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第5章 ノア・ウィズダム
第31話 ノアの中にいる存在
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「プっ、なにその、鳩が豆鉄砲食らったような顔。口説かれるとでも思った?」
アンジュの困惑した様子を見てノアが吹き出した。
何なの、この人!
いきなり人を惑わすようなことを言ったと思ったら、からかってあざ笑って……。
こんな人だったかしら?
今までは猫かぶっていたということ?
「ずいぶんとお元気なようですね、ノア様。それでしたら私がおそばについていなくとも……」
アンジュはプイっとそっぽを向くと踵を返して元来た道を一人で引き返そうとした。
「わあっ、ちょっと待って! 怒ったんなら謝るから!」
ノアが必死で叫ぶのでアンジュは足を止めて振り返った。
「おい、何だよ、お前まで怒っているのか? ただの冗談じゃないか、えっ、『僕の人格が誤解されるようなことをするな』」
誰に向かってしゃべっているの、この人?
この場にはアンジュとノアしかいないが、さらに別の誰かが存在するかのようにしゃべるノアを言葉を失ったまま見つめていた。
「あ、あの……」
「わかった、わかった。ちゃんと説明するから。お前が淑女に対して無礼を働く人間でないことが理解されればいいんだろ」
「あの、さっきから、誰に向かって話しているのですか? 少なくとも私に対してではないですよね」
疑念に満ちた目でノアを見つめながらアンジュは質問を投げかけた。
「そうだな、どこから話そうか。まず今の俺だが君が今まで接してきたノアではない」
「じゃあ、今まで接してきたノア様はどこにいったんですか?」
何なの、この人?
まさか、二重人格とか?
「言っておくけど二重人格とかそういうことではない。俺とノアは全く別々の魂だ。正確に言うと、今だけノアの体を借りて話している。名はジェイドという。マールベロー公爵から何らかの形で知らされているはずだが」
「ジェイド? あっ!」
思い出した!
旦那様の遺書の中に出てきた王家の秘術を主導した者の名だ!
「そんな人がどうしてノア様の体にとりついているんですか!」
「人を悪霊か何かみたいに言うなよ。一応ノアの許可はとっているんだぜ。えっ、『了承はしたが、今度アンジュに対してあんなふざけた真似をしたら』って、わかった、わかった」
「あの、ノア様は大丈夫なんですか……?」
「ああ、一時的に体を借りているだけだから、俺が抜ければまたもとのノアに戻るぜ」
「そう、よかった」
「さっきのはちょっとふざけてる様に見えたかもしれないけど、二人きりになりたかったのは本当だ。セシルやリアムに起きたこと、あんたも理解したんだろ」
ジェイドに公爵の遺言の内容の話をされ、アンジュは再び胸がつまるような思いに駆られた。
「何らかの手段で接触、と、いうのはこういう形だったのですね」
「ああ、俺は霊体だから生きている人間と話をするにはこういう方法をとるしかない。ノアとは交換条件で時々体を貸してもらう話がついている」
「交換条件?」
「それは俺とノアの問題だ。セシルたちの話に戻るが、公爵が死んでから今日までの様子は、気づかなかっただろうが、俺もずっと観察していた。あの短期間で獅子身中の虫ともいえる連中を排除するとは、あんたもヴォルターも大したもんだ」
「とりあえず私たちにできるのはそれしかありませんでしたから」
「だが、前の時間軸で公爵家やセシルの足を引っ張ろうとする人間が力を持ち、公爵もそれを放置した。それで公爵が最終的に転落するのは自業自得だが、娘のセシルがそれによって被害を受けたと言えるのだから、そこを改めるのは急務だった。本当によくやってくれたよ、ありがとう」
「セシル様のことを本当に心配してらっしゃるように見受けられますが、王族でないと術の発動ができず、なおかつ今の時代にはまだお生まれになっていないとのこと、あなたは一体?」
「俺のことはいい、それよりセシルの元婚約者、王太子のことだが……」
アンジュの質問には答えずジェイドは話題を変えた。
アンジュははぐらかされた感じがしたが、王太子のことも重要と感じたので、それは言わず黙って聞くことにした。
「巻き戻って後すぐに高熱でこん睡状態におちいったが、今は意識を回復している。ただ完全に回復するまでにはあと数日かかるだろう」
「そうですか、でも婚約は解消したのだし、今さら何の関係が?」
「大公も出ばってきたので、あからさまに抗議はできないが今回の婚約解消、国王夫妻やその周辺は納得していないはずだ。そこは術の中心人物である王太子にも話をさせるが、そうなったらなったで情報を整理するために、やはりマールベロー公爵家の関係者からも話を聞きたがるはずだ。俺は王太子にあんたやヴォルターの名を知らせて話をするよう言っておくのでそのつもりでいてくれ」
「つまりそれって……?」
「近々王宮から呼び出しがあるかもしれないってことだ。じゃあ、用件はそれだけだから俺はそろそろ抜けるわ」
言いたいことだけ言ったらさよなら?
「ああ、それから、他の霊体を体に入れるのってそうとう負担がかかるらしい。それに頑丈なのが取りえだった俺がいつもの調子でノアの体を動かすと、ノアにとっては相当きついらしく、まず間違いなく倒れるからあとはよろしくな」
「はあ、ちょっと!」
今まで立ち上がっていたノアは急にひざまずき、受け止めようとしたアンジュにもたれかかり呼吸も荒い状態だった。
「あ、アンジュ……、あの、さっきの変な言葉は……」
「はい、大丈夫、わかっております」
「良かった……、ごめん、僕はもう……」
「きゃあ、ノア様!」
アンジュはノアを樹にもたれさせて寝かせると、元来た道を走って戻り人を呼びに行った。幸い林の入り口あたりで作業をしている庭師がいたので、彼に頼んでノアを部屋まで運んでもらうことができた。
【作者メモ】
冒頭で出てきた男主人公ジェイド、31話にしてようやく再登場。
アンジュの困惑した様子を見てノアが吹き出した。
何なの、この人!
いきなり人を惑わすようなことを言ったと思ったら、からかってあざ笑って……。
こんな人だったかしら?
今までは猫かぶっていたということ?
「ずいぶんとお元気なようですね、ノア様。それでしたら私がおそばについていなくとも……」
アンジュはプイっとそっぽを向くと踵を返して元来た道を一人で引き返そうとした。
「わあっ、ちょっと待って! 怒ったんなら謝るから!」
ノアが必死で叫ぶのでアンジュは足を止めて振り返った。
「おい、何だよ、お前まで怒っているのか? ただの冗談じゃないか、えっ、『僕の人格が誤解されるようなことをするな』」
誰に向かってしゃべっているの、この人?
この場にはアンジュとノアしかいないが、さらに別の誰かが存在するかのようにしゃべるノアを言葉を失ったまま見つめていた。
「あ、あの……」
「わかった、わかった。ちゃんと説明するから。お前が淑女に対して無礼を働く人間でないことが理解されればいいんだろ」
「あの、さっきから、誰に向かって話しているのですか? 少なくとも私に対してではないですよね」
疑念に満ちた目でノアを見つめながらアンジュは質問を投げかけた。
「そうだな、どこから話そうか。まず今の俺だが君が今まで接してきたノアではない」
「じゃあ、今まで接してきたノア様はどこにいったんですか?」
何なの、この人?
まさか、二重人格とか?
「言っておくけど二重人格とかそういうことではない。俺とノアは全く別々の魂だ。正確に言うと、今だけノアの体を借りて話している。名はジェイドという。マールベロー公爵から何らかの形で知らされているはずだが」
「ジェイド? あっ!」
思い出した!
旦那様の遺書の中に出てきた王家の秘術を主導した者の名だ!
「そんな人がどうしてノア様の体にとりついているんですか!」
「人を悪霊か何かみたいに言うなよ。一応ノアの許可はとっているんだぜ。えっ、『了承はしたが、今度アンジュに対してあんなふざけた真似をしたら』って、わかった、わかった」
「あの、ノア様は大丈夫なんですか……?」
「ああ、一時的に体を借りているだけだから、俺が抜ければまたもとのノアに戻るぜ」
「そう、よかった」
「さっきのはちょっとふざけてる様に見えたかもしれないけど、二人きりになりたかったのは本当だ。セシルやリアムに起きたこと、あんたも理解したんだろ」
ジェイドに公爵の遺言の内容の話をされ、アンジュは再び胸がつまるような思いに駆られた。
「何らかの手段で接触、と、いうのはこういう形だったのですね」
「ああ、俺は霊体だから生きている人間と話をするにはこういう方法をとるしかない。ノアとは交換条件で時々体を貸してもらう話がついている」
「交換条件?」
「それは俺とノアの問題だ。セシルたちの話に戻るが、公爵が死んでから今日までの様子は、気づかなかっただろうが、俺もずっと観察していた。あの短期間で獅子身中の虫ともいえる連中を排除するとは、あんたもヴォルターも大したもんだ」
「とりあえず私たちにできるのはそれしかありませんでしたから」
「だが、前の時間軸で公爵家やセシルの足を引っ張ろうとする人間が力を持ち、公爵もそれを放置した。それで公爵が最終的に転落するのは自業自得だが、娘のセシルがそれによって被害を受けたと言えるのだから、そこを改めるのは急務だった。本当によくやってくれたよ、ありがとう」
「セシル様のことを本当に心配してらっしゃるように見受けられますが、王族でないと術の発動ができず、なおかつ今の時代にはまだお生まれになっていないとのこと、あなたは一体?」
「俺のことはいい、それよりセシルの元婚約者、王太子のことだが……」
アンジュの質問には答えずジェイドは話題を変えた。
アンジュははぐらかされた感じがしたが、王太子のことも重要と感じたので、それは言わず黙って聞くことにした。
「巻き戻って後すぐに高熱でこん睡状態におちいったが、今は意識を回復している。ただ完全に回復するまでにはあと数日かかるだろう」
「そうですか、でも婚約は解消したのだし、今さら何の関係が?」
「大公も出ばってきたので、あからさまに抗議はできないが今回の婚約解消、国王夫妻やその周辺は納得していないはずだ。そこは術の中心人物である王太子にも話をさせるが、そうなったらなったで情報を整理するために、やはりマールベロー公爵家の関係者からも話を聞きたがるはずだ。俺は王太子にあんたやヴォルターの名を知らせて話をするよう言っておくのでそのつもりでいてくれ」
「つまりそれって……?」
「近々王宮から呼び出しがあるかもしれないってことだ。じゃあ、用件はそれだけだから俺はそろそろ抜けるわ」
言いたいことだけ言ったらさよなら?
「ああ、それから、他の霊体を体に入れるのってそうとう負担がかかるらしい。それに頑丈なのが取りえだった俺がいつもの調子でノアの体を動かすと、ノアにとっては相当きついらしく、まず間違いなく倒れるからあとはよろしくな」
「はあ、ちょっと!」
今まで立ち上がっていたノアは急にひざまずき、受け止めようとしたアンジュにもたれかかり呼吸も荒い状態だった。
「あ、アンジュ……、あの、さっきの変な言葉は……」
「はい、大丈夫、わかっております」
「良かった……、ごめん、僕はもう……」
「きゃあ、ノア様!」
アンジュはノアを樹にもたれさせて寝かせると、元来た道を走って戻り人を呼びに行った。幸い林の入り口あたりで作業をしている庭師がいたので、彼に頼んでノアを部屋まで運んでもらうことができた。
【作者メモ】
冒頭で出てきた男主人公ジェイド、31話にしてようやく再登場。
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