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第5章 ノア・ウィズダム
第34話 王宮からの呼び出し
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さらに数日後、ノアはジェイドから母の死に関する調査の報告を受けた。
ジェイドはまず、大公の正妻の実家とつながりのある非合法組織などを調べたが、そこの記録にペトラ・ウィズダムを害することを命じられたという記録はなかった。
さらにペトラが雇われていた事務所の関係者や、フォトヴォラン家の人間の周りを張り、場合によっては怨霊のふりをして脅したりしながら探りを入れたが、これも何も出なかった。
「だが、一つだけ興味深い事実があったぜ」
ジェイドはノアに告げた。
ペトラの妊娠がわかったとき、フォトヴォラン家の中には彼女をひそかに葬り去ることを提案するものがいたそうだが、それを当時は王弟だった婚約者に知らせたのはマイアだった。
王家の血は貴重だ、それを盾にウィズダム家の母子を害さないようにただちに手を打つことができた。
マイアはウィズダム家の母子を害すれば自分は家出してでも、ウィリアム(のちの大公)とは結婚しないと言い張り、実家の人間をけん制した。
少女らしい正義感に過ぎなかったかもしれないが、そのおかげでノアは命拾いしたのだった。
「拍子抜けしたか?」
ジェイドは尋ねたが、ノアは首を振った。
「あと、ペトラを雇い入れるよう進言したのもマイアだったらしいな」
「ありがとう、おかげですっきりしたよ」
とりあえず、契約の条件は果たしたということで、ノアは時々体を貸すことを了承した。
初めての憑依はその翌日に行われ、ノアの体を借りたジェイドは王都に住まう旧友の元を訪れた。しかし、その時、ジェイドが自分が生きているときと同じ調子でノアの体を使ったので、ノアは体を壊し寝込むこととなる。
そして、父デュシオン大公に言われていたマールベロー公爵の遺言公開の席にはノアは出席できなくなってしまった。
ジェイドに憑依をされたことで、ノアはジェイドの記憶や感情の情報をすべて知ることとなった。さらに前の時間軸で、自分がどう生きていたのか、と、いうことも思い出した。
ばあや以外、誰にも必要とされず、消えるようにこの世からいなくなっただけ。
それに比べたら、マールベロー家のベットで寝ている自分は、少なくとも誰かに存在を認められているのかもしれない。
ジェイドに体を貸すことを了承したゆえの思わぬ副産物だ。
ノアはベッドに身を横たえながら考えた。
ジェイドの前の時間軸での人生やその感情を考えるとノアはやるせなくなった。
自らを贄としてまで救いたい人の前で存在を主張することもできず、それでも目的を果たすために彼が奮闘するなら、自分もできることはやっていこう。
「やっぱりお人よしなのかな……」
ジェイドの記憶にほだされた自分のことを少し自虐的にノアはつぶやいた。
◇ ◇ ◇
王宮では、王太子オースティンが高熱を発して意識不明となって十日余り、峠は過ぎたという侍医の判断がようやくなされた。
王太子の意識はまだもうろうとしているが、流動食なら食べさせることもできるようで、国王夫妻もようやく胸をなでおろした。
それにしても今回の一件はどう考えればいいのか?
国王は頭をひねっていた。
彼も王家の血を引く者、体に起きた衝撃で秘術が発動されたのを理解する。
そしてその直後、たった一人の息子オースティンが倒れ、国王は背筋が寒くなった。
まさか、オースティン自身が贄となり、二十四時間後には……。
その心配は杞憂で終わったが、王家の血を引くマールベロー公爵は秘術の伝承通り亡くなった。
しかし、わからないことがある。
贄となり二十四時間で死ぬのは二人ではないのか?
自分すら知らない王家の血を引く者が存在し、贄となったのだろうか?
それとも、公爵が亡くなったのも、王太子が倒れたのもただの偶然か?
そう思案していた矢先、令嬢セシルとの婚約が公爵の遺言で白紙に戻され、国王は冷水を浴びせかけられる。
その代わりに婚約者候補となった者の一人に叔父のデュシオン大公の息子もいた。彼とてセシルと王太子との話が進んでいたことを知らぬわけでもあるまいに。
王太子が倒れている間に事態が国王の希望するところからどんどん外れていくが、王太子が健康を回復しない間はいかなる手も取ることができずにいた。
その王太子がようやく意識を回復した。
「ああ、オースティン。気がついたのですね。」
秘術とはかかわりのない母の王妃は純粋に息子オースティンの回復を喜んだ。
「母上……」
「そなたが意識を回復するまで私は生きた心地がしませんでした」
「ああ、母上、またお会いできるなんて! おなつかしゅうございます!」
国王夫妻は息子の奇妙な言動にすこしとまどった。
しかし、熱ゆえのことではないかと思った矢先、さらに予想を超える言動が彼らを驚かせた。
「母上、聞いてください。今から二年後。僕が十一歳の時、質の悪い感染症が王都で流行し、あなたはそれによって亡くなります。その感染症は本来そこまで恐れるものではありません。死んだのも栄養状態の悪い貧民街の者や、体力のない幼児や年寄りばかりでした。しかし、無理を重ねて疲労が積み重なった母上はそれによって……。だからどうか……」
「どうしてそのような、そなたまさか……」
◇ ◇ ◇
ノアがジェイドの依り代になっていることは、別の日、ヴォルターにも知らされた。
「それにしても、ずいぶんとガラの悪い口調で話されるのですね。あなたも王族なのでしょう」
ヴォルターはジェイドに言った。
「まあ、ノアやほかの王族と同じく『格式高く品位を失わない』話し方をすることはできるぜ。そういう教育も受けてきたからな。でも、それじゃああんたらが、俺とノアとの区別がつきにくくなるんじゃないか、と、気を使ってこの話し方なのさ」
ノアに憑依しているジェイドがぬけぬけと言った。
執務室には二人のほかにアンジュが呼び出されていた。
「まあ、いいでしょう、お二人、いや、三人ですかな……、呼び出したのは他でもない。王宮から私たちに招待状が来ました」
「『招待状』? 要するに召集令状みたいなもんだな」
「ええ、その通りです」
「俺も一緒に行こう、ノアはやせても枯れても王族の一員だ。王宮に不慣れな二人を助けるために同行したってことにすれば問題ないだろう。必要なら途中で俺に変わって王家の奴らと話をつけてやる」
【作者あいさつ】
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回からは再び、回帰前の時間軸の話です。
ジェイドはまず、大公の正妻の実家とつながりのある非合法組織などを調べたが、そこの記録にペトラ・ウィズダムを害することを命じられたという記録はなかった。
さらにペトラが雇われていた事務所の関係者や、フォトヴォラン家の人間の周りを張り、場合によっては怨霊のふりをして脅したりしながら探りを入れたが、これも何も出なかった。
「だが、一つだけ興味深い事実があったぜ」
ジェイドはノアに告げた。
ペトラの妊娠がわかったとき、フォトヴォラン家の中には彼女をひそかに葬り去ることを提案するものがいたそうだが、それを当時は王弟だった婚約者に知らせたのはマイアだった。
王家の血は貴重だ、それを盾にウィズダム家の母子を害さないようにただちに手を打つことができた。
マイアはウィズダム家の母子を害すれば自分は家出してでも、ウィリアム(のちの大公)とは結婚しないと言い張り、実家の人間をけん制した。
少女らしい正義感に過ぎなかったかもしれないが、そのおかげでノアは命拾いしたのだった。
「拍子抜けしたか?」
ジェイドは尋ねたが、ノアは首を振った。
「あと、ペトラを雇い入れるよう進言したのもマイアだったらしいな」
「ありがとう、おかげですっきりしたよ」
とりあえず、契約の条件は果たしたということで、ノアは時々体を貸すことを了承した。
初めての憑依はその翌日に行われ、ノアの体を借りたジェイドは王都に住まう旧友の元を訪れた。しかし、その時、ジェイドが自分が生きているときと同じ調子でノアの体を使ったので、ノアは体を壊し寝込むこととなる。
そして、父デュシオン大公に言われていたマールベロー公爵の遺言公開の席にはノアは出席できなくなってしまった。
ジェイドに憑依をされたことで、ノアはジェイドの記憶や感情の情報をすべて知ることとなった。さらに前の時間軸で、自分がどう生きていたのか、と、いうことも思い出した。
ばあや以外、誰にも必要とされず、消えるようにこの世からいなくなっただけ。
それに比べたら、マールベロー家のベットで寝ている自分は、少なくとも誰かに存在を認められているのかもしれない。
ジェイドに体を貸すことを了承したゆえの思わぬ副産物だ。
ノアはベッドに身を横たえながら考えた。
ジェイドの前の時間軸での人生やその感情を考えるとノアはやるせなくなった。
自らを贄としてまで救いたい人の前で存在を主張することもできず、それでも目的を果たすために彼が奮闘するなら、自分もできることはやっていこう。
「やっぱりお人よしなのかな……」
ジェイドの記憶にほだされた自分のことを少し自虐的にノアはつぶやいた。
◇ ◇ ◇
王宮では、王太子オースティンが高熱を発して意識不明となって十日余り、峠は過ぎたという侍医の判断がようやくなされた。
王太子の意識はまだもうろうとしているが、流動食なら食べさせることもできるようで、国王夫妻もようやく胸をなでおろした。
それにしても今回の一件はどう考えればいいのか?
国王は頭をひねっていた。
彼も王家の血を引く者、体に起きた衝撃で秘術が発動されたのを理解する。
そしてその直後、たった一人の息子オースティンが倒れ、国王は背筋が寒くなった。
まさか、オースティン自身が贄となり、二十四時間後には……。
その心配は杞憂で終わったが、王家の血を引くマールベロー公爵は秘術の伝承通り亡くなった。
しかし、わからないことがある。
贄となり二十四時間で死ぬのは二人ではないのか?
自分すら知らない王家の血を引く者が存在し、贄となったのだろうか?
それとも、公爵が亡くなったのも、王太子が倒れたのもただの偶然か?
そう思案していた矢先、令嬢セシルとの婚約が公爵の遺言で白紙に戻され、国王は冷水を浴びせかけられる。
その代わりに婚約者候補となった者の一人に叔父のデュシオン大公の息子もいた。彼とてセシルと王太子との話が進んでいたことを知らぬわけでもあるまいに。
王太子が倒れている間に事態が国王の希望するところからどんどん外れていくが、王太子が健康を回復しない間はいかなる手も取ることができずにいた。
その王太子がようやく意識を回復した。
「ああ、オースティン。気がついたのですね。」
秘術とはかかわりのない母の王妃は純粋に息子オースティンの回復を喜んだ。
「母上……」
「そなたが意識を回復するまで私は生きた心地がしませんでした」
「ああ、母上、またお会いできるなんて! おなつかしゅうございます!」
国王夫妻は息子の奇妙な言動にすこしとまどった。
しかし、熱ゆえのことではないかと思った矢先、さらに予想を超える言動が彼らを驚かせた。
「母上、聞いてください。今から二年後。僕が十一歳の時、質の悪い感染症が王都で流行し、あなたはそれによって亡くなります。その感染症は本来そこまで恐れるものではありません。死んだのも栄養状態の悪い貧民街の者や、体力のない幼児や年寄りばかりでした。しかし、無理を重ねて疲労が積み重なった母上はそれによって……。だからどうか……」
「どうしてそのような、そなたまさか……」
◇ ◇ ◇
ノアがジェイドの依り代になっていることは、別の日、ヴォルターにも知らされた。
「それにしても、ずいぶんとガラの悪い口調で話されるのですね。あなたも王族なのでしょう」
ヴォルターはジェイドに言った。
「まあ、ノアやほかの王族と同じく『格式高く品位を失わない』話し方をすることはできるぜ。そういう教育も受けてきたからな。でも、それじゃああんたらが、俺とノアとの区別がつきにくくなるんじゃないか、と、気を使ってこの話し方なのさ」
ノアに憑依しているジェイドがぬけぬけと言った。
執務室には二人のほかにアンジュが呼び出されていた。
「まあ、いいでしょう、お二人、いや、三人ですかな……、呼び出したのは他でもない。王宮から私たちに招待状が来ました」
「『招待状』? 要するに召集令状みたいなもんだな」
「ええ、その通りです」
「俺も一緒に行こう、ノアはやせても枯れても王族の一員だ。王宮に不慣れな二人を助けるために同行したってことにすれば問題ないだろう。必要なら途中で俺に変わって王家の奴らと話をつけてやる」
【作者あいさつ】
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回からは再び、回帰前の時間軸の話です。
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