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第4章 三人の夫候補(公爵の死より10日後から)

第21話 集いし関係者たち

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 マールベロー公爵の遺言状公開当日。
 その日の午後、関係者が屋敷に続々とやってきて使用人たちは大忙しであった。

 顧問弁護士のラルワ氏。

 王宮からの使いとしてベンソン伯爵。
 彼自身は王族の私生活全般の管理を請け負うマールベロー公爵家におけるかつてのヴォルターのような立ち位置で、兄のヴォルド侯爵は財務大臣を務めている。
 つまり王家の内と外を支える重要な一族の一員と言える人物である。

 そして、インシディウス侯爵をはじめとする親戚筋。

 侯爵は、妻と息子二人、一家総出で公爵家を訪れた。

 さらに、公爵家傘下の下位貴族の家長も何名かやってきている。

「新しい侍女長のアンジュというのはあんたかね?」
 
 大広間の一番前に着席しているセシルを気遣いながら、訪れる客を席に案内していたアンジュに声をかける者がいた。

 先だって辞めさせられた古株侍女の父トーリエ男爵である。

 彼ら下位貴族は公爵家側から呼んではいないが『自主的に』やってきた。
 ゆえに、席を用意できず、立って顧問弁護士の発表を聞いてもらわざるを得ない状況なのだが、そのことも男爵の不機嫌さに拍車をかけていたのだろう。

 はい、と、返事したアンジュにトーリエ男爵はたたみかけるようにまくしたてた。

「侍女長に就任したとたん、気に入らない侍女を辞めさせたらしいが、いつから公爵家は長年勤めた者にそんな非情な仕打ちをするようになったんだ!」

「長年勤めていながら、仕事の質が悪いので辞めていただいたのです」

 男爵の詰問にアンジュは冷静さを保ちながら答えた。

「仕事の質ってなんだよ! あんたの個人的な感情でやめさせられたって娘は嘆いていたぞ!」

「家令のヴォルターさんがその辺詳しくお手紙に記されていますが、それはお読みにならなかったのですか?」

 セシルと公爵家の運命を左右する遺言状が公開される直前にこんなことでからまれるとは、と、心の中でアンジュはため息をついた。

「ヴォルター卿もあんたがどうせうまいこと言いくるめたんだろうが!」

 懲りずにわめくトーリエ男爵。

 まだ十代半ばのアンジュでは、侍女長などの責任の重い立場についてもなめ腐って、ごり押しすればいいと勘違いする中高年は数多くいる。

「いい加減にしてください! ヴォルターが事の次第をちゃんと手紙に記したと言っているでしょう。言葉も理解できないのですか?」

 男爵を制止できないアンジュを見かねてセシルが声を張って男爵をとがめた。

「あ、いや……、そのセシル嬢……」

 男爵は口ごもった。
 アンジュよりさらに年若いと言っても、公爵家の令嬢の厳しい物言いには男爵も同じ調子で返すことはできない。

「着替えを手伝わせれば腕を強引に引っ張るし皮膚をつねる。お茶を入れさせれば熱湯をはねさせて火傷をさせられるし、注意をしたら今度はあてつけがましくひどく冷めたものを持ってくる。そんな方に戻ってきてほしいとは私は思っていませんよ」
 
 セシルが自分の娘のひどい仕事ぶりを部屋中の人間に聞こえるように話したので、男爵は言葉を失った。

「な、何もそこまで……」

 立場を失った男爵が口ごもりながらセシルの暴露を恨みがましく言った。

「そこまで何なのだ? そこまでひどい侍女を親にだけ事実を知らせて別の道を選ぶよう促すなんて、かなり慈悲深い対応に見えるがね。その気遣いを台無しにしたのは貴殿自身じゃないか」

 部屋に入ってきたばかりの四十歳前後の体格のいい紳士が発言した。

 よくとおるその声に部屋にいた人皆が振り返り、そして皆驚きの表情を浮かべた。

「「「「デュシオン大公!」」」」

「ああ、外まで聞こえていたのでつい口をはさんでしまった、すまぬな」

 デュシオン大公と呼ばれた人物は悠然と部屋に入り、使用人に案内されセシルの正面の席に着席した。

「まさか、あなたが……。いったいどうして?」

 王家の使いベンソン伯爵が遠慮がちに尋ねてきた。

「どうしてって亡き公爵は私の甥だよ。その遺言状公開の場に同席しておかしいことがあるか? 彼の忘れ形見の行く末も気にかかるからね」

 大公にそう言われると王宮の一介の使用人に過ぎない伯爵は黙るしかなかった。

 ここで王族の親戚関係を説明しておこう。

 現在の国王の祖父、つまり先々代の王には三人の息子がいた。

 先代国王、初代マールベロー公爵、そしてデュシオン公爵。

 先々代王が年老いてからできた子であったデュシオン公爵は、今は亡き前述の二人よりも甥にあたる現国王と年が近く、五歳しか離れていなかった。

 そして、国王よりも上の世代の彼のことは、他の公爵たちと区別するために「大公」と呼ばれるのが常であった。

「それにしても、先ほど聞いた侍女の蛮行。わしの息子や娘がそんな仕打ちを受けていたら絶対に許さんがな。やはりパットはぼんくらだな」

 パットとは亡きマールベロー公爵の名パトリックの愛称である。

 こういう毒舌が許されるのも、国王ですら顔色を窺わねばならない大公だからだろう。

「とはいえ、そういう害になる使用人を追い出すよう促したのは評価できるか。死とは不思議なものだ。どんなあほうでもそれに直面すれば何割かは賢くなるらしい」 
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