17 / 106
第3章 公爵邸の大掃除(公爵の死より1日~10日)
第17話 聞き取り
しおりを挟む
「どうして今まで食事の味が変なことを言わなかったのですか、セシル様?」
アンジュはまずメイドがやらかしたセシルの食事への味変について、彼女が何も言わなかったことについて質問してみた。
セシルの話はこうである。
おかしな味を出されるようになったのは数か月ほど前。
セシルがそれを口にして顔をしかめた時にデローテがその態度をとがめたのである。
「淑女たるもの、不快な気持ちを表情に表すなどもってのほか、何度も言って聞かせたはずですね!」
セシルが食事の味が変と言っても無駄であった。
「以前も言いましたよね! 何度も同じことを注意するのは、言っている側も疲れることなんですけど!」
セシルのやる気のなさと不出来さをこれでもかと責め立てるだけだった。
それからセシルは、一口食べて変な味のするものには手を付けなくなった。
説明しても無駄だから、理由もはっきり言わず、ただ、いやだ、と、言ってかたくなに口をつけようとしなくなった。
結局、デローテのせいか。
証明できなかったとはいえ、デローテ自身がメイドを買収して味変させた可能性もある。デローテがセシルの偏食を吹聴するようになったのもその頃からだった。
自分でセシルに嫌がらせをしかけておいて彼女をとがめる陰検さ。
アンジュはため息をついた。
「セシル様、デローテさんに言われたことはひとまず忘れてください。多分もうないと思いますが、妙な味がした場合は、どんな風に変なのか、とか、ちゃんと説明してくださればこちらで対処しますからね。他のことでもそうです。侍女が何かセシル様に不都合なことをされた場合はこちらにお知らせください」
「不都合なことって例えば、着替えの時につねられたりしたときとか?」
そんなことまでしていたのか、あの侍女たちは!
以前たまたまアンジュが目にしたセシルの着替えでは、仕え始めて三年以上にもなる侍女たちが、不慣れな侍女でもやらない『失敗』をしているのが目に余って注意したことがある。
そのことは当時の侍女長のデローテにも伝えたが、改善されず、余計にひどくなったというわけだ。
「そんなことをするのが誰かわかりますか?」
心当たりはあるが念のためにアンジュはセシルに尋ねた。
「やらないのはケイティぐらいよ」
それで着替えの際にケイティを指名していたのか。
それにしてもケイティ以外は全員やっていたってこと?
はっきり言って異常事態じゃないの。
次にアンジュは侍女たちと個人面談をすることにした。
そこでだいたい分かったことは、マールベロー家に仕えて五年以上経つ古株に当たる三人の侍女が、他の侍女たちをしきっているということである。
古株と言っても一番年上でも二十代半ばであるが、侍女長であったデローテとの意思疎通もとどこおりなく、しかし、これは悪い意味においてである。彼女たちがセシルの嫌がらせを、他の後輩侍女たちにも圧力をかけてやらせているようなところがあり、デローテはそれをすべて黙認していた。
入ってまだ半年もたたないケイティは、それをやろうとしなかったので、
「あんたが一人いい子ぶったらみんなが悪者になるでしょうが!」
「自分のことだけ考えないでよね!」
と、言った形でつるし上げを食らっていた。
怖がっていやいややっている娘もいるのだろう。
ちなみにケイティにその件について尋ねると、
「その……、私は器用ではないので、ミスしたふりとかができなかっただけです」
と、答えていた。
「そう、でもそれが正解よ。まだもう少し時間がかかるけど、できるだけ早く、いやがらせを強要した連中は排除するようにするわ。それまでは今まで通りお願いね」
アンジュはケイティにそう返答し、主犯の排除の考えについてはしばらく黙っていた。
最後にアンジュはデローテと話をすることにした。
「デローテさんがセシル様の食事がいたずらされていることにすぐに気づかれていたなら、何か月もメイドたちの行為を野放しにすることはなかったんです。そういう意味ではデローテさんは『公爵令嬢傷害罪』の補助をなされたってことをご理解なさっていますか?」
「私は、別に……」
「セシル様が妙な味に気づかれた時に、話をろくに聞かず高圧的にものを言うだけだったそうですね」
「淑女のたしなみをセシル様に身を着けさせるためには!」
「それも大切ですが、それで主人の訴えを聞き逃すようでは本末転倒ですわ。まあ、だから、侍女長から降ろされたのでしょうね」
自分よりはるかに年下の小娘の皮肉にデローテは唇をかんだ。
デローテにはもうしばらく、仕事の引継ぎも含めてここで働いてもらうことになるのであまりプライドを刺激するのは得策ではない、と、アンジュはわかっていたが我慢できなかった。
「それから、部下の侍女たちの仕事の出来なさっぷりもひどいものです。仕えて三年以上になる侍女たちが着替えの介助一つとっても、新人よりひどいミスを何度も繰り返しています。侍従の方々は優秀でインシディウス侯爵も欲しがるような人材がそろっています。しかし、侍女に関しては紹介状に『この者は着替えの介助をさせると主君の腕を強引に引っ張ったり髪をファスナーに挟んだりします。三年経っても上達しません』と、但し書きをしなきゃならないレベルです。デローテさん、今まで彼女たちに何を教えてきたのですか?」
わざとインシディウス侯爵の名も出して、侍女の教育がなってなかったこともアンジュは皮肉った。
「とりあえず明日からセシル様付き侍女について、私がそばで観察して仕事ぶりを見ることにします」
「えっ……? いえ、でも……、アンジュさんは王宮付きの侍女になるためのお勉強が……」
いずれセシルが王太子妃になった時のためにアンジュにも勉強があり、通常の侍女とは仕事内容が違っていた。いくら侍女長に抜擢されたと言っても、アンジュにはその業務もあるので、今まで通り、侍女たちを仕切っていくのは自分に任せてもらえるだろうと思い込んでいたデローテはうろたえた。
「それはしばらくお休みさせていただきます。今そばに仕えている侍女たちの仕事ぶりが目も当てられないくらいひどいので、そうも言ってられませんからね」
「侍女たちは一生懸命やっております。最初からそんな風に決めつけるのは……」
「だからこそそれを自分の目で確かめます。では明日からよろしく」
アンジュは事務的に一礼すると、デローテより先に応接室を出るのだった。
アンジュはまずメイドがやらかしたセシルの食事への味変について、彼女が何も言わなかったことについて質問してみた。
セシルの話はこうである。
おかしな味を出されるようになったのは数か月ほど前。
セシルがそれを口にして顔をしかめた時にデローテがその態度をとがめたのである。
「淑女たるもの、不快な気持ちを表情に表すなどもってのほか、何度も言って聞かせたはずですね!」
セシルが食事の味が変と言っても無駄であった。
「以前も言いましたよね! 何度も同じことを注意するのは、言っている側も疲れることなんですけど!」
セシルのやる気のなさと不出来さをこれでもかと責め立てるだけだった。
それからセシルは、一口食べて変な味のするものには手を付けなくなった。
説明しても無駄だから、理由もはっきり言わず、ただ、いやだ、と、言ってかたくなに口をつけようとしなくなった。
結局、デローテのせいか。
証明できなかったとはいえ、デローテ自身がメイドを買収して味変させた可能性もある。デローテがセシルの偏食を吹聴するようになったのもその頃からだった。
自分でセシルに嫌がらせをしかけておいて彼女をとがめる陰検さ。
アンジュはため息をついた。
「セシル様、デローテさんに言われたことはひとまず忘れてください。多分もうないと思いますが、妙な味がした場合は、どんな風に変なのか、とか、ちゃんと説明してくださればこちらで対処しますからね。他のことでもそうです。侍女が何かセシル様に不都合なことをされた場合はこちらにお知らせください」
「不都合なことって例えば、着替えの時につねられたりしたときとか?」
そんなことまでしていたのか、あの侍女たちは!
以前たまたまアンジュが目にしたセシルの着替えでは、仕え始めて三年以上にもなる侍女たちが、不慣れな侍女でもやらない『失敗』をしているのが目に余って注意したことがある。
そのことは当時の侍女長のデローテにも伝えたが、改善されず、余計にひどくなったというわけだ。
「そんなことをするのが誰かわかりますか?」
心当たりはあるが念のためにアンジュはセシルに尋ねた。
「やらないのはケイティぐらいよ」
それで着替えの際にケイティを指名していたのか。
それにしてもケイティ以外は全員やっていたってこと?
はっきり言って異常事態じゃないの。
次にアンジュは侍女たちと個人面談をすることにした。
そこでだいたい分かったことは、マールベロー家に仕えて五年以上経つ古株に当たる三人の侍女が、他の侍女たちをしきっているということである。
古株と言っても一番年上でも二十代半ばであるが、侍女長であったデローテとの意思疎通もとどこおりなく、しかし、これは悪い意味においてである。彼女たちがセシルの嫌がらせを、他の後輩侍女たちにも圧力をかけてやらせているようなところがあり、デローテはそれをすべて黙認していた。
入ってまだ半年もたたないケイティは、それをやろうとしなかったので、
「あんたが一人いい子ぶったらみんなが悪者になるでしょうが!」
「自分のことだけ考えないでよね!」
と、言った形でつるし上げを食らっていた。
怖がっていやいややっている娘もいるのだろう。
ちなみにケイティにその件について尋ねると、
「その……、私は器用ではないので、ミスしたふりとかができなかっただけです」
と、答えていた。
「そう、でもそれが正解よ。まだもう少し時間がかかるけど、できるだけ早く、いやがらせを強要した連中は排除するようにするわ。それまでは今まで通りお願いね」
アンジュはケイティにそう返答し、主犯の排除の考えについてはしばらく黙っていた。
最後にアンジュはデローテと話をすることにした。
「デローテさんがセシル様の食事がいたずらされていることにすぐに気づかれていたなら、何か月もメイドたちの行為を野放しにすることはなかったんです。そういう意味ではデローテさんは『公爵令嬢傷害罪』の補助をなされたってことをご理解なさっていますか?」
「私は、別に……」
「セシル様が妙な味に気づかれた時に、話をろくに聞かず高圧的にものを言うだけだったそうですね」
「淑女のたしなみをセシル様に身を着けさせるためには!」
「それも大切ですが、それで主人の訴えを聞き逃すようでは本末転倒ですわ。まあ、だから、侍女長から降ろされたのでしょうね」
自分よりはるかに年下の小娘の皮肉にデローテは唇をかんだ。
デローテにはもうしばらく、仕事の引継ぎも含めてここで働いてもらうことになるのであまりプライドを刺激するのは得策ではない、と、アンジュはわかっていたが我慢できなかった。
「それから、部下の侍女たちの仕事の出来なさっぷりもひどいものです。仕えて三年以上になる侍女たちが着替えの介助一つとっても、新人よりひどいミスを何度も繰り返しています。侍従の方々は優秀でインシディウス侯爵も欲しがるような人材がそろっています。しかし、侍女に関しては紹介状に『この者は着替えの介助をさせると主君の腕を強引に引っ張ったり髪をファスナーに挟んだりします。三年経っても上達しません』と、但し書きをしなきゃならないレベルです。デローテさん、今まで彼女たちに何を教えてきたのですか?」
わざとインシディウス侯爵の名も出して、侍女の教育がなってなかったこともアンジュは皮肉った。
「とりあえず明日からセシル様付き侍女について、私がそばで観察して仕事ぶりを見ることにします」
「えっ……? いえ、でも……、アンジュさんは王宮付きの侍女になるためのお勉強が……」
いずれセシルが王太子妃になった時のためにアンジュにも勉強があり、通常の侍女とは仕事内容が違っていた。いくら侍女長に抜擢されたと言っても、アンジュにはその業務もあるので、今まで通り、侍女たちを仕切っていくのは自分に任せてもらえるだろうと思い込んでいたデローテはうろたえた。
「それはしばらくお休みさせていただきます。今そばに仕えている侍女たちの仕事ぶりが目も当てられないくらいひどいので、そうも言ってられませんからね」
「侍女たちは一生懸命やっております。最初からそんな風に決めつけるのは……」
「だからこそそれを自分の目で確かめます。では明日からよろしく」
アンジュは事務的に一礼すると、デローテより先に応接室を出るのだった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜
白雲八鈴
ファンタジー
「貴様との婚約は破棄だ!」
はい、なんだか予想通りの婚約破棄をいただきました。ありきたりですわ。もう少し頭を使えばよろしいのに。
ですが、なんと世界の強制力とは恐ろしいものなのでしょう。
いいでしょう!世界が望むならば、悪役令嬢という者を演じて見せましょう。
さて、悪役令嬢とはどういう者なのでしょうか?
*作者の目が節穴のため誤字脱字は存在します。
*n番煎じの悪役令嬢物です。軽い感じで読んでいただければと思います。
*小説家になろう様でも投稿しております。
『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故
ラララキヲ
ファンタジー
ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。
娘の名前はルーニー。
とても可愛い外見をしていた。
彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。
彼女は前世の記憶を持っていたのだ。
そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。
格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。
しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。
乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。
“悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。
怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。
そして物語は動き出した…………──
※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。
※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。
◇テンプレ乙女ゲームの世界。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げる予定です。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます
水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか?
私は、逃げます!
えっ?途中退場はなし?
無理です!私には務まりません!
悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。
一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。
前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。
これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。
それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる