上 下
31 / 99
第5章 ノア・ウィズダム

第31話 ノアの中にいる存在

しおりを挟む
「プっ、なにその、鳩が豆鉄砲食らったような顔。口説かれるとでも思った?」

 アンジュの困惑した様子を見てノアが吹き出した。

 何なの、この人!
 いきなり人を惑わすようなことを言ったと思ったら、からかってあざ笑って……。
 こんな人だったかしら?
 今までは猫かぶっていたということ?

「ずいぶんとお元気なようですね、ノア様。それでしたら私がおそばについていなくとも……」

 アンジュはプイっとそっぽを向くと踵を返して元来た道を一人で引き返そうとした。

「わあっ、ちょっと待って! 怒ったんなら謝るから!」

 ノアが必死で叫ぶのでアンジュは足を止めて振り返った。

「おい、何だよ、お前まで怒っているのか? ただの冗談じゃないか、えっ、『僕の人格が誤解されるようなことをするな』」

 誰に向かってしゃべっているの、この人?

 この場にはアンジュとノアしかいないが、さらに別の誰かが存在するかのようにしゃべるノアを言葉を失ったまま見つめていた。

「あ、あの……」

「わかった、わかった。ちゃんと説明するから。お前が淑女に対して無礼を働く人間でないことが理解されればいいんだろ」

「あの、さっきから、誰に向かって話しているのですか? 少なくとも私に対してではないですよね」

 疑念に満ちた目でノアを見つめながらアンジュは質問を投げかけた。

「そうだな、どこから話そうか。まず今の俺だが君が今まで接してきたノアではない」

「じゃあ、今まで接してきたノア様はどこにいったんですか?」

 何なの、この人?
 まさか、二重人格とか?

「言っておくけど二重人格とかそういうことではない。俺とノアは全く別々の魂だ。正確に言うと、今だけノアの体を借りて話している。名はジェイドという。マールベロー公爵から何らかの形で知らされているはずだが」

「ジェイド? あっ!」

 思い出した!
 旦那様の遺書の中に出てきた王家の秘術を主導した者の名だ!

「そんな人がどうしてノア様の体にとりついているんですか!」

「人を悪霊か何かみたいに言うなよ。一応ノアの許可はとっているんだぜ。えっ、『了承はしたが、今度アンジュに対してあんなふざけた真似をしたら』って、わかった、わかった」

「あの、ノア様は大丈夫なんですか……?」

「ああ、一時的に体を借りているだけだから、俺が抜ければまたもとのノアに戻るぜ」

「そう、よかった」

「さっきのはちょっとふざけてる様に見えたかもしれないけど、二人きりになりたかったのは本当だ。セシルやリアムに起きたこと、あんたも理解したんだろ」

 ジェイドに公爵の遺言の内容の話をされ、アンジュは再び胸がつまるような思いに駆られた。

「何らかの手段で接触、と、いうのはこういう形だったのですね」

「ああ、俺は霊体だから生きている人間と話をするにはこういう方法をとるしかない。ノアとは交換条件で時々体を貸してもらう話がついている」

「交換条件?」

「それは俺とノアの問題だ。セシルたちの話に戻るが、公爵が死んでから今日までの様子は、気づかなかっただろうが、俺もずっと観察していた。あの短期間で獅子身中の虫ともいえる連中を排除するとは、あんたもヴォルターも大したもんだ」

「とりあえず私たちにできるのはそれしかありませんでしたから」

「だが、前の時間軸で公爵家やセシルの足を引っ張ろうとする人間が力を持ち、公爵もそれを放置した。それで公爵が最終的に転落するのは自業自得だが、娘のセシルがそれによって被害を受けたと言えるのだから、そこを改めるのは急務だった。本当によくやってくれたよ、ありがとう」

「セシル様のことを本当に心配してらっしゃるように見受けられますが、王族でないと術の発動ができず、なおかつ今の時代にはまだお生まれになっていないとのこと、あなたは一体?」

「俺のことはいい、それよりセシルの元婚約者、王太子のことだが……」

 アンジュの質問には答えずジェイドは話題を変えた。
 
 アンジュははぐらかされた感じがしたが、王太子のことも重要と感じたので、それは言わず黙って聞くことにした。

「巻き戻って後すぐに高熱でこん睡状態におちいったが、今は意識を回復している。ただ完全に回復するまでにはあと数日かかるだろう」

「そうですか、でも婚約は解消したのだし、今さら何の関係が?」

「大公も出ばってきたので、あからさまに抗議はできないが今回の婚約解消、国王夫妻やその周辺は納得していないはずだ。そこは術の中心人物である王太子にも話をさせるが、そうなったらなったで情報を整理するために、やはりマールベロー公爵家の関係者からも話を聞きたがるはずだ。俺は王太子にあんたやヴォルターの名を知らせて話をするよう言っておくのでそのつもりでいてくれ」

「つまりそれって……?」

「近々王宮から呼び出しがあるかもしれないってことだ。じゃあ、用件はそれだけだから俺はそろそろ抜けるわ」

 言いたいことだけ言ったらさよなら?

「ああ、それから、他の霊体を体に入れるのってそうとう負担がかかるらしい。それに頑丈なのが取りえだった俺がいつもの調子でノアの体を動かすと、ノアにとっては相当きついらしく、まず間違いなく倒れるからあとはよろしくな」

「はあ、ちょっと!」

 今まで立ち上がっていたノアは急にひざまずき、受け止めようとしたアンジュにもたれかかり呼吸も荒い状態だった。

「あ、アンジュ……、あの、さっきの変な言葉は……」

「はい、大丈夫、わかっております」

「良かった……、ごめん、僕はもう……」

「きゃあ、ノア様!」

 アンジュはノアを樹にもたれさせて寝かせると、元来た道を走って戻り人を呼びに行った。幸い林の入り口あたりで作業をしている庭師がいたので、彼に頼んでノアを部屋まで運んでもらうことができた。



【作者メモ】
 冒頭で出てきた男主人公ジェイド、31話にしてようやく再登場。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

処理中です...