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第7章 回帰前3(リジェンナ処刑まで)
第47話 会議の前の朝に
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翌朝はアンジュも屋敷の大食堂で朝食をとることにした。
一晩休んだので『疲れ』を原因に顔を見せないわけにはいかないし、思うところはいろいろあれど、傘下の貴族に公爵が宿を貸してくれているのだ。当主にあいさつしないわけにはいかない。
「やあ、おはよう。よく休めたかね」
公爵が入ってきたアンジュに声をかけた。
アンジュは、はい、と短く答え軽く一礼をして席に着いた。
食堂ではマールベロー公爵と義理の息子ユリウスがすでに食事の真っ最中だった。
セシルの母が亡くなって以来、マールベロー家では朝食はそれぞれの部屋で取る習慣となっていたが、ユリウスが来てからは朝食と夕食は大食堂でそろってとるようになった。
立派な後継になるため、日常生活においても公爵の振る舞いを見ておきたいという理由からだった。
公爵は相好を崩した。
相手にゴマすりだと感じさせずに機嫌を取るのがユリウスはうまい。
その手法に公爵もすっかり篭絡させられている。
「お久しぶりです、アンジュさん」
害のない笑みを浮かべながらユリウスがアンジュにあいさつをした。
「あの一件は完全に王太子の悪だくみだということが明るみになったのに、その一派だったあなたがまだこのお屋敷にいたとは驚きですわ、ユリウス様」
王太子に組してセシルを陥れることに一役買ったユリウスに、アンジュは皮肉を言った。
「その件についてはユリウスは謝罪してくれた。彼もまた王太子妃の『魅了』に惑わされていたんだ。今じゃすっかり目が覚めたと言っているし、あの謝罪に嘘はない、私はそう信じるよ」
パンをちぎりながら公爵はアンジュにいった。
「はい、滂沱の涙を流されながら頭をこすりつけて真摯にわびるその姿には、使用人としても胸にこみ上げるものがございました」
脇に控えていた家令のカニングが言葉を加えた。
アンジュは二人の感想を冷ややかな思いで聞いていた。
「それから君が参加を希望しているということは王宮に伝えて置いたし、受け入れられたよ。会議は今日の午後からだから準備しておくように」
話を変えて公爵が昨日アンジュが希望した一件について報告する。
「かしこまりました。ご助力ありがとうございます」
「率直な意見は歓迎だが、国益を損なうような発言だけは控えるように」
世界においてすでに地に落ちてしまったユーディット国王家の評判を踏まえて公爵がくぎを刺した。
「卒業パーティでの王太子らの蛮行こそ最も国益を損なうものだっだと思いますが……」
「まあ、そういうことなんだろうが……」
再び気まずい空気が食堂に流れた。
◇ ◇ ◇
一方ここは王宮の国王の私室。
「処刑が妥当とはどういうことです、父上?」
オースティン王太子が父である国王に食ってかかる。
私的な用件で息子が父を訪ねている形なので、その会話の内容は彼らに近しい者しか見聞きできない。
「これを見ろ、各国が今回の件について我が国に寄せた意見書だ」
書類の束を国王は二人をはさむ目の前のテーブルに投げ出した。
「このままリジェンナを王太子妃のままでいさせるなら断交も辞さないという国が多数ある。いや、仮に王太子妃の称号をはく奪し離婚しても、いつ復権するかわからない状態であることを看過できぬとも書かれている」
「つまりどういうことですか?」
「リジェンナは王子を出産したばかりだ。その王子が後々立太子をし、さらに国王の位に付けば生母の国内での名誉や権利が回復される恐れがある。つまり、魅了持ちの魔女が国の頂点に立つことへの恐れを各国は示しているのだ」
「リジーは歴史上の悪魔とは違う。たまたま魅了能力を持って生まれただけの心優しい普通の女だ!」
「『心優しい』? そんな女が恋敵を罠にかけて地下牢に収監させるような真似をするか!」
「そ、それは……。今思えばそれだけ僕と結婚したからではないかと……」
王太子の答えにそばについていたベンソン伯爵はじめ数名の侍従は失笑した。
「いや、失礼いたしました。王太子殿下の『素直』なお人柄がよく出た答えだなあと思いまして……」
『能天気』『お花畑』『アホ』『お気楽』等々。
それらの直接的な表現を避けながら伯爵は王太子の発想を皮肉った。
「僭越ながら申し上げます、王太子殿下。本当に心優しい人間なら、敵とはいえ地下牢のような拷問施設と言って差し支えない場所に収監させられるとなれば、それを止めるのではないでしょうか」
「しかも、その罪のでっち上げに『隷属』という禁忌の術まで使ったことが、リジェンナの邪悪な性根を表している、と、各国は見ているのだ!」
ベンソン伯爵、及び国王がこぞって王太子の見解を否定した。
「リジェンナを擁護するためには、王太子殿下に恋するあまり、などと、牧歌的な理論を使うしかないのでしょうが……」
オースティン王太子は気づいた。
父の国王だけでなく、臣下に当たるベンソン伯爵まで彼女のことを敬称もつけずに『リジェンナ』と呼び捨てにしていることを。
彼らの間ではすでにリジェンナは王太子妃ではないのだ。
しかし、罪人として王太子妃の称号をはく奪するまでは仕方がないにしても、なにも命までとらなくても……。
王太子は恨みがましく思う。
だが、王太子は失念している。
自分たちが元婚約者のセシルを生きながら殺すような真似をしたことを。
それを棚に上げて、その首謀者の一人であるリジェンナへの情けをひとかけらも見せない父たちに憤りを持つムシのよさに、オースティンは気づいていなかった。
一晩休んだので『疲れ』を原因に顔を見せないわけにはいかないし、思うところはいろいろあれど、傘下の貴族に公爵が宿を貸してくれているのだ。当主にあいさつしないわけにはいかない。
「やあ、おはよう。よく休めたかね」
公爵が入ってきたアンジュに声をかけた。
アンジュは、はい、と短く答え軽く一礼をして席に着いた。
食堂ではマールベロー公爵と義理の息子ユリウスがすでに食事の真っ最中だった。
セシルの母が亡くなって以来、マールベロー家では朝食はそれぞれの部屋で取る習慣となっていたが、ユリウスが来てからは朝食と夕食は大食堂でそろってとるようになった。
立派な後継になるため、日常生活においても公爵の振る舞いを見ておきたいという理由からだった。
公爵は相好を崩した。
相手にゴマすりだと感じさせずに機嫌を取るのがユリウスはうまい。
その手法に公爵もすっかり篭絡させられている。
「お久しぶりです、アンジュさん」
害のない笑みを浮かべながらユリウスがアンジュにあいさつをした。
「あの一件は完全に王太子の悪だくみだということが明るみになったのに、その一派だったあなたがまだこのお屋敷にいたとは驚きですわ、ユリウス様」
王太子に組してセシルを陥れることに一役買ったユリウスに、アンジュは皮肉を言った。
「その件についてはユリウスは謝罪してくれた。彼もまた王太子妃の『魅了』に惑わされていたんだ。今じゃすっかり目が覚めたと言っているし、あの謝罪に嘘はない、私はそう信じるよ」
パンをちぎりながら公爵はアンジュにいった。
「はい、滂沱の涙を流されながら頭をこすりつけて真摯にわびるその姿には、使用人としても胸にこみ上げるものがございました」
脇に控えていた家令のカニングが言葉を加えた。
アンジュは二人の感想を冷ややかな思いで聞いていた。
「それから君が参加を希望しているということは王宮に伝えて置いたし、受け入れられたよ。会議は今日の午後からだから準備しておくように」
話を変えて公爵が昨日アンジュが希望した一件について報告する。
「かしこまりました。ご助力ありがとうございます」
「率直な意見は歓迎だが、国益を損なうような発言だけは控えるように」
世界においてすでに地に落ちてしまったユーディット国王家の評判を踏まえて公爵がくぎを刺した。
「卒業パーティでの王太子らの蛮行こそ最も国益を損なうものだっだと思いますが……」
「まあ、そういうことなんだろうが……」
再び気まずい空気が食堂に流れた。
◇ ◇ ◇
一方ここは王宮の国王の私室。
「処刑が妥当とはどういうことです、父上?」
オースティン王太子が父である国王に食ってかかる。
私的な用件で息子が父を訪ねている形なので、その会話の内容は彼らに近しい者しか見聞きできない。
「これを見ろ、各国が今回の件について我が国に寄せた意見書だ」
書類の束を国王は二人をはさむ目の前のテーブルに投げ出した。
「このままリジェンナを王太子妃のままでいさせるなら断交も辞さないという国が多数ある。いや、仮に王太子妃の称号をはく奪し離婚しても、いつ復権するかわからない状態であることを看過できぬとも書かれている」
「つまりどういうことですか?」
「リジェンナは王子を出産したばかりだ。その王子が後々立太子をし、さらに国王の位に付けば生母の国内での名誉や権利が回復される恐れがある。つまり、魅了持ちの魔女が国の頂点に立つことへの恐れを各国は示しているのだ」
「リジーは歴史上の悪魔とは違う。たまたま魅了能力を持って生まれただけの心優しい普通の女だ!」
「『心優しい』? そんな女が恋敵を罠にかけて地下牢に収監させるような真似をするか!」
「そ、それは……。今思えばそれだけ僕と結婚したからではないかと……」
王太子の答えにそばについていたベンソン伯爵はじめ数名の侍従は失笑した。
「いや、失礼いたしました。王太子殿下の『素直』なお人柄がよく出た答えだなあと思いまして……」
『能天気』『お花畑』『アホ』『お気楽』等々。
それらの直接的な表現を避けながら伯爵は王太子の発想を皮肉った。
「僭越ながら申し上げます、王太子殿下。本当に心優しい人間なら、敵とはいえ地下牢のような拷問施設と言って差し支えない場所に収監させられるとなれば、それを止めるのではないでしょうか」
「しかも、その罪のでっち上げに『隷属』という禁忌の術まで使ったことが、リジェンナの邪悪な性根を表している、と、各国は見ているのだ!」
ベンソン伯爵、及び国王がこぞって王太子の見解を否定した。
「リジェンナを擁護するためには、王太子殿下に恋するあまり、などと、牧歌的な理論を使うしかないのでしょうが……」
オースティン王太子は気づいた。
父の国王だけでなく、臣下に当たるベンソン伯爵まで彼女のことを敬称もつけずに『リジェンナ』と呼び捨てにしていることを。
彼らの間ではすでにリジェンナは王太子妃ではないのだ。
しかし、罪人として王太子妃の称号をはく奪するまでは仕方がないにしても、なにも命までとらなくても……。
王太子は恨みがましく思う。
だが、王太子は失念している。
自分たちが元婚約者のセシルを生きながら殺すような真似をしたことを。
それを棚に上げて、その首謀者の一人であるリジェンナへの情けをひとかけらも見せない父たちに憤りを持つムシのよさに、オースティンは気づいていなかった。
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