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第3章 公爵邸の大掃除(公爵の死より1日~10日)
第15話 インシディウス侯爵と愛人
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「それでは皆様、残念な行いをする者もいましたが、本日よりセシル様を当主として、使用人一同盛り立てていくことを誓い、会議を終了することといたします」
気まずい沈黙を破りヴォルターが宣言した。
それを合図に皆が立ち上がり始めた。
罪を問われたメイドはそのまま警察の者に促され一足先に部屋を出て行った。
「あの……、侯爵様……」
カミラ・デローテがインシディウス侯爵のそばに行き彼に話しかけた。
「なんだ、こんなところで」
あからさまに迷惑だという表情を侯爵はみせた。
「私はまだ、お役に……」
「そんなことより、君も警察に話を聞かれるんじゃないのか」
「その、侯爵様のことは言っていないのでご安心を……」
カミラは必死に小声で言い訳した。
「詳しいことは後日話そう。次の君の休みの日にいつもの場所で」
侍女長がアンジュに変わったうえに、令嬢への加害行為に間接的にかかわっていたことが屋敷中に知られ、侯爵にとってのカミラの利用価値は大いに薄れた。
とはいえ、ここで突き放してすべてを暴露されても都合が悪いので、機嫌を取るようなことを言ってから彼女から離れた。
インシディウス侯爵家は初代マールベロー公爵の妻、つまりセシルの祖母の実家である。そこの一人娘の婿に入ったのが現インシディウス侯爵であり、夫婦の間にはマティウスとユリウスの二人の息子がいる。
現インシディウス侯爵は自身の頭の回転と人のあしらい方に絶対の自信を抱いており、能力の劣るものが生まれによって、自分より良い条件で人生を渡っていけることに苦々しい思いを抱いていた。
伯爵家の次男であった彼は、自分の方が兄よりも生家をうまく切り盛りして発展させていける自信があったが、兄自身に特に目立った欠陥があるわけではなかったので継ぐことはできなかった。だが、名家インシディウス侯爵の善良な箱入り娘を射止めて婿におさまったときには、兄に勝てたような気がした。
しかし、上には上がいる。
見上げればきりがないが、自分よりも無能に見える存在が人々の尊敬を集め上の立場にたっているのに、彼は憤懣やるかたない思いを抱いた。
この度亡くなったマールベロー公爵である。
見た目の良さ以外傑出したところもないくせに、王家の親族として人々の賞賛と敬意を当たり前のように受け取っているその男に、内心の怒りと侮蔑はひた隠し、友人として接触し取り入っていった。
当意即妙な会話と気さくさで心をつかみ、親戚筋の信頼のできる同年代の高位貴族として、インシディウス侯爵はマールベロー公爵の信頼を勝ち取った。
彼が持ってくる投資話にも、その前に家令のカニングに根回しをしていたということもあるが、公爵は素直に応じた。
そして、娘しかもうけていないまま公爵の妻がなくなったことで、インシディウス侯爵は、いずれ公爵家をのっとることも可能ではないかと思い始める。
特に次男のユリウスは両親のいいところを受け継いだきれいな容姿と頭の回転の速さがある。この子を嫡女セシルの婿養子にすれば、実質的にマールベロー家は侯爵のものとなる。
しかし、幼少の頃からずば抜けた美貌と出自の高さで人々の注目を浴びていたセシルを、子弟の結婚相手にと望む貴族は少なくなかった。
その競争相手を少しでも減らすため、彼女の悪評を広めるための工作にインシディウス侯爵は侍女長デローテを利用した。
カミラ・デローテが生まれた子爵家はあまり裕福ではなく、嫡男を学園に通わせるのが精いっぱい。ゆえに、彼女は貴族の侍従や侍女を育てる家政専門学園を卒業し、マールベロー家に仕え始めた。
この国最大の家門マールベロー家の華やかな空気に幻惑された彼女は、親の持ってくるしょぼい縁談話をけっているうちに、独身のまま二十代半ばを過ぎていた。
そんな彼女の空虚さに付け込んだのがインシディウス侯爵である。
自分の家と同レベルの貴族の次男や三男と結婚しなくても、高位貴族の愛人は場合によっては第二婦人のような扱いを受けることができる。
適齢期を過ぎかけていたデローテにとってインシディウス侯爵は夢を見させてくれる存在であったし、侯爵もまたその心理をついて彼女をうまく利用した。
「婿養子の身ではなかなかね。でも、君が公爵家でユリウスに有利な働きをしてくれたことが証明されたら、妻も君の存在を認めてくれるかも」
このセリフにデローテは奮起し、そして、いささか良識を逸脱するような対応をセシルにしていく。
明らかに彼女はやりすぎた。
インシディウス侯爵もそれを理解したが、今、切り捨てるのは得策ではないと判断し、彼女との関係だけは現状維持で行くこととした。
大丈夫だ、まだいける。
インシディウス侯爵はそう思った。
マールベロー公爵が娘一人をもうけただけで妻を失った後は、後妻を迎えて新たに後継をもうけさせないために、夜の町へと連れ出し、結婚ではない男女の関係の面白さを教え込んだ。
金と地位がありハンサムだった若き公爵は高級娼婦の間でも人気だったし、さらに、あとくされなく遊べる貴族の夫人も紹介した。
公爵自身まだ若かったので、後継問題について焦っていなかった。
心配だったのは、マールベロー公爵に二度目の結婚を視野に入れさせないように誘導しても、いずれ周囲がうるさく勧めることだがそうなる前に彼はこの世を去った。
小躍りしたくなるような幸運だ。
ほんの少し計算違いもあったが風は自分に吹いている、と、侯爵は考えた。
インシディウス侯爵は自信を深め、次なる一手のために新家令ヴォルターに近づき言った。
気まずい沈黙を破りヴォルターが宣言した。
それを合図に皆が立ち上がり始めた。
罪を問われたメイドはそのまま警察の者に促され一足先に部屋を出て行った。
「あの……、侯爵様……」
カミラ・デローテがインシディウス侯爵のそばに行き彼に話しかけた。
「なんだ、こんなところで」
あからさまに迷惑だという表情を侯爵はみせた。
「私はまだ、お役に……」
「そんなことより、君も警察に話を聞かれるんじゃないのか」
「その、侯爵様のことは言っていないのでご安心を……」
カミラは必死に小声で言い訳した。
「詳しいことは後日話そう。次の君の休みの日にいつもの場所で」
侍女長がアンジュに変わったうえに、令嬢への加害行為に間接的にかかわっていたことが屋敷中に知られ、侯爵にとってのカミラの利用価値は大いに薄れた。
とはいえ、ここで突き放してすべてを暴露されても都合が悪いので、機嫌を取るようなことを言ってから彼女から離れた。
インシディウス侯爵家は初代マールベロー公爵の妻、つまりセシルの祖母の実家である。そこの一人娘の婿に入ったのが現インシディウス侯爵であり、夫婦の間にはマティウスとユリウスの二人の息子がいる。
現インシディウス侯爵は自身の頭の回転と人のあしらい方に絶対の自信を抱いており、能力の劣るものが生まれによって、自分より良い条件で人生を渡っていけることに苦々しい思いを抱いていた。
伯爵家の次男であった彼は、自分の方が兄よりも生家をうまく切り盛りして発展させていける自信があったが、兄自身に特に目立った欠陥があるわけではなかったので継ぐことはできなかった。だが、名家インシディウス侯爵の善良な箱入り娘を射止めて婿におさまったときには、兄に勝てたような気がした。
しかし、上には上がいる。
見上げればきりがないが、自分よりも無能に見える存在が人々の尊敬を集め上の立場にたっているのに、彼は憤懣やるかたない思いを抱いた。
この度亡くなったマールベロー公爵である。
見た目の良さ以外傑出したところもないくせに、王家の親族として人々の賞賛と敬意を当たり前のように受け取っているその男に、内心の怒りと侮蔑はひた隠し、友人として接触し取り入っていった。
当意即妙な会話と気さくさで心をつかみ、親戚筋の信頼のできる同年代の高位貴族として、インシディウス侯爵はマールベロー公爵の信頼を勝ち取った。
彼が持ってくる投資話にも、その前に家令のカニングに根回しをしていたということもあるが、公爵は素直に応じた。
そして、娘しかもうけていないまま公爵の妻がなくなったことで、インシディウス侯爵は、いずれ公爵家をのっとることも可能ではないかと思い始める。
特に次男のユリウスは両親のいいところを受け継いだきれいな容姿と頭の回転の速さがある。この子を嫡女セシルの婿養子にすれば、実質的にマールベロー家は侯爵のものとなる。
しかし、幼少の頃からずば抜けた美貌と出自の高さで人々の注目を浴びていたセシルを、子弟の結婚相手にと望む貴族は少なくなかった。
その競争相手を少しでも減らすため、彼女の悪評を広めるための工作にインシディウス侯爵は侍女長デローテを利用した。
カミラ・デローテが生まれた子爵家はあまり裕福ではなく、嫡男を学園に通わせるのが精いっぱい。ゆえに、彼女は貴族の侍従や侍女を育てる家政専門学園を卒業し、マールベロー家に仕え始めた。
この国最大の家門マールベロー家の華やかな空気に幻惑された彼女は、親の持ってくるしょぼい縁談話をけっているうちに、独身のまま二十代半ばを過ぎていた。
そんな彼女の空虚さに付け込んだのがインシディウス侯爵である。
自分の家と同レベルの貴族の次男や三男と結婚しなくても、高位貴族の愛人は場合によっては第二婦人のような扱いを受けることができる。
適齢期を過ぎかけていたデローテにとってインシディウス侯爵は夢を見させてくれる存在であったし、侯爵もまたその心理をついて彼女をうまく利用した。
「婿養子の身ではなかなかね。でも、君が公爵家でユリウスに有利な働きをしてくれたことが証明されたら、妻も君の存在を認めてくれるかも」
このセリフにデローテは奮起し、そして、いささか良識を逸脱するような対応をセシルにしていく。
明らかに彼女はやりすぎた。
インシディウス侯爵もそれを理解したが、今、切り捨てるのは得策ではないと判断し、彼女との関係だけは現状維持で行くこととした。
大丈夫だ、まだいける。
インシディウス侯爵はそう思った。
マールベロー公爵が娘一人をもうけただけで妻を失った後は、後妻を迎えて新たに後継をもうけさせないために、夜の町へと連れ出し、結婚ではない男女の関係の面白さを教え込んだ。
金と地位がありハンサムだった若き公爵は高級娼婦の間でも人気だったし、さらに、あとくされなく遊べる貴族の夫人も紹介した。
公爵自身まだ若かったので、後継問題について焦っていなかった。
心配だったのは、マールベロー公爵に二度目の結婚を視野に入れさせないように誘導しても、いずれ周囲がうるさく勧めることだがそうなる前に彼はこの世を去った。
小躍りしたくなるような幸運だ。
ほんの少し計算違いもあったが風は自分に吹いている、と、侯爵は考えた。
インシディウス侯爵は自信を深め、次なる一手のために新家令ヴォルターに近づき言った。
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