6 / 112
第2章 亡き公爵の遺言(回帰24時間)
第6話 セシルへの嫌がらせ
しおりを挟む
それどころじゃないですからね、だって。
セシルお嬢様の様子をうかがうことが大事じゃないかのような言い草だったわ。
侍女長のカミラがアンジュに冷淡な態度をとるのは、いつものことだから気にしても仕方がない。
アンジュが公爵家に引き取られた十二歳の時には、すでに幼い娘の家庭教師ぐらいはこなせるほどの学問をおさめていた。
ゆえに、マールベロー公爵はセシルが王家に嫁いだ際に侍女となってもらうべく教育を始め、仕事をそつなくこなせるようになると、アンジュを当家の侍女としてはカミラの次に重要な立場に置いた。
それがカミラには面白くないようだ。
子爵家の出であるカミラ・デローテよりアンジュの方が家格が高いので強く出ることもできない。そのため、そこはかとなくにおわす形で嫌っているのを示すような態度を取ってくる。
しかし、仕えるべきセシルのことも軽視しているのはいかがなものか?
だが、今は考える時ではない。
アンジュはセシルの部屋へ急いだ。
「セシルお嬢様」
アンジュが扉を開けると、飛び込んできたのはセシルではなく侍女見習のケイティであった。
「ああ、アンジュさん。今旦那様のことを聞いたのですが、いったいどうしたらいいのか……」
あなたがうろたえてどうするのですか?
一番不安な思いをしているのはセシルお嬢様ですよ。
そう言いたかったが、雇われて半年、まだ十四歳のケイティにそこまで求めるのは無理かもしれない。
「お嬢様は?」
アンジュはケイティに聞いた。
「はい、洗面と着替えは済んだのですが朝食が……。あの……、着替えが知らせの来る前だったので普段と同じお召し物なのですが、やはり喪服に着替えていただいた方がいいですか?」
「それは、お嬢様が朝食を召し上がってからにしましょう。まだなんですよね」
「あ、それが……」
セシルは身じろぎもせずテーブルの前に腰かけていた。
彼女の前には、豆や穀類、そして細かく刻んだ野菜を煮込んだ雑炊のようなスープが置かれていたが、彼女は手を付けていないようだった。
「セシルお嬢様。旦那様のことはお聞きになりましたね。食べる気になれないのはわかりますが、さあ、どうぞ」
アンジュはセシルに食べるよう促したが、セシルは首を振って拒否の姿勢を示した。
「料理長が気を利かせてのどに通りやすいものを作ってくれました。セシルさまもお好きでしたよね。おなかがすきすぎて途中でお倒れになっては大変ですし、無理をしてでもお食べになっていただけませんか?」
「これはいや、食べたくない!」
へっ?
これは確かセシルも好きなメニューだったよね。
アンジュはいぶかった。
「あの、召し上がらないのなら下げていいですか? メイソンさんからも早く帰ってくるように言われてるんです」
料理を運んできたメイドの娘がイラついたように言った。
「ああ、ごめんなさい。では、セシルお嬢様が召し上がられたら、私が厨房に運んでいきますから、あなたはメイソンさんのところへ帰ってくださいますか?」
「えっ……!」
アンジュの申し出にメイドの娘がなぜかうろたえた。
「あ、あの……、やはり私が戻しますので、召し上がられないのであれば……」
「メイソンさんが今忙しい状況なのは理解しています。あなたが仕事を途中で投げ出したわけではないことはちゃんと説明しますから、心配しないで行ってください」
メイドはそれでもなぜかもじもじしていた。
らちが明かないので、アンジュは無視してセシルに話しかけた。
「私もご相伴にあずかりますね」
「えっ?」
今度はセシルが狼狽した。
その様子を受け流し、アンジュはおかわり用のスープが入っている小鍋のふたを開け予備の皿に盛りつけた。
「こちらの方が暖かいのでどうぞ。私はそちらの方をいただきますね」
アンジュはセシルの前にあったスープを下げ、新しく盛りつけた方をセシルの前に差し出した。そして、自分も着席しセシルの前にあった少し冷めたスープを口に入れた。
「ブッッ! ゲホッ!」
なに、これ!
めちゃくちゃ苦い、人間が食べていい味じゃないわ!
アンジュは立ち上がり、持っていたスプーンで小鍋にあったスープをすくって口に入れた。
普通に美味しい?
「なんなの、これ? 犬や豚でもこんなもの食べられないわよ。セシル様、そちらによそったのは美味しいので安心してお召し上がりください」
アンジュに言われセシルはおそるおそるスプーンを手にし一口食べてみた。そして美味しいとわかると勢いよく食べ出した。よほどおなかがすいていたのだろう。
「どういうこと? どうしてセシル様の前にあったお皿のスープだけこんなに変な味だったの?」
アンジュは食べているセシルの気を散らさないように、部屋の端にメイドを連れて行って、顔を近づけて小声で問いつめた。
メイドは顔を背け答えなかった。
「答えないのだったらこのままメイソンさんのところまで行きましょうか?」
メイドはアンジュの腕を振り払おうとしたが、逆に後ろ手にねじ上げられ顔をしかめた。
アンジュは王妃になるかもしれないセシルに仕える予定だから、護身術はすでに身に着けている。
メイドの小娘を制圧するくらい朝飯前である。
「ケイティ! ちょっと」
アンジュはケイティを呼び、メイドのポケットの中を探るように言った。
ケイティは慣れない手つきでメイドのスカートやエプロンのポケットを探った。
「このようなものが入っていました」
そして、白い包み紙を六包探り当てた。
「なんなの、これは?」
「ただの薬よ!」
「へえ、誰の? どんな疾患の? まあ、調べればわかるわね」
包みに気を取られて少し力が緩んだすきにメイド娘が力いっぱいアンジュの腕を振り払った。
「いい加減にしてよ! こんなことしたって私を罰することなんてできないんだから。メイソンさん? 言っても無駄よ。私はあんたより上のデローテさんのお墨付きをもらってるんだから!」
「「えっ?」」
メイド直属の上司でもない侍女長の名前が出てアンジュとケイティはうろたえた。
ただしメイド娘の狙い通り、まずいことになった、と、思ったわけではない。
「あんたたちの方が怒られるだけよ!」
そう捨てゼリフを残しメイドは部屋を飛び出していった。
セシルお嬢様の様子をうかがうことが大事じゃないかのような言い草だったわ。
侍女長のカミラがアンジュに冷淡な態度をとるのは、いつものことだから気にしても仕方がない。
アンジュが公爵家に引き取られた十二歳の時には、すでに幼い娘の家庭教師ぐらいはこなせるほどの学問をおさめていた。
ゆえに、マールベロー公爵はセシルが王家に嫁いだ際に侍女となってもらうべく教育を始め、仕事をそつなくこなせるようになると、アンジュを当家の侍女としてはカミラの次に重要な立場に置いた。
それがカミラには面白くないようだ。
子爵家の出であるカミラ・デローテよりアンジュの方が家格が高いので強く出ることもできない。そのため、そこはかとなくにおわす形で嫌っているのを示すような態度を取ってくる。
しかし、仕えるべきセシルのことも軽視しているのはいかがなものか?
だが、今は考える時ではない。
アンジュはセシルの部屋へ急いだ。
「セシルお嬢様」
アンジュが扉を開けると、飛び込んできたのはセシルではなく侍女見習のケイティであった。
「ああ、アンジュさん。今旦那様のことを聞いたのですが、いったいどうしたらいいのか……」
あなたがうろたえてどうするのですか?
一番不安な思いをしているのはセシルお嬢様ですよ。
そう言いたかったが、雇われて半年、まだ十四歳のケイティにそこまで求めるのは無理かもしれない。
「お嬢様は?」
アンジュはケイティに聞いた。
「はい、洗面と着替えは済んだのですが朝食が……。あの……、着替えが知らせの来る前だったので普段と同じお召し物なのですが、やはり喪服に着替えていただいた方がいいですか?」
「それは、お嬢様が朝食を召し上がってからにしましょう。まだなんですよね」
「あ、それが……」
セシルは身じろぎもせずテーブルの前に腰かけていた。
彼女の前には、豆や穀類、そして細かく刻んだ野菜を煮込んだ雑炊のようなスープが置かれていたが、彼女は手を付けていないようだった。
「セシルお嬢様。旦那様のことはお聞きになりましたね。食べる気になれないのはわかりますが、さあ、どうぞ」
アンジュはセシルに食べるよう促したが、セシルは首を振って拒否の姿勢を示した。
「料理長が気を利かせてのどに通りやすいものを作ってくれました。セシルさまもお好きでしたよね。おなかがすきすぎて途中でお倒れになっては大変ですし、無理をしてでもお食べになっていただけませんか?」
「これはいや、食べたくない!」
へっ?
これは確かセシルも好きなメニューだったよね。
アンジュはいぶかった。
「あの、召し上がらないのなら下げていいですか? メイソンさんからも早く帰ってくるように言われてるんです」
料理を運んできたメイドの娘がイラついたように言った。
「ああ、ごめんなさい。では、セシルお嬢様が召し上がられたら、私が厨房に運んでいきますから、あなたはメイソンさんのところへ帰ってくださいますか?」
「えっ……!」
アンジュの申し出にメイドの娘がなぜかうろたえた。
「あ、あの……、やはり私が戻しますので、召し上がられないのであれば……」
「メイソンさんが今忙しい状況なのは理解しています。あなたが仕事を途中で投げ出したわけではないことはちゃんと説明しますから、心配しないで行ってください」
メイドはそれでもなぜかもじもじしていた。
らちが明かないので、アンジュは無視してセシルに話しかけた。
「私もご相伴にあずかりますね」
「えっ?」
今度はセシルが狼狽した。
その様子を受け流し、アンジュはおかわり用のスープが入っている小鍋のふたを開け予備の皿に盛りつけた。
「こちらの方が暖かいのでどうぞ。私はそちらの方をいただきますね」
アンジュはセシルの前にあったスープを下げ、新しく盛りつけた方をセシルの前に差し出した。そして、自分も着席しセシルの前にあった少し冷めたスープを口に入れた。
「ブッッ! ゲホッ!」
なに、これ!
めちゃくちゃ苦い、人間が食べていい味じゃないわ!
アンジュは立ち上がり、持っていたスプーンで小鍋にあったスープをすくって口に入れた。
普通に美味しい?
「なんなの、これ? 犬や豚でもこんなもの食べられないわよ。セシル様、そちらによそったのは美味しいので安心してお召し上がりください」
アンジュに言われセシルはおそるおそるスプーンを手にし一口食べてみた。そして美味しいとわかると勢いよく食べ出した。よほどおなかがすいていたのだろう。
「どういうこと? どうしてセシル様の前にあったお皿のスープだけこんなに変な味だったの?」
アンジュは食べているセシルの気を散らさないように、部屋の端にメイドを連れて行って、顔を近づけて小声で問いつめた。
メイドは顔を背け答えなかった。
「答えないのだったらこのままメイソンさんのところまで行きましょうか?」
メイドはアンジュの腕を振り払おうとしたが、逆に後ろ手にねじ上げられ顔をしかめた。
アンジュは王妃になるかもしれないセシルに仕える予定だから、護身術はすでに身に着けている。
メイドの小娘を制圧するくらい朝飯前である。
「ケイティ! ちょっと」
アンジュはケイティを呼び、メイドのポケットの中を探るように言った。
ケイティは慣れない手つきでメイドのスカートやエプロンのポケットを探った。
「このようなものが入っていました」
そして、白い包み紙を六包探り当てた。
「なんなの、これは?」
「ただの薬よ!」
「へえ、誰の? どんな疾患の? まあ、調べればわかるわね」
包みに気を取られて少し力が緩んだすきにメイド娘が力いっぱいアンジュの腕を振り払った。
「いい加減にしてよ! こんなことしたって私を罰することなんてできないんだから。メイソンさん? 言っても無駄よ。私はあんたより上のデローテさんのお墨付きをもらってるんだから!」
「「えっ?」」
メイド直属の上司でもない侍女長の名前が出てアンジュとケイティはうろたえた。
ただしメイド娘の狙い通り、まずいことになった、と、思ったわけではない。
「あんたたちの方が怒られるだけよ!」
そう捨てゼリフを残しメイドは部屋を飛び出していった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
生まれ変わりも楽じゃない ~生まれ変わっても私はわたし~
こひな
恋愛
市川みのり 31歳。
成り行きで、なぜかバリバリのキャリアウーマンをやっていた私。
彼氏なし・趣味は食べることと読書という仕事以外は引きこもり気味な私が、とばっちりで異世界転生。
貴族令嬢となり、四苦八苦しつつ異世界を生き抜くお話です。
※いつも読んで頂きありがとうございます。誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる