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第11章 誘拐(回帰から二年後)
第90話 消えたアンジュ
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「それでは明日はお願いします」
「はい、お任せください」
次の日がアンジュの非番の日なので諸事もろもろのことをデローテに頼む。
最近では、セシルに対する彼女の嫌がらせじみた言動もなりをひそめている。
他の侍女たちのとりまとめはやはりデローテが経験者でもあり一番頼りになる。
このまま、インシディウス侯爵とも縁を切って真面目に務めてくれるなら、『要警戒』対象から外すこともできるのだけど、と、アンジュは思った。
「二日続けての休暇は久しぶりでしょう。何かご予定は?」
デローテが珍しく親し気にアンジュのプライベートにまで踏み込んできた。
「そうですね。一日は街に出て買い物を。もう一日は部屋でいろいろ片づけを……」
「そうですか? お買い物はいつもどのへんで?」
セシルに対するデローテの言動なら、これまでのことを考えて細かくチェックするアンジュも、自分に対する質問にはわきが甘かった。女性同士のよもやま話の一環として自分の行動予定を話しても問題はないと考えていた。
休暇の一日目、アンジュは一人で外出した。
街までは屋敷の馬車を借りたが、一度帰して買い物が終わるくらいの時間にまた迎えに来てもらうように頼んだ。
◇ ◇ ◇
「リアム君、今日のことでアンジュさんから何か聞いておりませんか?」
学園は休みだったが、公爵家の騎士団で訓練に参加していたリアムにヴォルターが聞きに来た。
「いえ、休日の姉の行動は聞いていません。何かあったのですか?」
「いつも買い物が終わるころに迎えの馬車をよこすのですが、今日はいくら待ってもいつもの待ち合わせ場所にアンジュさんが現れないらしいのですよ。もしかして、予定より早く買い物が終わったので、迎えの馬車を使わず帰って来たのでは、と、御者が連絡をしてきたのです」
「そうですか、珍しいな……」
何か行き違いがあったのだろうか。
この時点では二人ともそう思っていただけで、大きな問題とは考えていなかった。だが、日が落ちかけても何の連絡もないアンジュのことをヴォルターもさすがに心配になって来た。
「姉から連絡がありました。街で昔の知り合いに会ったので、今日はその人のところに泊まると」
リアムがヴォルターの執務室に伝えに来た。
「そうでしたか。それならいいのです」
彼女は明日も休暇だし問題はない。
「連絡が遅くなって申し訳ない、と、姉から伝言がありました、それから、僕もちょっと急用で外出しますので、夕食は先に食べてください」
それだけ言うとリアムは踵を返してヴォルターの部屋を出ていく。
最近、夕食はセシルと婚約者候補のノアやリアム、そして侍女長のアンジュなどが食堂で一緒に取るようになっていたのだが。
顔をこわばらせながらリアムは廊下を小走りで進む。
前をよく見ず急いでいたせいで、反対方向から歩いてきたノアにぶつかりそうになった。
「おや、リアム、どうしたんですか?」
「すいません、ちょっと急ぐので」
そういってリアムは再び足を速めて離れて行った。
◇ ◇ ◇
その日の夕食はジェラルディ姉弟がいないのでセシルとノアの二人きりであった。
「いくら休日とはいえ、二人とも夕食まで帰ってこないとはね……」
セシルが小さく愚痴り、もりあがらない夕食が終わるとノアはそうそうに部屋に引き上げた。
寝るまでの時間、読書にいそしんでいるとジェイドがいきなり声をかけた。
「大変だ、ノア! アンジュが拉致された」
「なんだって!」
「夕方、リアムとぶつかりそうになっただろう。その時のヤツの様子がおかしいから後をつけてみたんだ。リアムはインシディウス侯爵と会っていた」
「侯爵邸にいったのか?」
「いや、彼が街中に借りている仕事部屋みたいなところだ。そこでやつはアンジュをどこかに監禁していること。彼女を無事解放してほしければ、セシルの婚約者としての立場を辞退することを要求したんだ」
「卑怯な!」
「辞退は顧問弁護士であるラルワ氏立ち合いのもと、セシルが了承すれば受け入れられる。それが公的に発表されたらアンジュを開放すると侯爵はリアムに伝えた」
「ちょっと待て、そんな突然リアムが辞退すると言ったらセシルも不審がるだろう。ましてやその場にアンジュがいないとなると……」
「ああ、悪事にしちゃお粗末な計画だ。ヤツも焦っているのかな?」
「それにしてもアンジュはどこに?」
「これから侯爵に張り付いて探りを入れる。お前はリアムが早まったことをしないよう止めてくれないか。彼はすでに屋敷に帰って部屋に閉じこもっている。あと、ジニアスにも連絡を取ってくれ。ヤツの魔法も探りを入れたり、彼女を助け出したりするのに役に立つかもしれない」
「わかった。でも、霊体なんだから、アンジュの行方も何か特殊な能力ですぐにわかったりしないのか?」
「霊体だからって万能じゃねえよ。彼女は一人で街を歩いてそこを拉致られたのだろう。行動パターンは内部の人間ならいくらでも探りを入れて、侯爵に漏らすことはできるだろうからな」
「カミラ・デローテか……」
「ああ、おそらく。セシルの身辺は常に警戒していたけど、アンジュはそれほどでもなかったからな。油断していたぜ。じゃ、俺は行く。侯爵も目的を果たすまではアンジュを丁重に扱うだろうが、やはり何が起こるかわからない。急いだほうがいいからな」
そういうと、ジェイドはノアの前から掻き消えた。
ノアはアンジュの無事を祈りながら、リアムの部屋に向かった。
「はい、お任せください」
次の日がアンジュの非番の日なので諸事もろもろのことをデローテに頼む。
最近では、セシルに対する彼女の嫌がらせじみた言動もなりをひそめている。
他の侍女たちのとりまとめはやはりデローテが経験者でもあり一番頼りになる。
このまま、インシディウス侯爵とも縁を切って真面目に務めてくれるなら、『要警戒』対象から外すこともできるのだけど、と、アンジュは思った。
「二日続けての休暇は久しぶりでしょう。何かご予定は?」
デローテが珍しく親し気にアンジュのプライベートにまで踏み込んできた。
「そうですね。一日は街に出て買い物を。もう一日は部屋でいろいろ片づけを……」
「そうですか? お買い物はいつもどのへんで?」
セシルに対するデローテの言動なら、これまでのことを考えて細かくチェックするアンジュも、自分に対する質問にはわきが甘かった。女性同士のよもやま話の一環として自分の行動予定を話しても問題はないと考えていた。
休暇の一日目、アンジュは一人で外出した。
街までは屋敷の馬車を借りたが、一度帰して買い物が終わるくらいの時間にまた迎えに来てもらうように頼んだ。
◇ ◇ ◇
「リアム君、今日のことでアンジュさんから何か聞いておりませんか?」
学園は休みだったが、公爵家の騎士団で訓練に参加していたリアムにヴォルターが聞きに来た。
「いえ、休日の姉の行動は聞いていません。何かあったのですか?」
「いつも買い物が終わるころに迎えの馬車をよこすのですが、今日はいくら待ってもいつもの待ち合わせ場所にアンジュさんが現れないらしいのですよ。もしかして、予定より早く買い物が終わったので、迎えの馬車を使わず帰って来たのでは、と、御者が連絡をしてきたのです」
「そうですか、珍しいな……」
何か行き違いがあったのだろうか。
この時点では二人ともそう思っていただけで、大きな問題とは考えていなかった。だが、日が落ちかけても何の連絡もないアンジュのことをヴォルターもさすがに心配になって来た。
「姉から連絡がありました。街で昔の知り合いに会ったので、今日はその人のところに泊まると」
リアムがヴォルターの執務室に伝えに来た。
「そうでしたか。それならいいのです」
彼女は明日も休暇だし問題はない。
「連絡が遅くなって申し訳ない、と、姉から伝言がありました、それから、僕もちょっと急用で外出しますので、夕食は先に食べてください」
それだけ言うとリアムは踵を返してヴォルターの部屋を出ていく。
最近、夕食はセシルと婚約者候補のノアやリアム、そして侍女長のアンジュなどが食堂で一緒に取るようになっていたのだが。
顔をこわばらせながらリアムは廊下を小走りで進む。
前をよく見ず急いでいたせいで、反対方向から歩いてきたノアにぶつかりそうになった。
「おや、リアム、どうしたんですか?」
「すいません、ちょっと急ぐので」
そういってリアムは再び足を速めて離れて行った。
◇ ◇ ◇
その日の夕食はジェラルディ姉弟がいないのでセシルとノアの二人きりであった。
「いくら休日とはいえ、二人とも夕食まで帰ってこないとはね……」
セシルが小さく愚痴り、もりあがらない夕食が終わるとノアはそうそうに部屋に引き上げた。
寝るまでの時間、読書にいそしんでいるとジェイドがいきなり声をかけた。
「大変だ、ノア! アンジュが拉致された」
「なんだって!」
「夕方、リアムとぶつかりそうになっただろう。その時のヤツの様子がおかしいから後をつけてみたんだ。リアムはインシディウス侯爵と会っていた」
「侯爵邸にいったのか?」
「いや、彼が街中に借りている仕事部屋みたいなところだ。そこでやつはアンジュをどこかに監禁していること。彼女を無事解放してほしければ、セシルの婚約者としての立場を辞退することを要求したんだ」
「卑怯な!」
「辞退は顧問弁護士であるラルワ氏立ち合いのもと、セシルが了承すれば受け入れられる。それが公的に発表されたらアンジュを開放すると侯爵はリアムに伝えた」
「ちょっと待て、そんな突然リアムが辞退すると言ったらセシルも不審がるだろう。ましてやその場にアンジュがいないとなると……」
「ああ、悪事にしちゃお粗末な計画だ。ヤツも焦っているのかな?」
「それにしてもアンジュはどこに?」
「これから侯爵に張り付いて探りを入れる。お前はリアムが早まったことをしないよう止めてくれないか。彼はすでに屋敷に帰って部屋に閉じこもっている。あと、ジニアスにも連絡を取ってくれ。ヤツの魔法も探りを入れたり、彼女を助け出したりするのに役に立つかもしれない」
「わかった。でも、霊体なんだから、アンジュの行方も何か特殊な能力ですぐにわかったりしないのか?」
「霊体だからって万能じゃねえよ。彼女は一人で街を歩いてそこを拉致られたのだろう。行動パターンは内部の人間ならいくらでも探りを入れて、侯爵に漏らすことはできるだろうからな」
「カミラ・デローテか……」
「ああ、おそらく。セシルの身辺は常に警戒していたけど、アンジュはそれほどでもなかったからな。油断していたぜ。じゃ、俺は行く。侯爵も目的を果たすまではアンジュを丁重に扱うだろうが、やはり何が起こるかわからない。急いだほうがいいからな」
そういうと、ジェイドはノアの前から掻き消えた。
ノアはアンジュの無事を祈りながら、リアムの部屋に向かった。
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