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第10章 報いを受ける人々(再び回帰一か月後より)

第82話 ブレイズ夫妻のすれ違い

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「ステラとコリンをよそに預けるですって!」

 数日後、ブレイズ卿は妻のカティアに長女と次男のことについて打診した。

 ブレイズ卿は長男ダンゼルと同じく、ステラやコリンにも前の時間軸の記憶があるのではないかと疑い話をしてみた。その結果、二人とも「記憶そのものはない」と、ブレイズ卿は判断した。記憶はないが、前の時間軸でされたことに対する悪感情は心の奥底に残っているのでは、と、ブレイズ卿は疑った。

 ダンゼルに脅されて仲睦まじかった婚約者と無理やり別れさせられ、オースティン王太子の元に嫁がされたステラ。世継ぎの男子を産むことだけを期待され果たせなかった彼女を『役立たず』と何度も執拗にダンゼルは罵り、それは彼女が死んでもなお続いた。

 炎魔法を失ったダンゼルを『役立たず』呼ばわりするのは無意識の恨みからか。

 ダンゼルのせいで不登校に陥ったコリンは、今、騎士団に通わず引きこもっているダンゼルを逆に責め立てている。

 あの二人とダンゼルを一つ屋根の下に住まわせるのは危険な気がした。

「そうね、あのように気が立っているダンゼルに対して、下の子たちがうまく対処できるとは思えませんものね。でも、預けるって言ったって……」

 カティアは答えた。

「ジョンティール伯爵に今相談をしている。謝礼や連れていく使用人については、まだつめている最中だがな」

 ジョンティールとは前の時間軸でステラの元婚約者がいた家だ。
 婚約したのはステラが十三オのときだから、今の時間軸ではまだ婚約話は出ていない。

「それでしたら、私も奥さまとお話をしてよくよくお願いしなければ……」

 カティアは言った。
 
 とりあえず預けること自体は了承してくれそうだ。

 これがダンゼルの方を手放すと言ったらもっと抵抗しただろうな、と、夫のブレイズ卿は思う。妻カティアの嫡男ダンゼルに対する思い入れには、夫のブレイズ卿でも時に異常さを感じてしまうことがある。

 前の時間軸では、リアム・ジェラルディを焼き殺した罪の裁判の真っ最中に、使用人を何人も連れていき、学園や騎士団の建物の入り口で、ダンゼルの行為の正当性を訴えるためのビラ配りまでした。

 内容はセシルの悪評やリアムとセシルの『不都合な関係』。
 これらはすべてダンゼルが一方的に主張してきただけで、すでにデマだと確定していたにもかかわらずである。

「下の子らがどれだけカティアに失望してきたのかを知ったのも、この家を出てからだったな……」

 母子癒着ともいえる母カティアとダンゼルをこのまま一緒にしておいていいのか、と、いう迷いはある。だが、とりあえず、ステラとコリンの身の安全の確保を先に果たし、二人の問題はそれから考えればいい。

 ブレイズ卿はそう考えていた。


 ◇ ◇ ◇

 どうして夫は嫡男ダンゼルの能力を取り戻すことに力を尽くしてくれないのだろう?

 カティアは悩んでいた。

「あの子の能力こそブレイズ家の希望であるのに……」

 夫が自分と同じように感じて息子ダンゼルのことに対処してくれないことを口惜しく感じていた。

 優れた剣技と統率能力で騎士団のトップに昇りつめた夫の配偶者として、自分が平々凡々とした人間であることにカティアは引け目を感じていた。

 家同士の付き合いだけで結ばれた縁組。
 騎士団長ならもっと、と、言う陰口を何度耳にしたかわからない。騎士団の夫人同士の会合でも、そんなとりえのない自分をトップの妻として遇する態度を示さない夫人は数多くいた。

 そんな日常の中、生まれた嫡男が三歳の時示した傑出した能力は、カティアにとって大いなる光明となった。自身に取り柄がなくても、自分はこの奇跡のような能力を持った子の産みの母なのだ。

 嫡男ダンゼルの名が上がるほどに、母カティアの騎士団婦人部での周囲の扱いも丁重になっていく。
 夫の言う通り、改めて魔法以外の技術を磨き息子ダンゼルが名声を上げても、それは息子の努力が評価されただけで、自分の手柄にはならない。天から賦与されたような能力が自分の産んだ息子にあるからこそ、自分もまた神から選ばれたような存在として人々の前に出ることができるのだ。


 ◇ ◇ ◇

 一週間後、数名の世話役の使用人を連れて、ステラとコリンはジョンティール伯爵家にやっかいになることになった。

「姉上ったら、リヨン殿といっしょに暮らせるからってうれしそう」

「変なこと言わないで、リヨンやルヴァンと一緒に遊べるからって喜んでいたのはあなたのほうでしょ」

 ステラやコリンに他家に預けられるが故の悲壮感はない。

 むしろ楽し気でブレイズ卿もほっとする。

 この先リヨンとステラの仲がどうなるのか、これからのことはわからない。
 ただ、二人の相性は良いみたいなので、このまま順調に親密さを深めていけるようならば、今度こそ思いを遂げさせてやりたいものだ、と、ブレイズ卿は思った。
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