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第5章 ノア・ウィズダム
第30話 新たな同居人ノア
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「だからさ、僕が正妻ににらまれているとばあやはいっていたけど、マイア殿との間に確執とかそういったものはいっさいないんだ」
「マイア様もいろいろ思うところはあったでしょうね。たとえ当時は子供だったと言っても傷つかなかったわけじゃないでしょうに」
「そうだね、それに養育費をほとんど払ってないというけど、父はマイア殿と結婚してから臣籍降下してデュシオン公爵になった。つまり母が生きていた間は王弟の立場で、王家からの支援金が養育費の代わりで今でもそうさ。公爵位を得てからも家の財産はがっちり家令が管理していて、父がすべて思い通りにできるわけじゃない」
「ばあやさんにはそれを?」
「聞く耳持たないって感じかな。溺愛していた母を亡くした無念から誰かを恨まずにはいられないのかもしれないな」
「……」
「いろいろと聞いてくれてありがとう」
ノアはアンジュに礼を言うと大きく息を吐いて目を閉じた。
「そろそろお休みされた方がいいですわね」
アンジュの言葉にノアは同意するように手を振ったのでアンジュは立ち上がる。
そして部屋を出ていこうとしたが一度立ち止まり振り返った。
「そういえば、ばあやさんのお名前を聞いてないのですが?」
「ターニャ・ゾルゲンだよ」
「ありがとうございます、おやすみなさいませ」
それから数日後、ノアが回復してきたのを見越してヴォルターやセシルが何やら彼に相談を持ちかけた。
「えっ、ノア様がマールベロー家で一緒に暮らされる?」
ヴォルターから報告を受けアンジュは驚いた。
「ええ、大公殿下への根回しも済んでいますし、現状ではそれが最善かと」
ヴォルターは相変わらず仕事は早いし抜け目がない。
「婚約者候補と言えば、リアム君も一緒に暮らしていますので問題はありません。むしろ、リアム君だけがセシル様と一つ屋根の下で同居していることを不公正だとねじ込んでくる輩をけん制することもできます」
ねじ込んできそうなところといえば一つしか思い浮かばないが、そういうことへの保険でもあるのか。
「大公殿下にお伺いしたところ、ノア様には今の家を引き払ってもらい、それなりの貴族の邸宅を与えるつもりだったそうです。マールベロー家の令嬢の婚約者候補になったことによって、デュシオン公爵家の家令もそれに対する予算を了承したそうです」
「デュシオン公爵家では大公より家令の方が強いのでしょうか?」
「ええ、あと正妻のマイア様やそのご実家」
そこらへんはノアに聞いた話とそう違わない。
「それなりの貴族の邸宅に住めば使用人なども新たに雇わねばならなくなるでしょう。しかし、あのばあやさんにそれらを束ねることができるとは思えない。でも、幼いころから仕えてきた彼女をノア様から引き離すのは忍びないし、マールベロー家にいれば、彼女をノア様の世話係の長にして数名の侍従をつければすむことです。ノア様もそちらの方がいい、と、おっしゃってくださいました」
ノアとばあやことターニャ・ゾルゲンとの絆は数日見ていただけでもよくわかったし、確かに二人が今まで通りの関係で日常を過ごせるほうがいいのだろう。
「アンジュさんには、ノア様の健康状態にもできるだけ気を配っていただきたいし、ノア様とセシル様の仲立ちなどもお願いいたします」
「かしこまりました」
アンジュは一礼してヴォルターの部屋を出た。
セシルはノアにマールベロー家の邸内を案内したが、ノアの健康状態をアンジュやばあやが後ろから確認しながら行ったので、それを全部終えるのに三日以上かかった。
広大なマールベロー公爵家は各種庭園や林も存在する。
ノアがかつて住んでいたミリュタイユ通りのような埃っぽさはないので、ノアの弱った心肺機能を鍛えるのに、そこを散歩することを主治医のコペトンからも勧められた。
その日はセシルは別の勉強、ばあやも改めて荷物の整理などで忙しかったため、アンジュだけがノアについて、庭園内をそぞろ歩いていた。
「ノア様、あまり奥の方に行かれては……」
「大丈夫、今日はなんだか調子がいいんだ」
ノアは敷地の端の樹々が林立する方へと歩いていった。
アンジュは速足で歩くノアを見失わないよう必死でついていく。
樹々にさえぎられ、館の建物も他の人の姿も見えない。
木漏れ日がちらちらと照り返すだけ、そういった場所につくとノアはようやく立ち止まった。
「ノア様、ここら辺は人もあまり来ないところですので、万が一こんなところで調子が悪くなってお倒れにでもなったら大変です。お疲れになられたのなら、少し休んでからあちらに戻りましょう」
アンジュはノアに話しかけた。
「他の人が来ないからいいんだ」
「はあ……?」
アンジュの肩をノアは両手でつかんだ。
「やっと二人きりになれた」
「……」
「わからないの? 君と二人きりになりたいからこんなところまで歩いてきたんだよ」
「あの……、ノア様……」
ノアの真意がわからないアンジュはどう反応を返せばいいのかわからずうろたえるだけであった。
「マイア様もいろいろ思うところはあったでしょうね。たとえ当時は子供だったと言っても傷つかなかったわけじゃないでしょうに」
「そうだね、それに養育費をほとんど払ってないというけど、父はマイア殿と結婚してから臣籍降下してデュシオン公爵になった。つまり母が生きていた間は王弟の立場で、王家からの支援金が養育費の代わりで今でもそうさ。公爵位を得てからも家の財産はがっちり家令が管理していて、父がすべて思い通りにできるわけじゃない」
「ばあやさんにはそれを?」
「聞く耳持たないって感じかな。溺愛していた母を亡くした無念から誰かを恨まずにはいられないのかもしれないな」
「……」
「いろいろと聞いてくれてありがとう」
ノアはアンジュに礼を言うと大きく息を吐いて目を閉じた。
「そろそろお休みされた方がいいですわね」
アンジュの言葉にノアは同意するように手を振ったのでアンジュは立ち上がる。
そして部屋を出ていこうとしたが一度立ち止まり振り返った。
「そういえば、ばあやさんのお名前を聞いてないのですが?」
「ターニャ・ゾルゲンだよ」
「ありがとうございます、おやすみなさいませ」
それから数日後、ノアが回復してきたのを見越してヴォルターやセシルが何やら彼に相談を持ちかけた。
「えっ、ノア様がマールベロー家で一緒に暮らされる?」
ヴォルターから報告を受けアンジュは驚いた。
「ええ、大公殿下への根回しも済んでいますし、現状ではそれが最善かと」
ヴォルターは相変わらず仕事は早いし抜け目がない。
「婚約者候補と言えば、リアム君も一緒に暮らしていますので問題はありません。むしろ、リアム君だけがセシル様と一つ屋根の下で同居していることを不公正だとねじ込んでくる輩をけん制することもできます」
ねじ込んできそうなところといえば一つしか思い浮かばないが、そういうことへの保険でもあるのか。
「大公殿下にお伺いしたところ、ノア様には今の家を引き払ってもらい、それなりの貴族の邸宅を与えるつもりだったそうです。マールベロー家の令嬢の婚約者候補になったことによって、デュシオン公爵家の家令もそれに対する予算を了承したそうです」
「デュシオン公爵家では大公より家令の方が強いのでしょうか?」
「ええ、あと正妻のマイア様やそのご実家」
そこらへんはノアに聞いた話とそう違わない。
「それなりの貴族の邸宅に住めば使用人なども新たに雇わねばならなくなるでしょう。しかし、あのばあやさんにそれらを束ねることができるとは思えない。でも、幼いころから仕えてきた彼女をノア様から引き離すのは忍びないし、マールベロー家にいれば、彼女をノア様の世話係の長にして数名の侍従をつければすむことです。ノア様もそちらの方がいい、と、おっしゃってくださいました」
ノアとばあやことターニャ・ゾルゲンとの絆は数日見ていただけでもよくわかったし、確かに二人が今まで通りの関係で日常を過ごせるほうがいいのだろう。
「アンジュさんには、ノア様の健康状態にもできるだけ気を配っていただきたいし、ノア様とセシル様の仲立ちなどもお願いいたします」
「かしこまりました」
アンジュは一礼してヴォルターの部屋を出た。
セシルはノアにマールベロー家の邸内を案内したが、ノアの健康状態をアンジュやばあやが後ろから確認しながら行ったので、それを全部終えるのに三日以上かかった。
広大なマールベロー公爵家は各種庭園や林も存在する。
ノアがかつて住んでいたミリュタイユ通りのような埃っぽさはないので、ノアの弱った心肺機能を鍛えるのに、そこを散歩することを主治医のコペトンからも勧められた。
その日はセシルは別の勉強、ばあやも改めて荷物の整理などで忙しかったため、アンジュだけがノアについて、庭園内をそぞろ歩いていた。
「ノア様、あまり奥の方に行かれては……」
「大丈夫、今日はなんだか調子がいいんだ」
ノアは敷地の端の樹々が林立する方へと歩いていった。
アンジュは速足で歩くノアを見失わないよう必死でついていく。
樹々にさえぎられ、館の建物も他の人の姿も見えない。
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「ノア様、ここら辺は人もあまり来ないところですので、万が一こんなところで調子が悪くなってお倒れにでもなったら大変です。お疲れになられたのなら、少し休んでからあちらに戻りましょう」
アンジュはノアに話しかけた。
「他の人が来ないからいいんだ」
「はあ……?」
アンジュの肩をノアは両手でつかんだ。
「やっと二人きりになれた」
「……」
「わからないの? 君と二人きりになりたいからこんなところまで歩いてきたんだよ」
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