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第2章 亡き公爵の遺言(回帰24時間)

第6話 セシルへの嫌がらせ

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 それどころじゃないですからね、だって。

 セシルお嬢様の様子をうかがうことが大事じゃないかのような言い草だったわ。

 侍女長のカミラがアンジュに冷淡な態度をとるのは、いつものことだから気にしても仕方がない。
 
 アンジュが公爵家に引き取られた十二歳の時には、すでに幼い娘の家庭教師ぐらいはこなせるほどの学問をおさめていた。
 ゆえに、マールベロー公爵はセシルが王家に嫁いだ際に侍女となってもらうべく教育を始め、仕事をそつなくこなせるようになると、アンジュを当家の侍女としてはカミラの次に重要な立場に置いた。

 それがカミラには面白くないようだ。

 子爵家の出であるカミラ・デローテよりアンジュの方が家格が高いので強く出ることもできない。そのため、そこはかとなくにおわす形で嫌っているのを示すような態度を取ってくる。

 しかし、仕えるべきセシルのことも軽視しているのはいかがなものか?

 だが、今は考える時ではない。

 アンジュはセシルの部屋へ急いだ。

「セシルお嬢様」

 アンジュが扉を開けると、飛び込んできたのはセシルではなく侍女見習のケイティであった。

「ああ、アンジュさん。今旦那様のことを聞いたのですが、いったいどうしたらいいのか……」

 あなたがうろたえてどうするのですか?
 一番不安な思いをしているのはセシルお嬢様ですよ。

 そう言いたかったが、雇われて半年、まだ十四歳のケイティにそこまで求めるのは無理かもしれない。

「お嬢様は?」

 アンジュはケイティに聞いた。

「はい、洗面と着替えは済んだのですが朝食が……。あの……、着替えが知らせの来る前だったので普段と同じお召し物なのですが、やはり喪服に着替えていただいた方がいいですか?」

「それは、お嬢様が朝食を召し上がってからにしましょう。まだなんですよね」

「あ、それが……」

 セシルは身じろぎもせずテーブルの前に腰かけていた。
 彼女の前には、豆や穀類、そして細かく刻んだ野菜を煮込んだ雑炊のようなスープが置かれていたが、彼女は手を付けていないようだった。

「セシルお嬢様。旦那様のことはお聞きになりましたね。食べる気になれないのはわかりますが、さあ、どうぞ」

 アンジュはセシルに食べるよう促したが、セシルは首を振って拒否の姿勢を示した。

「料理長が気を利かせてのどに通りやすいものを作ってくれました。セシルさまもお好きでしたよね。おなかがすきすぎて途中でお倒れになっては大変ですし、無理をしてでもお食べになっていただけませんか?」

「これはいや、食べたくない!」

 へっ?
 これは確かセシルも好きなメニューだったよね。

 アンジュはいぶかった。

「あの、召し上がらないのなら下げていいですか? メイソンさんからも早く帰ってくるように言われてるんです」

 料理を運んできたメイドの娘がイラついたように言った。

「ああ、ごめんなさい。では、セシルお嬢様が召し上がられたら、私が厨房に運んでいきますから、あなたはメイソンさんのところへ帰ってくださいますか?」

「えっ……!」

 アンジュの申し出にメイドの娘がなぜかうろたえた。

「あ、あの……、やはり私が戻しますので、召し上がられないのであれば……」

「メイソンさんが今忙しい状況なのは理解しています。あなたが仕事を途中で投げ出したわけではないことはちゃんと説明しますから、心配しないで行ってください」

 メイドはそれでもなぜかもじもじしていた。

 らちが明かないので、アンジュは無視してセシルに話しかけた。

「私もご相伴にあずかりますね」

「えっ?」

 今度はセシルが狼狽した。
 その様子を受け流し、アンジュはおかわり用のスープが入っている小鍋のふたを開け予備の皿に盛りつけた。

「こちらの方が暖かいのでどうぞ。私はそちらの方をいただきますね」

 アンジュはセシルの前にあったスープを下げ、新しく盛りつけた方をセシルの前に差し出した。そして、自分も着席しセシルの前にあった少し冷めたスープを口に入れた。

「ブッッ! ゲホッ!」

 なに、これ!
 めちゃくちゃ苦い、人間が食べていい味じゃないわ!

 アンジュは立ち上がり、持っていたスプーンで小鍋にあったスープをすくって口に入れた。

 普通に美味しい?

「なんなの、これ? 犬や豚でもこんなもの食べられないわよ。セシル様、そちらによそったのは美味しいので安心してお召し上がりください」

 アンジュに言われセシルはおそるおそるスプーンを手にし一口食べてみた。そして美味しいとわかると勢いよく食べ出した。よほどおなかがすいていたのだろう。

「どういうこと? どうしてセシル様の前にあったお皿のスープだけこんなに変な味だったの?」

 アンジュは食べているセシルの気を散らさないように、部屋の端にメイドを連れて行って、顔を近づけて小声で問いつめた。

 メイドは顔を背け答えなかった。

「答えないのだったらこのままメイソンさんのところまで行きましょうか?」

 メイドはアンジュの腕を振り払おうとしたが、逆に後ろ手にねじ上げられ顔をしかめた。
 アンジュは王妃になるかもしれないセシルに仕える予定だから、護身術はすでに身に着けている。

 メイドの小娘を制圧するくらい朝飯前である。

「ケイティ! ちょっと」

 アンジュはケイティを呼び、メイドのポケットの中を探るように言った。
 ケイティは慣れない手つきでメイドのスカートやエプロンのポケットを探った。

「このようなものが入っていました」

 そして、白い包み紙を六包探り当てた。

「なんなの、これは?」
「ただの薬よ!」
「へえ、誰の? どんな疾患の? まあ、調べればわかるわね」

 包みに気を取られて少し力が緩んだすきにメイド娘が力いっぱいアンジュの腕を振り払った。

「いい加減にしてよ! こんなことしたって私を罰することなんてできないんだから。メイソンさん? 言っても無駄よ。私はあんたより上のデローテさんのお墨付きをもらってるんだから!」

「「えっ?」」

 メイド直属の上司でもない侍女長の名前が出てアンジュとケイティはうろたえた。
 ただしメイド娘の狙い通り、まずいことになった、と、思ったわけではない。

「あんたたちの方が怒られるだけよ!」

 そう捨てゼリフを残しメイドは部屋を飛び出していった。


 
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