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第9章 回帰前4(二番目の王太子妃)

第74話 二つの死

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 王宮にはかつてリジェンナの『魅了』に充てられて、いまだ彼女を心酔している者たちもいて、事あるごとにステラは比べられ、陰で貶められるようなことも言われていた。

 気苦労の絶えない王宮生活の中、身籠ったステラはやがて産み月を迎える。

 難産であった。

 長い陣痛の後、うみ落とされた男児は呼吸をしておらずいかなる処置も無駄に終わった。赤子の死の知らせは出産後のステラを打ちのめす。

「かわいそうな子……」

 母に父となる男への愛情がなく、ただただ義務で産もうとしているだけなのが子にも伝わり、生まれることをいやがったのだろうか?

 根拠のない理論でステラは自分を責め立てたりもした。

 父である王太子がステラを見舞ったのはそれから五日後。

 一人ではなくダンゼルを連れていた。

 ステラはまだ絶対安静でなければならないが、夫と実の兄の見舞いということで医師の許可が得られたのだ。

「申し訳ありません……、私が至らぬばかりに……」

 消え入りそうな声でステラは王太子に言った。

「おい、なにを寝転がったまま、王太子殿下に話をしているんだ」

 ダンゼルがいきり立った。
 そしてベッドの上にいたステラの胸ぐらをつかんで床の上に落とし、そのまま抑えつけた。

「そこは土下座をして謝るべきだろうが! 王家の血を引くお子をみすみす死なせてふがいないことこの上なしだろうが!」

 ダンゼルの行動にその場にいた人間は度肝を抜かれそして恐れおののいた。

「おやめください、王太子妃殿下はまだお身体が!」

「死んでしまいます、おやめください!」

 そばについていた女官が次々に声を上げて制止しようとする。

「おい、ダンゼル、そこまでは!」

 王太子もさすがにダンゼルに注意する、ただし、王太子妃の体に万一のことがある可能性を危惧する官たちより小さい声で。

 ダンゼルの実の妹に対する非道な行いは王宮からうわさとして広がり、父のブレイズ卿は激高する。

「お前は自分の妹を殺したいのか!」

「ブレイズ家として申し訳ない気持ちを表すにはこうするよりほかなかっただけです」

 ダンゼルは言い訳をする。

「だけど出産直後の女性の体をあんな風に扱うなんて……」

 母親もおずおずと息子ダンゼルをいさめる。

「母上は私の気持ちを分かってくださらないのですか?」

「そうね、ダンゼル。あなたの気持ちはよくわかるのよ、ねえ、あなた」

 ブレイズ卿は深くため息をついた。
 ダンゼルの行いをとがめようとするといつもこれだ。

 妻は長男であるダンゼルがいかなる行動をとっても非難しない。
 それが殺人に近いものであっても。

 特別優れた能力を兼ね備えて生まれてきた長男ダンゼルは妻の自尊心のよりどころであり、そのためなら、同じようにおなかを炒めて産んだほかの子供たちの感情や都合ですらないがしろにしてもかまわないと思っている節がある。ましてや他家の子息の人生など、いくらダンゼルが踏みにじろうとも気にかける価値などないとみなしているのだろう。

 おかげで、父のブレイズ卿がいくら息子を諭しても効果をなさない結果になる。

「とにかく、お前はもうステラのところに行くな。カティア、お前が様子を見に通ってやれ」

「そうですわね。女官たちがついているので、私どもが出張ってはと思っておりましたが、やはりここは母親の私が……」

 母のカティアが答える。

 いくら長男ダンゼルびいきがひどいと言っても、母親である。
 女同士で分かり合えることもあろうし、弱ったステラをいやすにはカティアの手を借りた方がよい。
 いや、むしろ、それをきっかけに、妻のダンゼルに偏った感情も矯正できるかもしれない。

 ブレイズ卿はそう期待した。

 それから数日後、カティア・ブレイズがステラの見舞いに王宮に上がったとき、ステラはまだベッドから起き上がれずにいた。

「ダンゼルにはダンゼルの考えがあってしたことなのよ、許してやってちょうだい」

 母のセリフにステラはうんざりした。
 きょうだい同士のいさかいでも母はいつでも兄ダンゼルの方を持つ。

 大事なのはダンゼルの感情だけで、他の子どもたちの感情はそのためなら踏みにじっても無視してもいいものらしい。

 死にそうな目にあいながら分娩し、実際子供は死んでしまって、それからそんなに立ってないときにあんなひどい暴力を受けたのに、それでも母が気を配るのは兄の方……。

 ステラは絶望的な気持ちになっていた。

 また子供を身籠るためにあの『苦行』を繰り返すのか?

 男児を産むまで無神経な視線とうわさ話に耐えねばならないのか?

 一度だけステラは母が訪れた時に、元婚約者のリヨンに会いたい、と、弱音を吐いたことがある。

「今さら何を言うの、あなたの承知の上での婚約解消でしょ。つらい状況だからそんな風に思うのかもしれないけど、そんなんじゃダンゼルが批判するのも無理はないわ」

 ああ、この人には何を言っても通じない。

「王太子殿下にも失礼だわ、不敬ね。やり方はともかくダンゼルの言うことは本当に正しいのね」

 身も心もボロボロの時に、気持ちに寄り添ってもくれぬ肉親など、そばに居られても百害あって一利なしだ。ステラは、帰って、とだけ言うと、そのまま、母の言うことには一切反応しなくなった。

 その後、またステラの様態が悪くなり、医師団は手を尽くしたが、ついには帰らぬ人となってしまった。

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