19 / 112
第3章 公爵邸の大掃除(公爵の死より1日~10日)
第19話 古株侍女の朝の蛮行
しおりを挟む
数日後の早朝、部屋の主セシルもまだ眠っている時間である。
セシルを起こすために入ってきた侍女と思しき人物が、小さなピンを手に持ちながら彼女のベットに近づいていった。
そして、ピンを持った手を振りかぶったとき、その手首を後ろからがっしりとつかんだ人間がいた。
「っ……!」
「なにしてるんだ?」
声の主は侍女と同じくらいの背丈の少年だった。
「男!」
少年は侍女の腕をつかんでいた手の力を強めて、彼女の手にあったピンを落とさせた。
「なんなの、あんた! どうして男がお嬢様の部屋に!」
侍女がそう叫んだ瞬間部屋の明かりが点灯し、それが問題視されている古株侍女のリンヴィだとわかった。
「私が頼んだのよ。セシル様を起こす時にも体を痛めつけるようなまねをする侍女がいると推測できたから」
「そんなのたまたまチクッとするだけでしょう!」
「あら、私は『痛めつける』って言っただけなのに、どうしてそれが「チクッと」した痛みだってわかったの? あんまり公爵家をなめない方がいいわよ。主治医のコペトンさんから、セシル様のお体に子供が遊びで傷ついたとするには不可解な傷が何か所かあるって報告があったのよ。二の腕とか背中とか眠っていれば刺しやすいわよね。傷痕から推測するに、凶器はナイフとかの類ではなく女性が使うようなヘアピンとか裁縫針とか……」
「……っぐ……」
「先日の持ち物検査は、それについても実は調べていたの。コペトンさんからセシル様の傷から推測される凶器の形状はどんなものかは報告を受けていたしね」
アンジュがそう語っているうちに、家令のヴォルターとそれを補佐する侍従、主治医のコペトン、さらにセシルなどが、ハイチェストやカーテンの陰から続々と出てきた。
「それにしても九歳のセシルにこんな真似をして、陰険にもほどがあるぜ」
侍女リンヴィの腕をつかんでいたリアムが理解しがたいという表情でつぶやいた。
「なんにせよ、現行犯です。警察にすぐさま連絡を」
ヴォルターがそばにいた侍従に命じ、侍従は部屋の外へ駆け出して行く。
「リンヴィさん、あなたはずいぶん下の立場の侍女たちにも影響力をお持ちだったようですが、まさか、彼女たちに同じようなことを強要していたのではないでしょうね?」
ヴォルターはさらに厳しくリンヴィに問いかける。
「セシル様の記憶に基づいた証言だと、確かにリンヴィ以外にも加害行為を行っていた者がいた可能性はあります」
アンジュが記憶を探りながら言及した。
「どうして……?」
その様子を見ながらセシルが悲しそうに疑問を呈した。
「起き抜けにひどい痛みを感じることがあったわ。でも、誰に聞いても『気のせいだ』って言うし、それで表情を崩せば『セシル様は寝起きが悪い』といって、私の方がダメな言われ方をずっとしていた……」
「まるで虐めだな、吐き気がするぜ!」
「このお屋敷では侍女が仕えるべきご令嬢を傷つけていたのですか? 考えられない事態ですな」
セシルの悲痛な言葉を受けリアムと主治医のコペトンがそれぞれ意見を述べた。
「誰か、セシル様を別の部屋にお連れして、気持ちを落ち着ける温かい飲み物を差し上げて」
「マリアを呼びましょう。あとメイソンさんにもお願いしたほうがいいですね」
「私が連れていきましょう」
アンジュとヴォルターがセシルの様子をおもんばかり、これ以上リンヴィとやり取りを見せるべきではないと判断する。
それを受けてコペトンがセシルを部屋から連れ出した。
「リアム、あなたはマリアさんとメイソンさんを呼んでくれる」
アンジュはリアムには使い走りを頼んだ。
セシルの寝室にはアンジュと家令のヴォルター、そしてリンヴィが取り残された。
「先ほども言いましたが、この件は公爵令嬢傷害罪として扱い警察に介入してもらいます。それにしても理解に苦しみますな。公爵家の温情で傘下の貴族の子息を侍従や侍女として雇い入れていたというのに……」
リンヴィは無言のまま、アンジュやヴォルターから顔をそらした。
「まあ、良いでしょう。後は警察にいろいろ話を聞いてもらえばすむことですから」
ヴォルターは大きくため息をつき言った。
◇ ◇ ◇
後日ヴォルターは取り調べの結果を話すためアンジュを執務室に呼んだ。
リンヴィは警察の取り調べで、ほとんどの侍女に同じことを強要していたことをすぐに自白したらしい。
脅されてやっていた娘たちの処遇については、これまたヴォルターやアンジュにとって頭の痛い問題であった。
「いつまでもお嬢様気分で他の誰かを主人と仰ぎ仕えるということを本当に理解していなかったのでしょう。それで自分より良い服を着て恵まれた将来を約束されたセシルお嬢様が憎たらしかった。しかも、セシルお嬢様の周囲ではそんな醜行をとがめる人もいなかったからやりたい放題だったというわけです」
「それにしても、ずいぶん性根の歪んだ連中が上に立って影響力を持っていたものですね。申し訳ないことながら、私は別の業務があってその辺あまり感づいてはいなかったのですが……」
「侍女や侍従にしても、メイドにしても、わが公爵家で働けるというだけで世間では憧れの目で見られるらしいのです。実際、公爵家にいれば他の貴族の目に留まることも多くあり、そこから縁談が舞い込む娘も多くいます。気立てや器量のいい者はそれで辞めていくことも多いですから、結局ああいうのが長くいて獅子身中の虫となってしまったのでしょうな」
「だったら、仕事に打ち込んでセシル様の信頼を勝ち得るようにすればよかったのに……」
「ええ、幼い娘や息子のためにそういう人間を一緒に育てて腹心とするのが、高位貴族の親のやり方です。でも、旦那様の場合、そういうこともめんどうがっていましたから……」
「あーあ……」
「アンジュさんを王家に嫁ぐ際の腹心として育てようとしたことは良かったのかもしれません。でも、あの連中が発言力を持ったまま放置していたのでは、セシル様の周囲の環境は劣悪なままですからね。おそらく前の時間軸ではそうだったのでしょう」
「じゃあ、今は獅子身中の虫を排除できただけでもよかったと?」
「そうですね。ところで、あの侍女たちをやめさせた穴埋めにやはり何名か新たに雇わねばなりません。私としては今度は傘下の貴族からではなく、家政学園に成績優秀なものを紹介してもらった方がいいと思うのです。それから一人だけギルドからも少々特殊な任務で侍女をやってもらうことを考えているのですが?」
「特殊な任務、それはいったい?」
アンジュはヴォルターの提案に耳を傾けるのだった。
セシルを起こすために入ってきた侍女と思しき人物が、小さなピンを手に持ちながら彼女のベットに近づいていった。
そして、ピンを持った手を振りかぶったとき、その手首を後ろからがっしりとつかんだ人間がいた。
「っ……!」
「なにしてるんだ?」
声の主は侍女と同じくらいの背丈の少年だった。
「男!」
少年は侍女の腕をつかんでいた手の力を強めて、彼女の手にあったピンを落とさせた。
「なんなの、あんた! どうして男がお嬢様の部屋に!」
侍女がそう叫んだ瞬間部屋の明かりが点灯し、それが問題視されている古株侍女のリンヴィだとわかった。
「私が頼んだのよ。セシル様を起こす時にも体を痛めつけるようなまねをする侍女がいると推測できたから」
「そんなのたまたまチクッとするだけでしょう!」
「あら、私は『痛めつける』って言っただけなのに、どうしてそれが「チクッと」した痛みだってわかったの? あんまり公爵家をなめない方がいいわよ。主治医のコペトンさんから、セシル様のお体に子供が遊びで傷ついたとするには不可解な傷が何か所かあるって報告があったのよ。二の腕とか背中とか眠っていれば刺しやすいわよね。傷痕から推測するに、凶器はナイフとかの類ではなく女性が使うようなヘアピンとか裁縫針とか……」
「……っぐ……」
「先日の持ち物検査は、それについても実は調べていたの。コペトンさんからセシル様の傷から推測される凶器の形状はどんなものかは報告を受けていたしね」
アンジュがそう語っているうちに、家令のヴォルターとそれを補佐する侍従、主治医のコペトン、さらにセシルなどが、ハイチェストやカーテンの陰から続々と出てきた。
「それにしても九歳のセシルにこんな真似をして、陰険にもほどがあるぜ」
侍女リンヴィの腕をつかんでいたリアムが理解しがたいという表情でつぶやいた。
「なんにせよ、現行犯です。警察にすぐさま連絡を」
ヴォルターがそばにいた侍従に命じ、侍従は部屋の外へ駆け出して行く。
「リンヴィさん、あなたはずいぶん下の立場の侍女たちにも影響力をお持ちだったようですが、まさか、彼女たちに同じようなことを強要していたのではないでしょうね?」
ヴォルターはさらに厳しくリンヴィに問いかける。
「セシル様の記憶に基づいた証言だと、確かにリンヴィ以外にも加害行為を行っていた者がいた可能性はあります」
アンジュが記憶を探りながら言及した。
「どうして……?」
その様子を見ながらセシルが悲しそうに疑問を呈した。
「起き抜けにひどい痛みを感じることがあったわ。でも、誰に聞いても『気のせいだ』って言うし、それで表情を崩せば『セシル様は寝起きが悪い』といって、私の方がダメな言われ方をずっとしていた……」
「まるで虐めだな、吐き気がするぜ!」
「このお屋敷では侍女が仕えるべきご令嬢を傷つけていたのですか? 考えられない事態ですな」
セシルの悲痛な言葉を受けリアムと主治医のコペトンがそれぞれ意見を述べた。
「誰か、セシル様を別の部屋にお連れして、気持ちを落ち着ける温かい飲み物を差し上げて」
「マリアを呼びましょう。あとメイソンさんにもお願いしたほうがいいですね」
「私が連れていきましょう」
アンジュとヴォルターがセシルの様子をおもんばかり、これ以上リンヴィとやり取りを見せるべきではないと判断する。
それを受けてコペトンがセシルを部屋から連れ出した。
「リアム、あなたはマリアさんとメイソンさんを呼んでくれる」
アンジュはリアムには使い走りを頼んだ。
セシルの寝室にはアンジュと家令のヴォルター、そしてリンヴィが取り残された。
「先ほども言いましたが、この件は公爵令嬢傷害罪として扱い警察に介入してもらいます。それにしても理解に苦しみますな。公爵家の温情で傘下の貴族の子息を侍従や侍女として雇い入れていたというのに……」
リンヴィは無言のまま、アンジュやヴォルターから顔をそらした。
「まあ、良いでしょう。後は警察にいろいろ話を聞いてもらえばすむことですから」
ヴォルターは大きくため息をつき言った。
◇ ◇ ◇
後日ヴォルターは取り調べの結果を話すためアンジュを執務室に呼んだ。
リンヴィは警察の取り調べで、ほとんどの侍女に同じことを強要していたことをすぐに自白したらしい。
脅されてやっていた娘たちの処遇については、これまたヴォルターやアンジュにとって頭の痛い問題であった。
「いつまでもお嬢様気分で他の誰かを主人と仰ぎ仕えるということを本当に理解していなかったのでしょう。それで自分より良い服を着て恵まれた将来を約束されたセシルお嬢様が憎たらしかった。しかも、セシルお嬢様の周囲ではそんな醜行をとがめる人もいなかったからやりたい放題だったというわけです」
「それにしても、ずいぶん性根の歪んだ連中が上に立って影響力を持っていたものですね。申し訳ないことながら、私は別の業務があってその辺あまり感づいてはいなかったのですが……」
「侍女や侍従にしても、メイドにしても、わが公爵家で働けるというだけで世間では憧れの目で見られるらしいのです。実際、公爵家にいれば他の貴族の目に留まることも多くあり、そこから縁談が舞い込む娘も多くいます。気立てや器量のいい者はそれで辞めていくことも多いですから、結局ああいうのが長くいて獅子身中の虫となってしまったのでしょうな」
「だったら、仕事に打ち込んでセシル様の信頼を勝ち得るようにすればよかったのに……」
「ええ、幼い娘や息子のためにそういう人間を一緒に育てて腹心とするのが、高位貴族の親のやり方です。でも、旦那様の場合、そういうこともめんどうがっていましたから……」
「あーあ……」
「アンジュさんを王家に嫁ぐ際の腹心として育てようとしたことは良かったのかもしれません。でも、あの連中が発言力を持ったまま放置していたのでは、セシル様の周囲の環境は劣悪なままですからね。おそらく前の時間軸ではそうだったのでしょう」
「じゃあ、今は獅子身中の虫を排除できただけでもよかったと?」
「そうですね。ところで、あの侍女たちをやめさせた穴埋めにやはり何名か新たに雇わねばなりません。私としては今度は傘下の貴族からではなく、家政学園に成績優秀なものを紹介してもらった方がいいと思うのです。それから一人だけギルドからも少々特殊な任務で侍女をやってもらうことを考えているのですが?」
「特殊な任務、それはいったい?」
アンジュはヴォルターの提案に耳を傾けるのだった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】白い結婚はあなたへの導き
白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。
彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。
何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。
先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。
悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。
運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)
浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。
運命のまま彼女は命を落とす。
だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる