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第4章 三人の夫候補(公爵の死より10日後から)

第22話 遺言公開『娘一人に……』

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 あほうって……。

 大公の歯に衣着せぬ発言に部屋の者たちは沈黙した。

「え~、皆様お揃いになられたようですし、それでは始めましょう」

 固まった空気を破ってヴォルターが発言し、招待客はそれぞれ着席した。
 
 アンジュはセシルの隣に着席し、その反対側の隣には、なぜか一緒に呼ばれたリアムがいる。

 セシルの向かいの大公の席の右隣には王宮からの使いのベンソン伯爵。

 さらに親戚筋の貴族たちがそれぞれ序列によって席が割り振られていた。

 招かれざる客の下位貴族たちは席がないので立ちっぱなしである。
 ワゴンにてお茶を運んで彼らにふるまうよう、アンジュは先ほど侍女たちに指示を出した。

「では、亡きマールベロー公爵の遺言を読み上げます。本日ここに集まった皆様にはその内容の証人となっていただきます」

 長テーブルの一番前に着席していたラルワ弁護士が立ち上がり言った。

 冒頭に長々と各種手続きやこの遺言書の拘束力など説明した後、一人娘セシルの話に入った。

「『かねてから話のあった王太子殿下との婚約であるが、こちらについては辞退申し上げ、娘には婿を取りマールベロー公爵家を継いでもらうこととする』」

 よかった、やっぱり婚約は回避するんだ!

 事情を知っているアンジュは胸をなでおろした。

「お待ちください! 今になってそのような……。公爵家の跡目なら、王太子殿下とのご結婚の後、生まれた第二子以降のお子様を継がせるなど、様々な方法を話し合ってきたではないですか!」

 ベンソン伯爵は立ち上がり抗議の意を示した。

 寝耳に水の婚約白紙にここで意見を述べねば子供の使いも同然である。
 伯爵の行動は周囲の人々にも理解できる。

「そういわれましても……。私は遺言状を読み上げているだけですから……」

 ラルワ氏が困惑したように言い訳した。

 確かに文句を言おうにも遺言状の主はもう死んでいるのだし、ラルワ氏にはどうにもできない。

「しかしですね……」

「まあ、とにかく最後まで聞いたらどうですかな、ベンソン伯爵。意見があるならその後に述べればよろしい」

 鶴の一声、デュシオン大公が発言し、ベンソン伯爵も引っ込まざるを得なかった。

「続きをよろしいですかな? それでは『セシルの配偶者となり共に公爵家を盛り立ててくれる人物と言えば、人格及び能力、そして、身分や年回りのつり合いから考えるとおのずと限られてくる』」

 確かに。
 では、誰かを新しい婚約者に据えるということか?

 部屋にいる誰もがそのようなことを推察した。
 遺言の文章は続く。

「『ゆえに私はここに娘の配偶者にふさわしいと認められる三人の貴族の子弟の名を挙げて置く。それらの人物が、セシルの夫、公爵家の婿候補となることを了承してくれるなら、その人物及びその保護者と誓約書をかわし、それにふさわしい待遇を約束するものとする』」

「婿候補?」
「つまり複数いる人物の中から選ばれるということですかな?」
「なにやら古いことわざのようですな、ほら……」
「ああ『娘一人に婿……』何人でしたかな?」

 あまり見聞きしたことのない変則的な貴族の娘の配偶者選びに部屋にいた者たちがささやき合った。

「ゴホン、よろしいですかな。それでは亡き公爵閣下が選ばれた人物の名を読み上げます。まず一人目、インシディウス侯爵家令息ユリウス殿」

「おお、さすがは私の息子だ、よくやった!」

 インシディウス侯爵が次男ユリウスの肩を叩き嬉々とした声を上げた。

 セシルと同い年の秀才の誉れも高い金髪碧眼の目鼻立ちの整った少年。
 次男なので実家を継ぐ必要もなく妥当な選択だとの見方が広がった。

「続けて読み上げます。ジェラルディ伯爵家令息リアム殿」

「ええっ、俺っ!」

 突然の発表にリアムは驚いて立ち上がり大きな声を上げた。

「ちょっと、リアム!」

 横に座っていたアンジュが弟リアムの袖を引っ張りとがめた。

「あっ、いや……。でも、姉さん……」

「とにかく座りなさい」

 反対側のセシルを見るとこちらも少なからず動揺している模様。

「あ、あのセシル……」

 リアムは立ち上がったままセシルを見つめ、何か言いたいのだが適切な言葉が見つからず、着席するのも忘れた。

「二番目に挙げらえた子はずいぶんとお元気ですな」
「いやしかし、侯爵家に比べると家格が落ちますぞ」
「振る舞いも少々品位に欠ける……」

 くすくすと笑いを浮かべながら、名前を挙げられたリアムを揶揄した。

 結局セシルにかける言葉も見つからず、リアムは居心地悪そうに着席した。

「ケホケホッ、最後に、ノア・ウィズダム子爵。以上です」
 
 場内の喧騒を抑えるのに疲れたラルワ氏がこれ見よがしに咳払いしながら、三人目の人物の名を読み上げた。

「ウィズダム子爵、誰だそれは?」

「聞いたことありませんな」

「令息ではなく、すでに爵位を継いだ人物ということでしょうか? しかし令嬢と年齢のつり合いを考えるとそれなりに若い……?」

「それにしても、公爵閣下がご存じの子爵なら私たちも知っていても不思議はないのに……」

「我々の知らないところで知り合われたのかも知りませぬな」

「それでいきなり令嬢の婿候補の一人ですか。いったいどんな長所があって?」

「実は目も覚めるほどの美男子なのかもしれませぬぞ」

「ははは、美しき令嬢も見惚れるほどのですか?」

 知る人のいない子爵の名に下位貴族の連中が好き勝手言い始めた。

「……息子ですよ」

「おお、デュシオン大公はご存じなのですか? このナントカ子爵のことを?」

 大公がボソッと言った声を耳ざとく聞き取った男が大公に尋ねた。

「ああ、とてもよく知っているよ。ノア・ウィズダムは私の息子だからね」

 この一言で今まで言いたい放題こき下ろしていた下位貴族の面々は青ざめた。
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