14 / 99
第3章 公爵邸の大掃除(公爵の死より1日~10日)
第14話 料理長の努力とお嬢様の健康に対する罪
しおりを挟む
「それにしても、本当にデローテさんがきっかけなんでしょうかね? あなた方まだ何か隠していることはりませんか?」
新家令ヴォルターが罪を問われているメイド三人に質問した。
メイドたちは目に涙を浮かべ鼻をすすりながら、無言で首を振った。
「いえね、会合の前にこの件はアンジュさんから相談を受けていたのですが、私の判断で事態を明るみにすることにしました。今後はこのようにお嬢様の心身に危害を加える者に対しては、どんな些細なことでも警察沙汰にして加害者の身柄は拘束してもらいます」
なぜ警察関係者まで同席していたのかその理由が分かった。
ヴォルターはすでに彼女たちを連行してもらう準備をしていたのだ。
「今度の家令さんはずいぶんと厳しいのですな」
インシディウス侯爵がみなにも聞こえるような声で独り言をつぶやいた。
その声に促され使用人たちもざわざわしだした。
「たかが食事に対するいたずらでしょう」
「将来もある若い娘さんたちに何もそこまで……」
主に十代から三十代の若い侍女や侍従からそんな声が聞かれた。
「たかが食事? わかりました。では、ヴォルターさんの判断がいかに筋が通っているかは私が証明いたしましょう」
アンジュが彼らの声を制止した。
彼女が立ち上がらなければ、料理長のペンバートンが激怒して彼らを怒鳴りかねなかっただろう。
「ペンバートンさん、あなたは旦那様やセシル様のお食事のメニューを、どういう形で決めているのですか」
自分の料理をわざと台無しにした者を擁護する者まで出てきて、激高する寸前だったペンバートンにアンジュが質問した。
「そうですね。その日仕入れた食材、特にその季節の旬のモノを活かします。あとは主治医さんに言われた栄養のバランスとやらにも気を配っておりますが……」
「確かペンバートンさんは主治医のコペトンさんから、お二人の食事のメニューについて指導を受けていたのでしたね」
「ええ、おっしゃる通りです。毎日とるべき栄養素、それが含まれている食材、組み合わせたメニューを提供しております」
ペンバートンの説明にうなずいたアンジュは、今度は主治医の方に向き直った。
「では、コペトンさん。そうやってペンバートンさんが作った料理をきちんと食べることができなかったとしたら、お二人にいったいどういう影響が出たか教えていただけますか?」
「そうですね。すぐに目に見える影響は出ないでしょうが、長い目で見れば心身の健康に悪影響を及ぼすでしょうな。特にお嬢様は成長期です。成長が阻害されるなど、取り返しのつかない悪影響が出ることも、場合によってはあります」
「以上です」
主治医コペトンの答えにアンジュはそう締めくくって椅子に着席した。
「理解できましたかな? これは『たかが食べ物』の問題ではない。お嬢様のお身体を害することをしでかしたこの娘たちには公爵令嬢傷害容疑がかかっているのです」
アンジュの言葉を受けふたたびヴォルターが説明を始めた。
「マールベロー家は主人を失ったばかりです。そのうえ、お嬢様にまでもしものことがあったら大変です。ゆえに念には念を入れて、本当にお嬢様を害する『黒幕』のようなものがいなかったかは、徹底的に警察にも調べていただくつもりです。それで何もなければそれに越したことはありません。もちろんクビです。警察で数日拘禁され尋問を受け、それでも何もなければ釈放されますが、もう公爵家には帰ってこなくてよろしい!」
「この娘たちの親には私が手紙を書いておくよ。もちろん、やらかしたことをしっかり知らせてね」
ただ単に、自分よりも恵まれている『お嬢様』に小さな意地悪がしたかった、また、それによってお小遣いすらもらえた。
陰険な形で満足を得るためにメイドたちは浅はかな行為を繰り返していた。
その自分のやらかしたことの意味を改めて知り彼女らは青ざめた。
貴族の邸宅の下働きの中でも、マールベロー公爵家はもっとも憧れられる就職口である。その恵まれた立場を自身のケチな妬み心と小さな欲で失い、将来さえも台無しにしてしまったことに気づいて後悔しても後の祭りであった。
「どうして私たちだけなの! デローテさんは確かに私たちのやったことを誉めてくれたのに!」
もはや言い逃れのできない立場になったメイドの一人がやけくそで叫んだ。
デローテだけが涼しい顔で罪を逃れるのが我慢ならなかったからだ。
「証拠はあるの!」
デローテは動揺を抑えてきっぱり言い切った。
彼女たちとの会話は誰にも聞かれないよう周りをいつも確認しながら行ったので、聞いた人などいないはずだ。
魔法能力もない平民出身のメイドたちに『録音』魔法など証拠を残す真似などできない。ここは彼女たちの思い込みで通してやろうとデローテは意を決していた。
「とりあえず、あなたも警察にもう一度お話願えますかな、デローテさん」
ヴォルターはデローテに促した。
「ええ、わかりましたわ」
デローテは了承した。
デローテに関してはこれ以上追い込むことはできないだろう、と、ヴォルターもあきらめている。今回はあのようなメイドを優遇した彼女の『失態』を屋敷中に知らしめただけでも上々、と、考えていた。
「それにしても侯爵様は寛大ですのね。侯爵様の考え方によると、自身のご子息が同じような危害を使用人からくわえられても、警察に突き出さず、まずその者の将来などを第一に考える対処ををされるのですね」
アンジュの大きなつぶやきにインシディウス侯爵は返す言葉がなかった。
「確かに、彼女たちを警察に突き出す以外に、セシル様に危害を加えた者への『適切な処罰』というものがあれば、私も今この場にて教えていただきたいのです」
ヴォルターが続いて発言し、さらに侯爵は焦った。
「あ、いや、その……、目の前にいる娘さん方への同情心が勝ってしまい、しかるべき措置の重要性を失念しておりました。申し訳ない」
侯爵は焦りながら、先ほどの不用意な発言をヴォルターに謝罪した。
新家令ヴォルターが罪を問われているメイド三人に質問した。
メイドたちは目に涙を浮かべ鼻をすすりながら、無言で首を振った。
「いえね、会合の前にこの件はアンジュさんから相談を受けていたのですが、私の判断で事態を明るみにすることにしました。今後はこのようにお嬢様の心身に危害を加える者に対しては、どんな些細なことでも警察沙汰にして加害者の身柄は拘束してもらいます」
なぜ警察関係者まで同席していたのかその理由が分かった。
ヴォルターはすでに彼女たちを連行してもらう準備をしていたのだ。
「今度の家令さんはずいぶんと厳しいのですな」
インシディウス侯爵がみなにも聞こえるような声で独り言をつぶやいた。
その声に促され使用人たちもざわざわしだした。
「たかが食事に対するいたずらでしょう」
「将来もある若い娘さんたちに何もそこまで……」
主に十代から三十代の若い侍女や侍従からそんな声が聞かれた。
「たかが食事? わかりました。では、ヴォルターさんの判断がいかに筋が通っているかは私が証明いたしましょう」
アンジュが彼らの声を制止した。
彼女が立ち上がらなければ、料理長のペンバートンが激怒して彼らを怒鳴りかねなかっただろう。
「ペンバートンさん、あなたは旦那様やセシル様のお食事のメニューを、どういう形で決めているのですか」
自分の料理をわざと台無しにした者を擁護する者まで出てきて、激高する寸前だったペンバートンにアンジュが質問した。
「そうですね。その日仕入れた食材、特にその季節の旬のモノを活かします。あとは主治医さんに言われた栄養のバランスとやらにも気を配っておりますが……」
「確かペンバートンさんは主治医のコペトンさんから、お二人の食事のメニューについて指導を受けていたのでしたね」
「ええ、おっしゃる通りです。毎日とるべき栄養素、それが含まれている食材、組み合わせたメニューを提供しております」
ペンバートンの説明にうなずいたアンジュは、今度は主治医の方に向き直った。
「では、コペトンさん。そうやってペンバートンさんが作った料理をきちんと食べることができなかったとしたら、お二人にいったいどういう影響が出たか教えていただけますか?」
「そうですね。すぐに目に見える影響は出ないでしょうが、長い目で見れば心身の健康に悪影響を及ぼすでしょうな。特にお嬢様は成長期です。成長が阻害されるなど、取り返しのつかない悪影響が出ることも、場合によってはあります」
「以上です」
主治医コペトンの答えにアンジュはそう締めくくって椅子に着席した。
「理解できましたかな? これは『たかが食べ物』の問題ではない。お嬢様のお身体を害することをしでかしたこの娘たちには公爵令嬢傷害容疑がかかっているのです」
アンジュの言葉を受けふたたびヴォルターが説明を始めた。
「マールベロー家は主人を失ったばかりです。そのうえ、お嬢様にまでもしものことがあったら大変です。ゆえに念には念を入れて、本当にお嬢様を害する『黒幕』のようなものがいなかったかは、徹底的に警察にも調べていただくつもりです。それで何もなければそれに越したことはありません。もちろんクビです。警察で数日拘禁され尋問を受け、それでも何もなければ釈放されますが、もう公爵家には帰ってこなくてよろしい!」
「この娘たちの親には私が手紙を書いておくよ。もちろん、やらかしたことをしっかり知らせてね」
ただ単に、自分よりも恵まれている『お嬢様』に小さな意地悪がしたかった、また、それによってお小遣いすらもらえた。
陰険な形で満足を得るためにメイドたちは浅はかな行為を繰り返していた。
その自分のやらかしたことの意味を改めて知り彼女らは青ざめた。
貴族の邸宅の下働きの中でも、マールベロー公爵家はもっとも憧れられる就職口である。その恵まれた立場を自身のケチな妬み心と小さな欲で失い、将来さえも台無しにしてしまったことに気づいて後悔しても後の祭りであった。
「どうして私たちだけなの! デローテさんは確かに私たちのやったことを誉めてくれたのに!」
もはや言い逃れのできない立場になったメイドの一人がやけくそで叫んだ。
デローテだけが涼しい顔で罪を逃れるのが我慢ならなかったからだ。
「証拠はあるの!」
デローテは動揺を抑えてきっぱり言い切った。
彼女たちとの会話は誰にも聞かれないよう周りをいつも確認しながら行ったので、聞いた人などいないはずだ。
魔法能力もない平民出身のメイドたちに『録音』魔法など証拠を残す真似などできない。ここは彼女たちの思い込みで通してやろうとデローテは意を決していた。
「とりあえず、あなたも警察にもう一度お話願えますかな、デローテさん」
ヴォルターはデローテに促した。
「ええ、わかりましたわ」
デローテは了承した。
デローテに関してはこれ以上追い込むことはできないだろう、と、ヴォルターもあきらめている。今回はあのようなメイドを優遇した彼女の『失態』を屋敷中に知らしめただけでも上々、と、考えていた。
「それにしても侯爵様は寛大ですのね。侯爵様の考え方によると、自身のご子息が同じような危害を使用人からくわえられても、警察に突き出さず、まずその者の将来などを第一に考える対処ををされるのですね」
アンジュの大きなつぶやきにインシディウス侯爵は返す言葉がなかった。
「確かに、彼女たちを警察に突き出す以外に、セシル様に危害を加えた者への『適切な処罰』というものがあれば、私も今この場にて教えていただきたいのです」
ヴォルターが続いて発言し、さらに侯爵は焦った。
「あ、いや、その……、目の前にいる娘さん方への同情心が勝ってしまい、しかるべき措置の重要性を失念しておりました。申し訳ない」
侯爵は焦りながら、先ほどの不用意な発言をヴォルターに謝罪した。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】
永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。
転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。
こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり
授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。
◇ ◇ ◇
本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。
序盤は1話あたりの文字数が少なめですが
全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。
勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる
千環
恋愛
第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。
なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる