ペニスマン

終焉の愛終(しゅうえんのあいうぉあ)

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23.「心肺停止」

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 ざあざあと雨が横殴りで叩いてくる激しい天気の中、一人の少女が背中に自分より同じくらいか少し小さい身長の少年を担いで走っていた。走るたびに、水溜りを勢いよく踏んで、泥水が少女のスカートを汚していく。それでも少女は汚れを気にしない。今は、それよりも大事なものを背負っているからだ。
 有式真弓。それが彼女の大事な者だ。彼の頭部からは今なお現在進行形で血が大量に零れ落ちていて、中身の液体がなくなるのではという不安が沸くほどである。少女が手で押さえようとも傷口からは血が溢れ、止まらない。止まってくれなかった。
 瀕死の少年が傷ついた理由は、先の戦いのせい。ヒーローとして。少女……雨宮つばめのヒーローとして在る為、悪敵である超能力者と戦い、見事市民を守り打ち勝った。
 が、勝利の代償に少年は深く傷を負った。とても軽傷とは呼べない、重症であった。頭部から大量に流れる出血は、もはや危険域を超えている。いつ死んでもおかしくない状態。
 そんな瀕死の少年を背負っている雨宮つばめは必死に前へ進みながら、自分は今、どこへ向かっているのだろう。と思った。病院? 呼ぶべきだろう。だが、こんな頭部を異常に傷つけられた状態の少年を、病院が調べれば警察がそれに勘づくかもしれない。
 少年……有式真弓の正体は赤い巨人だ。赤い巨人……最近噂になっている、怪人だったり、事件を解決していくヒーローだったり、様々に言われているが、その巨大かつ赤い肌を持つ特徴的な姿から赤い巨人と、皆に呼ばれていた。
 対して、有式真弓はただの高校生である。雨宮つばめも、今さっきまではそうだと認識していた。しかし、彼はただの高校生ではなく、困っている人々を守るヒーローというもう一つの一面を持っていたのだ。
 ヒーローだった少年は一度打ちひしがれた。痛みに負けて、自身が無敵ではないと知り、恐怖で膝を屈した。けれど、雨宮つばめのヒーローだと言われて、再起した。無敵ではなくとも、ヒーローは確かにあるのだと、そう信じて戦った。勇敢に。
 雨宮つばめはその戦いを見届けた後、自分の未だコントロールできていない超能力……『感情で天気を操る力』を一度使い、警察に囲まれた少年を救出した。力をコントロールできたわけではなく、少年を助けたいという彼女の必死な思いが奇跡を起こしたのだろう。
 奇跡は一度起こった。だったら、二度目だって、起きていいはずだ。
 今一度、雨宮つばめは背負っている深く傷ついた少年を想う。

「……先輩、ぜったいに死なないでください……!」

 そうだ。少年は死なせない。私が。雨宮つばめが少年を助ける。一度少年に救ってもらったみたいに。私も。先輩を救うんだと。
 ただ走る。転んでも関係ない。泥だらけになったって構わない。今は自分のことなんてどうでもいい。
 いつの間にか、彼女は自分が駅の構内にいるのだと知った。大宮駅構内の一角にある喫茶店『古時計』の前に、彼女は少年を背負いながら立っていた。
(ここは……よく先輩たちが使ってた……マスターのいるお店……)
 彼女はどうしてここに来たのか、病院ではなくただの喫茶店にすぎないこの建物にやってきたのか、分からなかった。けれど、数分間の走りで疲労した体の最後の力を振り絞り、両腕でその扉を押し開けた。
 少女は扉を押しながら、前へ倒れながら……ただひたすら思った。──自分を絶望の淵から救ってくれた、恩人を、ヒーローを、

「たすけてっ!! マスター!」

 無力でここに運ぶことしかできなかった自分の代わりに、瀕死の少年を助けてくれるかもしれない、その相手に向かって。
 彼女……雨宮つばめはその名を叫んだ。




 
====



 
 大宮駅構内にある喫茶店『古時計』の店主であるマスター……藍田潮はその叫び声に気づき、何かが倒れる音共に豪快に開いたドアを見る。そこには、泥水で髪や制服の大部分を汚した少女とその背を覆うようにして少年が、倒れていた。
 少女と少年のことは、当然身に覚えがある。少女の方は比較的最近この喫茶店にやってくるようになった高校一年生の雨宮つばめ。少年は少女よりも知っている。少年は、有式真弓。小学校の頃からこの喫茶店に通っている、よく問題を起こすが可愛い奴というのが藍田潮の認識である。
 そんな二人が倒れている……? 藍田潮は何やらよからぬ想像を振り払うようにして、カウンター内から飛び越え二人に駆け寄る。助けて、と雨宮が言っていた気がするが、聞き間違いかもしれない。

「つばめ!? 真弓……!? 何してんだ……お前たち」
「ま、マスター……先輩を、有式先輩を助けてください」
「つばめ、それはどういう──真弓、お前……その頭の血……」

 雨宮が真弓のことを慎重に膝の上に起こして、藍田に見せる。
 真弓の頭部には直視し難い重症の傷が付いていて、その穴から大量の血が溢れていた。赤い血が、赤黒い……本物のどろどろとした液体が。
 その精神が削られるような現実を見て、藍田は気分が悪くなる。顔が青ざめるが、今はそれどころではない。

「つばめっ、何があったんだ! 真弓はっ……どうなってるんだ!?」
「先輩は……みんなのために、戦って……それで傷を負って……マスター、助けてください……先輩が、……どんどん、心臓の鼓動が少なくなってるんです......このままじゃ、先輩は」
  
 死ぬ。その先を聞く前に、藍田は少年を抱えていた。
 聞きたくない。──真弓が、死ぬ? そんなこと聞いてやるものか。あたしは認めない。絶対に。

「……認めないからな……まゆみ……あたしは、勝手に死ぬなんて」
「マスター……どうにかできないんですか……?」
「くやしいが……あたしに医療知識はない……」
「そ、そんな……」

 藍田が悔しそうに返すと、雨宮は首の力が抜けたようにして下を俯く。
 だが。まだできることはある。藍田は、下を向かなかった。

「まずは、こうやっ! って、無理やりにでも血を止める!」
「マスター……?」

 藍田は手で思いっきり強く服の袖を破り、それを真弓の頭部に巻くようにして押し付けた。
 それを驚くようにして雨宮が見つめる。藍田が、血を止めようとしたり、上半身を起こして頭を上にして血が溢れない様にしたり、必死な形相で抵抗しようとしている。まるで決まった運命を変えてやるといわんばかりに力強く。その有様は、今さっき諦めかけようとした自分に叱咤をかけるようにも見えて。
 雨宮の瞳に決意が宿る。そうだ、絶対に有式真弓を死なせてはいけないのだ。何を簡単にあきらめようとしているのだ。
 まだ、何も終わってない。まだ、有式真弓は死んでいない。まだ、生きている。まだ、息をしている。まだ、その僅かの鼓動が聞こえる。
 だが、しかし。
 遅かった。
 真弓を胸に手を当てていた雨宮の表情が、絶望に染まる。
 その絶望に染まった表情を見て、藍田が疑問に思う。どうして、絶望なんかしてやがるんだ、と。まだ、絶望するには早すぎるぞ、と。そう、問いかけようとして。
 一足早く、雨宮の瞳から涙がこぼれた。
 
「……せんぱいの、心臓が……動いてないんです」
「────」

 真弓の心臓が動いていない、という言葉に呆然とする。それはどういう、動いてない? 心臓が? 止まっている? 止まっているとは? 心臓が止まる=ポンプが止まる。ポンプが止まれば、血管に血が届かなくなる。そうなったら? 血管に血が届かなくなったら、人はどうなる!?
 人は……血が全身に回らなくなったら、心臓が止まったら、やがて死ぬ。数秒も立たずに……。
 有式真弓は、死ぬ。
 その事実に、藍田の動きが固まる。知っていた。諦めなくても、残酷な現実の時は止まってくれないんだと。いくら血を止めようとも、すでに流れた血は取り戻せないことを。藍田潮は知っていた。知っていたうえで、見ぬふりをしていた。それが、現実だった。

「ま、ゆみ……真弓……っ! 真弓ィ! し、ぬな……勝手に死ぬなよ、馬鹿野郎!!」
「あ、りしき先輩──嘘、ですよね……? 起きて、またいつものように話しかけてくれるんですよね......そう言ってくださいっ! 先輩!!」
「…………」

 二人の掛け声に、有式真弓は反応しない。否、反応できない。
 なぜなら、もう少年は──し、んで……










 その時、後ろから音がした。扉がばたんと開く音。今は第三者に相手している場合ではないと、何をいまさら誰がやってきたところで助ける対象は死んだのだ。来るには遅すぎる、と二人が文句を入れようとして。見る。
 そこに、雨で全身を濡らした、美青年と言えるだろう、有式剣太が息を切らして立っていた。

「兄さんを救う方法がある。二人に、協力してほしい」

 有式剣太は、真剣な表情で、そう二人に告げた。
 
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