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第1章 回帰直前

第1話 幻の王子

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「いい気なものだ、てめえの過ちで人生をつぶされた者たちのことは、頭からきれいさっぱり消し去って、幸せをかみしめたような顔をしてるんだからな」

 自室のソファーに座って外を眺めていたオースティン三世に何者かが声をかけた。

「誰だ!」
 
 ユーディット国国王オースティン三世はあたりを見回した。

 先ほどまで王太子に世継ぎが誕生した祝いの宴で、出席した者たちの祝福の言葉を受けていた。

 それが全て終了し、国王はようやく自室に戻ることができたばかり。

 祝いの花火はまだ終わることなく続いている。
 それを眺めながら感慨にふけっていた国王の心に水を差すような言葉をかけたのは……?

「『幻の王子ジェイド』、それが生まれてから今まで俺に使われてきた通り名だ」

「ジェイドだと! そなたリジーの息子か!」

 リジーとはオースティン三世の最初の妃リジェンナの愛称である。

 オースティン三世は目の前に立っている青年を見つめた。
 リジェンナ譲りの赤みがかった金髪がゆるやかにウェーブがかっている。
 瞳の色は王家独特のコーンフラワーブルーだ。

 彼が少年の時に何度か顔を合わせたが、成人して後は、もともと親子として暮らしたこともなかったゆえ、互いに相手をいない者であるかのようにみなし、顔を合わせることもついぞなかった。

 
 オースティン三世の治世は、過去の他の国王の代に比べると波乱が少なく穏やかだったが、私生活では紆余曲折があった。

 オースティンは子供の頃マールベロー公爵の一人娘セシルと婚約した。

 しかし、貴族の子弟が通う学園でブレイ男爵の庶子リジェンナと恋に落ち、セシルを排した。
 愛のない政略を拒み婚約を解消するにしても、相手に礼を尽くしてそうするのならまだいい。王太子であった当時の彼は、リジェンナの讒言ざんげんを真に受けセシルに冤罪をかぶせたのである。

 罪人として地下牢につながれたセシルの存在は王太子の心の中から消え、リジェンナと無事結婚にこぎつけた。

 結婚生活は順風満帆で二人の間にはやがて世継ぎとなる王子が生まれる。
 その王子こそ目の前にいるジェイド。

「『人生をつぶされた者』とは誰のことを言っている?」

「自分で思い浮かべようとしないのが驚きだね。一人や二人じゃないだろう」

「処刑されたリジーの敵討ちか? それとも、国王の長男でありながら、王家から遠ざけられた己の立場への恨みか?」

 父である国王は聞いた。
 それに対して、息子であるジェイドはくすっと笑みを漏らし答えた。

「勘違いするなよ。おれは今の自由な立場をけっこう気に入っている。母が処刑された時に一緒に闇に葬られる可能性もあったが、王家の血を引いている者は誰であれ、秘術の生贄いけにえ要員にすることができる。だから俺は生かされた」

 オースティンとリジェンナの結婚生活に暗雲が立ち込めたのは、ジェイドが生まれて間もなくのことだった。

「お前が魅了持ちの女にたぶらかされたのがすべての悲劇の始まりだった」

 リジェンナが『魅了』と『隷属』の術を使って周囲の人間を思い通りに操っていたことが外国の魔道調査で明らかになったのだ。

「おふくろの処刑も正直自業自得だと思っている。『魅了』だけなら無意識に発していただけと言い訳もできるが、『隷属れいぞく』まで使っていたのではな」

 リジェンナの魅了に惑わされた令息たちに、セシルの「悪行」を泣きながら訴えて信じさせるのは造作もなかった。

 しかし、その訴えは証拠に乏しかった。
 決定打となったのは、セシルの友人だったオリビア・トゥールズの証言。
 セシルが自分を含め、他の令嬢たちにリジェンナへの嫌がらせを指示していたと彼女は証言し、その中には犯罪と言える行為もあった。

 その証言がくつがえったのがジェイドが生まれてすぐのことである。

 事件の後、オリビアは姉とともに外国にわたり、そこで、リジェンナによって隷属の術をかけられ証言を強要されていたことが明るみにされたのだ。

 この国ではそれほどでもないが、他国では『魅了』や『隷属』に対する研究が進んでいる。

 現在共和制を取っているある国では過去に、強力な魅了能力を生まれながらに持った小男が、選挙の演説で人々を酔わしめ独裁体制を構築した。
 そしてその後、周辺諸国への侵略を行い、結果として亡国の憂き目を見ている。
 問題の国も周辺諸国も『魅了』能力に無警戒であることがどれだけ危険か、思い知らされる歴史的出来事であった。

「この国はその点、警戒心なさすぎだよな。いざとなれば秘術で時間を巻き戻してやり直せば済むと思っているからなのか?」

 王家の秘術、それは王家の血を引く三名の者の命と引き換えに時間を巻き戻す、この国の王家だけに伝わる切り札であった。
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