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第6章 回帰前2(リジェンナ王太子妃の闇)

第44話 虐殺者と同じ『魅了』

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「セシルと話はできますか?」

 オリビアは医師団に尋ねた。

「現在、鎮静剤で眠らせていますが、目が覚めたらどのような反応をされるか予想がつかない状態です。まだ確認ができていませんが、正気を失うほどの過酷な環境、若い女性には特に……、でしたのですぐには……」

「そんな、謝ることもできないなんて……」

 オリビアはまた泣き出した。

「医師の話も聞いたしもういいだろ」

 再び、その場を去ろうとする王太子を見て、タロンティーレも再び魔道具で訴え始める。

「皆の者、ご覧になりましたかな? これが自身の残虐行為に全く責任を取ろうとしないユーディット国の王太子ですぞ!」

「何っ!」

 王太子は立ち止まって振り返った。

「まあ、それもそのはず。ユーディットの王宮にはティフラー並みのまがまがしい魅了の気配が充満しておる」

「「「「ティフラー並みの魅了だと!」」」」

『『『『『『『ティフラー並みの魅了だと!』』』』』

 王宮と魔道具の先からと両方から驚愕の声が響いた。

「そのもとはこの王太子の妃リジェンナじゃ!」

 とんでもない爆弾発言に王宮内も魔道具の先の世界各国も騒然となった。

 ティフラーとは共和制を取っていたアルマーヌにおいて、百年ほど前に実在していたある指導者の名である。

 後でわかったことだが、彼には常識はずれなほどの魅了能力があり、それを駆使して選挙演説において人々を酔わせ指導者の地位まで駆け上った。

 当時のアルマーヌは先の戦争で敗戦国となり莫大な賠償金の支払いを強いられた。
 それによって国民の生活は苦しくなる。
 国としての誇りも奪われていた当時の国民に、自国の優位性を説き逆に弱小民族への憎しみをあおる。
 やがて彼が起こした軍事行動によって大陸は戦火に飲み込まれるのだが、その時の苦い記憶はこの世界の人々に強く刻まれており、彼が有した『魅了』能力は警戒すべき邪なものとして現在もみなされている。

『あの悪魔と同じ魅了……』
『魅了の悪魔と組んだうえでの残虐行為だったのか……』
『世界に悪夢を広げる王太子妃か……』

「貴様、王族の妃を歴史上の悪魔に例えるなど!」

 王太子は再び激高する。

「うそではない。オリビア嬢の鎖を解いたときそこに『隷属』だけではなく『魅了』の残滓もわしは感じ取った。そしてこの王宮に足を踏み入れて確信した。王太子妃はティフラー並みの魅了能力者だと」

「「「「なんと……」」」」

 国王をはじめその場にいた者たちは愕然となった。

「わしの言葉が信用できないのなら、今すぐ王太子妃に会わせよ。確認して証明して見せようぞ!」

「ほ、本当に王太子妃が魅了を……」

「ああ、ほぼ間違いない……」

 ティフラーの悪夢からまだ冷め切っていないこの世界で、その彼と同じとみなされることがどれほど致命的であるかを国王は理解している。

「いったい、どうすれば……」

「とりあえず、わしを王太子妃のところまで連れていきなされ。ああ、これを渡して置こう。魅了や隷属、さらに呪いや毒など目に見えない攻撃を防ぐ魔道具じゃ」

 五つの石が着いた腕輪をタロンティーレは国王に手渡した。

「あるだけ持ってきておいたよかったわい。ほれ、あんたにも」

 隣に控えてたベンソン伯爵にも手渡す。

「それにしても他国なら王族はみな、その腕輪をつけて自衛しておるというのに、この国は少し無防備すぎるぞ。ほれ、ぜんぶやるから上手に使いなされよ」

 さらに三つの腕輪を魔法大臣に手渡す。

 製作するのに高度な技術が必要なので量産できずかなり高価な品だが、出血大サービスで会長は腕輪をユーディット王家に譲った。

「さて、案内してもらおうかの」

 魔法大臣に連れられてタロンティーレ、国王、王太子、ベンソン伯爵らが連れ立って王太子妃の部屋を訪れた。

「まあぁ、お義父様、いったいどうなさったのです、大臣まで?」

 王宮で本日行われてたことを知らないリジェンナは甘ったるい声で訪れた彼らを迎えた。

「いや、その……、ちょっと顔を見にな。邪魔して済まなかったね」

 国王や大臣はすぐに踵を返し部屋を出た。

 そして腕輪を確認すると、魔石が反応しているのを見て愕然とした。

 いや、それだけではない、驚いたのは自分の心の変化だ。

 なんなのだ、あの娼婦のように甘ったるい声でしゃべる下品な女は!
 セシルの方がよっぽどましだ。
 自分は今まであのような女をセシル以上に王太子にふさわしい素晴らしい嫁だと思い込んでいたのか?

 卒業パーティーの翌日、息子の王太子からセシルを断罪し地下牢に閉じ込めたと聞かされた時には衝撃を受けた。
 
 そもそも地下牢は裁判を経てから囚人を連れて行くところで、有無を言わさず令嬢を連れて行くなんて何事かと憤った。

 しかし、その憤りも息子が連れてきたリジェンナを見た時、雲散霧消した。

 王妃を亡くして以来、夢を見ていた家族の幸せは、王太子が選んだこのリジェンナによってふたたび築き上げられるであろう、と、根拠はないがそう確信した。

 それが今は、彼女の甘ったるい声や態度に腐臭のようなものさえ感じ、吐き気がして耐えられなくなり、すぐに部屋を出てきたのだ。

「国王陛下、私たちは今まで……」

 常にそばについているベンソン伯爵も同様であったらしい。

 これが魅了の魔女か。
 何て女に引っかかってしまったのだ。

 この女をどう処分すれば諸外国への信頼を取り戻せるのか?

 それに、人生をめちゃくちゃにされてしまったセシル嬢への償いもある。

 国王はこれから対処しなければならない事柄に頭を抱えるばかりであった。
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