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第7章 回帰前3(リジェンナ処刑まで)
第58話 アンジュの決意
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その日の午後、アンジュの元をセシルの友人オリビアと世界魔道協会会長のタロンティーレが訪れた。
「そうですか、サージュ国へ……」
魔道協会の本拠地であり、今はオリビエの母国となったサージュ国への帰還を報告に来たのだ。
「ええ、夫もそろそろどこかの国への派遣を命じられるでしょうし、それはおそらくユーディット国とは違うところでしょう」
ユーディット国の上層部に巣くう『魅了』の脅威があったからこそ、サージュ国も国を挙げて協力してきた。しかし、それが解決となれば、これ以上この国と角突き合わせるような態度をとる必要はなく、そのための便宜を図る必要もない。
「あんな状態のセシルを残しておくのは心残りではあるけど……」
「あなたはよくやってくれたわ」
「それを言うならタロンティーレ会長のおかげですわ」
若い女性二人に褒められタロンティーレは少し面はゆい気持ちになる。
「まあ、本来なら亡くなったリアム殿の落とし前もきっちりつけたかったのじゃが、各国は魅了ほどには火炎魔法による殺人への圧力はかけたがらないようでの」
「「そうなのですか?」」
アンジュとオリビアが一緒に返事をする。
「ああ、あの小僧を下手に追いつめると芋づる式に王太子の立場が悪くなるじゃろ。それに気づいた各国はここでいったん引いておいた方が得策と考えたんじゃ。王太子に何かあれば、王位は毒舌で胆力のある、つまり扱いにくい大公の家系へと移ってしまう。それくらいなら魅了女にたぶらかされるような愚物が王になってくれた方が周辺国としては御しやすいので都合がいい、そう判断されたのじゃろう」
「そういうことなのですね……」
アンジュは失望のため息をついた。
「国々の思惑のせいで罰せられるべき者が罰せられないなんてやり切れませんわ」
オリビアは憤りをあらわにする。
「まあ、なんじゃな……。本来、海千山千の老獪な『王国』という存在に対して、セシル嬢の件だけでも勝てたのが奇跡と言っていいからの」
タロンティーレがつぶやいた。
「それも会長が作戦を立てて、しかるべき時にしかるべき行動を起こすことができたからですわ」
「ゴホン。ああ、そうじゃ、辺境伯は女伯爵のところに顔を出しましたかの?」
再び褒められて照れ臭くなったタロンティーレは、さりげなく話題を変えた。
「いえ、でも王都での用事は終わったし、もしかしてもう領地にお帰りになったのかもしれません。本来ならそういう時期ですから」
アンジュが返答する。
「いや、まだ王都にいらっしゃるじゃろう。実はここだけの話じゃがな、王太子夫妻の間に生まれた男児を辺境伯が引き取るという話になったそうじゃ」
「「子供は死産だったのでは?」」
「それは表向きの話。もはや王位継承権を持っていること自体危険な状態になった故、王家からどこかに養子に出すという話になり自ら名乗りを挙げたそうじゃ」
「それは意外ですね。アンジュさんを支援した態度から見て、私たちと同じ考えでいらっしゃるとばかり思っていたのに……」
タロンティーレの説明を受けオリビアがつぶやく。
「いやいや、あの御仁の高潔さはわしの想像をはるかに超えていたぞ。セシル嬢やリアム騎士の件についても、大胆にも問い合わせる書状を王家に何度も送っていたそうじゃからの」
「そのようなことが……」
「辺境伯という立場があったからこそできたことでもあるが、恐れ知らずというか、なんというか……」
アンジュは知らなかった。
そして、改めてリッヒベルク辺境伯に感謝の念を抱く。
「でな、わしはあの御仁とちょっと立ち話をする機会があったときに、どうしてそんなわざわざ火中の栗を拾う様なことをするのか、と、聞いたのじゃ。すると彼はこういった」
「「どう言ったのですか?」」
「自分は罪なき者が理不尽な目に合うことをおかしいと思い、この件で今まで王家に異を唱えてきた。ならば今、罪なき赤子が行き場を無くしている状況で手を差し伸べないのは筋が通らぬ、と、おっしゃってな」
「まあ、そういう理論なのですね、確かに生まれたばかりの子に親の罪を背負わせるのは……」
オリビアが得心がいったように言う。
「そうじゃ。辺境伯はいずれ女伯爵にも報告したいとおっしゃっていた。ただ、引き取ることを理解していただけるかどうかを不安がってもおられたがの」
「理解も何も……、ライアン様がそういうお心でいるなら私は何も言うことはありませんわ」
アンジュは静かに答えた。
厄介ごとと言ってもいいような存在を臆せず引き受けるリッヒベルク辺境伯の決意にはアンジュも思うところがあった。
私も考えなければいけないわね。
アンジュは自問自答した。
自分がどうしたいのか、自分が何をしたいのか、を。
◇ ◇ ◇
その日の夜、談話室のソファでくつろいでいるマールベロー公爵に自身の決意をアンジュは告げた。
「公爵閣下、今朝のお話ですが、慰謝料の支払いの件、受けようかと考えています。ダンゼル・ブレイズの裁判については成り行きに任せます。結審する頃にはおそらく私は領地に帰っているでしょうし」
「そうか、そうしてくれるか!」
自分の『説得』が功を奏したと思い込んだ侯爵は相好を崩した。
「ただ、そうさせていただくにあたって条件がございます」
「条件?」
「セシル様を私に引き取らせてください」
「そうですか、サージュ国へ……」
魔道協会の本拠地であり、今はオリビエの母国となったサージュ国への帰還を報告に来たのだ。
「ええ、夫もそろそろどこかの国への派遣を命じられるでしょうし、それはおそらくユーディット国とは違うところでしょう」
ユーディット国の上層部に巣くう『魅了』の脅威があったからこそ、サージュ国も国を挙げて協力してきた。しかし、それが解決となれば、これ以上この国と角突き合わせるような態度をとる必要はなく、そのための便宜を図る必要もない。
「あんな状態のセシルを残しておくのは心残りではあるけど……」
「あなたはよくやってくれたわ」
「それを言うならタロンティーレ会長のおかげですわ」
若い女性二人に褒められタロンティーレは少し面はゆい気持ちになる。
「まあ、本来なら亡くなったリアム殿の落とし前もきっちりつけたかったのじゃが、各国は魅了ほどには火炎魔法による殺人への圧力はかけたがらないようでの」
「「そうなのですか?」」
アンジュとオリビアが一緒に返事をする。
「ああ、あの小僧を下手に追いつめると芋づる式に王太子の立場が悪くなるじゃろ。それに気づいた各国はここでいったん引いておいた方が得策と考えたんじゃ。王太子に何かあれば、王位は毒舌で胆力のある、つまり扱いにくい大公の家系へと移ってしまう。それくらいなら魅了女にたぶらかされるような愚物が王になってくれた方が周辺国としては御しやすいので都合がいい、そう判断されたのじゃろう」
「そういうことなのですね……」
アンジュは失望のため息をついた。
「国々の思惑のせいで罰せられるべき者が罰せられないなんてやり切れませんわ」
オリビアは憤りをあらわにする。
「まあ、なんじゃな……。本来、海千山千の老獪な『王国』という存在に対して、セシル嬢の件だけでも勝てたのが奇跡と言っていいからの」
タロンティーレがつぶやいた。
「それも会長が作戦を立てて、しかるべき時にしかるべき行動を起こすことができたからですわ」
「ゴホン。ああ、そうじゃ、辺境伯は女伯爵のところに顔を出しましたかの?」
再び褒められて照れ臭くなったタロンティーレは、さりげなく話題を変えた。
「いえ、でも王都での用事は終わったし、もしかしてもう領地にお帰りになったのかもしれません。本来ならそういう時期ですから」
アンジュが返答する。
「いや、まだ王都にいらっしゃるじゃろう。実はここだけの話じゃがな、王太子夫妻の間に生まれた男児を辺境伯が引き取るという話になったそうじゃ」
「「子供は死産だったのでは?」」
「それは表向きの話。もはや王位継承権を持っていること自体危険な状態になった故、王家からどこかに養子に出すという話になり自ら名乗りを挙げたそうじゃ」
「それは意外ですね。アンジュさんを支援した態度から見て、私たちと同じ考えでいらっしゃるとばかり思っていたのに……」
タロンティーレの説明を受けオリビアがつぶやく。
「いやいや、あの御仁の高潔さはわしの想像をはるかに超えていたぞ。セシル嬢やリアム騎士の件についても、大胆にも問い合わせる書状を王家に何度も送っていたそうじゃからの」
「そのようなことが……」
「辺境伯という立場があったからこそできたことでもあるが、恐れ知らずというか、なんというか……」
アンジュは知らなかった。
そして、改めてリッヒベルク辺境伯に感謝の念を抱く。
「でな、わしはあの御仁とちょっと立ち話をする機会があったときに、どうしてそんなわざわざ火中の栗を拾う様なことをするのか、と、聞いたのじゃ。すると彼はこういった」
「「どう言ったのですか?」」
「自分は罪なき者が理不尽な目に合うことをおかしいと思い、この件で今まで王家に異を唱えてきた。ならば今、罪なき赤子が行き場を無くしている状況で手を差し伸べないのは筋が通らぬ、と、おっしゃってな」
「まあ、そういう理論なのですね、確かに生まれたばかりの子に親の罪を背負わせるのは……」
オリビアが得心がいったように言う。
「そうじゃ。辺境伯はいずれ女伯爵にも報告したいとおっしゃっていた。ただ、引き取ることを理解していただけるかどうかを不安がってもおられたがの」
「理解も何も……、ライアン様がそういうお心でいるなら私は何も言うことはありませんわ」
アンジュは静かに答えた。
厄介ごとと言ってもいいような存在を臆せず引き受けるリッヒベルク辺境伯の決意にはアンジュも思うところがあった。
私も考えなければいけないわね。
アンジュは自問自答した。
自分がどうしたいのか、自分が何をしたいのか、を。
◇ ◇ ◇
その日の夜、談話室のソファでくつろいでいるマールベロー公爵に自身の決意をアンジュは告げた。
「公爵閣下、今朝のお話ですが、慰謝料の支払いの件、受けようかと考えています。ダンゼル・ブレイズの裁判については成り行きに任せます。結審する頃にはおそらく私は領地に帰っているでしょうし」
「そうか、そうしてくれるか!」
自分の『説得』が功を奏したと思い込んだ侯爵は相好を崩した。
「ただ、そうさせていただくにあたって条件がございます」
「条件?」
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