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第11章 誘拐(回帰から二年後)

第95話 話し合いの決着

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「セシルが今のインシディウス侯爵家の者たちを信用できない、と、おっしゃるのは理解できます」

 殊勝な表情でユリウスは続ける。

「婚約者として選んでほしい、と、言っているわけではないのです。ただ、父が悩み罪まで犯してしまったこの『契約』について、自ら解消を願い出るのは、父の命も無駄になるような気がして抵抗があるのです。それを理解していただけたらと……」

 死んだ者の命を盾にか……。
 えげつないな。

 ノアは加害者と被害者、そして被害者を後見する家の三家の話し合いからは、少し距離を置いた観察者としての立場だ。

 その立場から見てそう思ってしまう。

 ユリウスの言葉は反省と謝罪の気持ちに満ちているように聞こえるが、相手に自分が望む以外の選択肢を与えないという意味では非常に狡猾こうかつである。

「では、以上の条件を侯爵家がのんでくださるなら、ユリウスとの契約はそのまま続けましょう」

 不機嫌な表情をなおすことなく、セシルは告げた。

「条件とはどのような?」

 新しく家長になる予定の長男マティウスが質問する。

「まず、亡き侯爵が勧めてきた投資話ですが、それのいくつかについてはマールベロー家は撤退いたします。お父様は勧められるままに出資されていたようですが、よく調べると利益の上がっていないものも多くありますし、事業の内容が私が支援したいとは思わない内容もありますので」

 故インシディウス侯爵はセシルの父、故マールベロー公爵に多くの投資話を持ちかけていた。それらは元家令カニングの誘導もあいまって、何の疑問も持たず公爵は出資していた。しかし、中には金を吸い上げるだけのペーパーカンパニーも多くあり、侯爵がマールベロー家の富を吸い上げるためだけに使われていた。

 セシルはヴォルターにある書類を取りに行かせる。

「これらが撤退したいリストです」

 セシルが出したリストを侯爵家の三人が目を通し、ユリウスがそれをみて一瞬顔をゆがめた。

 リストは亡き侯爵が作ったダミー会社のほかには、非人道的と言うことで最近生産が減らされつつある種類の武器の開発、人身売買に関わっているとうわさされる人材派遣会社など。

 ダミー会社以外はユリウスが言葉巧みに父に勧めた事業だ。
 法律すれすれのところをいっているので、儲けはでかいがばれるといろいろと問題が生じる。でかい儲けのほとんどは自分たちが吸い上げて、公爵家に渡すのはほんの一部。そしてことが明るみに出た時には公爵家に矢面に立ってもらう算段だったのだが……。

 セシルが後継者として、予想以上に投資や出資についての目も鍛えられていることに、ユリウスは驚いた。

「わかりました」

 兄は素直にうなずいた。

 相変わらずぼんくらだ、と、兄を見てユリウスは思う。
 これだけたくさんの投資先を撤退されると我が侯爵家の経済事情も苦しくなるではないか。

 セシルとしては、いずれ撤退したい先だった。
 だが、一度にそれをすると相手から抵抗もあるし、少しずつ怪しいところの投資を辞める予定であったが、この機に乗じて一気に撤退することを主張した。

 自分の言い分が通らないとわかるや否や、すぐに気持ちを切り替えて、前々から準備していた撤退話を通すなんて、油断のならない女だ。
 十一歳なのに優秀過ぎる。
 やはり結婚して御するのは難しいかな、と、ユリウスが考える。

「そしてもう一つ、インシディウス家は侯爵から伯爵に降格を願い出てもらいます」

 二つ目の条件にユリウスはさらに驚いた。

 この国の爵位の基準「公侯伯子男」。

 まず王族が臣下に下れば公爵。
 それから五世代くらい経ると侯爵となる。
 その侯爵もしばらくたてば伯爵に降下を願い出る貴族は多くいる。
 それと言うのも爵位のランクによって国に納める金も違ってくるので、経済的な負担も考えて、代を経て王族から遠くなった高位貴族が、中堅クラスの伯爵になるのは珍しいことではない。

「了承しました。もともと僕の代では考えていたことですし、異存はありません」

 これも次期当主のマティウスは抵抗もなく受け入れた。

 父からも大して期待されてなかったマティウスだからな、と、冷ややかに思いながらもユリウスは頭を下げる。

「兄上、僕のためにすいません」

「気にしなくていい。爵位の降格はさっきも言った通りだし、投資に関しても父は何というか、精力的にあちこち手を広げ過ぎていたからね。セシル嬢にいわれなくとも、うちでもいろいろ見直さなきゃならなかったところだ」

 マティウスは温和な笑みをユリウスに向ける。

「僕にできることがあれば何でも!」

「ああ、事業の見直しは資料も膨大だし時間もかかるから、協力を頼むよ」

「もちろんです!」

 今回の話し合いの席で始めてユリウスが弾んだ声をあげた。

 第三者の目からは、父を失ったインシディウス家の兄弟が手を携えて難局を乗り切ろうとする感動的な場面にも見えただろう。

 だが、ユリウスの頭の中ではインシディウス家内を掌握するための仕切り直しを計算しており、凡庸な兄と人畜無害な母ならそれは造作もないであろうとほくそ笑むのだった。

「それでは今回の落としどころは、セシル様とユリウス様の契約はそのまま。両家の事業提携や侯爵位の降格に関しては私の仕事の範疇にありませんが、それも同意したということでよろしいですね」

 ラルワ弁護士が話を締めくくった。

 インシディウス家の三名とラルワ氏は連れ立ってマールベロー家を退出した。
 その際、あなたには立派な息子さんが二人もいるのですから、と、ラルワ氏は傷心の夫人を慰めていた。

「よくぞこらえましたな、セシル様。ご自分の主張は通らないとみるや切り替えて、今までの懸案事項を解決する方向にもっていくとはお見事です」

 マールベロー家ではヴォルターがセシルをねぎらっていた。
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