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第5章 ノア・ウィズダム
第29話 庶子が語る大公の恋
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「ああ、ほんのり甘くて確かに喉が楽になってくる」
カップに何度も口をつけながらノアは言った。
「うちの領地によく生えている樹なんです。風邪でのどの調子が悪くなるたびに親に作ってもらいました。だから、厨房に頼んでそれを作ってもらって保存しているのですよ」
「思い出の味というわけか、どうもありがとう楽になったよ」
「よかった」
「そういえば、ばあやのおしゃべりにも付き合ってくれたんだって、ありがとう」
ノアは感謝の弁を述べた。
ウィズダム家や大公家の内部事情を、たかが侍女長である自分がそこまで知っていいものなのか、と、ノアの言葉にアンジュは恐縮した。
「ばあやは母を溺愛していた分、父には厳しいからね」
「そうなのですか? 十代の頃に自分の婚約者がまだ幼いからとノア様の母君に手を出して、養育費もろくに払わない。あ、いえ……、ばあやさんの話ではそういう風に聞こえたので……」
「大公と結ばれたことで母の人生にいろいろ制約ができ、最初に夢見ていた人生コースを歩めないまま、若くして亡くなったのがばあやには納得できないんだろうな。でも、僕が母や父から聞いた話は若干違うかな、聞いてくれるかい?」
「私などに話してもよろしいのですか?」
「ああ、ばあやの目線から聞いた話によって誤解された分は正しておきたいから」
「わかりました、では、その本を置いてちゃんとベッドに寝てくださいませ。そのうえでお聞きします」
「わかった」
ノアはサイドテーブルに本を置きベッドに身を横たえた。
アンジュは隣にいすを置きそこに座ってのあの話を聞くことにした。
「学生時代、父と母は学業において好敵手だったらしいんだ。子爵や男爵の子女は、総合的な学業の習得と社交のために通う学園ではなく、もっと実務的な専門学校に通うことも多い中、母の存在は目立ったそうだ。成績はトップクラスで父も一目置いていた」
「お母さまは優秀だったのですね」
「ああ、学園でも人の目を引く存在だったらしい。父はそんな母の気を引こうと必死で勉強を頑張った。でも母にとっては、苦労知らずの坊ちゃまが苦学生の状況も知らずに声をかけてくるでうっとおしがっていたとか……」
「それでどうしてお二人はそのような仲に?」
「うん、そこら辺の機微は第三者が理解し説明するのは難しいだろうな。ただ、二人がそうなったらなったで、下位貴族の娘が身の程知らずにも婚約者のいる父を誘惑した、とか、逆にばあやのように、大公が権力にものを言わせ母をものにした、とか、いろいろ言われていたらしいね」
確かにそう見られても不思議はない。
故マールベロー公爵の遺書にも、身の程知らずにも王太子に言いよりセシルを陥れた男爵令嬢の存在があったのだから。
でも、立ち位置が違えば、そんな風に見えるのか。
「父は何度も婚約者のいるフォトヴォラン家や実父の国王にかけあったらしいけど、母との間に僕が生まれてなお婚約解消に至らなかった。そうこうしているうちに母は亡くなった」
なんだか都合よく、ノアの母ペトラが亡くなったことにアンジュは少し震えた。
「母は僕と同じでもともとあまり丈夫な性質じゃなかったからね。ばあやは今も、たとえ直接手を下さなくっても父やその婚約者の家に殺されたようなもんだ、と、言っているよ」
そう考える気持ちはわかる、と、アンジュはうなづいた。
「母が亡くなったことで、あからさまではないが、王家や婚約者の一族はこれで杞憂の種がなくなったと喜んだという話だ。その中で、やはりこの婚約は解消すべき、と、主張した人がいる、婚約者のマイア殿だ」
「マイア殿って大公殿下の正妻の……」
確か大公との間には十歳を筆頭にすでに三人の子供がいる。
「マイア殿はこういったそうだ。『皆はこれでウィリアム様が私のところに戻ってくる。あれは私が大人になる前の火遊びだったというが、自分の欲望のままに一人の女性の運命を狂わせて、死んだらさっさと忘れるような不誠実な男の妻などになりたくない』と」
ウィリアムとはデュシオン大公の名前である。
「まあ……、言われてみればその通りですね」
「その他にも『婚約解消を訴えていたらしいが果たせなかった根性無し』とか、『あなたが根性なしのせいで私は十年もの月日を無駄にした』とか」
「なかなか痛快な方ですね」
「ああ、王家とフォトヴォラン家との縁組を果たしたがっていた面々はマイア殿の態度に困惑したそうだ。そして彼女の態度に父も衝撃を受けた」
「あはは、いい気味! いえ……、そういうつもりでは……」
「逆に彼女が気になる存在になったんだって」
「はあっ!」
「母が亡くなった頃には、マイア殿は学園に通う年齢となっていた。そのマイア殿に対して、父はこれでもかと求愛の姿勢を示した」
「今さらって感じがしません?」
「ああ、やっぱり女性から見るとそうなるのか。どうも父は自分の意志をしっかり持った女性が好きみたいだな。自分にガンガン反発してくると逆に燃える」
「被虐趣味でもあるんですか、大公殿下は?」
「そして、この人はって思うと猛アピールしないと気が済まない性格でもあるようだ」
それは、言い方悪いが、王族として他人に拒まれた経験のないお坊ちゃまの独善も入っているような気がする。
カップに何度も口をつけながらノアは言った。
「うちの領地によく生えている樹なんです。風邪でのどの調子が悪くなるたびに親に作ってもらいました。だから、厨房に頼んでそれを作ってもらって保存しているのですよ」
「思い出の味というわけか、どうもありがとう楽になったよ」
「よかった」
「そういえば、ばあやのおしゃべりにも付き合ってくれたんだって、ありがとう」
ノアは感謝の弁を述べた。
ウィズダム家や大公家の内部事情を、たかが侍女長である自分がそこまで知っていいものなのか、と、ノアの言葉にアンジュは恐縮した。
「ばあやは母を溺愛していた分、父には厳しいからね」
「そうなのですか? 十代の頃に自分の婚約者がまだ幼いからとノア様の母君に手を出して、養育費もろくに払わない。あ、いえ……、ばあやさんの話ではそういう風に聞こえたので……」
「大公と結ばれたことで母の人生にいろいろ制約ができ、最初に夢見ていた人生コースを歩めないまま、若くして亡くなったのがばあやには納得できないんだろうな。でも、僕が母や父から聞いた話は若干違うかな、聞いてくれるかい?」
「私などに話してもよろしいのですか?」
「ああ、ばあやの目線から聞いた話によって誤解された分は正しておきたいから」
「わかりました、では、その本を置いてちゃんとベッドに寝てくださいませ。そのうえでお聞きします」
「わかった」
ノアはサイドテーブルに本を置きベッドに身を横たえた。
アンジュは隣にいすを置きそこに座ってのあの話を聞くことにした。
「学生時代、父と母は学業において好敵手だったらしいんだ。子爵や男爵の子女は、総合的な学業の習得と社交のために通う学園ではなく、もっと実務的な専門学校に通うことも多い中、母の存在は目立ったそうだ。成績はトップクラスで父も一目置いていた」
「お母さまは優秀だったのですね」
「ああ、学園でも人の目を引く存在だったらしい。父はそんな母の気を引こうと必死で勉強を頑張った。でも母にとっては、苦労知らずの坊ちゃまが苦学生の状況も知らずに声をかけてくるでうっとおしがっていたとか……」
「それでどうしてお二人はそのような仲に?」
「うん、そこら辺の機微は第三者が理解し説明するのは難しいだろうな。ただ、二人がそうなったらなったで、下位貴族の娘が身の程知らずにも婚約者のいる父を誘惑した、とか、逆にばあやのように、大公が権力にものを言わせ母をものにした、とか、いろいろ言われていたらしいね」
確かにそう見られても不思議はない。
故マールベロー公爵の遺書にも、身の程知らずにも王太子に言いよりセシルを陥れた男爵令嬢の存在があったのだから。
でも、立ち位置が違えば、そんな風に見えるのか。
「父は何度も婚約者のいるフォトヴォラン家や実父の国王にかけあったらしいけど、母との間に僕が生まれてなお婚約解消に至らなかった。そうこうしているうちに母は亡くなった」
なんだか都合よく、ノアの母ペトラが亡くなったことにアンジュは少し震えた。
「母は僕と同じでもともとあまり丈夫な性質じゃなかったからね。ばあやは今も、たとえ直接手を下さなくっても父やその婚約者の家に殺されたようなもんだ、と、言っているよ」
そう考える気持ちはわかる、と、アンジュはうなづいた。
「母が亡くなったことで、あからさまではないが、王家や婚約者の一族はこれで杞憂の種がなくなったと喜んだという話だ。その中で、やはりこの婚約は解消すべき、と、主張した人がいる、婚約者のマイア殿だ」
「マイア殿って大公殿下の正妻の……」
確か大公との間には十歳を筆頭にすでに三人の子供がいる。
「マイア殿はこういったそうだ。『皆はこれでウィリアム様が私のところに戻ってくる。あれは私が大人になる前の火遊びだったというが、自分の欲望のままに一人の女性の運命を狂わせて、死んだらさっさと忘れるような不誠実な男の妻などになりたくない』と」
ウィリアムとはデュシオン大公の名前である。
「まあ……、言われてみればその通りですね」
「その他にも『婚約解消を訴えていたらしいが果たせなかった根性無し』とか、『あなたが根性なしのせいで私は十年もの月日を無駄にした』とか」
「なかなか痛快な方ですね」
「ああ、王家とフォトヴォラン家との縁組を果たしたがっていた面々はマイア殿の態度に困惑したそうだ。そして彼女の態度に父も衝撃を受けた」
「あはは、いい気味! いえ……、そういうつもりでは……」
「逆に彼女が気になる存在になったんだって」
「はあっ!」
「母が亡くなった頃には、マイア殿は学園に通う年齢となっていた。そのマイア殿に対して、父はこれでもかと求愛の姿勢を示した」
「今さらって感じがしません?」
「ああ、やっぱり女性から見るとそうなるのか。どうも父は自分の意志をしっかり持った女性が好きみたいだな。自分にガンガン反発してくると逆に燃える」
「被虐趣味でもあるんですか、大公殿下は?」
「そして、この人はって思うと猛アピールしないと気が済まない性格でもあるようだ」
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