74 / 106
第9章 回帰前4(二番目の王太子妃)
第74話 二つの死
しおりを挟む
王宮にはかつてリジェンナの『魅了』に充てられて、いまだ彼女を心酔している者たちもいて、事あるごとにステラは比べられ、陰で貶められるようなことも言われていた。
気苦労の絶えない王宮生活の中、身籠ったステラはやがて産み月を迎える。
難産であった。
長い陣痛の後、うみ落とされた男児は呼吸をしておらずいかなる処置も無駄に終わった。赤子の死の知らせは出産後のステラを打ちのめす。
「かわいそうな子……」
母に父となる男への愛情がなく、ただただ義務で産もうとしているだけなのが子にも伝わり、生まれることをいやがったのだろうか?
根拠のない理論でステラは自分を責め立てたりもした。
父である王太子がステラを見舞ったのはそれから五日後。
一人ではなくダンゼルを連れていた。
ステラはまだ絶対安静でなければならないが、夫と実の兄の見舞いということで医師の許可が得られたのだ。
「申し訳ありません……、私が至らぬばかりに……」
消え入りそうな声でステラは王太子に言った。
「おい、なにを寝転がったまま、王太子殿下に話をしているんだ」
ダンゼルがいきり立った。
そしてベッドの上にいたステラの胸ぐらをつかんで床の上に落とし、そのまま抑えつけた。
「そこは土下座をして謝るべきだろうが! 王家の血を引くお子をみすみす死なせてふがいないことこの上なしだろうが!」
ダンゼルの行動にその場にいた人間は度肝を抜かれそして恐れおののいた。
「おやめください、王太子妃殿下はまだお身体が!」
「死んでしまいます、おやめください!」
そばについていた女官が次々に声を上げて制止しようとする。
「おい、ダンゼル、そこまでは!」
王太子もさすがにダンゼルに注意する、ただし、王太子妃の体に万一のことがある可能性を危惧する官たちより小さい声で。
ダンゼルの実の妹に対する非道な行いは王宮からうわさとして広がり、父のブレイズ卿は激高する。
「お前は自分の妹を殺したいのか!」
「ブレイズ家として申し訳ない気持ちを表すにはこうするよりほかなかっただけです」
ダンゼルは言い訳をする。
「だけど出産直後の女性の体をあんな風に扱うなんて……」
母親もおずおずと息子をいさめる。
「母上は私の気持ちを分かってくださらないのですか?」
「そうね、ダンゼル。あなたの気持ちはよくわかるのよ、ねえ、あなた」
ブレイズ卿は深くため息をついた。
ダンゼルの行いをとがめようとするといつもこれだ。
妻は長男であるダンゼルがいかなる行動をとっても非難しない。
それが殺人に近いものであっても。
特別優れた能力を兼ね備えて生まれてきた長男は妻の自尊心のよりどころであり、そのためなら、同じようにおなかを炒めて産んだほかの子供たちの感情や都合ですらないがしろにしてもかまわないと思っている節がある。ましてや他家の子息の人生など、いくらダンゼルが踏みにじろうとも気にかける価値などないとみなしているのだろう。
おかげで、父のブレイズ卿がいくら息子を諭しても効果をなさない結果になる。
「とにかく、お前はもうステラのところに行くな。カティア、お前が様子を見に通ってやれ」
「そうですわね。女官たちがついているので、私どもが出張ってはと思っておりましたが、やはりここは母親の私が……」
母のカティアが答える。
いくら長男びいきがひどいと言っても、母親である。
女同士で分かり合えることもあろうし、弱ったステラをいやすには妻の手を借りた方がよい。
いや、むしろ、それをきっかけに、妻のダンゼルに偏った感情も矯正できるかもしれない。
ブレイズ卿はそう期待した。
それから数日後、カティア・ブレイズが娘の見舞いに王宮に上がったとき、ステラはまだベッドから起き上がれずにいた。
「ダンゼルにはダンゼルの考えがあってしたことなのよ、許してやってちょうだい」
母のセリフにステラはうんざりした。
きょうだい同士のいさかいでも母はいつでも兄ダンゼルの方を持つ。
大事なのはダンゼルの感情だけで、他の子どもたちの感情はそのためなら踏みにじっても無視してもいいものらしい。
死にそうな目にあいながら分娩し、実際子供は死んでしまって、それからそんなに立ってないときにあんなひどい暴力を受けたのに、それでも母が気を配るのは兄の方……。
ステラは絶望的な気持ちになっていた。
また子供を身籠るためにあの『苦行』を繰り返すのか?
男児を産むまで無神経な視線とうわさ話に耐えねばならないのか?
一度だけステラは母が訪れた時に、元婚約者のリヨンに会いたい、と、弱音を吐いたことがある。
「今さら何を言うの、あなたの承知の上での婚約解消でしょ。つらい状況だからそんな風に思うのかもしれないけど、そんなんじゃダンゼルが批判するのも無理はないわ」
ああ、この人には何を言っても通じない。
「王太子殿下にも失礼だわ、不敬ね。やり方はともかくダンゼルの言うことは本当に正しいのね」
身も心もボロボロの時に、気持ちに寄り添ってもくれぬ肉親など、そばに居られても百害あって一利なしだ。ステラは、帰って、とだけ言うと、そのまま、母の言うことには一切反応しなくなった。
その後、またステラの様態が悪くなり、医師団は手を尽くしたが、ついには帰らぬ人となってしまった。
気苦労の絶えない王宮生活の中、身籠ったステラはやがて産み月を迎える。
難産であった。
長い陣痛の後、うみ落とされた男児は呼吸をしておらずいかなる処置も無駄に終わった。赤子の死の知らせは出産後のステラを打ちのめす。
「かわいそうな子……」
母に父となる男への愛情がなく、ただただ義務で産もうとしているだけなのが子にも伝わり、生まれることをいやがったのだろうか?
根拠のない理論でステラは自分を責め立てたりもした。
父である王太子がステラを見舞ったのはそれから五日後。
一人ではなくダンゼルを連れていた。
ステラはまだ絶対安静でなければならないが、夫と実の兄の見舞いということで医師の許可が得られたのだ。
「申し訳ありません……、私が至らぬばかりに……」
消え入りそうな声でステラは王太子に言った。
「おい、なにを寝転がったまま、王太子殿下に話をしているんだ」
ダンゼルがいきり立った。
そしてベッドの上にいたステラの胸ぐらをつかんで床の上に落とし、そのまま抑えつけた。
「そこは土下座をして謝るべきだろうが! 王家の血を引くお子をみすみす死なせてふがいないことこの上なしだろうが!」
ダンゼルの行動にその場にいた人間は度肝を抜かれそして恐れおののいた。
「おやめください、王太子妃殿下はまだお身体が!」
「死んでしまいます、おやめください!」
そばについていた女官が次々に声を上げて制止しようとする。
「おい、ダンゼル、そこまでは!」
王太子もさすがにダンゼルに注意する、ただし、王太子妃の体に万一のことがある可能性を危惧する官たちより小さい声で。
ダンゼルの実の妹に対する非道な行いは王宮からうわさとして広がり、父のブレイズ卿は激高する。
「お前は自分の妹を殺したいのか!」
「ブレイズ家として申し訳ない気持ちを表すにはこうするよりほかなかっただけです」
ダンゼルは言い訳をする。
「だけど出産直後の女性の体をあんな風に扱うなんて……」
母親もおずおずと息子をいさめる。
「母上は私の気持ちを分かってくださらないのですか?」
「そうね、ダンゼル。あなたの気持ちはよくわかるのよ、ねえ、あなた」
ブレイズ卿は深くため息をついた。
ダンゼルの行いをとがめようとするといつもこれだ。
妻は長男であるダンゼルがいかなる行動をとっても非難しない。
それが殺人に近いものであっても。
特別優れた能力を兼ね備えて生まれてきた長男は妻の自尊心のよりどころであり、そのためなら、同じようにおなかを炒めて産んだほかの子供たちの感情や都合ですらないがしろにしてもかまわないと思っている節がある。ましてや他家の子息の人生など、いくらダンゼルが踏みにじろうとも気にかける価値などないとみなしているのだろう。
おかげで、父のブレイズ卿がいくら息子を諭しても効果をなさない結果になる。
「とにかく、お前はもうステラのところに行くな。カティア、お前が様子を見に通ってやれ」
「そうですわね。女官たちがついているので、私どもが出張ってはと思っておりましたが、やはりここは母親の私が……」
母のカティアが答える。
いくら長男びいきがひどいと言っても、母親である。
女同士で分かり合えることもあろうし、弱ったステラをいやすには妻の手を借りた方がよい。
いや、むしろ、それをきっかけに、妻のダンゼルに偏った感情も矯正できるかもしれない。
ブレイズ卿はそう期待した。
それから数日後、カティア・ブレイズが娘の見舞いに王宮に上がったとき、ステラはまだベッドから起き上がれずにいた。
「ダンゼルにはダンゼルの考えがあってしたことなのよ、許してやってちょうだい」
母のセリフにステラはうんざりした。
きょうだい同士のいさかいでも母はいつでも兄ダンゼルの方を持つ。
大事なのはダンゼルの感情だけで、他の子どもたちの感情はそのためなら踏みにじっても無視してもいいものらしい。
死にそうな目にあいながら分娩し、実際子供は死んでしまって、それからそんなに立ってないときにあんなひどい暴力を受けたのに、それでも母が気を配るのは兄の方……。
ステラは絶望的な気持ちになっていた。
また子供を身籠るためにあの『苦行』を繰り返すのか?
男児を産むまで無神経な視線とうわさ話に耐えねばならないのか?
一度だけステラは母が訪れた時に、元婚約者のリヨンに会いたい、と、弱音を吐いたことがある。
「今さら何を言うの、あなたの承知の上での婚約解消でしょ。つらい状況だからそんな風に思うのかもしれないけど、そんなんじゃダンゼルが批判するのも無理はないわ」
ああ、この人には何を言っても通じない。
「王太子殿下にも失礼だわ、不敬ね。やり方はともかくダンゼルの言うことは本当に正しいのね」
身も心もボロボロの時に、気持ちに寄り添ってもくれぬ肉親など、そばに居られても百害あって一利なしだ。ステラは、帰って、とだけ言うと、そのまま、母の言うことには一切反応しなくなった。
その後、またステラの様態が悪くなり、医師団は手を尽くしたが、ついには帰らぬ人となってしまった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜
白雲八鈴
ファンタジー
「貴様との婚約は破棄だ!」
はい、なんだか予想通りの婚約破棄をいただきました。ありきたりですわ。もう少し頭を使えばよろしいのに。
ですが、なんと世界の強制力とは恐ろしいものなのでしょう。
いいでしょう!世界が望むならば、悪役令嬢という者を演じて見せましょう。
さて、悪役令嬢とはどういう者なのでしょうか?
*作者の目が節穴のため誤字脱字は存在します。
*n番煎じの悪役令嬢物です。軽い感じで読んでいただければと思います。
*小説家になろう様でも投稿しております。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故
ラララキヲ
ファンタジー
ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。
娘の名前はルーニー。
とても可愛い外見をしていた。
彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。
彼女は前世の記憶を持っていたのだ。
そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。
格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。
しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。
乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。
“悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。
怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。
そして物語は動き出した…………──
※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。
※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。
◇テンプレ乙女ゲームの世界。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げる予定です。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます
水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか?
私は、逃げます!
えっ?途中退場はなし?
無理です!私には務まりません!
悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。
一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。
前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる