんからのきついお仕置きをかばってくださるなんて、旦那様は本当に親切なお方ですね」

 大げさでわざとらしいリジェンナのお礼の言葉にシャーリーは苦虫をかみつぶしたような表情を一瞬だけして、また元の笑顔に戻った。
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