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第4章 三人の夫候補(公爵の死より10日後から)
第23話 ひとつ山場を越えて
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「皆が知らぬのも無理はない。ノアは今の妻と結婚する以前に若気の至りでできた子だからな」
大公は笑みを浮かべながらも、先ほどまで談笑していた口さがない下位貴族の連中を一人一人にらみつけていた。
「年は十七歳。セシル嬢より八歳年長だが、そのくらいなら、わしと妻の年齢も離れているし夫婦となるにおかしくはなかろう。母方の爵位を相続して現在その姓を名乗っておるが、他に何か言いたいことはあるか?」
大公家の子供というと、長男のカイル十歳、長女のマンシェリー七歳、次男のルーベン三歳の三名のことを人々は思い浮かべる。
彼らより年長の息子がいたというのはこの場にいたほとんどの人間にとって初耳であった。
「本日も同行するつもりであったが、風邪を少々こじらせてな。出席者にうつしてはまずいと思い待機させた。完治した暁にはそちらにあいさつに来させるよ」
本当に風邪だろうか?
わざと出席させず、親子関係がはっきりしてないうえで人々に話をさせていたのであれば、大公も相当人が悪い。
ヴォルターやアンジュ他、その場にいた明敏な者は、大公殿下の人となりをそう判断した。
「それにしても歴史の勉強はするものですな。私の息子が子爵であるからと好き勝手な物言いをする連中が多くいたが、同じく二番目に名前を挙げられたリアム君の家柄のことを揶揄する者も多くいたようで、しかし、ジェラルディ家というのは確か建国期から続く家ではなかったかな?」
「は、はい……。ユーディット建国の時期までさかのぼった家系図なら残っております!」
デュシオン大公の質問にアンジュは驚きながらも即座に答えた。
「やはりそうでしたか。つまり、わが大公家やこちらの公爵家よりもさらに古い伝統と歴史を有した名家であられるわけだ。建国期の功臣の中に同じ名がありましたのでな。はは、そちらに比べれば、我が家などポッと出の貴族に過ぎませぬ。そう思いませんか、皆さん?」
再びの大公の意地の悪い質問に、下位貴族の者たちは複雑な笑みを浮かべるだけであった。
「リアム君にしても、侯爵家のユリウス君にしても、お前の競争相手は手ごわいぞ、と、息子には言っておかねばなりませんな、ハハハ」
大公は豪快に笑った。
彼のさりげなく場を誘導させる発言のおかげで、下位貴族だけでなく、王家からの使いの伯爵も何も言えなくなっていた。
セシルの配偶者に関する話が終わると領地経営の話に移った。
これは従来通り現地の管理者に任せることとしながらも、セシルにも経営の勉強を始めるよう命じる文章があった。
前の時間軸では、王太子との婚約が決まった後は、王宮にて妃教育を受けねばならずそれどころではなかったが、今回は跡取り娘として領地経営のいろはを叩きこまれることになるようだ。
◇ ◇ ◇
遺言公開が終わり客が帰るとアンジュはまたヴォルターの部屋に呼び出された。
メイド長のメイソンも同じく呼び出されすでに部屋にいた。
「今日はセシル様への気遣いや、客へのもてなしなどいろいろありがとうございました、アンジュさん。大変だったでしょう。メイソンさんも旦那様の葬儀以来、立て続けに屋敷での大勢の訪問客の接待、ありがとうございました」
前回の葬儀ではデローテやメイソンが訪問客の接待に携わっていたのだが、今回はアンジュが侍女長になって初めての公爵邸の会合であった。
「想定外のお客様も大勢いらして、なかなか思う通りには運べませんでした」
アンジュは突然絡まれたり、立ちんぼうの下位貴族から不満が出てきたことを思い出し言った。
「傘下の貴族には後で文書にして配る予定だったのですが、どういうわけか話が漏れて押しかけてくる者が多かったですからね」
アンジュの自虐的な言い方を制止してヴォルターが言った。
「デローテさんはお休みだったし、他にも急な体調不良を訴える侍女が多くて……」
「メイドの中からも物腰柔らかな娘を選んで接待に当たってほしいと言われた時はどうしようかと思いましたが、無事に終わってよかったですね」
メイソンもアンジュをねぎらった。
「体調不良を訴えたのはデローテさんに近い侍女たちですか?」
「ええ、そういわれれば……、あっ、そういうこと!」
アンジュはようやくデローテがその日に休みを取った理由が分かった。
インシディウス侯爵も侯爵邸に来るのだから、自分も接待の役目を仰せつかりたいと言い出すのではと思いきや、あっさり休みを取り、おまけに近しい侍女たちまでいきなりの体調不良。
つまり、いわゆる妨害工作。
おそらく下位貴族への情報も、デローテから侯爵へと伝えられて流され、当日アンジュの仕切る会場が混乱し、彼女の能力不足を周りに知らしめようと目論んでいたのだろう。
そのことに気づいたアンジュやヴォルターは深くため息をついた。
「おやま、どうされたのですか? まあ、あれだけ大勢、お貴族様にやってこられれば本当に気が張ってしまいましたわね。いくつか面倒こともありましたが、アンジュさんも初めてなのによく仕切られましたよ」
デローテの裏の顔を知らないメイソンは腹に含みなく素直にアンジュを褒める。
「それから、あの大公様ですか。あの方が立ちんぼうの下っ端貴族たちを抑えてくださったのはありがたかったですね。下っ端連中らのあの顔、ちょっと笑ってしまいそうになりましたよ」
彼女は吹き出しながら大公のことにも言及した。
「ありがたいことにリアムのこともかばっていただいたし、ジェラルディ家のこともよく知っておられて驚きました」
メイソンの発言を受けてアンジュも言った。
「そうですね。とりあえず、今日の会合は成功ということでよいでしょう。メイソンさんは元の仕事に戻ってください。アンジュさんには弟のリアム君のことについて、もう少しお話があるので残っていただけますか?」
ヴォルターに促されメイソンは部屋を退出し、執務室にはアンジュとヴォルター、二人きりとなった。
大公は笑みを浮かべながらも、先ほどまで談笑していた口さがない下位貴族の連中を一人一人にらみつけていた。
「年は十七歳。セシル嬢より八歳年長だが、そのくらいなら、わしと妻の年齢も離れているし夫婦となるにおかしくはなかろう。母方の爵位を相続して現在その姓を名乗っておるが、他に何か言いたいことはあるか?」
大公家の子供というと、長男のカイル十歳、長女のマンシェリー七歳、次男のルーベン三歳の三名のことを人々は思い浮かべる。
彼らより年長の息子がいたというのはこの場にいたほとんどの人間にとって初耳であった。
「本日も同行するつもりであったが、風邪を少々こじらせてな。出席者にうつしてはまずいと思い待機させた。完治した暁にはそちらにあいさつに来させるよ」
本当に風邪だろうか?
わざと出席させず、親子関係がはっきりしてないうえで人々に話をさせていたのであれば、大公も相当人が悪い。
ヴォルターやアンジュ他、その場にいた明敏な者は、大公殿下の人となりをそう判断した。
「それにしても歴史の勉強はするものですな。私の息子が子爵であるからと好き勝手な物言いをする連中が多くいたが、同じく二番目に名前を挙げられたリアム君の家柄のことを揶揄する者も多くいたようで、しかし、ジェラルディ家というのは確か建国期から続く家ではなかったかな?」
「は、はい……。ユーディット建国の時期までさかのぼった家系図なら残っております!」
デュシオン大公の質問にアンジュは驚きながらも即座に答えた。
「やはりそうでしたか。つまり、わが大公家やこちらの公爵家よりもさらに古い伝統と歴史を有した名家であられるわけだ。建国期の功臣の中に同じ名がありましたのでな。はは、そちらに比べれば、我が家などポッと出の貴族に過ぎませぬ。そう思いませんか、皆さん?」
再びの大公の意地の悪い質問に、下位貴族の者たちは複雑な笑みを浮かべるだけであった。
「リアム君にしても、侯爵家のユリウス君にしても、お前の競争相手は手ごわいぞ、と、息子には言っておかねばなりませんな、ハハハ」
大公は豪快に笑った。
彼のさりげなく場を誘導させる発言のおかげで、下位貴族だけでなく、王家からの使いの伯爵も何も言えなくなっていた。
セシルの配偶者に関する話が終わると領地経営の話に移った。
これは従来通り現地の管理者に任せることとしながらも、セシルにも経営の勉強を始めるよう命じる文章があった。
前の時間軸では、王太子との婚約が決まった後は、王宮にて妃教育を受けねばならずそれどころではなかったが、今回は跡取り娘として領地経営のいろはを叩きこまれることになるようだ。
◇ ◇ ◇
遺言公開が終わり客が帰るとアンジュはまたヴォルターの部屋に呼び出された。
メイド長のメイソンも同じく呼び出されすでに部屋にいた。
「今日はセシル様への気遣いや、客へのもてなしなどいろいろありがとうございました、アンジュさん。大変だったでしょう。メイソンさんも旦那様の葬儀以来、立て続けに屋敷での大勢の訪問客の接待、ありがとうございました」
前回の葬儀ではデローテやメイソンが訪問客の接待に携わっていたのだが、今回はアンジュが侍女長になって初めての公爵邸の会合であった。
「想定外のお客様も大勢いらして、なかなか思う通りには運べませんでした」
アンジュは突然絡まれたり、立ちんぼうの下位貴族から不満が出てきたことを思い出し言った。
「傘下の貴族には後で文書にして配る予定だったのですが、どういうわけか話が漏れて押しかけてくる者が多かったですからね」
アンジュの自虐的な言い方を制止してヴォルターが言った。
「デローテさんはお休みだったし、他にも急な体調不良を訴える侍女が多くて……」
「メイドの中からも物腰柔らかな娘を選んで接待に当たってほしいと言われた時はどうしようかと思いましたが、無事に終わってよかったですね」
メイソンもアンジュをねぎらった。
「体調不良を訴えたのはデローテさんに近い侍女たちですか?」
「ええ、そういわれれば……、あっ、そういうこと!」
アンジュはようやくデローテがその日に休みを取った理由が分かった。
インシディウス侯爵も侯爵邸に来るのだから、自分も接待の役目を仰せつかりたいと言い出すのではと思いきや、あっさり休みを取り、おまけに近しい侍女たちまでいきなりの体調不良。
つまり、いわゆる妨害工作。
おそらく下位貴族への情報も、デローテから侯爵へと伝えられて流され、当日アンジュの仕切る会場が混乱し、彼女の能力不足を周りに知らしめようと目論んでいたのだろう。
そのことに気づいたアンジュやヴォルターは深くため息をついた。
「おやま、どうされたのですか? まあ、あれだけ大勢、お貴族様にやってこられれば本当に気が張ってしまいましたわね。いくつか面倒こともありましたが、アンジュさんも初めてなのによく仕切られましたよ」
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メイソンの発言を受けてアンジュも言った。
「そうですね。とりあえず、今日の会合は成功ということでよいでしょう。メイソンさんは元の仕事に戻ってください。アンジュさんには弟のリアム君のことについて、もう少しお話があるので残っていただけますか?」
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