上 下
58 / 106
第7章 回帰前3(リジェンナ処刑まで)

第58話 アンジュの決意

しおりを挟む
 その日の午後、アンジュの元をセシルの友人オリビアと世界魔道協会会長のタロンティーレが訪れた。

「そうですか、サージュ国へ……」

 魔道協会の本拠地であり、今はオリビエの母国となったサージュ国への帰還を報告に来たのだ。

「ええ、夫もそろそろどこかの国への派遣を命じられるでしょうし、それはおそらくユーディット国とは違うところでしょう」

 ユーディット国の上層部に巣くう『魅了』の脅威があったからこそ、サージュ国も国を挙げて協力してきた。しかし、それが解決となれば、これ以上この国と角突き合わせるような態度をとる必要はなく、そのための便宜を図る必要もない。

「あんな状態のセシルを残しておくのは心残りではあるけど……」

「あなたはよくやってくれたわ」

「それを言うならタロンティーレ会長のおかげですわ」

 若い女性二人に褒められタロンティーレは少し面はゆい気持ちになる。

「まあ、本来なら亡くなったリアム殿の落とし前もきっちりつけたかったのじゃが、各国は魅了ほどには火炎魔法による殺人への圧力はかけたがらないようでの」

「「そうなのですか?」」

 アンジュとオリビアが一緒に返事をする。

「ああ、あの小僧ダンゼルを下手に追いつめると芋づる式に王太子の立場が悪くなるじゃろ。それに気づいた各国はここでいったん引いておいた方が得策と考えたんじゃ。王太子に何かあれば、王位は毒舌で胆力のある、つまり扱いにくい大公の家系へと移ってしまう。それくらいなら魅了女にたぶらかされるような愚物が王になってくれた方が周辺国としては御しやすいので都合がいい、そう判断されたのじゃろう」

「そういうことなのですね……」

 アンジュは失望のため息をついた。

「国々の思惑のせいで罰せられるべき者が罰せられないなんてやり切れませんわ」

 オリビアは憤りをあらわにする。

「まあ、なんじゃな……。本来、海千山千の老獪な『王国』という存在に対して、セシル嬢の件だけでも勝てたのが奇跡と言っていいからの」

 タロンティーレがつぶやいた。

「それも会長が作戦を立てて、しかるべき時にしかるべき行動を起こすことができたからですわ」

「ゴホン。ああ、そうじゃ、辺境伯は女伯爵のところに顔を出しましたかの?」

 再び褒められて照れ臭くなったタロンティーレは、さりげなく話題を変えた。

「いえ、でも王都での用事は終わったし、もしかしてもう領地にお帰りになったのかもしれません。本来ならそういう時期ですから」

 アンジュが返答する。

「いや、まだ王都にいらっしゃるじゃろう。実はここだけの話じゃがな、王太子夫妻の間に生まれた男児を辺境伯が引き取るという話になったそうじゃ」

「「子供は死産だったのでは?」」

「それは表向きの話。もはや王位継承権を持っていること自体危険な状態になった故、王家からどこかに養子に出すという話になり自ら名乗りを挙げたそうじゃ」

「それは意外ですね。アンジュさんを支援した態度から見て、私たちと同じ考えでいらっしゃるとばかり思っていたのに……」

 タロンティーレの説明を受けオリビアがつぶやく。

「いやいや、あの御仁の高潔さはわしの想像をはるかに超えていたぞ。セシル嬢やリアム騎士の件についても、大胆にも問い合わせる書状を王家に何度も送っていたそうじゃからの」

「そのようなことが……」

「辺境伯という立場があったからこそできたことでもあるが、恐れ知らずというか、なんというか……」

 アンジュは知らなかった。
 そして、改めてリッヒベルク辺境伯に感謝の念を抱く。

「でな、わしはあの御仁とちょっと立ち話をする機会があったときに、どうしてそんなわざわざ火中の栗を拾う様なことをするのか、と、聞いたのじゃ。すると彼はこういった」

「「どう言ったのですか?」」

「自分は罪なき者が理不尽な目に合うことをおかしいと思い、この件で今まで王家に異を唱えてきた。ならば今、罪なき赤子が行き場を無くしている状況で手を差し伸べないのは筋が通らぬ、と、おっしゃってな」

「まあ、そういう理論なのですね、確かに生まれたばかりの子に親の罪を背負わせるのは……」

 オリビアが得心がいったように言う。

「そうじゃ。辺境伯はいずれ女伯爵にも報告したいとおっしゃっていた。ただ、引き取ることを理解していただけるかどうかを不安がってもおられたがの」

「理解も何も……、ライアン様がそういうお心でいるなら私は何も言うことはありませんわ」

 アンジュは静かに答えた。

 厄介ごとと言ってもいいような存在を臆せず引き受けるリッヒベルク辺境伯の決意にはアンジュも思うところがあった。

 私も考えなければいけないわね。

 アンジュは自問自答した。

 自分がどうしたいのか、自分が何をしたいのか、を。


 ◇ ◇ ◇

 その日の夜、談話室のソファでくつろいでいるマールベロー公爵に自身の決意をアンジュは告げた。

「公爵閣下、今朝のお話ですが、慰謝料の支払いの件、受けようかと考えています。ダンゼル・ブレイズの裁判については成り行きに任せます。結審する頃にはおそらく私は領地に帰っているでしょうし」

「そうか、そうしてくれるか!」

 自分の『説得』が功を奏したと思い込んだ侯爵は相好を崩した。

「ただ、そうさせていただくにあたって条件がございます」

「条件?」

「セシル様を私に引き取らせてください」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜

白雲八鈴
ファンタジー
「貴様との婚約は破棄だ!」 はい、なんだか予想通りの婚約破棄をいただきました。ありきたりですわ。もう少し頭を使えばよろしいのに。 ですが、なんと世界の強制力とは恐ろしいものなのでしょう。 いいでしょう!世界が望むならば、悪役令嬢という者を演じて見せましょう。 さて、悪役令嬢とはどういう者なのでしょうか? *作者の目が節穴のため誤字脱字は存在します。 *n番煎じの悪役令嬢物です。軽い感じで読んでいただければと思います。 *小説家になろう様でも投稿しております。

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、第一王子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます

水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか? 私は、逃げます! えっ?途中退場はなし? 無理です!私には務まりません! 悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。 一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。

処理中です...