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第6章 回帰前2(リジェンナ王太子妃の闇)

第37話 せばまる包囲網

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「にぎやかじゃのう、ユーディット国の王都はいつもこんな風なのか?」

 世界魔道協会の長タロンティーレは同行させたユーディット出身の弟子に尋ねた。

 大通りの両脇に並ぶ店舗はみな、魔法で色が変わるランタンを入り口やショーウインドウの上部に何個も吊り下げている。
 それが橙色に輝き日が落ちても明るかった。

 店が並んでいない場所にも屋台の出店が並んでおり、ちょっとしたお祭りのようである。

「王太子妃ご懐妊の情報が国民に知らされてから半年以上。もう生まれているかもしれません。この国の王族の妊娠出産の知らせ方はちょっと変わっていましてね、生まれてから十日、長い時は三か月以上たってから、子が生まれたこととその性別や名前を国民に公表するのです」 

 老魔法使いを案内している若き魔法使いは故国の状況を説明した。
 
 顔や体つきはローブに隠れて良く見えないが、ローブの隙間からちらとなびいて見える黒髪は光を反射すると青銀色に煌めき、知的好奇心に満ちた紺色の瞳はランタンの光を見つめながら輝いていた。

「ふむ、権力闘争で赤子が生まれるや否や弱った母とともに命を奪おうとする輩がいたことに対する警戒か」

「今は違いますがその名残でしょうね。だから国民は、いつお子様がお生まれになったことを知らされても対応できるように、こうして店を飾り付けてお祝いムードを盛り上げているのです」

「古臭いしきたりにもなかなか風情がある。ただ、同じ古臭いと言っても、地下牢のような忌まわしき場所を残しているのと話は別じゃがな」
 
 いきなり陰惨な話をふる老魔導士に若き魔導士は困惑した。

「なんじゃ、空気よめって顔をしとるの。わしはいつでもオリビアちゃんの味方じゃと言いたいだけじゃ」

「いやまあ……、確かに、このお祝いムードの主の王太子妃の悪行を白日の下にさらすために我々はこの国にやって来たのですけどね……」

 ルースはため息をついた。

「オリビアちゃんらはもう到着しているかの?」

「ええ、おそらく。ただ相手にしかけるのはもう少し先です。すでにサージュ及び周辺各国の報道機関には情報を流しましたから、ユーディット国の王太子夫妻の悪行が大陸中に知れ渡るのも時間の問題です。決して王家の権力によって握りつぶさせるようなことはさせません」

「そうか、そうか」

「『隷属』という禁忌で人を縛り、他人の人生を貶めるという悪行。聞けばそれで罠にかけられた令嬢は今も地下牢に収監されているというではないですか!」

「ああ、あの技は使っただけで、魔道協会から除名処分を受けるほどに重い禁忌の技じゃ。面白がって他人にかけたがる若い魔法使いが後を絶たんがの。あと、わしはそれだけじゃなく、あの王太子妃にはさらに忌まわしき性質が付与されておるのではと推測しておる」

「さらに忌まわしき?」

「『魅了』とかの」

「まさか!」

「まあ、そこは直接あって見なきゃわからんな」

「しかし、それが事実なら各国が黙っていません。そのような者が一国の頂点にたつとしたら、それは……」

「ああ、大ごとになるやもしれんし、ならんかもしれん。まあ、今は忘れて、なんかおすすめの美味いもんを食わせてくれんかの」

 そうしようと思っていた気分をぶち壊しにしたのはあなたでしょうが!

 そう言いたいところを若き魔法使いは堪えた。

「では、あそこの店のエールとカルフェのチーズ焼き、これがおすすめです。ハニーマスタードとハーブソルトとバーベキューソース、三つの味が選べるんですよ」

「年寄りにはあまり油や味の濃い者はだめじゃぞ」

「なら合鴨サラダも絶品ですよ。お値段も手ごろで庶民に優しい店です」

 ようやく案内役としての仕事を果たし、自身もいっしょに故国の味を楽しめる!

 ルースは嬉しそうに師匠の老魔法使いを引っ張っていくのだった。


 ◇ ◇ ◇


 オリビアや世界魔道協会の者たちが入国してほどなく、リジェンナ王太子妃は玉のような男の子を産んだ。

 もちろん、王宮の者たちは、彼らが入国したこともその狙いも知る由もない。

 王宮内では世継ぎの王子の誕生に沸き返っていた。

「とても元気なお子さまで、この分ならそんなに間を置かずお生まれになったことを公表できるだろう、と、医師団もおっしゃっていました」

 侍女の一人がリジェンナに話しかける。

「ですから、王太子妃殿下も早くお身体が回復できますよう、ゆっくり休まれてくださいね」

 侍女長がさらにリジェンナにいたわりの声をかけた。

 彼女の部屋は夫のオースティンや義父からの感謝の贈り物であふれた。

「王子の名はジェイドに決まったよ。君の体が人前に出ても大丈夫なくらい回復したら、国民への公表を行うと父上はおっしゃった」

 王子や王女の誕生が発表されると、国民が王宮の庭に足を踏み入れるのが許され、バルコニーから赤子を抱いた母とともにお披露目がされる。
 特に世継ぎの王子となると、未来の国母の顔見せも兼ねている。

 身体は疲労困憊だったが、その時、リジェンナは間違いなく人生の絶頂にいた。

 その輝かしい立場が卑劣な手段で他人を貶めて得たものであることも、彼女はすっかり忘れていた。

 そのツケを払わなければならぬ時はもうすぐそこまでせまっている。
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