22 / 106
第4章 三人の夫候補(公爵の死より10日後から)
第22話 遺言公開『娘一人に……』
しおりを挟む
あほうって……。
大公の歯に衣着せぬ発言に部屋の者たちは沈黙した。
「え~、皆様お揃いになられたようですし、それでは始めましょう」
固まった空気を破ってヴォルターが発言し、招待客はそれぞれ着席した。
アンジュはセシルの隣に着席し、その反対側の隣には、なぜか一緒に呼ばれたリアムがいる。
セシルの向かいの大公の席の右隣には王宮からの使いのベンソン伯爵。
さらに親戚筋の貴族たちがそれぞれ序列によって席が割り振られていた。
招かれざる客の下位貴族たちは席がないので立ちっぱなしである。
ワゴンにてお茶を運んで彼らにふるまうよう、アンジュは先ほど侍女たちに指示を出した。
「では、亡きマールベロー公爵の遺言を読み上げます。本日ここに集まった皆様にはその内容の証人となっていただきます」
長テーブルの一番前に着席していたラルワ弁護士が立ち上がり言った。
冒頭に長々と各種手続きやこの遺言書の拘束力など説明した後、一人娘セシルの話に入った。
「『かねてから話のあった王太子殿下との婚約であるが、こちらについては辞退申し上げ、娘には婿を取りマールベロー公爵家を継いでもらうこととする』」
よかった、やっぱり婚約は回避するんだ!
事情を知っているアンジュは胸をなでおろした。
「お待ちください! 今になってそのような……。公爵家の跡目なら、王太子殿下とのご結婚の後、生まれた第二子以降のお子様を継がせるなど、様々な方法を話し合ってきたではないですか!」
ベンソン伯爵は立ち上がり抗議の意を示した。
寝耳に水の婚約白紙にここで意見を述べねば子供の使いも同然である。
伯爵の行動は周囲の人々にも理解できる。
「そういわれましても……。私は遺言状を読み上げているだけですから……」
ラルワ氏が困惑したように言い訳した。
確かに文句を言おうにも遺言状の主はもう死んでいるのだし、ラルワ氏にはどうにもできない。
「しかしですね……」
「まあ、とにかく最後まで聞いたらどうですかな、ベンソン伯爵。意見があるならその後に述べればよろしい」
鶴の一声、デュシオン大公が発言し、ベンソン伯爵も引っ込まざるを得なかった。
「続きをよろしいですかな? それでは『セシルの配偶者となり共に公爵家を盛り立ててくれる人物と言えば、人格及び能力、そして、身分や年回りのつり合いから考えるとおのずと限られてくる』」
確かに。
では、誰かを新しい婚約者に据えるということか?
部屋にいる誰もがそのようなことを推察した。
遺言の文章は続く。
「『ゆえに私はここに娘の配偶者にふさわしいと認められる三人の貴族の子弟の名を挙げて置く。それらの人物が、セシルの夫、公爵家の婿候補となることを了承してくれるなら、その人物及びその保護者と誓約書をかわし、それにふさわしい待遇を約束するものとする』」
「婿候補?」
「つまり複数いる人物の中から選ばれるということですかな?」
「なにやら古いことわざのようですな、ほら……」
「ああ『娘一人に婿……』何人でしたかな?」
あまり見聞きしたことのない変則的な貴族の娘の配偶者選びに部屋にいた者たちがささやき合った。
「ゴホン、よろしいですかな。それでは亡き公爵閣下が選ばれた人物の名を読み上げます。まず一人目、インシディウス侯爵家令息ユリウス殿」
「おお、さすがは私の息子だ、よくやった!」
インシディウス侯爵が次男ユリウスの肩を叩き嬉々とした声を上げた。
セシルと同い年の秀才の誉れも高い金髪碧眼の目鼻立ちの整った少年。
次男なので実家を継ぐ必要もなく妥当な選択だとの見方が広がった。
「続けて読み上げます。ジェラルディ伯爵家令息リアム殿」
「ええっ、俺っ!」
突然の発表にリアムは驚いて立ち上がり大きな声を上げた。
「ちょっと、リアム!」
横に座っていたアンジュが弟リアムの袖を引っ張りとがめた。
「あっ、いや……。でも、姉さん……」
「とにかく座りなさい」
反対側のセシルを見るとこちらも少なからず動揺している模様。
「あ、あのセシル……」
リアムは立ち上がったままセシルを見つめ、何か言いたいのだが適切な言葉が見つからず、着席するのも忘れた。
「二番目に挙げらえた子はずいぶんとお元気ですな」
「いやしかし、侯爵家に比べると家格が落ちますぞ」
「振る舞いも少々品位に欠ける……」
くすくすと笑いを浮かべながら、名前を挙げられたリアムを揶揄した。
結局セシルにかける言葉も見つからず、リアムは居心地悪そうに着席した。
「ケホケホッ、最後に、ノア・ウィズダム子爵。以上です」
場内の喧騒を抑えるのに疲れたラルワ氏がこれ見よがしに咳払いしながら、三人目の人物の名を読み上げた。
「ウィズダム子爵、誰だそれは?」
「聞いたことありませんな」
「令息ではなく、すでに爵位を継いだ人物ということでしょうか? しかし令嬢と年齢のつり合いを考えるとそれなりに若い……?」
「それにしても、公爵閣下がご存じの子爵なら私たちも知っていても不思議はないのに……」
「我々の知らないところで知り合われたのかも知りませぬな」
「それでいきなり令嬢の婿候補の一人ですか。いったいどんな長所があって?」
「実は目も覚めるほどの美男子なのかもしれませぬぞ」
「ははは、美しき令嬢も見惚れるほどのですか?」
知る人のいない子爵の名に下位貴族の連中が好き勝手言い始めた。
「……息子ですよ」
「おお、デュシオン大公はご存じなのですか? このナントカ子爵のことを?」
大公がボソッと言った声を耳ざとく聞き取った男が大公に尋ねた。
「ああ、とてもよく知っているよ。ノア・ウィズダムは私の息子だからね」
この一言で今まで言いたい放題こき下ろしていた下位貴族の面々は青ざめた。
大公の歯に衣着せぬ発言に部屋の者たちは沈黙した。
「え~、皆様お揃いになられたようですし、それでは始めましょう」
固まった空気を破ってヴォルターが発言し、招待客はそれぞれ着席した。
アンジュはセシルの隣に着席し、その反対側の隣には、なぜか一緒に呼ばれたリアムがいる。
セシルの向かいの大公の席の右隣には王宮からの使いのベンソン伯爵。
さらに親戚筋の貴族たちがそれぞれ序列によって席が割り振られていた。
招かれざる客の下位貴族たちは席がないので立ちっぱなしである。
ワゴンにてお茶を運んで彼らにふるまうよう、アンジュは先ほど侍女たちに指示を出した。
「では、亡きマールベロー公爵の遺言を読み上げます。本日ここに集まった皆様にはその内容の証人となっていただきます」
長テーブルの一番前に着席していたラルワ弁護士が立ち上がり言った。
冒頭に長々と各種手続きやこの遺言書の拘束力など説明した後、一人娘セシルの話に入った。
「『かねてから話のあった王太子殿下との婚約であるが、こちらについては辞退申し上げ、娘には婿を取りマールベロー公爵家を継いでもらうこととする』」
よかった、やっぱり婚約は回避するんだ!
事情を知っているアンジュは胸をなでおろした。
「お待ちください! 今になってそのような……。公爵家の跡目なら、王太子殿下とのご結婚の後、生まれた第二子以降のお子様を継がせるなど、様々な方法を話し合ってきたではないですか!」
ベンソン伯爵は立ち上がり抗議の意を示した。
寝耳に水の婚約白紙にここで意見を述べねば子供の使いも同然である。
伯爵の行動は周囲の人々にも理解できる。
「そういわれましても……。私は遺言状を読み上げているだけですから……」
ラルワ氏が困惑したように言い訳した。
確かに文句を言おうにも遺言状の主はもう死んでいるのだし、ラルワ氏にはどうにもできない。
「しかしですね……」
「まあ、とにかく最後まで聞いたらどうですかな、ベンソン伯爵。意見があるならその後に述べればよろしい」
鶴の一声、デュシオン大公が発言し、ベンソン伯爵も引っ込まざるを得なかった。
「続きをよろしいですかな? それでは『セシルの配偶者となり共に公爵家を盛り立ててくれる人物と言えば、人格及び能力、そして、身分や年回りのつり合いから考えるとおのずと限られてくる』」
確かに。
では、誰かを新しい婚約者に据えるということか?
部屋にいる誰もがそのようなことを推察した。
遺言の文章は続く。
「『ゆえに私はここに娘の配偶者にふさわしいと認められる三人の貴族の子弟の名を挙げて置く。それらの人物が、セシルの夫、公爵家の婿候補となることを了承してくれるなら、その人物及びその保護者と誓約書をかわし、それにふさわしい待遇を約束するものとする』」
「婿候補?」
「つまり複数いる人物の中から選ばれるということですかな?」
「なにやら古いことわざのようですな、ほら……」
「ああ『娘一人に婿……』何人でしたかな?」
あまり見聞きしたことのない変則的な貴族の娘の配偶者選びに部屋にいた者たちがささやき合った。
「ゴホン、よろしいですかな。それでは亡き公爵閣下が選ばれた人物の名を読み上げます。まず一人目、インシディウス侯爵家令息ユリウス殿」
「おお、さすがは私の息子だ、よくやった!」
インシディウス侯爵が次男ユリウスの肩を叩き嬉々とした声を上げた。
セシルと同い年の秀才の誉れも高い金髪碧眼の目鼻立ちの整った少年。
次男なので実家を継ぐ必要もなく妥当な選択だとの見方が広がった。
「続けて読み上げます。ジェラルディ伯爵家令息リアム殿」
「ええっ、俺っ!」
突然の発表にリアムは驚いて立ち上がり大きな声を上げた。
「ちょっと、リアム!」
横に座っていたアンジュが弟リアムの袖を引っ張りとがめた。
「あっ、いや……。でも、姉さん……」
「とにかく座りなさい」
反対側のセシルを見るとこちらも少なからず動揺している模様。
「あ、あのセシル……」
リアムは立ち上がったままセシルを見つめ、何か言いたいのだが適切な言葉が見つからず、着席するのも忘れた。
「二番目に挙げらえた子はずいぶんとお元気ですな」
「いやしかし、侯爵家に比べると家格が落ちますぞ」
「振る舞いも少々品位に欠ける……」
くすくすと笑いを浮かべながら、名前を挙げられたリアムを揶揄した。
結局セシルにかける言葉も見つからず、リアムは居心地悪そうに着席した。
「ケホケホッ、最後に、ノア・ウィズダム子爵。以上です」
場内の喧騒を抑えるのに疲れたラルワ氏がこれ見よがしに咳払いしながら、三人目の人物の名を読み上げた。
「ウィズダム子爵、誰だそれは?」
「聞いたことありませんな」
「令息ではなく、すでに爵位を継いだ人物ということでしょうか? しかし令嬢と年齢のつり合いを考えるとそれなりに若い……?」
「それにしても、公爵閣下がご存じの子爵なら私たちも知っていても不思議はないのに……」
「我々の知らないところで知り合われたのかも知りませぬな」
「それでいきなり令嬢の婿候補の一人ですか。いったいどんな長所があって?」
「実は目も覚めるほどの美男子なのかもしれませぬぞ」
「ははは、美しき令嬢も見惚れるほどのですか?」
知る人のいない子爵の名に下位貴族の連中が好き勝手言い始めた。
「……息子ですよ」
「おお、デュシオン大公はご存じなのですか? このナントカ子爵のことを?」
大公がボソッと言った声を耳ざとく聞き取った男が大公に尋ねた。
「ああ、とてもよく知っているよ。ノア・ウィズダムは私の息子だからね」
この一言で今まで言いたい放題こき下ろしていた下位貴族の面々は青ざめた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜
白雲八鈴
ファンタジー
「貴様との婚約は破棄だ!」
はい、なんだか予想通りの婚約破棄をいただきました。ありきたりですわ。もう少し頭を使えばよろしいのに。
ですが、なんと世界の強制力とは恐ろしいものなのでしょう。
いいでしょう!世界が望むならば、悪役令嬢という者を演じて見せましょう。
さて、悪役令嬢とはどういう者なのでしょうか?
*作者の目が節穴のため誤字脱字は存在します。
*n番煎じの悪役令嬢物です。軽い感じで読んでいただければと思います。
*小説家になろう様でも投稿しております。
『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故
ラララキヲ
ファンタジー
ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。
娘の名前はルーニー。
とても可愛い外見をしていた。
彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。
彼女は前世の記憶を持っていたのだ。
そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。
格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。
しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。
乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。
“悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。
怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。
そして物語は動き出した…………──
※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。
※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。
◇テンプレ乙女ゲームの世界。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げる予定です。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます
水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか?
私は、逃げます!
えっ?途中退場はなし?
無理です!私には務まりません!
悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。
一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる