2 / 78
第1章 回帰直前
第2話 公爵令嬢セシルを襲った悲劇
しおりを挟む
「あの女の正体が分かった時点で、あんたはその術を使うべきだった」
ジェイドは非難するように父王に言った。
「……。」
オースティン三世は何も答えずただ息子の言葉を聞いていた。
「あんたはただ関係者を始末し、臭いものにふたをしただけだった」
「リジーの処刑はわしの苦渋の選択だった。そなたの命を救うのにもわしがどれほど各方面にかけあったか!」
「おふくろや俺のことを言ってるんじゃないよ。てめえの過ちで人生を狂わされたセシル・マールベローについて言っているんだ!」
どや顔で息子に恩を着せる王にジェイドは不快感をあらわにした。
「わからぬな、なぜセシルの方なのだ?」
生みの母への仕打ちの恨みならともかく、と、国王は首を傾げた。
「彼女の方が純粋な被害者じゃねえか!」
ジェイドはジェイドで逆に理解できないという表情をした
「被害者にムチ打ちたくはないが、彼女は癇癖がひどく驕慢な女であった」
「へえ、親父どのはつまり、虐められる側にも原因があるって解釈するお人か。確かにそういう考え方するヤツはいるけど、為政者がそれでいいのか?」
「王族としての失態であったことは認める。ゆえに謝罪をし莫大な慰謝料を支払い、そして関係者を処分したのだ」
王太子時代の過ちに対する償いは済んでいる、オースティン三世の認識にジェイドは激怒した。
「馬鹿言うんじゃねえよ! それで取り返せる被害の類か!」
ジェイドは父王の胸ぐらをつかんだ。
「ぐ……」
「だったらなぜ、卒業パーティで断罪した彼女を地下牢に放り込んだ。王家に次ぐ高貴な家の令嬢ならまず貴族牢だろ!」
「その時は、そうするべきだと思ったのだ。リジーに危害を加えた者はそこで苦しむのが妥当だと……」
「地下牢というのは反逆者や凶悪犯罪者など極刑に値する者たち、言い方悪いが、私刑に近い制裁を加えることも許されるような輩が放り込まれるところだ! 看守たちもちゃんとわかっていて、そこに入れられた者は男なら暴行、女に至っては寄ってたかって辱めを受ける、そういう場所だ。そんなところに放り込む必要がどこにあった!」
卒業パーティで王太子一派はセシル・マールベローを断罪した。
そして、衛兵たちにセシルを地下牢に連行することを命じたが、それに抵抗する者がいなかったわけではない。セシル付きの護衛の騎士リアム・ジェラルディは単独で衛兵たちに抵抗し、彼女を自宅へ連れ帰ろうとした。
地下牢のような忌まわしい場所に連れていかれたら、その時点でセシルの貴族令嬢としての、いや、女性としての人生も終了する。
それだけはさせない。
凄腕の剣士は十数人の衛兵隊にもひるまずセシルを守った。
しかし、王太子の側近候補でセシルの断罪に参加していたダンゼル・ブレイズがリアムに火炎魔法を放った。
友人の裏切りに続いて、目の前での幼なじみの護衛の焼死にセシルの心は折れ、衛兵隊のなすがまま地下牢へと連行されていった。
「今思えば、それも魅了の力で……」
オースティン三世は当時の経緯を思い出し、小声で言い訳をした。
「ふっ、処刑に躊躇したなんて言っておきながら、肝心なところは彼女の魅了能力に責任を押し付けるのか」
魅了は発する本人にとっても無意識になされる業で、指摘されなければ気づかないことも多く、ましてや、人の心を操作する類の術ではない。
当時の王太子オースティンを含むあまたの貴族令息が、その技でリジェンナに魅せられていたといっても、誰かがセシルへの『地下牢行き』という理不尽な処分を提案し、それを周りの人間が賛同しない限り、あのような残酷なことは起きなかった。
「冤罪が確定し、地下牢から解放されたセシルは生きる気力も失い廃人同然だった。王家の者たちが見舞いに来て『何か望みはあるか』と聞かれた時、彼女は『卒業パーティ以前に戻りたい』と、言ったらしいじゃないか」
「そなた、なぜ、そこまで当時の状況を?」
卒業パーティでのセシルへの断罪はジェイドの生まれる前、セシルの開放も彼がまだ赤ん坊のころの話だ。
事の次第を見てきたように語る息子に国王は疑問を持った。
「多感な少年が『産みの母のことを知りたい』と懇願すれば、口が軽くなる人間は少なからずいるものさ」
十代の頃にしか使えない手だったがな、と、自嘲気味にジェイドは言った。
「俺のことはいいさ、もはや取り返しのつかない被害に対してのセシルの思いは当然だ。普通の人間ならどんなに望んでも時を巻き戻すことはできない。でも、王家にはできたはずだ!」
「女一人のために王家の人間を三人も犠牲にすることはできぬ!」
「はあ、どの口が言ってるんだ! 完全にてめえの失態で彼女は人生をつぶされたんじゃねえか。それに被害者はセシル一人じゃない。彼女の目の前で焼殺された護衛がいた!」
「命の重さが違う!」
最後の言葉にジェイドの堪えていた何かが切れ、気づけば父王を殴り飛ばしていた。
ジェイドは非難するように父王に言った。
「……。」
オースティン三世は何も答えずただ息子の言葉を聞いていた。
「あんたはただ関係者を始末し、臭いものにふたをしただけだった」
「リジーの処刑はわしの苦渋の選択だった。そなたの命を救うのにもわしがどれほど各方面にかけあったか!」
「おふくろや俺のことを言ってるんじゃないよ。てめえの過ちで人生を狂わされたセシル・マールベローについて言っているんだ!」
どや顔で息子に恩を着せる王にジェイドは不快感をあらわにした。
「わからぬな、なぜセシルの方なのだ?」
生みの母への仕打ちの恨みならともかく、と、国王は首を傾げた。
「彼女の方が純粋な被害者じゃねえか!」
ジェイドはジェイドで逆に理解できないという表情をした
「被害者にムチ打ちたくはないが、彼女は癇癖がひどく驕慢な女であった」
「へえ、親父どのはつまり、虐められる側にも原因があるって解釈するお人か。確かにそういう考え方するヤツはいるけど、為政者がそれでいいのか?」
「王族としての失態であったことは認める。ゆえに謝罪をし莫大な慰謝料を支払い、そして関係者を処分したのだ」
王太子時代の過ちに対する償いは済んでいる、オースティン三世の認識にジェイドは激怒した。
「馬鹿言うんじゃねえよ! それで取り返せる被害の類か!」
ジェイドは父王の胸ぐらをつかんだ。
「ぐ……」
「だったらなぜ、卒業パーティで断罪した彼女を地下牢に放り込んだ。王家に次ぐ高貴な家の令嬢ならまず貴族牢だろ!」
「その時は、そうするべきだと思ったのだ。リジーに危害を加えた者はそこで苦しむのが妥当だと……」
「地下牢というのは反逆者や凶悪犯罪者など極刑に値する者たち、言い方悪いが、私刑に近い制裁を加えることも許されるような輩が放り込まれるところだ! 看守たちもちゃんとわかっていて、そこに入れられた者は男なら暴行、女に至っては寄ってたかって辱めを受ける、そういう場所だ。そんなところに放り込む必要がどこにあった!」
卒業パーティで王太子一派はセシル・マールベローを断罪した。
そして、衛兵たちにセシルを地下牢に連行することを命じたが、それに抵抗する者がいなかったわけではない。セシル付きの護衛の騎士リアム・ジェラルディは単独で衛兵たちに抵抗し、彼女を自宅へ連れ帰ろうとした。
地下牢のような忌まわしい場所に連れていかれたら、その時点でセシルの貴族令嬢としての、いや、女性としての人生も終了する。
それだけはさせない。
凄腕の剣士は十数人の衛兵隊にもひるまずセシルを守った。
しかし、王太子の側近候補でセシルの断罪に参加していたダンゼル・ブレイズがリアムに火炎魔法を放った。
友人の裏切りに続いて、目の前での幼なじみの護衛の焼死にセシルの心は折れ、衛兵隊のなすがまま地下牢へと連行されていった。
「今思えば、それも魅了の力で……」
オースティン三世は当時の経緯を思い出し、小声で言い訳をした。
「ふっ、処刑に躊躇したなんて言っておきながら、肝心なところは彼女の魅了能力に責任を押し付けるのか」
魅了は発する本人にとっても無意識になされる業で、指摘されなければ気づかないことも多く、ましてや、人の心を操作する類の術ではない。
当時の王太子オースティンを含むあまたの貴族令息が、その技でリジェンナに魅せられていたといっても、誰かがセシルへの『地下牢行き』という理不尽な処分を提案し、それを周りの人間が賛同しない限り、あのような残酷なことは起きなかった。
「冤罪が確定し、地下牢から解放されたセシルは生きる気力も失い廃人同然だった。王家の者たちが見舞いに来て『何か望みはあるか』と聞かれた時、彼女は『卒業パーティ以前に戻りたい』と、言ったらしいじゃないか」
「そなた、なぜ、そこまで当時の状況を?」
卒業パーティでのセシルへの断罪はジェイドの生まれる前、セシルの開放も彼がまだ赤ん坊のころの話だ。
事の次第を見てきたように語る息子に国王は疑問を持った。
「多感な少年が『産みの母のことを知りたい』と懇願すれば、口が軽くなる人間は少なからずいるものさ」
十代の頃にしか使えない手だったがな、と、自嘲気味にジェイドは言った。
「俺のことはいいさ、もはや取り返しのつかない被害に対してのセシルの思いは当然だ。普通の人間ならどんなに望んでも時を巻き戻すことはできない。でも、王家にはできたはずだ!」
「女一人のために王家の人間を三人も犠牲にすることはできぬ!」
「はあ、どの口が言ってるんだ! 完全にてめえの失態で彼女は人生をつぶされたんじゃねえか。それに被害者はセシル一人じゃない。彼女の目の前で焼殺された護衛がいた!」
「命の重さが違う!」
最後の言葉にジェイドの堪えていた何かが切れ、気づけば父王を殴り飛ばしていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
目が覚めたら夫と子供がいました
青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。
1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。
「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」
「…あなた誰?」
16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。
シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。
そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。
なろう様でも同時掲載しています。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
そして乙女ゲームは始まらなかった
お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。
一体私は何をしたらいいのでしょうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる