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第5章 ノア・ウィズダム
第32話 ノアの回想 ~ジェイドとの邂逅~
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「まったく、アンジュさんがそばにいたからよかったものの、そうでなければ一体どうなっていたか!」
今日は調子がよかったのでたくさん歩いてしまい、つい庭の奥深くまで入り込んでそこで倒れてしまった、と、言うことにしたノアがばあやにお小言をくらっている。
「ここは王都のど真ん中とは思えないくらい空気がきれいですし、坊ちゃまも今までより元気になられたのはわかりますけどね……」
「ははは……」
ノアは笑ってごまかすしかない。
「私も今だって、この広い邸内で迷うことがあるのですよ。見晴らしの良い庭園と言っても油断は禁物です」
「わかったよ……」
「それならいいです。ところで夕食はどうされます? 食欲がないのなら今から厨房に……」
「いや、食欲はあるからいつも通りでいいよ」
「ああ、食べられるなら心配はいりませんね。でも夕食まではちゃんとベッドでお休みくださいね」
ばあやが部屋から出ていくと、ノアは目をつむり、ジェイドに初めて遭遇した日のことを思い起こしていた。
◇ ◇ ◇
それは、この屋敷の前当主、マールベロー公爵の死の前日だった。
真夜中にノアは今までに感じたことのない衝撃を身体に感じて目が覚めた。
王家の血を引く者が等しく体に持っている印。
それがしばらくひどくうずいた後おさまると、理屈ではなく、ノアは王家の秘術が発動されたことを感知した。
確かめるために、ノアは父の住む大公家へと先ぶれもなく訪れた。
あまり歓迎されざる客であることはわかっているので、しばらく待たされるであろうことを覚悟していたが、予想に反してノアはすぐ実父ウィリアム・デュシオンのいる部屋に通された。
「来たか、ノア」
まるで来ることが分かったような父の口ぶりである。
部屋には今年十歳になった異母弟のカイルもいた。
亜麻色の髪に緑の瞳、母親似の少年である。
「お前も0時頃に何かを感じた、違うか?」
ノアは黙ってうなずいた。
「その、理由はないのですが、王家の秘術が……」
「ああ、わしもそう感じた。カイルもだ。九歳の時に覚醒していたからな」
王家の血を引く者は十歳前後に突然高熱を発し何日も寝込む。
その間に不思議な夢を見るがその内容は人によって異なる。
そして、目覚めると体のどこかに印が刻まれ、秘術の生贄となる資格を有することになる。
これは王家の血を引いているというだけで、自分の意志を示すことのできない赤ん坊や幼児を贄にしないようにするためなされた覚醒のしくみで、だいたい十歳前後に、王位についた者の三親等以内の人間は体験する。
「いったい誰が?」
ノアは言った。
「そうか、お前ではないのだな。カイルも違うし、私も違う。だか、とにかく王家の血を引く者が少なくとも二人は明日中に亡くなるはずだ」
デュシオン大公がそういった時、部屋をノックする音がし執事が入ってきた。
「失礼いたします、旦那様。マールベロー公爵が……」
執事は大公になにやら耳打ちをし、それを聞いた大公は顔色を変えた。
「カイル、お前はもう戻っていつも通り勉強をしなさい。ノア、お前は別の部屋にしばらく待機していてくれるか?」
「「はい」」
カイルとノアはそろって返事をした。
カイルは自ら自分の部屋に戻り、ノアは執事に連れられて別室へ通された。
真夜中に目が覚めてから、気になって小間切れにしか眠っていない。
それゆえ、自宅ではおよそ腰かけることのできないふかふかのソファーの上で、ノアは眠気に襲われた。
「いかん、いかん……」
ノアは首を振って眠気を払おうとした。
マールベロー公爵か……。
自分と同じ王孫だが、境遇は天と地ほどの差がある。
父が顔色を変え、自分たちを追い払ってまで彼と話をしようとしたということは、まさか彼が?
いや、自分や一般国民から見れば、天上人のような立場の人間が自分をみすみす贄とするなんてありえるか?
しかし、大公家の血筋以外の王家の血を引く人間はそんなに多くない。
現国王、引退済の前国王、王太子、そしてマールベロー公爵、それだけである。
そのうちの三人が、と、言うなら未来にどんなまずいことが起こったというのだ?
つらつらと考えているとまた眠気が襲ってきた。
それを打ち破るように『声』が自分以外誰も居ない部屋に響いた。
「気になるか?」
ノアはあたりを見回した、誰も居ない。
「誰が一体どんな理由で王家の秘術を発動させたのか、知りたいか? お前の父とマールベロー公爵が今何を話しているか、知りたいか?」
「誰だ!」
「大きな声を上げるな。気がふれたと思われるぞ。俺は霊体だから思うだけで通じる」
「霊体だと? つまり幽霊みたいなものか?」
「そうだな。秘術の発動でこうなった。誰が贄になったのか気になっていたんだろ」
「いや、ちょっと待ってくれ。時間が巻き戻ってから死ぬまでに二十四時間の猶予があるはずだ。今、幽霊になっているのはおかしくないか?」
「俺はこの時代にはまだ生まれていない存在だから、すぐ霊体になったんだ」
「そうか、未来に術を発動するから、今はまだ生まれてない人間がそれをする可能性もあるのか」
「理解が早いな、その通りだ。俺の名はジェイド。お前に頼みたいことがあって来た」
今日は調子がよかったのでたくさん歩いてしまい、つい庭の奥深くまで入り込んでそこで倒れてしまった、と、言うことにしたノアがばあやにお小言をくらっている。
「ここは王都のど真ん中とは思えないくらい空気がきれいですし、坊ちゃまも今までより元気になられたのはわかりますけどね……」
「ははは……」
ノアは笑ってごまかすしかない。
「私も今だって、この広い邸内で迷うことがあるのですよ。見晴らしの良い庭園と言っても油断は禁物です」
「わかったよ……」
「それならいいです。ところで夕食はどうされます? 食欲がないのなら今から厨房に……」
「いや、食欲はあるからいつも通りでいいよ」
「ああ、食べられるなら心配はいりませんね。でも夕食まではちゃんとベッドでお休みくださいね」
ばあやが部屋から出ていくと、ノアは目をつむり、ジェイドに初めて遭遇した日のことを思い起こしていた。
◇ ◇ ◇
それは、この屋敷の前当主、マールベロー公爵の死の前日だった。
真夜中にノアは今までに感じたことのない衝撃を身体に感じて目が覚めた。
王家の血を引く者が等しく体に持っている印。
それがしばらくひどくうずいた後おさまると、理屈ではなく、ノアは王家の秘術が発動されたことを感知した。
確かめるために、ノアは父の住む大公家へと先ぶれもなく訪れた。
あまり歓迎されざる客であることはわかっているので、しばらく待たされるであろうことを覚悟していたが、予想に反してノアはすぐ実父ウィリアム・デュシオンのいる部屋に通された。
「来たか、ノア」
まるで来ることが分かったような父の口ぶりである。
部屋には今年十歳になった異母弟のカイルもいた。
亜麻色の髪に緑の瞳、母親似の少年である。
「お前も0時頃に何かを感じた、違うか?」
ノアは黙ってうなずいた。
「その、理由はないのですが、王家の秘術が……」
「ああ、わしもそう感じた。カイルもだ。九歳の時に覚醒していたからな」
王家の血を引く者は十歳前後に突然高熱を発し何日も寝込む。
その間に不思議な夢を見るがその内容は人によって異なる。
そして、目覚めると体のどこかに印が刻まれ、秘術の生贄となる資格を有することになる。
これは王家の血を引いているというだけで、自分の意志を示すことのできない赤ん坊や幼児を贄にしないようにするためなされた覚醒のしくみで、だいたい十歳前後に、王位についた者の三親等以内の人間は体験する。
「いったい誰が?」
ノアは言った。
「そうか、お前ではないのだな。カイルも違うし、私も違う。だか、とにかく王家の血を引く者が少なくとも二人は明日中に亡くなるはずだ」
デュシオン大公がそういった時、部屋をノックする音がし執事が入ってきた。
「失礼いたします、旦那様。マールベロー公爵が……」
執事は大公になにやら耳打ちをし、それを聞いた大公は顔色を変えた。
「カイル、お前はもう戻っていつも通り勉強をしなさい。ノア、お前は別の部屋にしばらく待機していてくれるか?」
「「はい」」
カイルとノアはそろって返事をした。
カイルは自ら自分の部屋に戻り、ノアは執事に連れられて別室へ通された。
真夜中に目が覚めてから、気になって小間切れにしか眠っていない。
それゆえ、自宅ではおよそ腰かけることのできないふかふかのソファーの上で、ノアは眠気に襲われた。
「いかん、いかん……」
ノアは首を振って眠気を払おうとした。
マールベロー公爵か……。
自分と同じ王孫だが、境遇は天と地ほどの差がある。
父が顔色を変え、自分たちを追い払ってまで彼と話をしようとしたということは、まさか彼が?
いや、自分や一般国民から見れば、天上人のような立場の人間が自分をみすみす贄とするなんてありえるか?
しかし、大公家の血筋以外の王家の血を引く人間はそんなに多くない。
現国王、引退済の前国王、王太子、そしてマールベロー公爵、それだけである。
そのうちの三人が、と、言うなら未来にどんなまずいことが起こったというのだ?
つらつらと考えているとまた眠気が襲ってきた。
それを打ち破るように『声』が自分以外誰も居ない部屋に響いた。
「気になるか?」
ノアはあたりを見回した、誰も居ない。
「誰が一体どんな理由で王家の秘術を発動させたのか、知りたいか? お前の父とマールベロー公爵が今何を話しているか、知りたいか?」
「誰だ!」
「大きな声を上げるな。気がふれたと思われるぞ。俺は霊体だから思うだけで通じる」
「霊体だと? つまり幽霊みたいなものか?」
「そうだな。秘術の発動でこうなった。誰が贄になったのか気になっていたんだろ」
「いや、ちょっと待ってくれ。時間が巻き戻ってから死ぬまでに二十四時間の猶予があるはずだ。今、幽霊になっているのはおかしくないか?」
「俺はこの時代にはまだ生まれていない存在だから、すぐ霊体になったんだ」
「そうか、未来に術を発動するから、今はまだ生まれてない人間がそれをする可能性もあるのか」
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