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第6章 回帰前2(リジェンナ王太子妃の闇)
第36話 転落の兆し
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「そういえば何と言いましたかな、あの地下牢に放りこんだ女?」
バーントレッド、焦げたような赤色の髪に茶褐色の瞳を持った体格のいい青年が、隣にいる王太子に話しかけました。
「セシルのことですか、ダンゼル?」
金髪碧眼の細身の青年が王太子の代わりに答えた。
赤毛の青年はダンゼル・ブレイズ。
火炎魔法の天才と呼ばれ、いずれ王国軍の将軍職につけるのではと、将来を嘱望されている青年である。
金髪の青年はユリウス・マールベロー。
先ほど名前の挙がったセシルの義弟で、彼女の代わりにマールベロー公爵家を継ぐべく親戚筋から養子に入った青年である。
彼らは二人ともオースティン王太子やリジェンナ王太子妃の同級生で側近候補として扱われていた。
「急にどうしたのだ、その……、セシルのことなんか話題に出して?」
王太子がしかるべき手続きもせず、元婚約者セシルを地下牢のような場所に連行させたことに、少なからず良心の疼きのようなものを感じないと言えばうそになる。
だからこそ、普段は頭の隅に追いやり考えないようにしていた。
「小耳にはさんだ情報ですがね、あの女、何でも、牢番から暴行を受ける際にはいつでもある男の名を繰り返し読んでいるそうです」
ダンゼルの言葉にオースティンは少なからず動揺した。
「『リアム』とね」
「『リアム』だれだ、それは?」
裏切って地獄に突き落とした元婚約者が呼び続けている男の名が、自分の名だったらこれ以上放置するには心情的に忍びなくなる恐れもあった。
しかし、その答えはオースティンにとって拍子抜けするものだった。
「リアム。ああ、あいつことか。ダンゼルが焼き殺した騎士のことですよ。そういえば、生前はセシルのそばにずっと張り付いていたな」
マールベロー家の内情を知るユリウスが言った。
「よかったですなあ。このまま、あの女を王太子妃として迎えていたら、どんな俗物の血が王家に交じるやもしれませんでしたぞ。やはり我らが行った措置は正しかった!」
横紙破りの『断罪』に正当性を得たと思い込んだダンゼルが嬉々とした声を上げた。
要するにセシルの側にも『裏切り』があったと言いたいのだろう。
そういうことにしたほうが確かに自分たちがしでかした非情な行いにも正当性が与えられるので都合は良い。
しかし、自分のことは棚に上げて相手側の『裏切り』の可能性に不快感を抱く。
そんなうぬぼれと相手に対する情と自分勝手さがオースティンにはあった。
苦虫をかみつぶしたような表情でオースティンは無言を貫いた。
「そういえば王太子妃殿下のご懐妊、おめでとうございます」
王太子の表情を読んで、ユリウスがさりげなく話題を変えた。
式を挙げて数か月後、リジェンナが懐妊している、と、義父である国王や夫である王太子に報告されたばかりである。
まだ、国内での正式な発表はされていないが高位貴族の間には知らされた。
だから、学園時代の友人の中でも、高位貴族出身の二人がお祝いを述べようと、王太子を訪ねてきていたのだ。
そうだ、あの女のことについて気に病むことはない。
我々の処置は正しかった。
ダンゼルはそれを教えてくれた、ありがたいことだ。
リジーはその優しい心根で、元婚約者セシルから僕を奪ったことについて気に病んでいるのだろう。
リジーにはそれだけの価値があったというだけなのにな。
彼女は自らを苦しめた女にすら慈悲を示すことで、セシルのみならず、僕の心も楽にしてくれている。
尊い女だ。
その彼女との間の子もじきに生まれる。
オースティンはその未来が、彼独自の『正しさ』に支えられた輝かしいものであることを現時点では疑っていなかった。
◇ ◇ ◇
「ああ、だるくて仕方がないわ」
リジェンナ王太子妃は体の不調にあえいでいた。
しかし、原因のわからなかった数日前と比べると心は晴れやかだ。
「ついに国母だわ」
そうなれば、王宮での自分の立場はゆるぎないものになる。
必要以上に義父の国王や大臣たちに愛想を振りまいたり、イラつかせる侍女に寛大さを見せる必要はなくなるだろう。
「あの女の報告を聞くのもそろそろ飽きてきたわね」
いくら栄養のある食事を与えても本人が食べたがらないのでは効果はないわね。
今じゃがりがりにやせ細って、まるで鶏がらみたいだって。
セシルをさんざん弄んでいた牢番たちですら、興がそがれるって言うようになったくらいですもの。
まあ、市井で手に入れた避妊薬も食事に混ぜておいたから、あれってずっと飲み続けると副作用で内臓とかが傷んでくるらしいのよね。
だから、場末の娼婦っていうのは短命なんだけど。
いずれにせよ、この子が無事に生まれたら『恩赦』というのも施されるだろうし、その対象にセシルも含まれる可能性がある。
今さらオースティンとの仲の障害になるわけじゃないけど、外に出てめったなことをしゃべられるのもまずいから、もう殺しちゃってもいいかもね。
少しずつ体を弱らせる毒を食事に混ぜたらイチコロよね。
毒はユリウスにでも手配を頼もうっと。
死んだところで衰弱死としか見なされないだろうし、この子が生まれる前に手を打った方がいいわ。
リジェンナの思案は続く。
その時、悪鬼め、と、言う声が頭に響いた。
「えっ、誰?」
リジェンナは周りを見回した、誰も居ない。
気のせいだったのか、と、リジェンナは思い直した。
そして、その瞬間、セシルのことはきれいさっぱり忘れてしまっていた。
◇ ◇ ◇
リジェンナがやがて産み月を迎えようという頃、西隣のサージュ国から、結婚したばかりの若き外交官夫妻がユーディット国王都に着任した。
夫の名はサイモン・レンティエート、24歳。
妻の名はオリビア。旧姓トゥルーズ、20歳。
「やっと帰ってこれたわ、セシル。待っていてね、今助けてあげるから」
バーントレッド、焦げたような赤色の髪に茶褐色の瞳を持った体格のいい青年が、隣にいる王太子に話しかけました。
「セシルのことですか、ダンゼル?」
金髪碧眼の細身の青年が王太子の代わりに答えた。
赤毛の青年はダンゼル・ブレイズ。
火炎魔法の天才と呼ばれ、いずれ王国軍の将軍職につけるのではと、将来を嘱望されている青年である。
金髪の青年はユリウス・マールベロー。
先ほど名前の挙がったセシルの義弟で、彼女の代わりにマールベロー公爵家を継ぐべく親戚筋から養子に入った青年である。
彼らは二人ともオースティン王太子やリジェンナ王太子妃の同級生で側近候補として扱われていた。
「急にどうしたのだ、その……、セシルのことなんか話題に出して?」
王太子がしかるべき手続きもせず、元婚約者セシルを地下牢のような場所に連行させたことに、少なからず良心の疼きのようなものを感じないと言えばうそになる。
だからこそ、普段は頭の隅に追いやり考えないようにしていた。
「小耳にはさんだ情報ですがね、あの女、何でも、牢番から暴行を受ける際にはいつでもある男の名を繰り返し読んでいるそうです」
ダンゼルの言葉にオースティンは少なからず動揺した。
「『リアム』とね」
「『リアム』だれだ、それは?」
裏切って地獄に突き落とした元婚約者が呼び続けている男の名が、自分の名だったらこれ以上放置するには心情的に忍びなくなる恐れもあった。
しかし、その答えはオースティンにとって拍子抜けするものだった。
「リアム。ああ、あいつことか。ダンゼルが焼き殺した騎士のことですよ。そういえば、生前はセシルのそばにずっと張り付いていたな」
マールベロー家の内情を知るユリウスが言った。
「よかったですなあ。このまま、あの女を王太子妃として迎えていたら、どんな俗物の血が王家に交じるやもしれませんでしたぞ。やはり我らが行った措置は正しかった!」
横紙破りの『断罪』に正当性を得たと思い込んだダンゼルが嬉々とした声を上げた。
要するにセシルの側にも『裏切り』があったと言いたいのだろう。
そういうことにしたほうが確かに自分たちがしでかした非情な行いにも正当性が与えられるので都合は良い。
しかし、自分のことは棚に上げて相手側の『裏切り』の可能性に不快感を抱く。
そんなうぬぼれと相手に対する情と自分勝手さがオースティンにはあった。
苦虫をかみつぶしたような表情でオースティンは無言を貫いた。
「そういえば王太子妃殿下のご懐妊、おめでとうございます」
王太子の表情を読んで、ユリウスがさりげなく話題を変えた。
式を挙げて数か月後、リジェンナが懐妊している、と、義父である国王や夫である王太子に報告されたばかりである。
まだ、国内での正式な発表はされていないが高位貴族の間には知らされた。
だから、学園時代の友人の中でも、高位貴族出身の二人がお祝いを述べようと、王太子を訪ねてきていたのだ。
そうだ、あの女のことについて気に病むことはない。
我々の処置は正しかった。
ダンゼルはそれを教えてくれた、ありがたいことだ。
リジーはその優しい心根で、元婚約者セシルから僕を奪ったことについて気に病んでいるのだろう。
リジーにはそれだけの価値があったというだけなのにな。
彼女は自らを苦しめた女にすら慈悲を示すことで、セシルのみならず、僕の心も楽にしてくれている。
尊い女だ。
その彼女との間の子もじきに生まれる。
オースティンはその未来が、彼独自の『正しさ』に支えられた輝かしいものであることを現時点では疑っていなかった。
◇ ◇ ◇
「ああ、だるくて仕方がないわ」
リジェンナ王太子妃は体の不調にあえいでいた。
しかし、原因のわからなかった数日前と比べると心は晴れやかだ。
「ついに国母だわ」
そうなれば、王宮での自分の立場はゆるぎないものになる。
必要以上に義父の国王や大臣たちに愛想を振りまいたり、イラつかせる侍女に寛大さを見せる必要はなくなるだろう。
「あの女の報告を聞くのもそろそろ飽きてきたわね」
いくら栄養のある食事を与えても本人が食べたがらないのでは効果はないわね。
今じゃがりがりにやせ細って、まるで鶏がらみたいだって。
セシルをさんざん弄んでいた牢番たちですら、興がそがれるって言うようになったくらいですもの。
まあ、市井で手に入れた避妊薬も食事に混ぜておいたから、あれってずっと飲み続けると副作用で内臓とかが傷んでくるらしいのよね。
だから、場末の娼婦っていうのは短命なんだけど。
いずれにせよ、この子が無事に生まれたら『恩赦』というのも施されるだろうし、その対象にセシルも含まれる可能性がある。
今さらオースティンとの仲の障害になるわけじゃないけど、外に出てめったなことをしゃべられるのもまずいから、もう殺しちゃってもいいかもね。
少しずつ体を弱らせる毒を食事に混ぜたらイチコロよね。
毒はユリウスにでも手配を頼もうっと。
死んだところで衰弱死としか見なされないだろうし、この子が生まれる前に手を打った方がいいわ。
リジェンナの思案は続く。
その時、悪鬼め、と、言う声が頭に響いた。
「えっ、誰?」
リジェンナは周りを見回した、誰も居ない。
気のせいだったのか、と、リジェンナは思い直した。
そして、その瞬間、セシルのことはきれいさっぱり忘れてしまっていた。
◇ ◇ ◇
リジェンナがやがて産み月を迎えようという頃、西隣のサージュ国から、結婚したばかりの若き外交官夫妻がユーディット国王都に着任した。
夫の名はサイモン・レンティエート、24歳。
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