95 / 106
第11章 誘拐(回帰から二年後)
第95話 話し合いの決着
しおりを挟む
「セシルが今のインシディウス侯爵家の者たちを信用できない、と、おっしゃるのは理解できます」
殊勝な表情でユリウスは続ける。
「婚約者として選んでほしい、と、言っているわけではないのです。ただ、父が悩み罪まで犯してしまったこの『契約』について、自ら解消を願い出るのは、父の命も無駄になるような気がして抵抗があるのです。それを理解していただけたらと……」
死んだ者の命を盾にか……。
えげつないな。
ノアは加害者と被害者、そして被害者を後見する家の三家の話し合いからは、少し距離を置いた観察者としての立場だ。
その立場から見てそう思ってしまう。
ユリウスの言葉は反省と謝罪の気持ちに満ちているように聞こえるが、相手に自分が望む以外の選択肢を与えないという意味では非常に狡猾である。
「では、以上の条件を侯爵家がのんでくださるなら、ユリウスとの契約はそのまま続けましょう」
不機嫌な表情をなおすことなく、セシルは告げた。
「条件とはどのような?」
新しく家長になる予定の長男マティウスが質問する。
「まず、亡き侯爵が勧めてきた投資話ですが、それのいくつかについてはマールベロー家は撤退いたします。お父様は勧められるままに出資されていたようですが、よく調べると利益の上がっていないものも多くありますし、事業の内容が私が支援したいとは思わない内容もありますので」
故インシディウス侯爵はセシルの父、故マールベロー公爵に多くの投資話を持ちかけていた。それらは元家令カニングの誘導もあいまって、何の疑問も持たず公爵は出資していた。しかし、中には金を吸い上げるだけのペーパーカンパニーも多くあり、侯爵がマールベロー家の富を吸い上げるためだけに使われていた。
セシルはヴォルターにある書類を取りに行かせる。
「これらが撤退したいリストです」
セシルが出したリストを侯爵家の三人が目を通し、ユリウスがそれをみて一瞬顔をゆがめた。
リストは亡き侯爵が作ったダミー会社のほかには、非人道的と言うことで最近生産が減らされつつある種類の武器の開発、人身売買に関わっているとうわさされる人材派遣会社など。
ダミー会社以外はユリウスが言葉巧みに父に勧めた事業だ。
法律すれすれのところをいっているので、儲けはでかいがばれるといろいろと問題が生じる。でかい儲けのほとんどは自分たちが吸い上げて、公爵家に渡すのはほんの一部。そしてことが明るみに出た時には公爵家に矢面に立ってもらう算段だったのだが……。
セシルが後継者として、予想以上に投資や出資についての目も鍛えられていることに、ユリウスは驚いた。
「わかりました」
兄は素直にうなずいた。
相変わらずぼんくらだ、と、兄を見てユリウスは思う。
これだけたくさんの投資先を撤退されると我が侯爵家の経済事情も苦しくなるではないか。
セシルとしては、いずれ撤退したい先だった。
だが、一度にそれをすると相手から抵抗もあるし、少しずつ怪しいところの投資を辞める予定であったが、この機に乗じて一気に撤退することを主張した。
自分の言い分が通らないとわかるや否や、すぐに気持ちを切り替えて、前々から準備していた撤退話を通すなんて、油断のならない女だ。
十一歳なのに優秀過ぎる。
やはり結婚して御するのは難しいかな、と、ユリウスが考える。
「そしてもう一つ、インシディウス家は侯爵から伯爵に降格を願い出てもらいます」
二つ目の条件にユリウスはさらに驚いた。
この国の爵位の基準「公侯伯子男」。
まず王族が臣下に下れば公爵。
それから五世代くらい経ると侯爵となる。
その侯爵もしばらくたてば伯爵に降下を願い出る貴族は多くいる。
それと言うのも爵位のランクによって国に納める金も違ってくるので、経済的な負担も考えて、代を経て王族から遠くなった高位貴族が、中堅クラスの伯爵になるのは珍しいことではない。
「了承しました。もともと僕の代では考えていたことですし、異存はありません」
これも次期当主のマティウスは抵抗もなく受け入れた。
父からも大して期待されてなかった兄だからな、と、冷ややかに思いながらもユリウスは頭を下げる。
「兄上、僕のためにすいません」
「気にしなくていい。爵位の降格はさっきも言った通りだし、投資に関しても父は何というか、精力的にあちこち手を広げ過ぎていたからね。セシル嬢にいわれなくとも、うちでもいろいろ見直さなきゃならなかったところだ」
マティウスは温和な笑みを弟に向ける。
「僕にできることがあれば何でも!」
「ああ、事業の見直しは資料も膨大だし時間もかかるから、協力を頼むよ」
「もちろんです!」
今回の話し合いの席で始めてユリウスが弾んだ声をあげた。
第三者の目からは、父を失ったインシディウス家の兄弟が手を携えて難局を乗り切ろうとする感動的な場面にも見えただろう。
だが、ユリウスの頭の中ではインシディウス家内を掌握するための仕切り直しを計算しており、凡庸な兄と人畜無害な母ならそれは造作もないであろうとほくそ笑むのだった。
「それでは今回の落としどころは、セシル様とユリウス様の契約はそのまま。両家の事業提携や侯爵位の降格に関しては私の仕事の範疇にありませんが、それも同意したということでよろしいですね」
ラルワ弁護士が話を締めくくった。
インシディウス家の三名とラルワ氏は連れ立ってマールベロー家を退出した。
その際、あなたには立派な息子さんが二人もいるのですから、と、ラルワ氏は傷心の夫人を慰めていた。
「よくぞこらえましたな、セシル様。ご自分の主張は通らないとみるや切り替えて、今までの懸案事項を解決する方向にもっていくとはお見事です」
マールベロー家ではヴォルターがセシルをねぎらっていた。
殊勝な表情でユリウスは続ける。
「婚約者として選んでほしい、と、言っているわけではないのです。ただ、父が悩み罪まで犯してしまったこの『契約』について、自ら解消を願い出るのは、父の命も無駄になるような気がして抵抗があるのです。それを理解していただけたらと……」
死んだ者の命を盾にか……。
えげつないな。
ノアは加害者と被害者、そして被害者を後見する家の三家の話し合いからは、少し距離を置いた観察者としての立場だ。
その立場から見てそう思ってしまう。
ユリウスの言葉は反省と謝罪の気持ちに満ちているように聞こえるが、相手に自分が望む以外の選択肢を与えないという意味では非常に狡猾である。
「では、以上の条件を侯爵家がのんでくださるなら、ユリウスとの契約はそのまま続けましょう」
不機嫌な表情をなおすことなく、セシルは告げた。
「条件とはどのような?」
新しく家長になる予定の長男マティウスが質問する。
「まず、亡き侯爵が勧めてきた投資話ですが、それのいくつかについてはマールベロー家は撤退いたします。お父様は勧められるままに出資されていたようですが、よく調べると利益の上がっていないものも多くありますし、事業の内容が私が支援したいとは思わない内容もありますので」
故インシディウス侯爵はセシルの父、故マールベロー公爵に多くの投資話を持ちかけていた。それらは元家令カニングの誘導もあいまって、何の疑問も持たず公爵は出資していた。しかし、中には金を吸い上げるだけのペーパーカンパニーも多くあり、侯爵がマールベロー家の富を吸い上げるためだけに使われていた。
セシルはヴォルターにある書類を取りに行かせる。
「これらが撤退したいリストです」
セシルが出したリストを侯爵家の三人が目を通し、ユリウスがそれをみて一瞬顔をゆがめた。
リストは亡き侯爵が作ったダミー会社のほかには、非人道的と言うことで最近生産が減らされつつある種類の武器の開発、人身売買に関わっているとうわさされる人材派遣会社など。
ダミー会社以外はユリウスが言葉巧みに父に勧めた事業だ。
法律すれすれのところをいっているので、儲けはでかいがばれるといろいろと問題が生じる。でかい儲けのほとんどは自分たちが吸い上げて、公爵家に渡すのはほんの一部。そしてことが明るみに出た時には公爵家に矢面に立ってもらう算段だったのだが……。
セシルが後継者として、予想以上に投資や出資についての目も鍛えられていることに、ユリウスは驚いた。
「わかりました」
兄は素直にうなずいた。
相変わらずぼんくらだ、と、兄を見てユリウスは思う。
これだけたくさんの投資先を撤退されると我が侯爵家の経済事情も苦しくなるではないか。
セシルとしては、いずれ撤退したい先だった。
だが、一度にそれをすると相手から抵抗もあるし、少しずつ怪しいところの投資を辞める予定であったが、この機に乗じて一気に撤退することを主張した。
自分の言い分が通らないとわかるや否や、すぐに気持ちを切り替えて、前々から準備していた撤退話を通すなんて、油断のならない女だ。
十一歳なのに優秀過ぎる。
やはり結婚して御するのは難しいかな、と、ユリウスが考える。
「そしてもう一つ、インシディウス家は侯爵から伯爵に降格を願い出てもらいます」
二つ目の条件にユリウスはさらに驚いた。
この国の爵位の基準「公侯伯子男」。
まず王族が臣下に下れば公爵。
それから五世代くらい経ると侯爵となる。
その侯爵もしばらくたてば伯爵に降下を願い出る貴族は多くいる。
それと言うのも爵位のランクによって国に納める金も違ってくるので、経済的な負担も考えて、代を経て王族から遠くなった高位貴族が、中堅クラスの伯爵になるのは珍しいことではない。
「了承しました。もともと僕の代では考えていたことですし、異存はありません」
これも次期当主のマティウスは抵抗もなく受け入れた。
父からも大して期待されてなかった兄だからな、と、冷ややかに思いながらもユリウスは頭を下げる。
「兄上、僕のためにすいません」
「気にしなくていい。爵位の降格はさっきも言った通りだし、投資に関しても父は何というか、精力的にあちこち手を広げ過ぎていたからね。セシル嬢にいわれなくとも、うちでもいろいろ見直さなきゃならなかったところだ」
マティウスは温和な笑みを弟に向ける。
「僕にできることがあれば何でも!」
「ああ、事業の見直しは資料も膨大だし時間もかかるから、協力を頼むよ」
「もちろんです!」
今回の話し合いの席で始めてユリウスが弾んだ声をあげた。
第三者の目からは、父を失ったインシディウス家の兄弟が手を携えて難局を乗り切ろうとする感動的な場面にも見えただろう。
だが、ユリウスの頭の中ではインシディウス家内を掌握するための仕切り直しを計算しており、凡庸な兄と人畜無害な母ならそれは造作もないであろうとほくそ笑むのだった。
「それでは今回の落としどころは、セシル様とユリウス様の契約はそのまま。両家の事業提携や侯爵位の降格に関しては私の仕事の範疇にありませんが、それも同意したということでよろしいですね」
ラルワ弁護士が話を締めくくった。
インシディウス家の三名とラルワ氏は連れ立ってマールベロー家を退出した。
その際、あなたには立派な息子さんが二人もいるのですから、と、ラルワ氏は傷心の夫人を慰めていた。
「よくぞこらえましたな、セシル様。ご自分の主張は通らないとみるや切り替えて、今までの懸案事項を解決する方向にもっていくとはお見事です」
マールベロー家ではヴォルターがセシルをねぎらっていた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました
星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜
白雲八鈴
ファンタジー
「貴様との婚約は破棄だ!」
はい、なんだか予想通りの婚約破棄をいただきました。ありきたりですわ。もう少し頭を使えばよろしいのに。
ですが、なんと世界の強制力とは恐ろしいものなのでしょう。
いいでしょう!世界が望むならば、悪役令嬢という者を演じて見せましょう。
さて、悪役令嬢とはどういう者なのでしょうか?
*作者の目が節穴のため誤字脱字は存在します。
*n番煎じの悪役令嬢物です。軽い感じで読んでいただければと思います。
*小説家になろう様でも投稿しております。
『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故
ラララキヲ
ファンタジー
ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。
娘の名前はルーニー。
とても可愛い外見をしていた。
彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。
彼女は前世の記憶を持っていたのだ。
そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。
格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。
しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。
乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。
“悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。
怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。
そして物語は動き出した…………──
※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。
※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。
◇テンプレ乙女ゲームの世界。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げる予定です。
悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます
水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか?
私は、逃げます!
えっ?途中退場はなし?
無理です!私には務まりません!
悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。
一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる