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第8章 王宮にて(回帰一か月後より)

第63話 王家との交渉

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「しかし、アデルよ。そなたが最もセシル嬢とオースティンの婚約を楽しみにしていたのではないのか?」

 国王は妻のアデル王妃に語りかけた。

「確かにその通りですわ。でも、そのような話を聞かされては……」

「要はその魅了女を何とかすればいいだけの話ではないのか? マールベロー家の方々もそれなら……」

 国王はヴォルターとアンジュにも語りかける。

「私たちのするべきことは亡き旦那様の遺言を忠実に履行することと心得ております」
 
 ヴォルターは答える。

「亡き公爵の懸案事項はよく理解した。それを取り除けば問題はないのではないのか? 公爵とて生前はこの婚約を歓迎しておったであろう」    

 国王はしつこく食い下がる。

「へえ、どうやって取り除くんだい? 王太子と同い年のわずか九歳の少女を殺すのかい? まあ、将来あんなあくどい真似をするような娘をどうしようと俺に文句はないが、さすがは無実のセシルを地下牢に二年も閉じ込めて悔いもせず、その後の人生を平然と生き抜いた輩の父親ではあるな」

 ジェイドがきつい皮肉を言った。

「貴様、いくら何でも無礼であろう!」

 ジェイドの度重なる発言に国王が激怒する。

 だから注意したのに、と、マールベロー家の使いの二人は頭を抱えた。

「あら、私は『無礼』だとは思いませんわ」

 アデル王妃が意外にもジェイドの態度に理解を示す。

「王妃よ……」

 夫である国王が困惑する。

「私はあなたやオースティンと違って秘術に関わる王家の血は引いておりませんから、ついこの間までその内容すら知らされずにいました。そして、未来から戻ってきたことを知らされた時、息子の未来にどんな忌まわしいことが起こり命を懸けて舞い戻って来たのか、と、心を痛めました。その内容を知るまでは……」

 アデル王妃は語り始める。

「未来の事件がどんな内容であろうと時をさかのぼったのなら、今度こそ、やり直さねばならぬようなひどいことが起こらぬよう、私もできる限り息子の力になるつもりです。ただ、その悲劇が息子自身の愚かさと非情さによるものだったとは……」

「母上……」

 母王妃の容赦ない言葉に息子の王太子は戸惑った。

「あなたがセシル嬢にしたこと、同じ女性として虫唾が走ります!」

 この言葉には言われた本人はもちろん、父である国王や側近の伯爵も絶句する。

「つまり、婚約は無しということで同意していただけるのですかな?」

 ジェイドは王妃の言葉に反論できない王家側の面々に対して問うた。

「うむ、致し方あるまい……」

 自分の妻にすらそう言われては、国王も引き下がらざるを得ない。

「では、あとは公爵家の自由にしてよろしいのですね」

 ヴォルターが間髪入れずに問うた。

「そうじゃな……」

 国王がそう答え話がまとまろうとした矢先、ジェイドがさらに言葉を続けた。

「まだだ、それだけじゃ不十分だ。セシル嬢には幸い前の時間軸の記憶はないようだが、なにをきっかけにそれがよみがえるかわからない、それだけは避けたい」

「「「「「……???」」」」」

 ジェイドが何を求めているのかその場にいる人間には計りかねた。

「王家の者なら覚醒があったときに、過去に秘術を発動させた先祖の記録が残っていることを知らされているはずだ。それを読んだことがあるだろう」

「いや、私は特には……」

 国王が気まずそうに答える。

「なんだ、一字一句丁寧に読み解いていったのは俺だけなのか? まあいい。その記録によると、秘術を発動するきっかけとなった事件に関連のある者ほど前の時間軸の記憶が残っていることが多いし、ふとしたきっかけで蘇ることもあるそうだ」

「そうなのですか?」

 アンジュが心配げに問いかける。

「セシルもまたその条件に合致するが、あんな忌まわしい記憶、無くしたままならそれに越したことはない。そのまま秘術が完成する条件を満たして時間軸が固定するのが理想だ」

「しかし具体的にどうすればいいというのだ?」

 ジェイドが求めることが分からず国王は質問する。

「セシルを陥れた王太子及びその腰ぎんちゃく、さらにはリジェンナを彼女の視界にいれさせるな」

「少しお待ちを! セシル嬢とオースティン殿下は同い年。長じればいずれ学園で同級生として顔を合わせることとなります。それにあなたがおっしゃる『腰ぎんちゃく』とはこれも同学年の貴族の子弟でしょうか? どこの家門の者が何名いるのかは存じ上げませんが、それらをすべてセシル嬢の周囲から排除するとなると……」

 ベンソン伯爵がジェイドの無茶ぶりをとがめる。

「ふん、知ったことかよ。王太子にはすでに『隷属』の技でセシルの不利になる行いは絶対できないように縛ってある」

「なんだと!」
「まあ!」

 国王夫妻が驚きの声を上げる。

「なんだ気づかなかったのか? 『隷属』の技は凄腕の魔法使いでないと見破れないから無理もないか。正直言って、時間をさかのぼったうえでこの術が残っているのかどうかは、俺も分からなかったが、幸いにして術は生きたままだったようだ」

 国王は息子の王太子にこのような非道な技をかけたジェイドに怒りを覚えた。

「ははは、王様激怒ってか! まあ『隷属』は魔道協会でも禁じられている業だからな。だけど、こいつがセシルにしでかしたことに比べればかわいいもんだろうが。言っておくけど、肉体を持たない俺ではそれを解くのももはや不可能なんだ。だから、王太子はセシルの周りをウロチョロしないようわきまえてくれよ」

「なんという言い草……」

 想定以上のジェイドの不敬な態度にベンソン伯爵も二の句がつげない。

「王太子以外には、ダンゼル・ブレイズにも同じ技をかけて得意の火炎魔法を封じた。一番厄介な攻撃力をもっていたからん。他の腰ぎんちゃくも俺の方でも何らかの処置をしておくわ」

「あの騎士団長の息子か、天才と評判の高い……」

「ああ、そうだ」

 ダンゼル・ブレイズ、リアムを焼き殺した人間。
 今回の時間軸では火炎魔法は使えないのか。

 それを聞いて、アンジュは心でジェイドに礼を言いこぶしを握り締めた。
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