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第7章 回帰前3(リジェンナ処刑まで)
第60話 未来から帰ってきた王太子
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「ああ、オースティン。気がついたのですね。」
オースティン王太子が急に高熱を発し意識不明になって十日以上が経っていた。
ようやく目を覚ましたオースティンに母の王妃は涙をこぼす。
「母上……」
王太子のまだうつろなまなざしの中に母王妃の姿が映る。
「そなたが意識を回復するまで私は生きた心地がしませんでした」
王妃は目の涙を軽くぬぐいながら息子の王太子に語った。
「ああ、母上、またお会いできるなんて! おなつかしゅうございます!」
母の涙につられてか王太子も涙をこぼしながら言った。
「あら、まあ、この子ったら。意識を失っていたのはたった十日。でも、確かに私にとっても永遠と言ってもいいほどの長い時間でしたけどね」
少々奇妙な言動ではあるが、熱ゆえの事であると国王夫妻は解釈する。
しかし、さらに予想を超える言動が彼らを驚かせた。
「母上、聞いてください。今から二年後。僕が十一歳の時、質の悪い感染症が王都で流行し、あなたはそれによって亡くなります。その感染症は本来そこまで恐れるものではありません。死んだのも栄養状態の悪い貧民街の者や、体力のない幼児や年寄りばかりでした。しかし、無理を重ねて疲労が積み重なった母上はそれによって……。だからどうか……」
「二年後? 何を言ってるの、あなたは?」
「そなた、なぜそのようなことを?」
王妃と国王は息子の言葉に首をかしげる。
「どうしてそのような、そなたまさか……」
そしてあることに思いついて国王は息をのむ。
「帰って来たのか、未来から!」
王太子は無言でうなづく。
「まさか、そなた……」
「私も贄となって秘術は発動されました。幸い私は二十四時間以内に死ぬ役割の者ではありませんが……」
「するとそなたの意志で術を発動させたということか? 贄の一人はマールベロー公爵か、しかしあと一人がわからん」
父王の問いかけに息子のオースティンは首を振った。
「術を発動させたのはジェイドという者です」
「ジェイド? そんな名の王族、記憶にないぞ」
「そうでしょうね。この時代にはまだ生まれていませんから。だから回帰しても彼は生身として存在できない。ゆえに私が術の中心人物として選ばれ生きながらえている……」
「う、うむ……。いったい何があった? どういう理由で術を発動したのだ?」
国王は質問したがオースティンは無言のまま。
「あなた、オースティンは意識が回復したばかりですのよ。そんなのべつ幕なしに質問しては……」
王妃が夫の国王をたしなめた。
「うむ、そうだな。まずはゆっくり休め。話はその後だ。術が発動されたとわかったときは肝を冷やしたが、そなたが中心人物で命を失う羽目になっていなかったのは良かった」
国王はそう言って、この話はいったん打ち切った。
◇ ◇ ◇
それからオースティン王太子は順調に回復していった。
それを見て秘術について尋ねてもいい頃合いだと国王は判断し、再びオースティンにいろいろ質問したが、未来に何が起こって術を発動させることになったのかについて、息子の口は重かった。
「そなたが意識不明の間に、進んでいたマールベロー公爵令嬢との婚約話も公爵の遺言で白紙になった。セシル嬢の相手の一人にはデュシオン大公の息子もいる」
「そうですか……」
オースティンは力なく返事する。
「贄の一人に公爵がいて、遺言で順調に進んでいた婚約がいきなり白紙。秘術を発動さえた理由にかかわりがあるのでは、と、推測せざるを得ないだろう。命を使ってまでそなたや公爵が舞い戻った未来でいったい何があったのだ?」
父王の質問を心ここにあらずという調子で聞き流し、どこかあらぬ方向を見ながら王太子がつぶやいた。
「刻の短刀で命を奪われて後、術に関係のある私たち三名はこの世ではない不思議な光に満ちた空間にいました。幾筋もの光がものすごいスピードで通り過ぎてゆく、そんな空間でした」
「オースティン……」
「そこで私たち三名は少し話をしました。マールベロー公爵は命が亡くなる二十四時間の間に、事の次第を信頼できる人物に託すと言っておりました。確か……」
オースティンは視線を上にあげ考える。
「確か、アーネスト・ヴォルターとアンジュ・ジェラルディ。どちらも、公爵家内で重要な地位についている人物ということです」
「うむ、それで?」
「ジェイドも彼らと接触を図ると言っておりました」
「ジェイド? もう一度聞くがその人物は一体?」
「……」
その質問に再びオースティンは押し黙る。
「あなた、一度マールベロー公爵家の人間を王宮に呼びましょう」
「そうですな、それがいい考えだと思います、国王陛下」
国王とともに王太子の話を聞きに来た王妃と側近のベンソンが言う。
王家の秘術の内容は基本的には王家の血を引く者だけに明かされるので、配偶者である王妃や忠臣のベンソンも今までその内容を知らずにいた。しかし、それが発動されたとあっては、後々の対策のために情報共有をしておいた方がいいということで、国王は彼らにそれを打ち明け、オースティンとの話に同席させている。
命を懸けてまで時間を巻き戻すほどに息子の未来によくないことが起こったのだと理解した王妃の心はざわついていた。
未来から舞い戻った九歳の息子はどこか大人びて、子供らしい無邪気さを喪失していた。その彼がかたくなに押し黙っている内容について、彼が言いたがらなければ、公爵家関連の人間に聞くしかなかった。
「確か、アーネスト・ヴォルターとアンジュ・ジェラルディでしたな」
その数日後、アンジュとヴォルター宛に王室からの『招待状』が届いた。
オースティン王太子が急に高熱を発し意識不明になって十日以上が経っていた。
ようやく目を覚ましたオースティンに母の王妃は涙をこぼす。
「母上……」
王太子のまだうつろなまなざしの中に母王妃の姿が映る。
「そなたが意識を回復するまで私は生きた心地がしませんでした」
王妃は目の涙を軽くぬぐいながら息子の王太子に語った。
「ああ、母上、またお会いできるなんて! おなつかしゅうございます!」
母の涙につられてか王太子も涙をこぼしながら言った。
「あら、まあ、この子ったら。意識を失っていたのはたった十日。でも、確かに私にとっても永遠と言ってもいいほどの長い時間でしたけどね」
少々奇妙な言動ではあるが、熱ゆえの事であると国王夫妻は解釈する。
しかし、さらに予想を超える言動が彼らを驚かせた。
「母上、聞いてください。今から二年後。僕が十一歳の時、質の悪い感染症が王都で流行し、あなたはそれによって亡くなります。その感染症は本来そこまで恐れるものではありません。死んだのも栄養状態の悪い貧民街の者や、体力のない幼児や年寄りばかりでした。しかし、無理を重ねて疲労が積み重なった母上はそれによって……。だからどうか……」
「二年後? 何を言ってるの、あなたは?」
「そなた、なぜそのようなことを?」
王妃と国王は息子の言葉に首をかしげる。
「どうしてそのような、そなたまさか……」
そしてあることに思いついて国王は息をのむ。
「帰って来たのか、未来から!」
王太子は無言でうなづく。
「まさか、そなた……」
「私も贄となって秘術は発動されました。幸い私は二十四時間以内に死ぬ役割の者ではありませんが……」
「するとそなたの意志で術を発動させたということか? 贄の一人はマールベロー公爵か、しかしあと一人がわからん」
父王の問いかけに息子のオースティンは首を振った。
「術を発動させたのはジェイドという者です」
「ジェイド? そんな名の王族、記憶にないぞ」
「そうでしょうね。この時代にはまだ生まれていませんから。だから回帰しても彼は生身として存在できない。ゆえに私が術の中心人物として選ばれ生きながらえている……」
「う、うむ……。いったい何があった? どういう理由で術を発動したのだ?」
国王は質問したがオースティンは無言のまま。
「あなた、オースティンは意識が回復したばかりですのよ。そんなのべつ幕なしに質問しては……」
王妃が夫の国王をたしなめた。
「うむ、そうだな。まずはゆっくり休め。話はその後だ。術が発動されたとわかったときは肝を冷やしたが、そなたが中心人物で命を失う羽目になっていなかったのは良かった」
国王はそう言って、この話はいったん打ち切った。
◇ ◇ ◇
それからオースティン王太子は順調に回復していった。
それを見て秘術について尋ねてもいい頃合いだと国王は判断し、再びオースティンにいろいろ質問したが、未来に何が起こって術を発動させることになったのかについて、息子の口は重かった。
「そなたが意識不明の間に、進んでいたマールベロー公爵令嬢との婚約話も公爵の遺言で白紙になった。セシル嬢の相手の一人にはデュシオン大公の息子もいる」
「そうですか……」
オースティンは力なく返事する。
「贄の一人に公爵がいて、遺言で順調に進んでいた婚約がいきなり白紙。秘術を発動さえた理由にかかわりがあるのでは、と、推測せざるを得ないだろう。命を使ってまでそなたや公爵が舞い戻った未来でいったい何があったのだ?」
父王の質問を心ここにあらずという調子で聞き流し、どこかあらぬ方向を見ながら王太子がつぶやいた。
「刻の短刀で命を奪われて後、術に関係のある私たち三名はこの世ではない不思議な光に満ちた空間にいました。幾筋もの光がものすごいスピードで通り過ぎてゆく、そんな空間でした」
「オースティン……」
「そこで私たち三名は少し話をしました。マールベロー公爵は命が亡くなる二十四時間の間に、事の次第を信頼できる人物に託すと言っておりました。確か……」
オースティンは視線を上にあげ考える。
「確か、アーネスト・ヴォルターとアンジュ・ジェラルディ。どちらも、公爵家内で重要な地位についている人物ということです」
「うむ、それで?」
「ジェイドも彼らと接触を図ると言っておりました」
「ジェイド? もう一度聞くがその人物は一体?」
「……」
その質問に再びオースティンは押し黙る。
「あなた、一度マールベロー公爵家の人間を王宮に呼びましょう」
「そうですな、それがいい考えだと思います、国王陛下」
国王とともに王太子の話を聞きに来た王妃と側近のベンソンが言う。
王家の秘術の内容は基本的には王家の血を引く者だけに明かされるので、配偶者である王妃や忠臣のベンソンも今までその内容を知らずにいた。しかし、それが発動されたとあっては、後々の対策のために情報共有をしておいた方がいいということで、国王は彼らにそれを打ち明け、オースティンとの話に同席させている。
命を懸けてまで時間を巻き戻すほどに息子の未来によくないことが起こったのだと理解した王妃の心はざわついていた。
未来から舞い戻った九歳の息子はどこか大人びて、子供らしい無邪気さを喪失していた。その彼がかたくなに押し黙っている内容について、彼が言いたがらなければ、公爵家関連の人間に聞くしかなかった。
「確か、アーネスト・ヴォルターとアンジュ・ジェラルディでしたな」
その数日後、アンジュとヴォルター宛に王室からの『招待状』が届いた。
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