1 / 106
第1章 回帰直前
第1話 幻の王子
しおりを挟む
「いい気なものだ、てめえの過ちで人生をつぶされた者たちのことは、頭からきれいさっぱり消し去って、幸せをかみしめたような顔をしてるんだからな」
自室のソファーに座って外を眺めていたオースティン三世に何者かが声をかけた。
「誰だ!」
ユーディット国国王オースティン三世はあたりを見回した。
先ほどまで王太子に世継ぎが誕生した祝いの宴で、出席した者たちの祝福の言葉を受けていた。
それが全て終了し、国王はようやく自室に戻ることができたばかり。
祝いの花火はまだ終わることなく続いている。
それを眺めながら感慨にふけっていた国王の心に水を差すような言葉をかけたのは……?
「『幻の王子ジェイド』、それが生まれてから今まで俺に使われてきた通り名だ」
「ジェイドだと! そなたリジーの息子か!」
リジーとはオースティン三世の最初の妃リジェンナの愛称である。
オースティン三世は目の前に立っている青年を見つめた。
リジェンナ譲りの赤みがかった金髪がゆるやかにウェーブがかっている。
瞳の色は王家独特のコーンフラワーブルーだ。
彼が少年の時に何度か顔を合わせたが、成人して後は、もともと親子として暮らしたこともなかったゆえ、互いに相手をいない者であるかのようにみなし、顔を合わせることもついぞなかった。
オースティン三世の治世は、過去の他の国王の代に比べると波乱が少なく穏やかだったが、私生活では紆余曲折があった。
オースティンは子供の頃マールベロー公爵の一人娘セシルと婚約した。
しかし、貴族の子弟が通う学園でブレイ男爵の庶子リジェンナと恋に落ち、セシルを排した。
愛のない政略を拒み婚約を解消するにしても、相手に礼を尽くしてそうするのならまだいい。王太子であった当時の彼は、リジェンナの讒言を真に受けセシルに冤罪をかぶせたのである。
罪人として地下牢につながれたセシルの存在は王太子の心の中から消え、リジェンナと無事結婚にこぎつけた。
結婚生活は順風満帆で二人の間にはやがて世継ぎとなる王子が生まれる。
その王子こそ目の前にいるジェイド。
「『人生をつぶされた者』とは誰のことを言っている?」
「自分で思い浮かべようとしないのが驚きだね。一人や二人じゃないだろう」
「処刑されたリジーの敵討ちか? それとも、国王の長男でありながら、王家から遠ざけられた己の立場への恨みか?」
父である国王は聞いた。
それに対して、息子であるジェイドはくすっと笑みを漏らし答えた。
「勘違いするなよ。おれは今の自由な立場をけっこう気に入っている。母が処刑された時に一緒に闇に葬られる可能性もあったが、王家の血を引いている者は誰であれ、秘術の生贄要員にすることができる。だから俺は生かされた」
オースティンとリジェンナの結婚生活に暗雲が立ち込めたのは、ジェイドが生まれて間もなくのことだった。
「お前が魅了持ちの女にたぶらかされたのがすべての悲劇の始まりだった」
リジェンナが『魅了』と『隷属』の術を使って周囲の人間を思い通りに操っていたことが外国の魔道調査で明らかになったのだ。
「おふくろの処刑も正直自業自得だと思っている。『魅了』だけなら無意識に発していただけと言い訳もできるが、『隷属』まで使っていたのではな」
リジェンナの魅了に惑わされた令息たちに、セシルの「悪行」を泣きながら訴えて信じさせるのは造作もなかった。
しかし、その訴えは証拠に乏しかった。
決定打となったのは、セシルの友人だったオリビア・トゥールズの証言。
セシルが自分を含め、他の令嬢たちにリジェンナへの嫌がらせを指示していたと彼女は証言し、その中には犯罪と言える行為もあった。
その証言がくつがえったのがジェイドが生まれてすぐのことである。
事件の後、オリビアは姉とともに外国にわたり、そこで、リジェンナによって隷属の術をかけられ証言を強要されていたことが明るみにされたのだ。
この国ではそれほどでもないが、他国では『魅了』や『隷属』に対する研究が進んでいる。
現在共和制を取っているある国では過去に、強力な魅了能力を生まれながらに持った小男が、選挙の演説で人々を酔わしめ独裁体制を構築した。
そしてその後、周辺諸国への侵略を行い、結果として亡国の憂き目を見ている。
問題の国も周辺諸国も『魅了』能力に無警戒であることがどれだけ危険か、思い知らされる歴史的出来事であった。
「この国はその点、警戒心なさすぎだよな。いざとなれば秘術で時間を巻き戻してやり直せば済むと思っているからなのか?」
王家の秘術、それは王家の血を引く三名の者の命と引き換えに時間を巻き戻す、この国の王家だけに伝わる切り札であった。
自室のソファーに座って外を眺めていたオースティン三世に何者かが声をかけた。
「誰だ!」
ユーディット国国王オースティン三世はあたりを見回した。
先ほどまで王太子に世継ぎが誕生した祝いの宴で、出席した者たちの祝福の言葉を受けていた。
それが全て終了し、国王はようやく自室に戻ることができたばかり。
祝いの花火はまだ終わることなく続いている。
それを眺めながら感慨にふけっていた国王の心に水を差すような言葉をかけたのは……?
「『幻の王子ジェイド』、それが生まれてから今まで俺に使われてきた通り名だ」
「ジェイドだと! そなたリジーの息子か!」
リジーとはオースティン三世の最初の妃リジェンナの愛称である。
オースティン三世は目の前に立っている青年を見つめた。
リジェンナ譲りの赤みがかった金髪がゆるやかにウェーブがかっている。
瞳の色は王家独特のコーンフラワーブルーだ。
彼が少年の時に何度か顔を合わせたが、成人して後は、もともと親子として暮らしたこともなかったゆえ、互いに相手をいない者であるかのようにみなし、顔を合わせることもついぞなかった。
オースティン三世の治世は、過去の他の国王の代に比べると波乱が少なく穏やかだったが、私生活では紆余曲折があった。
オースティンは子供の頃マールベロー公爵の一人娘セシルと婚約した。
しかし、貴族の子弟が通う学園でブレイ男爵の庶子リジェンナと恋に落ち、セシルを排した。
愛のない政略を拒み婚約を解消するにしても、相手に礼を尽くしてそうするのならまだいい。王太子であった当時の彼は、リジェンナの讒言を真に受けセシルに冤罪をかぶせたのである。
罪人として地下牢につながれたセシルの存在は王太子の心の中から消え、リジェンナと無事結婚にこぎつけた。
結婚生活は順風満帆で二人の間にはやがて世継ぎとなる王子が生まれる。
その王子こそ目の前にいるジェイド。
「『人生をつぶされた者』とは誰のことを言っている?」
「自分で思い浮かべようとしないのが驚きだね。一人や二人じゃないだろう」
「処刑されたリジーの敵討ちか? それとも、国王の長男でありながら、王家から遠ざけられた己の立場への恨みか?」
父である国王は聞いた。
それに対して、息子であるジェイドはくすっと笑みを漏らし答えた。
「勘違いするなよ。おれは今の自由な立場をけっこう気に入っている。母が処刑された時に一緒に闇に葬られる可能性もあったが、王家の血を引いている者は誰であれ、秘術の生贄要員にすることができる。だから俺は生かされた」
オースティンとリジェンナの結婚生活に暗雲が立ち込めたのは、ジェイドが生まれて間もなくのことだった。
「お前が魅了持ちの女にたぶらかされたのがすべての悲劇の始まりだった」
リジェンナが『魅了』と『隷属』の術を使って周囲の人間を思い通りに操っていたことが外国の魔道調査で明らかになったのだ。
「おふくろの処刑も正直自業自得だと思っている。『魅了』だけなら無意識に発していただけと言い訳もできるが、『隷属』まで使っていたのではな」
リジェンナの魅了に惑わされた令息たちに、セシルの「悪行」を泣きながら訴えて信じさせるのは造作もなかった。
しかし、その訴えは証拠に乏しかった。
決定打となったのは、セシルの友人だったオリビア・トゥールズの証言。
セシルが自分を含め、他の令嬢たちにリジェンナへの嫌がらせを指示していたと彼女は証言し、その中には犯罪と言える行為もあった。
その証言がくつがえったのがジェイドが生まれてすぐのことである。
事件の後、オリビアは姉とともに外国にわたり、そこで、リジェンナによって隷属の術をかけられ証言を強要されていたことが明るみにされたのだ。
この国ではそれほどでもないが、他国では『魅了』や『隷属』に対する研究が進んでいる。
現在共和制を取っているある国では過去に、強力な魅了能力を生まれながらに持った小男が、選挙の演説で人々を酔わしめ独裁体制を構築した。
そしてその後、周辺諸国への侵略を行い、結果として亡国の憂き目を見ている。
問題の国も周辺諸国も『魅了』能力に無警戒であることがどれだけ危険か、思い知らされる歴史的出来事であった。
「この国はその点、警戒心なさすぎだよな。いざとなれば秘術で時間を巻き戻してやり直せば済むと思っているからなのか?」
王家の秘術、それは王家の血を引く三名の者の命と引き換えに時間を巻き戻す、この国の王家だけに伝わる切り札であった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
このやってられない世界で
みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。
悪役令嬢・キーラになったらしいけど、
そのフラグは初っ端に折れてしまった。
主人公のヒロインをそっちのけの、
よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、
王子様に捕まってしまったキーラは
楽しく生き残ることができるのか。
ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました
星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
悪役令嬢の矜持〜世界が望む悪役令嬢を演じればよろしいのですわね〜
白雲八鈴
ファンタジー
「貴様との婚約は破棄だ!」
はい、なんだか予想通りの婚約破棄をいただきました。ありきたりですわ。もう少し頭を使えばよろしいのに。
ですが、なんと世界の強制力とは恐ろしいものなのでしょう。
いいでしょう!世界が望むならば、悪役令嬢という者を演じて見せましょう。
さて、悪役令嬢とはどういう者なのでしょうか?
*作者の目が節穴のため誤字脱字は存在します。
*n番煎じの悪役令嬢物です。軽い感じで読んでいただければと思います。
*小説家になろう様でも投稿しております。
『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故
ラララキヲ
ファンタジー
ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。
娘の名前はルーニー。
とても可愛い外見をしていた。
彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。
彼女は前世の記憶を持っていたのだ。
そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。
格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。
しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。
乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。
“悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。
怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。
そして物語は動き出した…………──
※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。
※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。
◇テンプレ乙女ゲームの世界。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げる予定です。
悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます
水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか?
私は、逃げます!
えっ?途中退場はなし?
無理です!私には務まりません!
悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。
一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる