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第7章 回帰前3(リジェンナ処刑まで)
第46話 置き去りにされた遺族 ~アンジュの憤り~
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「話し合いに参加?」
「はい、王都まで辺境伯殿に同行させていただき、関係者や国の重鎮が集まって今回のことを協議するとの話を聞きました。あの事件では弟のリアムが命を落としました。その遺族である私は関係者ではないのですか?」
この件で声がかからなかったことについてアンジュは憤りを示した。
「あぁ……、協議では主にリジェンナ王太子妃の処遇について話し合われる予定だからね。遺族と言っても……」
「その王太子妃殿下らの悪だくみが卒業パーティの蛮行であり、そこでリアムは命を落としたのです。」
「君の気持ちはわからないでもないがね……」
「騎士団も学園もあれをただの事故死扱いしただけで詳しいいきさつも話そうとしなかった。だから私はパーティに出席していたセシル様の同級生に自ら聞き取りに行きました」
「聞き取りにだと!」
公爵はアンジュの行動力と執念に驚いた。
そうだったこの女は屋敷中の人間がセシルを非難しても、単独でその件に関する状況証拠を示しながら語ってきっちり誤解を解くほどの、芯の強さと頭の良さを持っていたのだ。
アンジュは話を続ける。
「何人かはぽつぽつと話してくれました。ダンゼル・ブレイズがセシル様に向かって火炎魔法を放ち、それをかばったリアムがその炎をまともにくらって焼死したと。この話は、最近発行された新聞や雑誌のオリビア様の話とも一致しています」
「……」
「火を使って曲芸をやっていたわけでもあるまいに、どれほどの火力の魔法を放てば個体の判別すら難しい焼死体ができるのですか? 明らかにセシル様に殺意を持って火を放ち、それをかばってリアムは命を落としたのでしょう。これは事故ではなく殺人ではありませんか?」
「協議は裁判の場ではない。あくまで皆が意見を持ち寄り……」
「その意見を述べる場を関係者の遺族は与えられないというのでしょうか?」
「うむ……」
「公爵閣下にお口添えいただいて私の出席をお許しいただきたいと思っておりました。それが無理なら王家に直接、それでも無理なら、オリビア様のように外国の報道機関や世界魔道協会にご助力を頼むしかありません」
「待てっ! 待てっ! 今すぐ王宮に使いをやろう!」
たしかに卒業パーティの事件ではセシルの処遇もさることながら、死亡したリアムについても対応は、遺族にとって心無いものだった。
事の顛末はすでにオリビアの口から世界中に発信されているが、さらに遺族への非情な対応を発信されては、ますますユーディット国の心証は悪くなってしまう。
「今日はゆっくり休みなさい。疲れただろう。すでに部屋は用意してある」
公爵はアンジュをなだめ、長旅で疲れた体を癒すよう促した。
「ありがとうございます」
アンジュも矛先を治め素直に礼を述べた。
「ところで、そろそろ結婚のことを考えてはいないのか?」
公爵は話題を変えた。
「私はもう二十代後半ですし、今更……」
この国の女性の結婚適齢期は十代後半から二十代半ばである。
「何を言う、君なら今でも引く手あまたであろう!」
「そんなことは……」
「なんだったら、王都に滞在している間に候補となりうる者たちと会ってみるがいい。場は私がおぜん立てをしてもよいのだからな」
「いえ、今回はそのようなことで参ったわけではないので……」
「早く後継をもうけることも亡きご両親や弟君にむくいることじゃないかね」
「その……」
「その件はじっくり考えてくれたまえ。君が望めば私の方から紹介できる人物はたくさんいるからね。まあ、今日はゆっくり休みたまえ」
「ご配慮感謝いたします。公爵閣下」
公爵の話にいたたまれず、アンジュはそそくさと用意された部屋に引っ込んだ。
夕食の時も旅の疲れを理由に部屋で一人ですませた。
今さら冤罪が晴れてもセシルにはもはやまともな結婚話など来ない。
それどころか普通に健康な人間として生きることすら難しい状態だとも聞く。
王太子らの卑劣な企みのせいで自分の娘がそんなことになったというのに、それを話し合う前日に、平気で他所の娘の結婚話ができる公爵の無神経さにアンジュは耐えられなかった。
高位貴族の当主としてのあるべき姿は実は公爵の方が正しいのかもしれない。
公爵の娘に対する酷薄さは今に始まったことではない。
学園にての王太子とその取り巻き、そしてリジェンナ・ブレイとのいさかいについては、取り巻きの一人でもある養子のユリウスの話ばかりを信じていた。
セシルが地下牢に閉じ込められたという話を聞いても、動揺もせず、王太子側の意見を代弁したユリウスの言を受けて、王家に抗議一つしなかった。
「今さら救い出したってどうせ手遅れなんだしさ、死んだ人が生き返らないのと一緒だよ。義父殿は合理的な判断をしたまでさ」
激高するアンジュにうすら笑いを浮かべながら、彼女にだけ聞こえるような小さな声でユリウスが告げた。
その時の全身の血が凍るような感覚は忘れられない。
何度訴えてもセシル救出に動かないマールベロー家に絶望したアンジュは、弟の代わりに伯爵位を継いだ後、一人で故郷のジェラルディ領に帰っていったのだった。
「はい、王都まで辺境伯殿に同行させていただき、関係者や国の重鎮が集まって今回のことを協議するとの話を聞きました。あの事件では弟のリアムが命を落としました。その遺族である私は関係者ではないのですか?」
この件で声がかからなかったことについてアンジュは憤りを示した。
「あぁ……、協議では主にリジェンナ王太子妃の処遇について話し合われる予定だからね。遺族と言っても……」
「その王太子妃殿下らの悪だくみが卒業パーティの蛮行であり、そこでリアムは命を落としたのです。」
「君の気持ちはわからないでもないがね……」
「騎士団も学園もあれをただの事故死扱いしただけで詳しいいきさつも話そうとしなかった。だから私はパーティに出席していたセシル様の同級生に自ら聞き取りに行きました」
「聞き取りにだと!」
公爵はアンジュの行動力と執念に驚いた。
そうだったこの女は屋敷中の人間がセシルを非難しても、単独でその件に関する状況証拠を示しながら語ってきっちり誤解を解くほどの、芯の強さと頭の良さを持っていたのだ。
アンジュは話を続ける。
「何人かはぽつぽつと話してくれました。ダンゼル・ブレイズがセシル様に向かって火炎魔法を放ち、それをかばったリアムがその炎をまともにくらって焼死したと。この話は、最近発行された新聞や雑誌のオリビア様の話とも一致しています」
「……」
「火を使って曲芸をやっていたわけでもあるまいに、どれほどの火力の魔法を放てば個体の判別すら難しい焼死体ができるのですか? 明らかにセシル様に殺意を持って火を放ち、それをかばってリアムは命を落としたのでしょう。これは事故ではなく殺人ではありませんか?」
「協議は裁判の場ではない。あくまで皆が意見を持ち寄り……」
「その意見を述べる場を関係者の遺族は与えられないというのでしょうか?」
「うむ……」
「公爵閣下にお口添えいただいて私の出席をお許しいただきたいと思っておりました。それが無理なら王家に直接、それでも無理なら、オリビア様のように外国の報道機関や世界魔道協会にご助力を頼むしかありません」
「待てっ! 待てっ! 今すぐ王宮に使いをやろう!」
たしかに卒業パーティの事件ではセシルの処遇もさることながら、死亡したリアムについても対応は、遺族にとって心無いものだった。
事の顛末はすでにオリビアの口から世界中に発信されているが、さらに遺族への非情な対応を発信されては、ますますユーディット国の心証は悪くなってしまう。
「今日はゆっくり休みなさい。疲れただろう。すでに部屋は用意してある」
公爵はアンジュをなだめ、長旅で疲れた体を癒すよう促した。
「ありがとうございます」
アンジュも矛先を治め素直に礼を述べた。
「ところで、そろそろ結婚のことを考えてはいないのか?」
公爵は話題を変えた。
「私はもう二十代後半ですし、今更……」
この国の女性の結婚適齢期は十代後半から二十代半ばである。
「何を言う、君なら今でも引く手あまたであろう!」
「そんなことは……」
「なんだったら、王都に滞在している間に候補となりうる者たちと会ってみるがいい。場は私がおぜん立てをしてもよいのだからな」
「いえ、今回はそのようなことで参ったわけではないので……」
「早く後継をもうけることも亡きご両親や弟君にむくいることじゃないかね」
「その……」
「その件はじっくり考えてくれたまえ。君が望めば私の方から紹介できる人物はたくさんいるからね。まあ、今日はゆっくり休みたまえ」
「ご配慮感謝いたします。公爵閣下」
公爵の話にいたたまれず、アンジュはそそくさと用意された部屋に引っ込んだ。
夕食の時も旅の疲れを理由に部屋で一人ですませた。
今さら冤罪が晴れてもセシルにはもはやまともな結婚話など来ない。
それどころか普通に健康な人間として生きることすら難しい状態だとも聞く。
王太子らの卑劣な企みのせいで自分の娘がそんなことになったというのに、それを話し合う前日に、平気で他所の娘の結婚話ができる公爵の無神経さにアンジュは耐えられなかった。
高位貴族の当主としてのあるべき姿は実は公爵の方が正しいのかもしれない。
公爵の娘に対する酷薄さは今に始まったことではない。
学園にての王太子とその取り巻き、そしてリジェンナ・ブレイとのいさかいについては、取り巻きの一人でもある養子のユリウスの話ばかりを信じていた。
セシルが地下牢に閉じ込められたという話を聞いても、動揺もせず、王太子側の意見を代弁したユリウスの言を受けて、王家に抗議一つしなかった。
「今さら救い出したってどうせ手遅れなんだしさ、死んだ人が生き返らないのと一緒だよ。義父殿は合理的な判断をしたまでさ」
激高するアンジュにうすら笑いを浮かべながら、彼女にだけ聞こえるような小さな声でユリウスが告げた。
その時の全身の血が凍るような感覚は忘れられない。
何度訴えてもセシル救出に動かないマールベロー家に絶望したアンジュは、弟の代わりに伯爵位を継いだ後、一人で故郷のジェラルディ領に帰っていったのだった。
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