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第9章 回帰前4(二番目の王太子妃)
第76話 ステラの思いの行方と諦念
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「どうしてそんな言い方をするの、コリン……?」
母のカティアは次男のコリンに哀願するように言う。
「日記を読むと、姉さんはさ、一度は母上に弱音を吐いているみたいだ。リヨン殿に会いたいって。でも母上はそれを一蹴した。僕ですら姉さんが急に王太子殿下に気持ちを移したのはおかしいと感づいていたのに、母上はそれすらも分からないし、姉さんの気持ちに寄り添おうとはしなかった。本当にダンゼル兄さん以外の子供は母上にとってはその程度なんだよね」
「もうやめてよ、寄ってたかって! どうして死んだ子が原因で残っている家族がいがみ合わなきゃならないの!」
カティアは『号泣』を始めた。
意の一番にため息をついたのは次男のコリン。
「都合が悪くなったらすぐ泣くよね」
「うっ、私は一生懸命家族のために……」
「僕が日記に兄さんのしたことを書き残して自殺しても、姉さんの時と同じように『家族がいがみ合わないために』その気持ちは切り捨てられるのかな?」
小さな声でそう言って応接室を出ていく。
その次にブレイズ卿が盛大にため息をつき頭を手で押さえ、もうよい、と、告げ、部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇
その日、ジョンティール伯爵家では予期せぬ客人に困惑していた。
「先ぶれもなく訪問したのに快く応対してくださり感謝いたします」
沈痛な面持ちで礼を言うブレイズ伯爵夫人。
王太子妃であった長女の死にうちのめされていることは理解できる。
しかし、そのステラとの件でひどい裏切られ方をしたのはこちらだ。
「どういった御用件でしょう?」
一通りお悔やみの弁を述べた後、ジョンティール夫人は用向きを尋ねる。
「これをリヨン様に」
ブレイズ夫人は一冊の本を差し出した。
「ステラの遺品です。私どものところにあるよりご子息にお渡ししたほうが良いと思いまして……」
「今さら……」
ジョンティール夫人は思わず心の声をもらす。
ブレイズ家の仕打ちに息子がどれほど傷ついたか!
まだ吹っ切れなていないようだが、それでも必死に吹っ切ろうとしていることを家族だから知っている。
「形見分けでしたらうちは不要ですわ」
テーブルの上に差し出された本、それはよく見ると個人の日記のようだが、それをジョンティール夫人はブレイズ夫人の方へ押し戻す。
「いえ、あの……、どうかお納めを……。お気に召さなければ、後で捨てても燃やしてもかまいませんので……、うちに置いておくのはちょっと……」
捨てても燃やしても良い、うちに置いておけないというなら、勝手にそっちが捨てればいいじゃないか、と、ジョンティール夫人は思う。
「納めてほしいとおっしゃるなら受け取るだけ受け取りましょう」
拒絶と哀願の押し問答を両婦人が行っている応接室に、息子のリヨンが下りてきて顔を出し言った。
「リヨン、あなたいつからここに……?」
母親の夫人がきまり悪そうに息子に問う。
「ステラの遺品がどうとかいうあたりからかな」
「リヨン、無理しなくても……」
「別に無理はしていないよ。ステラは王宮で幸せでしたか?」
リヨンの問いにステラの母のブレイズ夫人は口ごもる。
それ以上、リヨンが問いかけることはなかったので、話は終わりブレイズ夫人は帰っていった。
ブレイズ夫人が帰ると、リヨンは彼女が置いて言った日記を持って自分の部屋に戻っていき、それを母であるジョンティール夫人は心配そうに見送った。
◇ ◇ ◇
『つらい』
『もうあの『苦行』は嫌だ』
『赤子ではなく自分が死ねばよかったのに』
産後の肥立ちが悪く、起き上がれない中ではつぶやきのように短い文章を書きとめるのが精いっぱいだったのだろう。
最後の方のページでは、断片的な心情の吐露しか残されていない。
『リヨンに会いたい、わがままと言われたけど』
突然の変節。
どうしてか知りたくてたまらなかった『秘密』がそこにある。
その日記の中に記されていたのは、裏切られて苦しんでいる自分以上に苦しんでいた愛する女性の心の声であった。
「僕ももう一度会いたかったよ、ステラ……」
全てを読み終えたリヨンはそうつぶやき突っ伏して泣いた。
◇ ◇ ◇
「なぜジョンティール家になど行った? しかもステラの日記を置いてきただと!」
妻の勝手な行動にブレイズ卿は怒りを示した。
「だって、ここに置いていたら家族がけんかをするもとになるし……」
夫人は言い訳をする。
「姉さんのためってわけじゃないんだ」
次男のコリンが口をはさんだ。
「も、もちろん、ステラにとっても……」
次男に指摘されてようやく娘のことを考えているような言動を夫人はする。
「ステラのためであれ、なんであれ、あの内容はブレイズ家だけではなく、王太子殿下にも恥をかかすかもしれない内容なのだぞ、それがわからなかったのか!」
「そんなつもりじゃ……」
夫人はしゃくりあげた。
「ステラに日記がどこにあろうとどうでもいいではありませんか? まあ、ジョンティール家もうかつに内容を持たすほど愚かではないと思いますよ」
ダンゼルが軽い口調で母の行いをかばう。
「そ、そうですわ。ステラのことは残念でしたけど、残った家族で仲良く……」
長男ダンゼルに調子を合わせるブレイズ夫人。
二人の言動にブレイズ卿は天を仰いだ。
そして思いがけない宣言をする。
「もうよい、私は引退する」
母のカティアは次男のコリンに哀願するように言う。
「日記を読むと、姉さんはさ、一度は母上に弱音を吐いているみたいだ。リヨン殿に会いたいって。でも母上はそれを一蹴した。僕ですら姉さんが急に王太子殿下に気持ちを移したのはおかしいと感づいていたのに、母上はそれすらも分からないし、姉さんの気持ちに寄り添おうとはしなかった。本当にダンゼル兄さん以外の子供は母上にとってはその程度なんだよね」
「もうやめてよ、寄ってたかって! どうして死んだ子が原因で残っている家族がいがみ合わなきゃならないの!」
カティアは『号泣』を始めた。
意の一番にため息をついたのは次男のコリン。
「都合が悪くなったらすぐ泣くよね」
「うっ、私は一生懸命家族のために……」
「僕が日記に兄さんのしたことを書き残して自殺しても、姉さんの時と同じように『家族がいがみ合わないために』その気持ちは切り捨てられるのかな?」
小さな声でそう言って応接室を出ていく。
その次にブレイズ卿が盛大にため息をつき頭を手で押さえ、もうよい、と、告げ、部屋を出ていった。
◇ ◇ ◇
その日、ジョンティール伯爵家では予期せぬ客人に困惑していた。
「先ぶれもなく訪問したのに快く応対してくださり感謝いたします」
沈痛な面持ちで礼を言うブレイズ伯爵夫人。
王太子妃であった長女の死にうちのめされていることは理解できる。
しかし、そのステラとの件でひどい裏切られ方をしたのはこちらだ。
「どういった御用件でしょう?」
一通りお悔やみの弁を述べた後、ジョンティール夫人は用向きを尋ねる。
「これをリヨン様に」
ブレイズ夫人は一冊の本を差し出した。
「ステラの遺品です。私どものところにあるよりご子息にお渡ししたほうが良いと思いまして……」
「今さら……」
ジョンティール夫人は思わず心の声をもらす。
ブレイズ家の仕打ちに息子がどれほど傷ついたか!
まだ吹っ切れなていないようだが、それでも必死に吹っ切ろうとしていることを家族だから知っている。
「形見分けでしたらうちは不要ですわ」
テーブルの上に差し出された本、それはよく見ると個人の日記のようだが、それをジョンティール夫人はブレイズ夫人の方へ押し戻す。
「いえ、あの……、どうかお納めを……。お気に召さなければ、後で捨てても燃やしてもかまいませんので……、うちに置いておくのはちょっと……」
捨てても燃やしても良い、うちに置いておけないというなら、勝手にそっちが捨てればいいじゃないか、と、ジョンティール夫人は思う。
「納めてほしいとおっしゃるなら受け取るだけ受け取りましょう」
拒絶と哀願の押し問答を両婦人が行っている応接室に、息子のリヨンが下りてきて顔を出し言った。
「リヨン、あなたいつからここに……?」
母親の夫人がきまり悪そうに息子に問う。
「ステラの遺品がどうとかいうあたりからかな」
「リヨン、無理しなくても……」
「別に無理はしていないよ。ステラは王宮で幸せでしたか?」
リヨンの問いにステラの母のブレイズ夫人は口ごもる。
それ以上、リヨンが問いかけることはなかったので、話は終わりブレイズ夫人は帰っていった。
ブレイズ夫人が帰ると、リヨンは彼女が置いて言った日記を持って自分の部屋に戻っていき、それを母であるジョンティール夫人は心配そうに見送った。
◇ ◇ ◇
『つらい』
『もうあの『苦行』は嫌だ』
『赤子ではなく自分が死ねばよかったのに』
産後の肥立ちが悪く、起き上がれない中ではつぶやきのように短い文章を書きとめるのが精いっぱいだったのだろう。
最後の方のページでは、断片的な心情の吐露しか残されていない。
『リヨンに会いたい、わがままと言われたけど』
突然の変節。
どうしてか知りたくてたまらなかった『秘密』がそこにある。
その日記の中に記されていたのは、裏切られて苦しんでいる自分以上に苦しんでいた愛する女性の心の声であった。
「僕ももう一度会いたかったよ、ステラ……」
全てを読み終えたリヨンはそうつぶやき突っ伏して泣いた。
◇ ◇ ◇
「なぜジョンティール家になど行った? しかもステラの日記を置いてきただと!」
妻の勝手な行動にブレイズ卿は怒りを示した。
「だって、ここに置いていたら家族がけんかをするもとになるし……」
夫人は言い訳をする。
「姉さんのためってわけじゃないんだ」
次男のコリンが口をはさんだ。
「も、もちろん、ステラにとっても……」
次男に指摘されてようやく娘のことを考えているような言動を夫人はする。
「ステラのためであれ、なんであれ、あの内容はブレイズ家だけではなく、王太子殿下にも恥をかかすかもしれない内容なのだぞ、それがわからなかったのか!」
「そんなつもりじゃ……」
夫人はしゃくりあげた。
「ステラに日記がどこにあろうとどうでもいいではありませんか? まあ、ジョンティール家もうかつに内容を持たすほど愚かではないと思いますよ」
ダンゼルが軽い口調で母の行いをかばう。
「そ、そうですわ。ステラのことは残念でしたけど、残った家族で仲良く……」
長男ダンゼルに調子を合わせるブレイズ夫人。
二人の言動にブレイズ卿は天を仰いだ。
そして思いがけない宣言をする。
「もうよい、私は引退する」
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