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第9章 回帰前4(二番目の王太子妃)
第72話 亡き王太子妃の日記
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リジェンナ王太子妃の処刑から約一年後、オースティン王太子は新しい妃ステラを迎えた。
妃はほどなくして懐妊するが、残念ながら死産。
そして妃も産後の肥立ちが悪くそのまま亡くなった。
ステラ妃の遺品の中に日記があり、それは他の遺品とともに遺族のブレイズ家に渡された。そこには王太子との結婚が決まる少し前から死ぬまでの出来事とそれに対する思いが記されている。
最初の方では、王太子と結婚が決まる前に婚約をしていたジョンティール伯爵家の嫡男リヨンとの交流、彼といっしょに行った場所や話したことに対する少女らしい独り言が続く。
だが、リジェンナ王太子妃の処刑後、その様相が変わった。
『兄がいつもピリピリしていて家の空気がとても悪いわ。
正直言って私は罠にかけられたセシル様の方をお気の毒に思うの。
だってそうでしょう。
リジェンナ様の方が王太子妃になりたくてセシル様を罠にかけたのだもの。
でも、それを言うと兄は激高し、周囲の物を燃やしかねないからうっかり口にすることもできない』
リジェンナ王太子妃亡きあと、新しい妃の選定が急務となった。
『結婚相手が決まらないのなんて自業自得じゃないの。
セシル様をあんなひどい目に合わせて、なのに兄はいまだにセシル様の性格の悪さを繰り返し主張される。
”性格が悪い”って地下牢に収監される罪状の中にあったかしら?
そもそも、それも兄たちの主観なのにね』
王太子と同年代の貴族令嬢はほとんどが結婚しているか婚約者がいる状態。
リジェンナ王太子妃が処刑されて後、真っ先に候補に挙がったのは大公家の十八歳の息女マンシェリーだった。しかし、デュシオン大公は、娘を人身御供にする気はない、と、つっぱね、隣国の公爵家令息との婚姻を早めたという。
大公家ですらそれである。
いかんせん、元婚約者のセシル嬢に対する仕打ちが知れ渡った今、オースティン王太子に娘を差し出す貴族はいない。ほとぼりが冷めるのを待って、現在まだ婚約者のいない年若の娘の成長を待ち、妃として娶るというのが現実的なやりかたであろう。
「待っていては遅いのです、それでは大公家にとってかわられます!」
ダンゼルは口角を飛ばした。
オースティンより一つ年上の大公家嫡男カイルは、すでに結婚し子供ももうけている。彼らがどんどん支持者を増やせば、王位継承権が移るかもしれない。
「外国勢力と手を組んで王太子妃を処刑させるようなやつらに継承権を渡していいのか!」
ダンゼルは憤るが歩調を合わせてくれる者はいない。
王太子もあきらめムードなのがダンゼルにとってはどうにも歯がゆい。
「リジーをみすみす死なせたことへの悔しさを感じていないのか?」
ダンゼルの敵愾心は大公家や外国へと強く向けられており、それをはらすためには手段を選ばぬようになっていた。
◇ ◇ ◇
「馬鹿なことを言わないで! リヨンとの婚約を解消して王太子殿下のところへ嫁げなんて!」
翠玉色の瞳を大きく見開いてステラは兄ダンゼルに強く反発した。
「そなたはこの国難がわかっているのか!」
兄ダンゼルは大仰に語る
「国難? とにかく私はリヨンとの婚約を解消する気はないわ、そもそも、お父さまはそれを了承しているの?」
ステラの質問にダンゼルは言葉がつまる。
王侯貴族の婚約は家同士の契約でもあるので、まずは家長である父に打診するのが筋である。
「そ、それは、お前次第とのお話だ……」
いまいち話のキレが悪い。
完全に説得することは無理だったと見える。
しかし、兄がよく口にする『忠義』『国益』、あるいは先ほど使った『国難』は、もともと父がよく使う言葉だった。それらの言葉を駆使して言いくるめられ、はっきりと拒絶はできなかったのかもしれない。
それで私の気持ち次第ってことなのね。
ステラは合点がいった、そしてきっぱりと言い放つ。
「私次第なら、絶対いやよ。私はリヨンと一緒になりたいの!」
「はあっ、まったく女ってやつは自分の感情優先で……、大義に殉じようとする気概もないのか?」
「大義とか国難とか、お兄様や殿下の不始末をそんな言葉でごまかさないで!」
「貴様!」
逆上したダンゼルは、これ見よがしに右手のひらに炎の塊を出した。
まったく質が悪い、と、ステラはあきれる。
言葉につまるとそうやって脅迫するのだから。
「その炎をどうなさるおつもりですの。昔お兄様がされたように顔にやけど傷でも負わす気ですか? でも、そうなったら、ますます王太子殿下の元へなど嫁げませんわよね」
見慣れた行為なのでステラは動揺しない。
「ああ、残念ながら、お前をキズモノにするわけにはいかない。でも、お前の周りの人物ならどうかな?」
「そ、それは犯罪の予告ととらえられても仕方がない暴言ですわよ!」
「大きな正義のために小さな罪が何の問題になる?」
ステラは言葉を失う。
そうだ、この兄はかつてセシル嬢の護衛の騎士を焼き殺した時ですら、そう言って罪の意識のかけらも見せなかった。その後、セシルの冤罪が明るみになり、ダンゼルの殺人も裁判にかけられ執行猶予の有罪判決が下されたが、それも彼の心根を変えるには至らなかったようである。
「最近は火事が多いからな。ジョンティール伯爵家も気をつけなきゃならないだろうなあ」
それが兄ダンゼルの要請を断る妹ステラへの脅迫であることは、火を見るよりも明らかだった。
妃はほどなくして懐妊するが、残念ながら死産。
そして妃も産後の肥立ちが悪くそのまま亡くなった。
ステラ妃の遺品の中に日記があり、それは他の遺品とともに遺族のブレイズ家に渡された。そこには王太子との結婚が決まる少し前から死ぬまでの出来事とそれに対する思いが記されている。
最初の方では、王太子と結婚が決まる前に婚約をしていたジョンティール伯爵家の嫡男リヨンとの交流、彼といっしょに行った場所や話したことに対する少女らしい独り言が続く。
だが、リジェンナ王太子妃の処刑後、その様相が変わった。
『兄がいつもピリピリしていて家の空気がとても悪いわ。
正直言って私は罠にかけられたセシル様の方をお気の毒に思うの。
だってそうでしょう。
リジェンナ様の方が王太子妃になりたくてセシル様を罠にかけたのだもの。
でも、それを言うと兄は激高し、周囲の物を燃やしかねないからうっかり口にすることもできない』
リジェンナ王太子妃亡きあと、新しい妃の選定が急務となった。
『結婚相手が決まらないのなんて自業自得じゃないの。
セシル様をあんなひどい目に合わせて、なのに兄はいまだにセシル様の性格の悪さを繰り返し主張される。
”性格が悪い”って地下牢に収監される罪状の中にあったかしら?
そもそも、それも兄たちの主観なのにね』
王太子と同年代の貴族令嬢はほとんどが結婚しているか婚約者がいる状態。
リジェンナ王太子妃が処刑されて後、真っ先に候補に挙がったのは大公家の十八歳の息女マンシェリーだった。しかし、デュシオン大公は、娘を人身御供にする気はない、と、つっぱね、隣国の公爵家令息との婚姻を早めたという。
大公家ですらそれである。
いかんせん、元婚約者のセシル嬢に対する仕打ちが知れ渡った今、オースティン王太子に娘を差し出す貴族はいない。ほとぼりが冷めるのを待って、現在まだ婚約者のいない年若の娘の成長を待ち、妃として娶るというのが現実的なやりかたであろう。
「待っていては遅いのです、それでは大公家にとってかわられます!」
ダンゼルは口角を飛ばした。
オースティンより一つ年上の大公家嫡男カイルは、すでに結婚し子供ももうけている。彼らがどんどん支持者を増やせば、王位継承権が移るかもしれない。
「外国勢力と手を組んで王太子妃を処刑させるようなやつらに継承権を渡していいのか!」
ダンゼルは憤るが歩調を合わせてくれる者はいない。
王太子もあきらめムードなのがダンゼルにとってはどうにも歯がゆい。
「リジーをみすみす死なせたことへの悔しさを感じていないのか?」
ダンゼルの敵愾心は大公家や外国へと強く向けられており、それをはらすためには手段を選ばぬようになっていた。
◇ ◇ ◇
「馬鹿なことを言わないで! リヨンとの婚約を解消して王太子殿下のところへ嫁げなんて!」
翠玉色の瞳を大きく見開いてステラは兄ダンゼルに強く反発した。
「そなたはこの国難がわかっているのか!」
兄ダンゼルは大仰に語る
「国難? とにかく私はリヨンとの婚約を解消する気はないわ、そもそも、お父さまはそれを了承しているの?」
ステラの質問にダンゼルは言葉がつまる。
王侯貴族の婚約は家同士の契約でもあるので、まずは家長である父に打診するのが筋である。
「そ、それは、お前次第とのお話だ……」
いまいち話のキレが悪い。
完全に説得することは無理だったと見える。
しかし、兄がよく口にする『忠義』『国益』、あるいは先ほど使った『国難』は、もともと父がよく使う言葉だった。それらの言葉を駆使して言いくるめられ、はっきりと拒絶はできなかったのかもしれない。
それで私の気持ち次第ってことなのね。
ステラは合点がいった、そしてきっぱりと言い放つ。
「私次第なら、絶対いやよ。私はリヨンと一緒になりたいの!」
「はあっ、まったく女ってやつは自分の感情優先で……、大義に殉じようとする気概もないのか?」
「大義とか国難とか、お兄様や殿下の不始末をそんな言葉でごまかさないで!」
「貴様!」
逆上したダンゼルは、これ見よがしに右手のひらに炎の塊を出した。
まったく質が悪い、と、ステラはあきれる。
言葉につまるとそうやって脅迫するのだから。
「その炎をどうなさるおつもりですの。昔お兄様がされたように顔にやけど傷でも負わす気ですか? でも、そうなったら、ますます王太子殿下の元へなど嫁げませんわよね」
見慣れた行為なのでステラは動揺しない。
「ああ、残念ながら、お前をキズモノにするわけにはいかない。でも、お前の周りの人物ならどうかな?」
「そ、それは犯罪の予告ととらえられても仕方がない暴言ですわよ!」
「大きな正義のために小さな罪が何の問題になる?」
ステラは言葉を失う。
そうだ、この兄はかつてセシル嬢の護衛の騎士を焼き殺した時ですら、そう言って罪の意識のかけらも見せなかった。その後、セシルの冤罪が明るみになり、ダンゼルの殺人も裁判にかけられ執行猶予の有罪判決が下されたが、それも彼の心根を変えるには至らなかったようである。
「最近は火事が多いからな。ジョンティール伯爵家も気をつけなきゃならないだろうなあ」
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