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第11章 誘拐(回帰から二年後)

第88話 騒動の種

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 マールベロー公爵が死去して二年後、リアムが十五歳となり貴族の子弟が通う学園に入学した。

 そこは前の時間軸に置いて公爵令嬢のセシルや王太子なども通っていた高等教育機関であり、授業料が高いので高位貴族、あるいは、平民でも富裕層の子弟しか通えないところであった。

 基本的に高位貴族の子弟は幼少期から家庭教師が着き一通りの学問は納めているので、学園に通う目的は成人後の貴族間の社交の下地つくりである。そして、その学園に通うことのできる平民の富裕層の子弟の目的もまた貴族社会での人脈作りが主となる。

 リアムは前の時間軸と同じく騎士科に入学する。

 そしてこの年にはもう一つ、前の時間軸で大きな事件が起こっていた。

 感染症の大流行によって多くの国民が命を落とし王妃もまた犠牲となる。

 しかし、今回はそれが起きなかった。
 感染症の流行はその年開けてすぐであり、同じく蔓延していたもののそれほどの惨事にはならなかったのである。

 理由としては薬の開発を早めにしていたこと。
 
 さらに、その前年度に起きる小麦の不作に備えていたこと。
 感染症の流行は不作で打撃を受けた国の国民からどんどん広がっていき、被害は大陸全体にまで広がった。最初の始まりを抑えたことで被害がそれほどではなくなったのである。

 よって今回の時間軸では王妃やカールベロー公爵家の家令ヴォルターの妻マリアも死なずにすんでいる。

 そして、感染症が落ち着いてきた後で、リアムらの年度の学生の入学式が行われたのである。


 ◇ ◇ ◇

「惨事と言うのは起こらなかったら、それを抑えた人間の功績は評価されぬものなのだな」

 デュシオン大公が言う。

 王宮にて甥の国王との面談の最中であった。

「王太子の記憶によると王妃も命を失うところだったそうだから、それを防げたことは率直にうれしい」

「薬を早めに開発したそうだな」

「ああ、母の命を奪った病気と言うことで王太子はその病については事細かに記憶していたのだ。それに基づいて薬を開発するようあらかじめ命を出しておいた。叔父上が北方の小国に小麦御援助したのも功を奏したのかもしれませんな。あの病気は栄養状態が悪かったり体力が落ちていたりすると死に至らしめられるようですが、支援によってかの国々からの病の広がりがそれほどでもなかった」

「はは、いろんなものがつながっていたというわけじゃな。この考えを私には話したのは『ジェイド』なのだがな」

「『ジェイド』ですと! 確か秘術を発動させたあの……」

「ああ、彼は小麦の不作に乗じて暴利をむさぼろうとする商人たちをけん制したいと言っておった。私は別に懐は痛まぬし名誉も手に入る故了承した。それにしてもこんな副産物まであったとはな」

 国王は複雑な顔であごひげを触り考え込んだ。

 息子オースティンやマールベロー公爵の意志に反して無理やり秘術を発動させたのがジェイドだ。

 彼は現国王にとって孫にあたるが、オースティンの話では王家を憎んでおり、産みの母リジェンナについても警戒を促している。

 もちろん王族としても、各国に警戒を持たれる強力な『魅了』の持ち主であるリジェンナはを今回の時間軸では王太子妃の妃になどしたくはない。だが、リジェンナと王太氏が結ばれなければ、生まれてくることすらできず困るのはジェイドではないのか?

 セシル・マールベローに断られて以後、王太子の妃選びは保留となっている。

 次の有力候補は大公の娘マンシェリーだが、彼は丁重に断った。

「いやはや、婚約者に冤罪を着せて地下牢に放り込んだ前科のある御仁の相手など、私は娘を人身御供にするつもりはないのでね。まあ、この時間軸ではまだ起こってないが、人の本質と言うのは変わらないものだからね」


 ◇ ◇ ◇

 父の公爵が死に、王太子との婚約は解消、新たな婚約者候補が三名。
 そしてはや二年、セシルは十一歳になっていた。
 だが、候補三人の中から一人相手を選ぶにはまだまだ幼過ぎる。

 二年の間にセシルの周囲の人間関係は、前の時間軸とは比べ物にならないほど良好に安定していた。

 前の時間軸でセシルに寄り添ってくれた使用人、アンジュ・ジェラルディやアーネスト・ヴォルターがマールベロー家の運営において力を持った立場でいるため、彼女を虐げる者は屋敷内にはいない。

 だが、その傾向を苦々しく思っている使用人もいる。

 前の時間軸で養子に入ったユリウスとともに、侍女長の立場を利用してセシルを貶めるのに協力したカミラ・デローテである。

 マールベロー公爵家の乗っ取りをたくらむインシディウス侯爵は、公爵が生きていた頃に彼女を口説き落とし、秘密の愛人として公爵家の情報をつかむのに利用していた。しかし、侍女長を下ろされ、解雇は免れているもののセシルやマールベロー家への影響力の薄れた三十手前の弱小貴族出の侍女など、インシディウス侯爵にとってはすでにお荷物となっている。

 今でも時々逢瀬を重ねているのは、ここに及んで別れ話をするとデローテが逆上して、侯爵の意図をマールベロー家の人間にばらす恐れがあるからだ。
 彼は婿養子でもあるので、不倫を知った妻がどう出るのかもわからない。

 デローテはデローテでどうしたら、自分の存在意義を侯爵にアピールできるかどうか考えを巡らせていた。
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